第41話 「好きだ!」と元勇者は想いを伝えた
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「シルヴィア」
怜士は優しく声を掛け、シルヴィアへと顔を向けた。
「君との出会いは本当に突然で、最初は本当に驚いたよ。今でもよく覚えてる」
二年前の出来事ではあるが、召喚された時の鮮烈な場面は怜士にとって忘れられないものとなっている。
「思い返せば俺、シルヴィアに怒られてばっかりで、周りの人からの視線がメチャメチャ痛かったなぁ」
自嘲するように溜息混じりで怜士は言った。
「それが気付いたらあんまり怒られなくなってて、一緒に行動することもそれまで以上に多くなって。過ごす時間が長くなればなるほど、シルヴィアのイメージが“お姫様”から“普通の女の子”になったんだよな。それからの間、いろんな人と出会って、別れて、遂に魔王の奴をぶっ飛ばして……。こっちに帰れるってなった時のシルヴィアの顔、これもよく覚えてる」
怜士は異世界での勇者としての冒険と戦いの日々を思い返し、その傍らにいた少女が、いよいよ別れの時を迎えるとなった日、どのような顔をしていたのかも忘れていない。
「俺、馬鹿だからさ。しばらくはさ、シルヴィアの立場や役目のこともあって俺の世話を焼いてくれてるぐらいにしか思ってなかったんだ。でも、二年でシルヴィアの態度が明らかに変わったことくらいは判るし、ソーニャやカタリーナも事あるごとに『シルヴィア様の気持ちをお察ししなさい!』って怒鳴ってたから、流石に気付くよ。君が俺のことをどう思ってるのかくらいは」
自分で思い返しても、あからさまだったことを感じ、シルヴィアは赤面した。加えて、魔王討伐の旅の仲間であった僧侶のカタリーナと魔法使いのソーニャが裏でそのようなことを怜士に言っていたのだ。恥ずかしさも込み上げる。
「帰りたいって決めていたから、困ったよ。それに、俺から言い出した条件だ。それをひっくり返すのも勝手なことだと思った。だから、悲しいけど、酷い言い方だけど、シルヴィアのことは割り切るつもりだった。でも、そうはならなかった」
「そうはならなかった」という怜士の言葉。送還転移の際、シルヴィアが割り込み、現代世界へ付いて来てしまったことを表している。
「本当にビックリしたよ。それと同じくらい、シルヴィアの気持ちの本気さが伝わったし、俺も向き合う必要があるって思った。シルヴィアは俺にとってどんな存在だろうって考えたんだ。シルヴィアは二年っていう短い時間だったけど、どんな時も俺の傍にいてくれた。いつも俺を支えようとしてくれた。誰よりも俺のことを考えてくれた。大切に想わない訳が無いだろう? だけど、住んでた世界が違うんだ。俺が望んだことように、必ず別れはやって来る。だから! この気持ちは忘れようと、考えないようにしようとしていた! でも、シルヴィアがすべてを捨てて、この世界に、俺に付いて来てくれて、本当に嬉しかった!」
怜士がシルヴィアと過ごした二年間。その間に生まれた想いは、決して小さくない。忘れることもできず、強制的な離別によって無理に断ち切ることしかできなかったはずの気持ちは、シルヴィアの行動によって覆された。そんな今こそ、怜士は漸く素直な気持ちをぶつけられる。
「シルヴィアといられて、こんなに幸せなことはないよ」
シルヴィアの頬には、一筋の雫が流れ落ちている。自分も彼と同じ気持ちなのだ。志藤怜士という少年と出会い、シルヴィアの人生は大きく変わった。彼女がそれまで知らなかった感情を、彼は教えてくれた。溢れんばかりの想いで、シルヴィアの胸はいっぱいだった。
大きく息を吸い込むと、怜士は梨生奈とシルヴィアの顔をしっかりと見据えながら言葉を吐き出した。これから話すことこそ、怜士が出す、本当の答えなのだから。
「……怖かったんだ。俺の選択が、二人を傷付けるんじゃないかって。それならいっそ、何も考えずにこのままでいいんじゃないかって。でも、それじゃ駄目だ。いつか必ず、決着をつけなくちゃいけない時が来る。この先、また何があるか分からない。後悔したくないし、あんな思いはしたくない! だから俺は、気付かないフリをして優柔不断でいるのを止める。自分に正直になろうと思う、正直に伝えようと思うんだ!」
