第42話 「大好きです!」と元聖女は幸せを露にした
前回、「第一部完ですかね」などと後書きで述べましたが、うん。あれは誤報だ。
「…………で? 何がどうしたらそうなったわけなの?」
志藤家のリビングにて、真奈美は訝しむような目で自分の息子である怜士と、異世界からの来訪者であるシルヴィアを見た。
「いやあ、シルヴィアと梨生奈の二人に告白したら、二人とも俺のこと好きでいてくれて、二人とも俺の恋人になってくれたんだ」
「ええ、その通りです。真奈美様」
ソファーに二人で並んで座る怜士とシルヴィア。よく見ると、怜士はシルヴィアの右肩に手を回し、シルヴィアはその小さな顔を怜士の右肩に預けている。そして、二人は仲睦まじく、その左手と右手を固く繋いでいる。
「ハハハ……。うん、もう分かった。私の息子がクソハーレム野郎だってこと。地獄に落ちて閻魔様に舌抜かれて、輪廻転生するまであらゆる苦行を受けて、昆虫にでも生まれ変わりなさい!」
「何てこと言うんだ!!」
「転生したらコオロギだった元勇者(笑)ってタイトルの小説、流行るかしら?」
真奈美はもう、笑って息子を罵倒するしかなかった。
怜士の曖昧で中途半端な態度を見かねた真奈美は、彼に発破をかけてシルヴィアと梨生奈との関係に決着をつけさせるように促した。彼女の予想では、怜士はシルヴィアを選ぶものだと考えていた。シルヴィアが志藤家で生活を始めて日は浅いが、怜士が彼女に接する時の態度は、梨生奈に対するそれとは異なることを感じ取っていたからだ。母親としての勘と女としての勘。その二つの勘がシルヴィアとの未来を告げていたのだ。帰宅した二人の様子を見て、真奈美は自分の勘が予想通りだったことを感じたが、同時に違和感を覚えたのだ。
——いくら梨生奈ちゃんを振ったからって、シルヴィアちゃんとイチャイチャし過ぎじゃない!? オイコラ馬鹿息子! もう少し振られた梨生奈ちゃんのことも考えて、自粛しろ!!
決着をつけろと言ったのは自分自身であるが、あまりにも怜士とシルヴィアがピンク色のオーラを出しているために、梨生奈を不憫に思う一方で、怜士をゴミクズ認定しつつ、真奈美は探りを入れることにしたのだった。その結果判明したのは『二人の少女を恋人にした』という、予想の斜め上を全力疾走するような答えだった。梨生奈の想いが報われていたことには安堵する真奈美だが、息子の倫理観とそれに基づいた決着の付け方には呆れるしかなかった。
(まあでも、これで良かったのかもね……)
怜士を追って異世界からやって来たシルヴィア。昔から見知った、娘のような存在とも思える梨生奈。真奈美から見て、自分の息子には勿体ないと思えるほどのいい娘たちだ。真奈美も、心の何処かでは二人の想いが通じることがあればいいと思っていた。一人の男が複数の女性を囲うなど、現存する辺境の民族の習慣か、創作物の中だけの話だと思っていたが、それがまさか目の前で起こるとは夢にも思わないだろう。
(でも、この子はその創作物の中の登場人物に、主人公ってヤツになっちゃったものね……。二年間も異世界なんてところでずっと、ずっと向こうの世界の人たちのために戦っていた。シルヴィアちゃんの他にも仲間がたくさんいて、良くしてくれたみたいだけど、それでも、見知らぬ場所に独りでいたことには変わりない。どこにでもいる、ただの間抜けな高校生だったのに、それが勇者様だものね……。よく頑張ったわよ、アンタ。だから、だから、どうか神様! この子の出した答えは決して普通じゃないことですが、せめてものご褒美に、この怜士の選択とシルヴィアちゃんと梨生奈ちゃんが掴み取った幸せを取り消すようなことだけはしないでくださいね)
一度に二人も恋人を作った怜士の行いは認められ難いものだと解っていても、それでも真奈美は怜士の母親として、自分の与り知らぬところで苦難の道を歩んでいた彼には幸せになって欲しいと、心から願った。
「向こうにいた時から、ずっと、ずっと、レイジ様のことを考えていました。叶うはずがないと、諦めるしかないと思っていました。梨生奈様と初めてお会いした時だって、とても不安でした。ですが、こうして貴方の隣にいることができて私は本当に幸せです! 私も梨生奈様も、レイジ様が大好きで! 私達を愛してくれて、こんなに嬉しいのは生まれて初めてです!」
