第38話 「この気持ちに嘘偽りはありません」と元聖女は想いを露にした
誤字脱字がありそうですが、大目に見ていただけると助かります(汗)
~前回までのあらすじ~
元聖女、文明の利器を手に入れる。
母親、息子に檄を飛ばし、闘将の蹴りをお見舞いする。
元勇者、自分としっかり向き合う。
(お母さんてば、どうしていつも大事なものを買い忘れるのかなぁ? お父さんも一緒に居たなら気付いてよ、まったくぅ……!!)
心の中で不満を漏らしながら梨生奈は財布を片手に歩いている。事の発端は、つい十分ほど前に遡る。
怜士を見送って三十分もしないうちに、梨生奈の両親が買い物から帰宅した。有名店の袋を父親が両手いっぱいに抱えていた。
母親の表情は満足げで、ゆったりとソファに掛けながら、購入した衣服などを広げて見ている。一方の父親は、荷物を下ろした直後から心此処にあらずというか、遠くを見つめ、気が抜けている。どうやら、かなりの散財を強いられたようだ。それを察した梨生奈は苦笑いをするとともに、父親に向かって合掌した。とはいえ、久し振りの夫婦水入らずの時間を過ごすことができたため、父親も母親も何処となく嬉しそうに見えた。しかし……。
『あっ、今日の夕飯の食材、買い忘れたわ! どうしましょう!?』
梨生奈の母親は、買ったばかりのワンピースを床に投げつけ、「うっかりしてたわ!」と言わんばかりの表情で唐突に叫んだ。
衣類や諸々の日用品の購入にばかり目が行き、目先の大切な夕飯の食材には意識が向かなかったようである。これには梨生奈も口を開け、肩を落とさざるを得なかった。大人が二人もいて、何故、それに気付かなかったのか、不思議で仕方なかった。
『ごめん、梨生奈。買って来て!!』
いい年齢の主婦が、ウインクをしながらお願いのポーズを取る様に、思春期の少女は半ば呆れつつも、出掛ける支度をした。
「はあ……。まあ、気晴らしに丁度いいかも。そう、気晴らし……」
誰に言う訳でもなく、夕暮れ時の歩道を歩きながら、梨生奈は呟いた。
(こんなに遠くに来ちゃった。久し振りに来たな、このスーパー)
無意識のうちに、いつも通う商店街からは外れ、稀にしか来ないような大型スーパーに足を運んでいた。遠くまで足を延ばしていると、何故だか落ち着いた気持ちでいられたからだ。つい先刻、大切な幼馴染と、大好きな少年と交わした言葉が頭の中に残り続ける梨生奈は、気を紛らわせたかったのだけだ。何か別のことに意識を向けられれば、何でも良かったのだ。
「合わせて二千八百七十三円です」
四十代前半くらいの、スーパーのパート店員の言葉に反応し、梨生奈は財布から紙幣と硬貨を取り出した。
「三千円と七十三円のお預かりです。……二百円とレシートのお返しです。ありがとうございました」
店員の接客はマニュアル通りの接客ではあるが、わざとらしさを感じない自然なものだった。
笑顔の店員から釣銭とレシートを受け取った梨生奈は買い物かごをそのままサッカー台に移し、黙々と袋詰めを始めた。
(何してんだろ、私…………)
袋詰めを終え、スーパーを出ようとした梨生奈の目に、見覚えのある人物の姿が映った。
「あれは……」
つい先日出会った得体の知れない外国人の少女、シルヴィアだ。モデル顔負けの煌びやかな容姿は、このような大衆スーパーの中でとりわけ目立っており、周囲の人間の視線も彼女に注がれている。悪く言えば浮いているのだが、それでも、その容姿に周囲の人間は心を惹かれているようだ。買い物袋から飛び出した長ネギも、違った意味で彼女の存在を強調させていた。
出会ったばかりで、当然ながらお互いのことをよく知らない。しかし、一つだけ梨生奈が理解したこと、一つだけ共通していることがある。それは間違いなく、シルヴィアも志藤怜士という少年を好いているということだった。これは恐らく、シルヴィアも同じことを感じているだろう。
梨生奈はその場で立ち止まり、その瞳を大きく広げ、シルヴィアを見つめていた。すると、シルヴィアもその視線に気付いたようで、彼女の視線も梨生奈を捉えた。
(……!!)
