第47話 「嘘でしょ!?」と元勇者は驚愕した
~前回までのあらすじ~
元勇者、お約束の収納系アイテム発見。
元勇者、アイテムをたくさん持ち込んでた。
母親、一人だけ話題を共有できず、勝手に激おこ。
異世界から持ち込んだストレージリング。その効果が現代世界でも変わらず使用できることを知ってから数日が過ぎた。実験を繰り返した結果、ストレージリングに出し入れできる物は、こちら側の世界のものでも問題がないということが分かったのだ。途端に怜士は教科書やノートなどを一気に収納した。
「リングさえ身に着けていれば、鞄は軽いし、絶対に忘れ物はしない!!」
ストレージリングを身に着けているという前提条件が付くものの、彼の言う通り、鞄の重さによるストレスからは解放され、忘れ物とも無縁になった。確かに誰もが羨むような凄いことなのだろうが、どうにも元勇者の考えること、やることはスケールが小さい。
因みに、ストレージリングの収納限界が無いということを耳にした真奈美は、「近いうちに着る予定は無いけど、捨てる予定も無い服がたくさんあって困ってたのよね~」と言いながら、一〇〇着に届こうかという程の量の洋服を怜士に収納・保管させた。
この朝、怜士はいつもと何ら変わりなく、学校へ行く用意をしていた。教科書の類はストレージリング内に収納されているので、鞄に入れるものなどは財布程度だろうか。
(今日の体育、持久走かあ。前は嫌で仕方なかったけど、今は大抵のことじゃ疲れないし、苦しくもないし、ホント、勇者様様って感じだ)
そんなことを考えながら、シルヴィア特製の弁当が入った包みを鞄に詰め込む怜士。流石に恋人の手作り弁当をストレージリングに入れることはしない。この弁当、料理上手な梨生奈に触発され、シルヴィアは真奈美から料理を教わるようになり、最近は怜士が学校へ持って行く昼食の弁当を作るようになったのだ。
「今日も作ってくれてありがとう、シルヴィア」
「はい! 今日は昨日よりも上手くできたと思います!」
元々は一国の姫であるシルヴィアは料理をしたことなど当然無く、異世界での冒険中も料理は他の仲間が行っていたため、彼女の料理の腕前は初心者以下だった。しかし、愛する怜士のために研鑽を積み、一人前に玉子焼きを作ることができるようになったシルヴィアの努力は称賛に値するだろう。やがては弁当の調理全てを担い、怜士への“完璧な愛妻弁当”を作ることが彼女の目標らしい。
「ああ、今から昼が楽しみだ!」
そんなことを呟くと、つけっぱなしにしているテレビから淡々とした語り口で喋る地方局の女性アナウンサーの声が耳に入った。
『昨晩二十一時ごろ、市内の道路を乗用車が信号無視を繰り返しながら猛スピードで走り、信号を渡ろうとしていた四十代の男性が轢かれそうになる事件が起きました。男性は車との接触はありませんでしたが、驚いた拍子に転倒し、全治二週間の怪我を負いました。同様の事件は今月に入って九件目で、目撃者の情報から車の特徴が一致しており、警察は同一犯の可能性が高いとして捜査を進めて————』
テレビ画面を見ると、これまでの事件が起きた場所が、日時と共に簡単な地図に示されている。
「あらあら、昨日のヤツはウチの近所じゃない! 危ないわねぇ、外に出る時は気を付けた方がいいわね」
テレビ上の地図を見る限り、今回の暴走車の事件は志藤家の近所で発生している。いつ同じような暴走が起こるとも知れない。真奈美の言う通り、用心するに越したことはないだろう。
「怖いです、レイジ様ぁ」
その美しい瞳を潤ませ、上目遣いでしな垂れかかって来るシルヴィアを怜士は優しく抱き留めた。
「大丈夫、大丈夫。最悪、出歩かなきゃいいわけだしね。どうしても出掛ける必要があるなら、一緒に行こう。何があっても俺がシルヴィアを護るから」
「レイジ様……」
不安がるシルヴィアの心を落ち着かせようと優しく、温かい言葉を掛け、そっと彼女の頭を撫でる怜士。これにはシルヴィアもご満悦である。
(シルヴィアちゃん、あざといぃぃ!! 狙い過ぎだから!! シルヴィアちゃんも魔法が使えるんだから、ぶっちゃけ暴走車くらい躱したり防いだりできるんでしょう!? てか、怜士! 朝からそんなスイート空間作るな、胃液の代わりに砂糖が出るうぅ!!)
愚息と未来の義娘のバカップルぶりに精神を消耗させられた真奈美は、今日もまたブラックコーヒーを飲み干した。
この日、梨生奈は部活動の朝練のため、怜士は一人で登校している。二年生でチームの主力である梨生奈は、決して練習を疎かにすることはできない。彼女も怜士も二人きりでの登校を断腸の想いで諦めているのだ。
(……別にこれまでだって一人で学校行くとか普通だったけど、梨生奈がいないと寂しいかも。いや、寂しいわ。寂しい)
これまでと何ら変わらない登校であっても、怜士と梨生奈は今や恋人同士だ。折角、同じ時間を過ごすチャンスだというのに、それが叶わないことにもどかしさを憶える。彼女の存在の有無がこれほどまでに精神に影響するとは、怜士には予想外だったらしい。
(ちょっと日差しがきつくなってきたけど、いい天気だな。今日は梨生奈と中庭で弁当食べるか。……和泉先輩はどうしようかなぁ?)
梨生奈と二人きりで昼食を摂り、必要以上にイチャつきたい怜士だが、最近よく一緒に昼食を摂るようになった一学年上の和泉琴音の存在が気になる。最低でも週に三回は二人の教室にやって来るため、二人きりになれる可能性はやや低い。いくら怜士でも先輩に向かって「ちょっと今日は勘弁して下さい。彼女と二人でご飯が食べたいんで!」などと言う勇気は持ち合わせていない。
どうしたものかと考えながら歩いていると、耳をつんざくような女性の叫び声が、悲鳴が聞こえた。
「何だ!?」
怜士は思わず声を出し、声の発生源を探し、前方にいた女性を注視した。その女性は膝から地面に倒れ込んでおり、彼女の視線の先には自動車の走りゆく姿がかろうじて見えた。
「嘘でしょ!?」
怜士は、つい先程、自宅でのテレビで観たばかりのニュースの内容を思い出した。
『——市内の道路を乗用車が信号無視を繰り返しながら猛スピードで走り、信号を渡ろうとしていた四十代の男性が轢かれそうになる事件が起きました——』
(おいおい、何だよ! よりにもよってこんな直ぐに、俺の目の前で起きるのかよっ!? ……違う! そんなことは後回しだ!!)
ニュースとして取り上げられた事件が怜士自身の目の前で起こるなど、まるでテンプレートしか辿らない、安いドラマにありがちな偶然だ。怜士は混乱しかけたが、そんなことよりも先に成すべきことがあると、気付いた。
「大丈夫ですか!?」
怜士はすぐさま倒れ込んでいる女性の元へ駆け寄った。
遅くなりました。
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※2022/1/19 部分的に修正をしました。