募りに募らせた想いが遂に成就したのだ。シルヴィアの気持ちが昂るのも無理はない。同じ想いを抱く、友ともライバルとも言える少女である梨生奈の存在も大きいだろう。初めこそ、お互いに意識していたが、根底にある怜士への愛は同じだった。それを知った時に生まれた新しい可能性。それはとても常識的でないモノだったが、怜士本人からも同じ可能性が示された時、シルヴィアは歓喜した。
「大好きです! レイジ様」
「俺も大好きだよ、シルヴィア」
「くくく、くわぁぁぁぁ~~!!」
第三者が目の前にいても、何の羞恥も持たず、存分にイチャつく怜士とシルヴィアを見て、真奈美は鶏のような鳴き声で狂ったように叫んだ。
「母さん、どうしたの? お腹でも痛いの? それとも頭? 身体の調子が悪いなら、早めに病院に行かないと」
「そうです、真奈美様。お身体は大事にしませんと」
「怪我なら俺やシルヴィアの魔法で、一瞬で完治できるけど、病気には魔法は無力だからなぁ」
暢気に見当違いなことを言ってのける怜士を見て、真奈美は「お前らのイチャつきのせいなんだよおおぉぉ!!」と叫びたくなるほどだった。
「ま、俺の魔法は馬鹿みたいな魔力量にものを言わせて強引に治療するだけだもんな。効率も悪いし、無駄が多い。その点、シルヴィアの回復魔法は速さも精度も、効果範囲も超一流だ! 流石聖女の力は伊達じゃないってトコかね。うん、やっぱりシルヴィアは最高だ!」
「そんなぁ、褒め過ぎですよ、レイジ様ぁ。照れてしまいますぅ~」
シルヴィアは怜士の胸に自分の顔を甘えるように擦りつけた。構わずにイチャイチャを再開する二人。どれほど些細な内容でも、すぐにイチャイチャの材料になるらしい。
嫌気が差し、イライラも限界突破したところで真奈美は叫んだ。
「怜士!! アンタ、今日の夕飯抜き!!」
「何で俺だけ!?」
息子とその恋人のバカップルぶりに、真奈美は先程までの息子想いの母親としての一面をドブに捨てた。こんな光景がこれから先もずっと続くと考えたとき、彼女は胃のあたりがキュッと痛んだように感じた。
「行って来るよ。シルヴィア」
怜士がシルヴィアと梨生奈の二人と恋人同士となった翌朝、件の定期試験が遂に始まることとなり、怜士は学校への出発準備を整え、シルヴィアは彼を見送るために玄関先に来ていた。
「お気を付けて、レイジ様。梨生奈様に宜しくお伝えください」
「うん、分かってる」
怜士はその右手でシルヴィアの頭を撫でた。シルヴィアは顔を赤くしたが、彼の行為を決して拒否することは無い。叶うならば、このままずっと頭を撫で続けて欲しいとも考えていた。
「……ふん!」
昨晩の夕食を抜かれたことなど、まるで応えておらず、朝からイチャつく怜士を見て真奈美は鼻を鳴らした。
「あ、あの、レイジ様」
「どうしたの? シルヴィア」
俯いて怜士の名を呼ぶシルヴィアの様子を見て、何かあるのではないかと感じた怜士は、彼女の頭を撫でていたその手を離した。
「が、学校へ行く前に! ぎゅってして欲しいです……」
怜士は「ああ、そんなことか」と漏らしながら、シルヴィアの要望通り、彼女をその手で強く抱きしめた。この時のシルヴィアの表情は怜士の身体が影となって見ることができなかったが、彼女の後ろに立っていた真奈美は、シルヴィアの幸せに満ち満ちた表情を察していた。
「できるだけ早く帰って来てくださいね」
「今日はテストで、午前中で学校がおしまいだから、早く帰って来るよ」
「ハイ!」
シルヴィアの安らいだ声を聞くと、怜士はその手を離し、鞄を肩へ掛け直した。
「じゃ、改めて。行って来るよ」
「いってらっしゃいませ、レイジ様! 帰ってきたらまた、ぎゅってしてくださいね!!」
甘えたシルヴィアの声に、だらしなく顔を緩ませながら「ああ」と返事をする怜士。そんな我が子を見て、真奈美は呆れと恥ずかしさを感じた。
「あ~、あ~! うんと苦いブラックコーヒー飲もう……」
真奈美は、気を取り直すために足早にリビングを通り抜けてキッチンに向かうと、愛用のマグカップに大量のインスタントコーヒーの粉と熱湯を手早くぶち込んだ。
「あれ? おかしいなぁ。砂糖もミルクも入れてないのに、コーヒーが全然苦くないぞぉ~?」
遠くを見ながらそう呟く真奈美を見て、シルヴィアは首を傾げるだけだった。今後、毎日のようにこの光景を見ることになるとは、シルヴィアは思ってもいなかった。
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