目が合ったことで、梨生奈は思わず顔をそむけた。いや、そむけてしまった。
対するシルヴィアはその様子に小さく口を開け、少しだけ驚いたようだ。口を閉じると、何かを思い立ったかのように歩き出した。
シルヴィアは真っ直ぐ梨生奈のところへと向かって来る。梨生奈がどうしたらいいのかと考えているうちに、シルヴィアは彼女の眼前に立っていた。
「このような所でお会いするとは、奇遇ですね」
「……うん、そうね。あなたも買い物?」
「ええ、真奈美様から頼まれました」
「そう、なんだ……」
シルヴィアも梨生奈と同じく、買い物を頼まれただけ。「お世話になっているので、これくらいは当然です」と笑顔で言うシルヴィアだが、梨生奈はそれが判ったからと言って、どうということは無い。梨生奈は、何となく感じるこの気まずさに耐え兼ね、一刻も早くこの場から立ち去りたいという気持ちが大きくなった。
「見たところ、梨生奈様も丁度、お買い物が終わったようですね。良ければ今から少しだけお話しできませんか?」
「話?」
どのような理由を付けてこの場から早々に立ち去ろうかと考えていた梨生奈を余所に、シルヴィアは唐突な提案をした。一方、「話をしたい」と聞いた梨生奈は少しだけ声が上擦ってしまった。
(何だろう、話って……)
見当がつかない梨生奈が思考を巡らせていると、シルヴィアは彼女の手を取り、強引にスーパーから連れ出した。「ちょっと!」という、梨生奈の戸惑いの声はシルヴィアには聞こえていないようだった。
梨生奈がシルヴィアに連れられてやって来たのは、スーパーの近くにあった公園だ。子ども向けの遊具が幾つかあるが、肝心の子どもたちの姿は見受けられない。この人気の無さは、落ち着いて話をするのに好都合だろう。
二人は公園の中央にある、古めかしいベンチに横並びで腰掛け、抱えていた荷物を下ろした。
「……それでは改めて、梨生奈様。お話がございます」
「そんなに畏まらないでよ」
一息ついたところで、シルヴィアが梨生奈に話し掛けた。シルヴィアの“様付け”に梨生奈は違和感を覚えてしまう。流石にこの呼び方は出会って間もないとはいえ、過剰だろう。しかし、シルヴィアの方は特にそれを気に留めないようだ。
「これは私の性分なので変えることはできませんよ。……それよりも本題です。梨生奈様はレイジ様のことをどのように思っていますか?」
突拍子もない質問だった。しかし、これは怜士がこの場にいないからこそできる質問だった。
「どど、どうって、昔からいつも一緒の、その……幼馴染よ」
梨生奈の心臓はドキリと脈打った。梨生奈は質問の意味が分からなかった。いや、分かりたくなかったというのが適切かもしれない。それ故に彼女は、当たり障りのない、極めて“普通”の答えを返していた。
「それも一つの正しい答えだと思いますが、私が本当に訊きたいのは、そういった答えではありません。ここまで来れば、もうお分かりのはずでしょう?」
(これじゃあ、躱せないか……)
真剣な眼差しで自分を見つめるシルヴィアを見て、梨生奈ははぐらかすこともできないことを悟ったようだ。
「私はレイジ様を一人の男性としてどう思っているのかを訊きたいのです」
梨生奈にとってこの手の質問は、この数年で多くの友人たちから揶揄い混じりで何度もされたことがある。だが、それとは全く違うものとしてしか捉えられない。
シルヴィアの問い掛けに梨生奈が俯いて閉口している。我慢ができなくなったのか、シルヴィアはベンチから立ち上がると梨生奈の目の前に立ち、彼女を見下ろした。そして、意を決したシルヴィアが放った言葉は梨生奈の心を強く締め付けた。
「……私は、あの方のことが、レイジ様のことが誰よりも好きです。一人の男性として心の底から愛しています。私のこの気持ちに嘘偽りはありません」
※2021/8/22 部分的に修正をしました。