梨生奈とシルヴィアは身構えた。怜士が自分のことをどのように想っているのかが分かっただけで、肝心の答えはまだもらっていないからだ。
「きっと世間の常識からすれば、周りの人からすれば、俺の考えやこれから言うことは間違ってるって、おかしいって言われるかもしれない。心の奥で答えは出てたはずなのに、余計な倫理観とか、そういうのが邪魔してどうしたいいのかが分からなかった! 二人のことを考えて、どうするべきか、やっと決心がついた。周りの知らない奴の意見なんて知ったことかよ! 俺を誰だと思ってるんだ? 俺は、もう常識で納まるような普通の高校生じゃないんだ! 勇者として手に入れた力を、大切なものを護るために使ってやる! すべてを諦めずに、この手に掴みたい!!」
「梨生奈!」
そこにいるのはすべてを懸けてもでも守りたい日常をくれる、大切な幼馴染の少女。
「シルヴィア!」
そこにいるのはいつも自分を優しく支えてくれた、王女や聖女であった大切な少女。
その二人に、勇者であった少年はその勇気を振り絞って己の想いを告げる。
「好きだ」
邪な考えなどない、本心。心の底から好きだと言える二人の少女に伝えたくとも伝えられなかったこの言葉
「二人とこれからもずっと一緒にいたい! 二人がどう思うかなんて考えてない、自分勝手で最低な答えだけど、俺は欲張りだからさ。こんな答えしか出せなかった。でも、俺の魂に誓う。二人のことを絶対に幸せにして見せるっ!! だから、二人とも俺の恋人になってください!!」
目を閉じ、叫ぶようにして想いをぶつけた怜士は、自然とお辞儀をするように上体を屈ませていた。そのままの姿勢でいること十秒。二人から何の返事も得られない怜士は、「無茶苦茶な告白に愛想を尽かされた」と想い、上体を起こし、恐る恐る目を開いた。その次の瞬間、怜士を大きな衝撃が襲った。
「おわっふ!?」
すぐに平静さを取り戻した怜士が見たものは、自分に抱き着く梨生奈とシルヴィアだった。
「嬉しいよ、怜士ぃ……」
「レイジ様ぁ、レイジ様ぁ」
「あ、あの、二人とも? 」
もしかするとブン殴られるかもしれないとも考えていた怜士は、二人の様子に驚くばかりだった。
「私達ね、怜士が来る前に二人で話したの」
「話って、何を?」
目尻に涙を浮かべながら話す梨生奈に、怜士は首を傾げた。
「私と梨生奈様はお互い、どうしようもなくレイジ様が好きだということです!」
「それで、どっちもその想いを譲れないってこと!」
「だからこそ、私達が“二人で出した答え”は——」
「“私達二人を恋人として受け入れてもらうこと”だったのっ!!」
シルヴィアと梨生奈の言葉に衝撃を隠せない怜士は、開いた口が塞がらず、何も答えることができない。まさか、自分と同じ結論に二人の少女が辿り着いていたとは思うまい。そのため、彼の全身を襲う衝撃は計り知れない。
「私、嬉しいよ? 怜士が私とシルヴィアさんを恋人にしたいって言ってくれて」
「ええ、夢のようです。レイジ様も同じ考えだったとは思いもしませんでした」
「えっと、それじゃあ、改めて二人とも、俺の恋人になってくれますか?」
念のための確認とばかりに、怜士は恐る恐る二人に訊ねた。
「はい!」
「はい!」
声を重ね、笑顔で返事をする二人を見て、改めて怜士は二人を好きになって良かったと感じた。そして、この二人を護り、愛し続けていくことがこれからの自分の使命だと心に刻んだ。
「梨生奈、シルヴィア。こんな俺だけど、これからもよろしくお願いします」
「うん!」
怜士の言葉に、心からの笑顔で梨生奈は答えた。
「もちろんです! 正妻たる私が、梨生奈様とともにこれからもレイジ様を支えてみせます!」
胸を張って宣言するシルヴィアだが、その言葉に納得のいっていない人間が一人いる。
「は? ちょっと待って。よく聞こえなかったんだけど?」
