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第40話 「伝えたいことがあるんだ」と元勇者は告げた

~前回までのあらすじ~

元聖女、幼馴染と話し合う。

元聖女、幼馴染に嫉妬していた。

幼馴染、負けじと自分の想いを述べる。

(ああ……さて、勢いよく飛び出したのはいいものの、ここからどうするかなぁ)


 怜士は、自分の気持ちに決着をつけるために颯爽と家を飛び出したが、如何せん、着の身着のままで出て来たため、持ち物は一切無し。手ぶらの状態だ。スマートフォンすら自宅に置き忘れている怜士は、今、会うべき相手である梨生奈とシルヴィアに連絡を取ることができず、悩んでいた。


「あ~、家に戻るのもなぁ。カッコ悪い……。それに、母さんに何て言われるか」


 スマートフォンを自宅に取りに戻ろうものなら、母親の真奈美に馬鹿にされることは明白で、その姿や台詞までもが容易に想像できる。


『馬鹿じゃないの? あれだけイイ顔して恰好をつけて飛び出しておいて、梨生奈ちゃんとシルヴィアちゃんに連絡が取れないからスマホを取りに戻って来ましたって、間抜けもいいとこね。あ~恥ずかしい~! さっすが、元勇者(笑)! ぷぷぷぷ~』


 母親の嫌味ったらしい表情と息子を小馬鹿にした物言いを想像した怜士は思わず眉間に皺を寄せ、自宅に戻る方法以外を模索した。これほど脳を回転させたことなど、これまでにきっと無いだろう。


「だあ~っ!! どうするよ、俺!?」


 混乱した怜士は立ち止まって頭を抱えながら大声で叫んだ。自分が何処にいるのかも忘れて。


「ママー、あのおにいちゃん、あたまがいたいのかなぁ?」

「見ちゃいけません! あのお兄ちゃんは頭が痛いんじゃなくて、頭の中がイタイの!」

「?」


 怜士の行動はやはり、周囲の人間からすれば奇妙に映る。小さな子どもにすら指をさされる始末だ。それでも、当の本人は未だ思考を巡らせ、悩んでいる最中である。人々が行き交う往来で視線を集めても、気に留めないのは彼が必死な証拠だろう。不特定多数の人間に見られることは勇者時代に山ほどあった。初めはその視線に慣れず、辟易としていたが、次第にそれは気にならなくなった。その経験が何故だか今になって役立ってしまっている。


「あっ!!」


 突然、怜士は何か思い出したかのように目を見開き、背筋を伸ばした。すると、辺りの様子を窺うかのように、キョロキョロと目を動かした。余談だが、怜士の奇怪な様子を見た通りすがりの老婆は「ヒイィ」と、小さく悲鳴を上げていた。


(そうだ、まずはシルヴィアの魔力を探ろう! どのみちそんなに遠くまで行ってないはずだから、すぐに見つけられるだろう)


 怜士は異世界から帰還し、“異世界における戦闘中心の生活”から“現代世界における日常中心の生活”に切り替わっている。いや、正しくは元に戻ったと言うべきだろうか。もたらされた平穏によって、魔力持ちの人間の基本を怜士は忘れてしまっていたらしい。怜士は『魔力探査』が索敵の基本だということを嫌というほどに教わった。シルヴィアは敵ではないが、それを使うべきは今だ。


(……見つけた! ああ、すぐ近くじゃないか)


 心を落ち着かせ、魔力探査を行った怜士は、ものの数秒でシルヴィアの魔力を捉え、彼女の居場所を感知した。二年もの間、ずっと傍にいたシルヴィアの魔力を感じ間違えるはずなどない。シルヴィアを見つければ、彼女のスマートフォンを経由して何とか梨生奈を呼び出すことが可能だ。長年連れ添った幼馴染の電話番号くらい、憶えている。締まらない話であることを充分に理解しながら、怜士は魔力を感じた地点に向けて再び走り出した。


(二人に、揃って、一緒に聴いて欲しい……!!)





 やがて、シルヴィアの魔力を目掛けて走っている怜士の視界に公園が映った。感じる魔力は先程より強く、間違いはない。真奈美から買い物を頼まれて出掛けたシルヴィアは近隣のスーパーマーケットのいずれかにでもいるだろうと怜士は予想していたが、それは外れたようだ。


「いた! シルヴィアだ!」


 怜士の視線の先にはシルヴィアがおり、思わず声が出た。木々が障害物となって見えないが、誰かと話しているように見える。「誰と話しているんだろう?」と考えながら、怜士がさらに距離を縮めていくと、シルヴィアと話している人物の正体が明らかになり、怜士に驚きをもたらした。


「何で? 梨生奈だろ、あれ。……どうして、シルヴィアと一緒に」


 自然と怜士の足は止まり、呟いた。シルヴィアと梨生奈が一緒に居る理由が分からない。いや、それはこの際、どうでもよいことだ。梨生奈に会いに行き、呼び出す必要が無くなったのだ。そればかりか、シルヴィアと梨生奈の二人が一緒にいることは、怜士が望む状況そのものだった。


