第37話 「とっとと決めてこい、馬鹿息子」と母親は背中を押した
ど、どうも。ご無沙汰しています。
五か月振りの更新です。
~前回までのあらすじ~
幼馴染、手料理を褒められて照れる。
幼馴染、妄想す。
元勇者、気持ちが整理できず、謝るだけ。
怜士が帰宅すると、買い物を終えて先に帰宅していたシルヴィアと真奈美の姿があった。この日も、思う存分、買い物を楽しむことができたのだろう。二人の様子を見るに、それが瞬時に怜士には理解できた。
「……ただいま」
「あら、早かったじゃない。もう少し遅くなると思ったわ」
「うん、まあ、キリが付いたからね」
怜士に気付いた真奈美が彼に声を掛けるが、やはり怜士の声に力はない。梨生奈との一件を気にして、本来の彼が持つ明るさは欠片も見られない。
「見て下さい、レイジ様! 私、真奈美様に“すまーとふぉん”を買っていただきました! これでいつでも、レイジ様と連絡ができるようになります!!」
シルヴィアは新しい玩具を買い与えられた子どものようにはしゃいでいる。恐らく、彼女のためにスマートフォンを購入することが最大の目的だったのだろう。興奮しているシルヴィアの隣で真奈美が「名義も契約者は勿論、私だけどね」と補足説明をしている。異世界人であり、こちらの戸籍の無いシルヴィアでは携帯電話会社と契約できない。真奈美が購入したものをシルヴィアに貸与するのが堅実な手段だろう。
(嬉しそうだな、シルヴィア)
日本に来てからの数日で、シルヴィアは多くの電子機器に強い興味を抱いていた。怜士や真奈美に限らず、街で見かける人々のほとんどが所持しているこの機器に憧れを抱いていたようだ。
「レイジ様!! 早速、電話番号と“あどれす”を交換しましょう!!」
「うん、分かったよ」
スマートフォン一台で、通話を始め、メールなどでの文章のやり取り、道案内やインターネットによる検索機能、音楽や動画の鑑賞までできるのだ。科学とは無縁の世界からやって来たシルヴィアには大きなカルチャーショックだろう。故に、シルヴィアのワクワクは止まらないのだ。
「ふうん……」
「な、何?」
シルヴィアに自身の電話番号やアドレスなどと同時に、スマートフォンの簡単な操作方法も教えている怜士を真奈美はまじまじと見ている。あまりに露骨な凝視に、怜士は嫌でも反応してしまう。
「シルヴィアちゃん。それが終わったら、ちょっと買い物を頼まれてくれるかしら? 買い忘れがあったの」
「それくらい、俺が行くよ。わざわざシルヴィアが行かなくても……」
「もっとこっちでの生活に慣れてもらうための練習よ」
怜士としては、シルヴィアを使い走りにするようで気が引けたが、真奈美の言い分も一理ある。また、シルヴィア本人がそれを快諾したので引き下がることにした。折角、スマートフォンを手に入れたのだから、地図機能を使って行ったことのない店に行ってみたいらしい。元聖女様はなかなかに先進的でこちらの文化や文明に順応するのが速いらしい。怜士は彼女の意見を尊重した。
おつかいという重要任務をこなすべく、スマホ片手に嬉々として出発するシルヴィアを見送った後、怜士は真奈美に腕を引っ張られた。
「ちょっと来なさい」
「え、な、何!?」
突然のことで状況が飲み込めない怜士だが、真奈美の顔を見るに、ふざけているわけではないということは瞬時に理解できた。
「んで? 今日、梨生奈ちゃんと何があったの?」
「えっ!?」
帰宅してから真奈美とはそれほど言葉を交わしていない。無論、怜士と梨生奈の間に何があったのかも話していない。それなのに、真奈美は怜士の心情を見抜き、その原因をたった一発で突いてきたのだ。流石に怜士も驚きを隠せない。
「これはカマかけでも何でもないわ。アンタの辛気臭い間抜けな顔を見れば分かることよ。尤も、今日の外出先が梨生奈ちゃんの家なんだから、私じゃなくても誰でも推測できるけどね」
「…………」
怜士は真奈美の言葉を聞いて一応は納得した。そして、彼女はこれから間違いなく、何かを追及する。そのために理由を付けてシルヴィアを家から遠ざけたのだ。それも理解したために怜士は不貞腐れたような態度を取ってしまう。
「ふむふむ、ここ数日の様子を見るに、アンタさ、梨生奈ちゃんとシルヴィアちゃんがどういう気持ちでいるのか、やっと理解したんでしょう? まあ正しくは、これまでぼんやりとしてたものが形をしっかり持つようになったってところかしら?」
「っ!!」
――核心を突かれた。
怜士は驚愕の表情を浮かべ、一瞬で頭の中が混乱を起こした。以前から母親のことを飄々としている割に物事を俯瞰で見ている、鋭い人間だと思っていた怜士だが、今日はそれが一層強く感じられ、不気味にすら思える。
