第46話 「さっきから私の知らない固有名詞ばかり出すな!!」と母親は怒鳴った
毎度ながら、遅くなりました。
今話の投稿前に、「登場人物紹介」を第一部分に投稿しました。よろしければ、そちらにも目を通していただけると幸いです。
~前回までのあらすじ~
元勇者、財布を持たずに買い物でピンチ!?
元勇者、異世界のアイテムを持ち込んでいた。
元聖女、盛大な勘違いドーン!
「このリング、帰還の当日、着替えた時に間違って鞄の内ポケットに入れちゃったんだと思う。癖で自分の時計か何かと勘違いしたんだろうな」
テーブルの中央に置かれたストレージリングなるものを覗き込むようにして怜士が言った。
怜士とシルヴィアが指す“ストレージリング”とは、向こうの世界に存在した魔法道具のことだ。その効果はRPGゲーム風に“道具袋”と言ってしまって構わない。リングに魔力を込めることで自在に物を出し入れすることができるのだ。非常に便利な魔法道具であり、異世界での冒険では重宝していた代物だ。それは、リングを見ている怜士の頭には二年間の冒険の日々が思い出されるほどだ。
「懐かしさに浸るのはこのくらいにしておいて、まだ使えるかどうか試してないんだ。このリング」
怜士としてはコンビニを出てすぐにリングが使えるかどうか試したかったが、如何せん、現代日本はどこもかしこも人目につき易い。不用意にリングから物を出し入れしているところを一般人に見られるのは避けるべきだろう。
「試すなら、シルヴィアが一緒の方が安心だしね」
日本に戻って来ても魔法が使え、上昇した身体能力もそのままだった。しかし、だからと言って、魔法道具も使えるとは限らない。迂闊に魔力を込めてリングを使用して、万が一の出来事があってはならない。シルヴィアがともにいる状況で試用することが望ましく、怜士の判断は正しいと言える。
「なになに? 何の話よ、私にも教えて~」
これからストレージリングを使おうという時に、真奈美がリビングに顔を出した。怜士とシルヴィアが事情を説明すると、真奈美をその瞳を輝かせた。
「そんな便利な道具、ホントにあったのね! やっぱり異世界ね、ファンタジーね! 興奮しちゃうわ、私!!」
「もうしてるでしょ、年甲斐も無く……」
「あ?」
その瞬間、怜士の頭頂部に拳骨が落ちた。ガコン!という音が響いた時、シルヴィアの顔がやや引き攣ったのを怜士は見逃さなかった。
「いいから、いいから、早く試してみてよ」
「分かったよ、もう」
真奈美の拳骨を喰らい、腫れた頭を軽く擦った怜士は気を取り直して左手首にリングを装着し、魔力を注入した。すると、怜士の魔力に反応してリングに埋め込まれた赤い宝石が輝き出した。
「うわっ! 光ってる、光ってる!! これ、大丈夫なの? シルヴィアちゃん?」
「ええ、問題ありません、真奈美様。いえ、お義母様。ストレージリング使用時の正常な反応です」
シルヴィアがさり気なく真奈美のことを“お義母様”と呼んだことは耳に入らず、怜士は何の問題も無くストレージリングが起動できたことに驚きながら、安堵も覚えた。
「やっぱり、ちゃんと使えるか……。うん、まあ、良かったかな? ……さてさて、何を入れてたかな? ちょっと出してみようかな」
「いいぞ、ヤレヤレ! 怜士!」
真奈美の、中年男性が飛ばすような野次を無視し、すぐさま怜士は中身の確認を行った。使わなくなった武器や防具を収納していた記憶が怜士にはある。破棄や売却という方法で処分することもできたが、冒険生活の中で愛着が湧いた品々を手放すことができず、そのまま保管していたのだ。因みに怜士はRPGゲームをすると、手に入れた武器や装備は必ず取っておくタイプの人間だ。それを実際に、無意識のうちに体現しているのだから、驚きだ。
興奮しつつ、まず初めに怜士が取り出したのは、銀色に輝く巨大な斧だった。
「うーわっ、懐かしい! 『ドレッド・アックス』だ!」
「これは憶えています。サンストの町に住む、頑固一徹で有名なドワーフの武器職人のビーアンに作ってもらったものですね」
成人男性の身の丈ほどの大斧を懐かしそうに怜士とシルヴィアは見つめているが、目の前でそのような物騒な武器を出され、真奈美はその場で固まってしまった。
「そうそう、俺の力に耐えられる武器を作ることになって腕利きの職人を尋ねたのはいいけど、『儂は、儂の認めた奴にしか武器は作らん! 貴様に作る武器などないわ! 失せろ、クソガキ!!』って、ビーアンに突っぱねられて……」
「それで一種の試験として、ルシオーネ火山に棲む巨大竜『ジャイアント・ボルケーノドラゴン』を討伐に行くように言われましたね。うふふ、本当に懐かしいですね」
