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第35話 「何が勇者か、全く……」と元勇者は自嘲した

~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染の父親に罵られる。

元勇者、幼馴染の母親にビビる。

幼馴染、父親を酷評。

「あれ? 梨生奈の部屋に入るのも、久し振りな気がするな」

「まあ、高校に上がってからはなかなか時間が合わないし、昔のように頻繁にっていうのは難しいわね」

「そりゃそうか」


 西條夫妻の一件から気を取り直した怜士は梨生奈の部屋を見渡すと、様々な変化に気付いた。怜士が特に注意を引かれたのは、本棚に飾られているぬいぐるみだ。


「あ、これはこの前ゲーセンでおごらされ……取らせていただいたぬいぐるみだ! 飾ってくれてるのか、何か嬉しいな」


 五千円も費やして獲得したクマのぬいぐるみは目立つところに置かれていた。「おごらされた」と言いかけた怜士だが、梨生奈が睨み付けてきたため、瞬時に訂正している。


「そ、そう? このぬいぐるみをいい場所に飾った私に感謝して、私を崇めなさい!!」

「ぬいぐるみ一つでその崇拝は過剰じゃないの?」


 半ば意地になってクレーンゲームに貴重な財産を投資したのだ。怜士としてはしっかりと飾って大事に保存をして欲しいが、流石にそれだけで梨生奈を崇めるつもりはない。


「そう言えば、昔はぬいぐるみがもっとたくさんあったよね?」

「……もう高校二年生だし、いつまでもたくさんのぬいぐるみに囲まれてるのもねぇ。スペースだってとるしね。だから去年の大掃除で一気に片付けたの。でも、捨てるのは可哀想だったから、親戚や近所のちびっ子に引き取ってもらったんだ」

「ふうん、なら良かったじゃん。ぬいぐるみ達がいなくなった分、部屋全体が随分と落ち着いた感じに見えるな」

「……ふん。どうせ、私は女の子らしくない可愛げもない部屋の住人ですよ~」

「別にそうは言ってないけどなあ。何でそう受け止めるのさ?」


 どうにも梨生奈は怜士の発言を「殺風景で面白みのない部屋」、「女子らしくない部屋」と評価されたように感じたらしい。「ぬいぐるみの処分を考えたのは自分だろうに」と言いたくなった怜士だったが、それを言うと話がこじれることは明白なので自重した。


「大体、俺、女の子の部屋の基準なんか分からないよ。だって、梨生奈以外の女の子の部屋に入ったことないから」

「そ、そ、そうなの!? 私以外……。……それなら、先程の無礼極まりない発言は許す」

「俺、そんなに失礼なこと言ったの!? ……一応、ごめんなさい」


 いつもの二人のやり取りも程々に、本来の目的である試験勉強を開始した。




「怜士、またここミスしてる」

「あ、本当だ」

「気を付けないと、本番でもミスするよ?」

「うん、分かった。肝に銘じます……」

「肝だけじゃ足りないかもしれないから、胃と小腸にも銘じて置いたら?」

「何その予防策!?」


 先程からミスをする都度、梨生奈に指摘されている。勉強を始めてから集中力が続かないこと、正確には集中状態になれないことを怜士は自覚していた。そのため、簡単な問題でミスをするし、梨生奈が教えてくれた要点も多くは右から左だ。特に、梨生奈は厚意で指導をしてくれているのだから申し訳なさで怜士の心はいっぱいになる。


「ねえ、怜士、大丈夫? 何か変だよ。お父さんに何か言われた?」

「ああ、ごめんね。何か言われたかと聞かれたら答えはイエスだけども、いつも通りだったし、何でもないよ。大丈夫」

「そこはイエスなんだ……。まったく、お父さんはっ! でも、やっぱり変だよ」


 梨生奈の父親には目の敵にされ、母親のアイアンクロウを目撃し、怜士が大きく動揺したことは確かだが、それは無関係だ。梨生奈の母親が最後に言った「梨生奈をちゃんと見てあげてね」という言葉。これが怜士の頭から離れない。これが、勉強が手に付かない理由、きっかけだったのだ。梨生奈本人を目の前にすると、それは一層重く大きくのしかかる。