梨生奈は聞き間違いではないかと、自分の耳を疑い、シルヴィアに尋ねた。よく見ると、梨生奈の表情こそ笑顔だが、その額には青筋が浮かんでいる。
「ふぇ? ですから、私が正妻で、梨生奈様が第二夫人としてレイジ様を支え、尽くしていくという決意表明ですが……」
シルヴィアが正妻で、梨生奈はその次。序列をつけられて、梨生奈は黙っていられない。一方のシルヴィアは「当然のことですが?」とでも言いたげな表情を浮かべている。それが梨生奈の逆鱗に触れたらしい。
梨生奈とシルヴィアの間に、「カーン!」というゴングの音が鳴り響いた……ように見える。
「う~ん? 何を言ってるのかな~? 逆でしょ、逆。正妻はあ・た・し! 怜士とずっと一緒にいたのは私なんだから、新参者のあなたは控えなさいよっ!」
「年数が何ですか!? それは浅はかというものです! 大事なのは気持ちの大きさですっ! 故郷を捨てるほどの想いを持つ私の方が正妻に相応しいです!!」
「ハァ!? 意味わかんない! 私の方が何倍も、何百倍も怜士のこと好きなんだから、諦めてよ!!」
シルヴィアはホームステイで来ている外国の人間という紹介を受けたままの梨生奈にとって、彼女が言う「故郷を捨てる」という言葉の意味の重さや覚悟といったものはピンと来ないらしい。
「あの、二人とも……」
徐々にヒートアップする二人の口論。怜士は止めようと声を掛けるが、本人たちは聞く耳を持たないらしい。こういう時、男というのは立場が弱いものだと嘆きたいところだが、倫理観を無視した結論を出した怜士にその権利は無い。
「レイジ様は私のことが一番好きに決まっています! お姫様抱っこなるものをしてくださったのですから!」
「お姫様抱っこ!? 何それ羨ま……じゃなくって! わ、私なんか何度も一緒に同じベッドで寝てるもん! 私の方が好きよ!」
「おおお同じベッド!? どどど、どうせ、幼少期の頃の出来事でしょう? ううぅ~、わ、私のこの髪留めは、レイジ様に贈っていただいたものです! どうです? 羨ましいでしょう?」
「ハンッ! だったら見なさい、このネックレスを! これだって怜士が私のために買ってくれたプレゼントよ!!」
「むぅ~!」
梨生奈は、首にかけたネックレスを外すと、聖剣を引き抜いた勇者かのようにそれを天に掲げた。髪留めとネックレス。ともに装飾品であるが、彼女らの共通感覚では、ネックレスの方が高ランクらしく、梨生奈は勝ち誇った表情を浮かべ、シルヴィアは悔し気に唸り声を上げた。
小学生の喧嘩と錯覚しそうな低次元の言い争いが繰り広げられる中、時間は刻一刻と過ぎていく。流石に何が何でも止めなければと奮起した怜士を押しのけるように梨生奈が叫んだ。
「この石を見なさい! これはアクアマリンっていう石で、この石に込められた言葉が何か知ってる? 『幸福な結婚』よ? どう? 怜士はとっくに私にプロポーズしてくれてるの!!」
それはシルヴィアへのトドメ。会心の一撃だった。しかし、怜士も大きな衝撃を受けている。アクアマリンなる石にそんな意味があったとは知らなかったのだ。
「ううぅ~、レイジ様ぁぁ」
「おおっと!」
半べそをかきながら怜士にすり寄るシルヴィアを、思わず抱きしめた怜士。当然のことながら、梨生奈はそれが面白くない。一瞬で激憤の表情へ切り替わった。
「怜士! 私達二人が恋人なのは良いとして、一番はどっち!?」
「えっ? そんなの……」
「当然、私でしょ?」
「もちろん、私ですよね?」
二人のその大きな瞳は間違いなく怜士を捉えている。想いが通じて、二人と恋人関係になった怜士だが、その結果だけに満足して舞い上がっていたため、この微妙な女心など、まるで考えていなかったらしい。
「比べられないし、関係ない!」
そう言って怜士は二人を引き寄せ、強く、優しく抱きしめた。そして、耳元で囁いた。
「狡い言い方だけどさ、俺にとっては二人が一番なんだ。二人とも……愛してる」
「ふにゃあ~」
「へにゃ~」
吹っ切れた元勇者は、最高の二人の恋人をその言葉で腰砕けにした。
キリのいいところまで! ということで、時間差連続投稿です。
一応、「第一部完」って感じです。