「……今、実の母親のことを『不気味』とか『気持ち悪い』とか思ったでしょ?」
「いや、気持ち悪いとは思ってない」
「不気味は思ったってことかぁ!!」
真奈美は近くにあった新聞紙を素早く丸めると、怜士の頭をめがけて勢いよく振り抜いた。そのフォームは綺麗な一本足打法である。
「痛いなぁ、もう! 何をするんだよ……」
怜士は、不意を突いて攻撃を仕掛けた真奈美の「どうせ異世界の勇者様は痛くも痒くもないんでしょ」という呟きは聞き逃すことにした。
「今の実の母親への不気味発言はこの際、許してあげる。それよりも、見てられないのよ、そのウジウジした態度。胸の奥の自分の正直な気持ち。これとちゃんと向き合って、しっかり伝えなさい。アンタの言葉で、心をのせて」
「俺の、言葉……」
「いい? 二人はずっと本気の気持ちをアンタに向けてるの。勿論、想いが通じることをとても強く願ってるわ。だけど、それと同じくらい怖くて、苦しい思いもしてる。それ以上に、辛い未来があることだって覚悟してるのよ!」
「……未来」
真奈美の言葉を只々反芻することしかできない怜士。自分でも分かっていたことだが、それを第三者から言われると、改めて事の重大さを思い知る。この先、自分は大きな決断をしなければならないことを肌で感じ取れる。
黙り込んでしまった怜士の態度に嫌気が差したのか、真奈美は眉や口元をピクピクと動かしている。
「曲がりなりにも勇者をやってたんなら、勇気を見せなさい、漢を見せなさい!」
いい加減にしろと言わんばかりに怒鳴り声を上げた真奈美に対し、怜士も彼なりに抵抗しようとしたが、真奈美はそれすら許さなかった。
「そんなこと言ったって、俺は――」
「ええいっ、ブーブー言うな、この馬鹿!! 『気合』が足りないのよ、『気合』が! 歯を食いしばりなさい、修正してあげるっ!!」
「うがっ!!」
どこぞの戦艦の艦長さながらの迫力で真奈美は怜士の頬をぶった。
「どう? 気力が一〇は上がったでしょ? なんなら気力がもう三〇は上がるように、『気迫』も掛けてあげましょうか?」
この数分のやり取りの中で、怜士は何度ぶたれただろうか。自分の煮え切らない態度が原因であることは理解しているが、だからと言って解決策が見えている訳ではない。
「あの二人に変な気遣いは無用よ! 寧ろ、そんな態度でいる方が二人にとって負担になるの。失礼なのよ!」
「…………」
「二人を気遣っているつもりかもしれないけど、それこそ思い上がりもいいところ。自分だけでどうにかなるとは思わないで。本気の想いには、本気でぶつかるしかない! これは、何処の世界でも、誰であっても変わらない、不変の真理なの!!」
かつてこれ程までに真剣に怒る母親の姿を怜士は見たことがあっただろうか。悪戯がばれたり、テストの点数が悪かったり、約束を破ったりして雷が落ちたことは何度もあった。しかし、今の真奈美の表情はそれまでとはまた異なる色を見せている。
「ああああっ、もう!! 我が息子ながら情けない! 女々しい! 鬱陶しい!! さっきから私だけが喋ってるじゃないの!! 悩むくらいなら行動あるのみっ! 兎に角、今すぐシルヴィアちゃんを追い掛けて、梨生奈ちゃんにも会って来なさい!!」
「ぐほおおん!?」
真奈美は怒鳴り散らしながら怜士の鳩尾目掛けて強烈な蹴りを放った。蹴り終えた後に「必殺烈風マナミキック……」などとすまし顔で言っている。蹴られた衝撃で床に仰向けに倒れたままの怜士は、天井を見上げたまま考え込んでいた。
(そうか、二人のことを考えてるつもりになっていたけど、詰まる所、何も考えてなかったのか。悔しいけど、母さんの言う通りだ。自分で勝手に言い訳して、自分の考えばかりが先に行って、二人の目線に立つことなんかしなかった……)
真奈美に散々言われたように、梨生奈とシルヴィアという、二人の大切に想う少女の間で未だ揺れ続ける怜士が二人の想いに報いるためには、下手に悩み考え抜くよりも、行動を起こすべきであることを、自分の本音を伝えるべきであるということを今、漸く理解した。
(大切な二人の女の子。絶対に護りたい女の子。伝えなきゃいけない。何を言われても構わない。俺の本当の気持ちは……)
そこまで考えた怜士は、勢いをつけ、起き上がった。
「ちょっと出掛けてくる」
「……そう、もうすぐ夕飯なんだから、早く帰ってくるのよ?」
「うん、分かった」
怜士はやや乱れた上着の襟を正し、そのまま玄関に向かった。そして、照れ臭いのか、去り際に真奈美の顔は見ずに、小さく呟いた。
「……ありがとう、母さん」
怜士が玄関の扉を閉める音を聞いた真奈美は肩の力を抜いて、肺に溜まった空気と一緒に一言だけ吐き出した。
「とっとと決めてこい、馬鹿息子」
※2021/8/22 部分的に修正をしました。