「うん、ありがとう。本当に大丈夫だから」


 幼馴染には通用しないだろうと思いつつも、怜士は淡々と取り繕った笑顔で言い放った。




「ちょっとトイレ借りるね?」


 怜士は梨生奈に断りを入れると、部屋から出てトイレへ向かった。用を足したいという訳ではない。ただ、梨生奈と二人でいるあの空間から一時的にでも抜け出し、乱れた頭の中を整理したかっただけだった。


(どうしたらいいのかな、これから)


 異世界に召喚されてからの二年間、苦楽を共にし、最も長い時間一緒にいたシルヴィアという少女。彼女を大切に思う気持ちは強く、何があっても守らなければならない存在であることは確かである。ただし、それは異世界にいる間だけのことだと怜士は思っていた。


 気が付けば、シルヴィアは日本への帰還の間際に強引についてきた。最初は単純に別れを惜しんでの突発的な後先考えない行動なのではないかとも考えたが、彼女の態度や言動を見ていると、どうにも違っている。怜士は「もしかして」という、蓋をして閉じていたある可能性を引き出した。


――シルヴィアは自分をただ好いてくれているのではなくて、それ以上の感情を持っている。


 日本に来てからのシルヴィアが怜士に向ける感情は、明らかにそれまでのものとは異なり、彼に意識をさせるには十分だったのだ。


(シルヴィアのこと、本当にどう思ってるのかな、俺は)


 そう考えて、もう一人の大切な存在である梨生奈に目を向けると、怜士の心臓の鼓動は僅かに、そして確実に跳ねた。


(梨生奈も何故かああやってシルヴィアに張り合うし、やっぱり、()()()()()()なんだろうなぁ)


 長い間一緒にいた梨生奈は、怜士にとって日常の一部と化し、なくてはならないかけがえのない存在であることは確かだ。ただ、日常であり過ぎることが邪魔をして、彼女を一人の女性として意識することなど、まず無かった。


 しかし、その変わらない日常や怜士の意識を覆すに至る決定的な出来事が彼にはあった。それが「異世界召喚」だった。


 二年間も現代日本の生活から切り離され、百八十度異なる環境に放り出されたのだ。日頃は、近くにあって当たり前だと思っていたものが突然奪われたのだ。悪い表現をすれば、孤立させられたと言ってもいい。だからこそ怜士は、奪われた生活を取り戻すために「地球への帰還」を一番に願い出たのだ。


 家族の元に戻り、それまでの自分の世界を取り戻すことが怜士の願いだった。ただ、これは表面的なものであり、無意識のうちに出た建前のようなものだ。怜士の心の奥底にいたのは、西條梨生奈という、大切な幼馴染の存在だった。長い年月を経て、怜士自身が気付かぬうちに、彼女への想いというのはどこまでも広く深いものになっていたのだ。


(幼馴染っていう一言じゃ片付けられない。俺はそれほどの強い想いを持ってた……)


 梨生奈の母親の言葉から、梨生奈もシルヴィアと同じように自分に特別な感情を向けていてくれることに怜士は確信を持った。日本に帰って来てからの自分の母親の反応や言動を思い出しても、それは間違いないだろう。たとえ思い上がりや自惚れだと言われたとしても、自分に寄せられるこの好意は本物だということを怜士は理解できる。


 これまで意識したことの無かった感情に気付き始めたことで、経験のない不安や恐れが怜士の中で渦巻く。


 やがて答えを出す時は必ず訪れる。二人の幸せを願いたいという気持ちがある一方で、悲しませたくないという気持ちも同じく持ち合わせている。これがどれだけ責任逃れで独善的な思いだと言われても、怜士の考えは変わらないかもしれない。


「何が勇者か、全く……」


 踏み出す勇気すら持てない自分を嘲笑うかのように怜士はただ一言だけ呟いた。


主人公の葛藤回は外せないという、謎の強迫観念。

もう少し、続きます。


※2021/8/21 部分的に修正をしました。



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