「ビーアンはわざと俺達が達成できないような無理難題を吹っ掛けたけど、それを難無くこなしちゃったからな~。まあ、苦労した所を挙げるなら、ルシオーネ火山までが遠かったことぐらいかな」
「討伐の証明として件のドラゴンの牙と鱗を持って行った時のビーアンの驚きようと言ったら……ああ、思い出しただけで可笑しくて仕方ないです!」
「ああ、あれは傑作だった! 開いた口が塞がらないっていうのは、ああいうのを言うんだよ、きっと」
「そうですね、うふふ」
懐かし気に思い出を語り合う怜士とシルヴィア。
当人同士で通じ合う“思い出の品”というものは、心に響くものがあるようで、昔話に花が咲く。それは世界を越えていても何ら変わりはない。
「でも、あの爺さん。相当に偏屈だったからそれでも結局認めてくれなくって……」
「ええ、『だだ、第一段階はこれで良しとしよう……』でしたっけ?」
「そうそう。『次はキング・サイクロプスの爪を持って来いっ!!』とか言ってさ。あの時は流石に腹が立ったね。思い通りに行かなくなると、まるで子どもみたいに怒鳴り散らして、本当に呆れたよ」
ドワーフのビーアンの身勝手さを思い出し、苦笑する怜士。それはシルヴィアも同様だった。
「こっちもギャフンと言わせてやろうと思って、キング・サイクロプスを二〇体くらい狩って、爪だけじゃなくて、丸ごと工房に運んで持ち込んだけど、あれは流石にやり過ぎだったなぁ」
「……ジャイアント・ボルケーノドラゴンを容易く討伐するのも驚きですが、キング・サイクロプスを二〇体も仕留めるのは非常識と言うか、規格外にも程がありましたよ。あれは……ビーアンでなくても、泡を吹いて気絶します……」
凶暴かつ高い戦闘力を誇るキング・サイクロプスは、歴戦の戦士達が十名以上で討伐に挑み、何とか倒すことのできる魔物だ。そんな魔物を大量に仕留めて来たのだから、誰もが驚愕するのは必至だった。
(……しかし、慣れとは怖いものですね。今でこそ何とも思わなくなりましたが、私がビーアンの立場だったとしても、同じ反応をするでしょう。やはり、レイジ様の持つ力は規格外中の規格外です)
世界を渡ってなお、シルヴィアは怜士の持つ強大過ぎる力を思い出し、知ることとなった。
「まあ、何とかビーアンに認めてもらえて、このドレッド・アックスを作ってもらったし、キング・サイクロプスから剥ぎ取った素材を売って路銀を潤わせられたから、結果としては良かったんじゃないな?」
「そこは思わぬ収穫でしたね。おかげで当初の予定よりも少しだけ贅沢な旅になりました。流石、レイジ様ですっ!!」
そう言ってシルヴィアは怜士に勢いよく抱き着いた。突然の彼女の行動に驚きながらも怜士は優しくシルヴィアを受け止め、その左手で抱きしめ返した。幸せに満ち満ちた表情を見せるシルヴィアに、怜士も満足げだ。ただ、怜士は右手で巨大な斧も抱えているため、この光景は大変シュールであるということを忘れてはならない。
そして、もう一つ、忘れてはならない。昔話という奴は、その場にいる全員が共通して体験しているからこそ、花が咲くということを常に理解しておかねばならない。この時、怜士とシルヴィアは気付いていなかった。一人だけ除け者にして、二人だけの世界に浸っていたことを。
「うがああああああああっ!!」
大人しく二人の話を聞いていた真奈美が咆哮した。
「さっきから私の知らない固有名詞ばかり出すな!!」
真奈美はそう怒鳴ると、怜士の頭頂部を目掛けて拳を振り下ろした。本日二度目の攻撃には流石の怜士も堪えられなかったようで、「痛えぇ!!」と叫んだ。
「何よ、何よ、何なのよ!! 二人だけで盛り上がってくれちゃってぇ~!! 置いてきぼりにされて、お母さんは寂しいぞ、この野郎!!」
「また拳骨! 理不尽な暴力は反対!! しょうがないでしょ、この話題に関してはさ!!」
真奈美の気持ちも理解できるが、怜士の言うように、この話題に関しては仕方が無いことだ。大人である真奈美が我慢するのが筋だろう。
「今度、怜士だけが分からない話題をシルヴィアちゃんと梨生奈ちゃんと盛大に繰り広げて同じ気分を味あわせてやるんだから!! 首洗って待ってなさい!!」
「え? 首洗うって、俺殺されるの!?」
真奈美と口論を繰り広げる怜士などお構いなしに、シルヴィアはただひたすら怜士の胸板を堪能していた。
「えへへ、梨生奈様には申し訳ありませんが、今は独り占めです」
いつもお読みいただきありがとうございます。
い、言い訳は活動報告で。
新しくブックマーク、ポイント評価をしてくださった方々、ありがとうございました。
※2022/1/19 部分的に修正をしました。