 志藤怜士にとって、かけがえのない存在である二人が、すぐ目の前にいる。その事実だけで充分だった。


「梨生奈! シルヴィア!」


 怜士が再び駆け出し、二人の元へ向かいながら叫んだ。すると、呼ばれた二人も怜士が現れることは予想外だったようで、目を丸くして驚いている。


「怜士……」

「レイジ様!」


 名前を呼ばれた二人の少女は、声のした方へと振り向き、彼の名前を呼んだ。


「良かった。二人がここに居てくれて。家を出て来たのはいんだけど、スマホを置いて来ちゃって。財布すら無いからどうやって連絡取ろうかと思ってたんだ。シルヴィアがいてくれて助かったよ」


 シルヴィアは、怜士が自分の魔力を察知してここまで来たのだろうと推測をしたが、梨生奈は疑問符を浮かべ、首を傾げている。彼女は魔法や魔力とは縁のない一般人だ。


「いや、そんなことはいいんだ。二人に話したいことが、伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」


 途端に真剣な顔つきになった怜士を見て、梨生奈とシルヴィアも息を呑み、彼を注視した。 怜士は一呼吸置くと、その視線を梨生奈へと向けた。


「俺さ、ずっと昔から梨生奈と一緒に居て、それは当たり前でずっと続くもんだと思ってた。それがさ、()()()にひょんなことから、()()()に無理矢理呼び出されて続かなくなったんだ」


 怜士の“二年前”、“向こうに無理矢理呼び出されて”という言葉を聞き、ばつが悪そうに目線を少しだけ下げたシルヴィアだったが、当の梨生奈はこの言葉の意味を理解できていない。しかし、それでも彼女は目の前にいる大切な人の言葉を聞き漏らさないようにしている。


「最初は自分の置かれた境遇や立場のこともあってそれ以外のことを考える余裕なんて無かったけど、こっちじゃできない経験ができると思ったら、テンションも上がったよ。でもさ、ふとした時に梨生奈が隣にいないっていうのがスゲェ変でさ、スゲェ不安になって、俺、寂しかったんだ。だからかな? 早く戻りたかったのは。初めは『無理矢理連れて来たんだから、ちゃんと返せよ』っていうくらいの考えだった。でも、それはただの建前みたいなモンで、“梨生奈に会いたい”、“梨生奈と一緒にいたい”っていうのが本音だったんだ。だから、俺はこっちに戻ることを何よりも望んでたんだ」


 異世界に召喚され、勇者としての活躍を望まれた怜士。召喚直後こそ、状況を受け入れ、少しでも異世界に順応していくことに精一杯だった怜士だが、異世界や魔法などのパワーワードに惹かれ、夢中になっていった。若干の厨二気質のある怜士にとっては致し方ないことだった。


 しかし、時間が過ぎれば過ぎるほど、孤独感や喪失感に苛まれたのも事実だ。シルヴィアを筆頭に、多くの人間がよくしてくれた。怜士は、自分が勇者という看板を背負っているからこその優しさであることも時には感じていたが、それでも彼は周りの人間には恵まれたと言えよう。それでも、彼が地球に、日本に戻りたいと強く願ったのは、そこに梨生奈がいるからだということに他ならない。


「梨生奈と一緒に学校に行って、俺が馬鹿やって、それを梨生奈が諫めたりして。笑ったり、喧嘩したり、泣くこともあって、でも最後はいつもみたいに楽しく過ごして。それが俺にとってはかけがえのない日常で、何よりも守りたいもので、本当に大事なモノなんだ!! またこうやって梨生奈と一緒に過ごすようになって、改めてそれを感じたよ」


 異世界召喚によって日常から切り離されたからこそ、怜士は日常が不変であることの尊さを知ることができた。同時に、西條梨生奈という幼馴染の少女の大切さも知ることができた。彼女を守り、大切にしたいという怜士の想いは紛れもなく本物だ。彼の見せる穏やかな笑顔がそれを証拠づけている。


「俺にとって梨生奈は、本当に大切な人なんだ」


 怜士の言葉を聴き、溢れ出した嬉しさで、花が咲いたような笑顔を見せる梨生奈。よく見ると、彼女の身体は少しだけ震えている。その喜びは半端なものでは無いだろう。それを見た怜士は、不思議な温かい気持ちで心が満たされた。「やっぱり、梨生奈は自分にとって大切な存在だ」と、確信できた。


そして、もう一人。怜士が笑顔にしたい大切な人がこの場にいる。


ほったらかしていた間、ブックマークやポイント評価をして下さった方々、ありがとうございました。

重い腰を上げる起爆剤になり、とても励みになります。


※2022/1/13 部分的に修正をしました。

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