第34話 「イタイ中年?」と幼馴染は迷いなく言った
~前回までのあらすじ~
幼馴染、落ち込み気味……。
幼馴染、元勇者と二人きりになれると思い、テンション爆上がり!
幼馴染の父、精神的なダメージにより、ライフゼロ。
「おはようございます。志藤ですけど」
『ああ、怜士君! おはよう、入って、入って!』
翌日の日曜日、約束通り西條家へやって来た怜士がインターホンを押すと、梨生奈の母親が応答した。
梨生奈が志藤家へやって来るのと同じように、怜士にとっても通い慣れた幼馴染の家だ。そのまま玄関扉を開け、中へ入る。するとそこには既に梨生奈の母親が立っていた。どうやら、怜士を迎えるためにすぐに移動したらしい。
「お邪魔します。今日は急にすみません」
「いいのよ、いいのよ。私だって、久し振りに怜士君に会えたんだから」
「あはは、そう言ってもらえると助かります。ところで、梨生奈は?」
「ごめんね、怜士君。あの子、まだ部屋の掃除をしているみたいなの。片付くまで、こっちでお茶でも飲んでいって」
梨生奈の姿が見えないことを疑問に思った怜士が彼女の母親に尋ねると、どうやら彼女は準備をしているということが分かった。一応は梨生奈も年頃の女の子だ。片づけを含めて準備をしたいこともあるのだろうと考えながら、怜士は靴を脱いだ。
促されるままに怜士は西條家の居間へ行くと、そこには怜士にとってはなるべく顔を会わせたくない相手がいた。尤も、それは相手も同様だろうが。
「あの、おはようございます。おじさん。お邪魔します」
「よお、小僧。よくもぬけぬけと来られたものだ。一体、何をしに来た!?」
「あれ? 聞いてませんか? 梨生奈と一緒に明日のテスト勉強を――」
「テスト勉強ぉ? 惚けるなっ!! 貴様ぁ、それを口実に接近して俺の梨生奈を誑かすつもりだろう? 俺の眼は誤魔化せんぞ!!」
「ハァ!? 何を言ってるんですか、おじさん! ただ普通に勉強を教えてもらうつもりで……」
怜士が何を言ってもまともに取り合ってくれない。梨生奈の父親は昔からこの調子でいつも怜士を目の敵にするような言動が多く、怜士は彼を苦手としていた。この乱暴な物言いは、怜士が中学に上がる頃から兆しが現れ始め、卒業の頃にはあからさまになっていた。休日に西條家を訪問すると、この父親がいるということを二年間の異世界での生活で失念していたらしい。
「黙れ、黙れ、黙るんだぁ!! そんな嘘は通用せん! そもそも俺は貴様を――」
「あなた」
「ええい、うるさいぞ!? おい、貴様! そもそも“おじさん”などと呼ぶな、馴れ馴れしい腹立たしい汚らわしい! そうだ! 今後一切、敬称や人称代名詞を使って俺のことを呼ぶんじゃない!!」
「日常会話で人称代名詞って言葉、初めて使われた!? ていうか、それじゃあ、話し掛けられないですよ!?」
「ふん! だって話し掛けられたくないもーん」
怜士は内心でいい年齢の男が語尾に“もーん”と付けることに引いていた。
「ねえ、あなた」
「お前は黙っていなさい! 俺は今、こいつと話をしているんだ!!」
先程から、二人のやり取りを見かねた梨生奈の母親がどうにか関係を取り繕おうとするが、梨生奈の父親はそれが耳に入らない。
「大体、小僧! 貴様はいつもいつも俺と梨生奈の父子のふれあいの時間を邪魔しおって! 今日だって本当は『大天使梨生奈ちゃんとのワクワクラブラブ親子ショッピング大作戦』のはずだったのに、貴様のせいでおじゃんになったんだ!! この恨み、どう晴らしてくれようか!! ああん!?」
「あなた、もうそろそろ大人しくしたら?」
「悪いことしたとは思っていますけど、勉強の件は梨生奈の厚意で――」
「こここ、好意だとおおおぉぉぉ!? ……許さん、貴様は殺す」
「……あなた、ちょっと」
「だから、さっきから何だ!? お前もいい加減に黙ら……ん、か……」
梨生奈の父親がそう言って目線を怜士から外すと、そこには般若がいた。魔王クラスの威圧感を放つ梨生奈の母親の姿に、梨生奈の父親も怜士も身体の震えが止まらない。目を合わせれば、たったそれだけで昇天してしまいそうだ。
「ふふふ、いい加減にするのはあなたの方ですよ? あなたの方が梨生奈の邪魔をしてるのに、どうして気付かないのかしら? そんなだから、梨生奈に邪険にされることがあるんですよ。この前だって、あの子、『この部屋、お父さんの匂いがする』って言って消臭剤を使っていたし、あなたの洗濯物を分けて洗うかどうかも二人で相談したのよ?」
「何だ、その事実は!? 俺、臭ってるの? 不潔なの? き、嫌われてるの!? そんなはずはないぞ! いつだって可愛い梨生奈は俺のことを――」
「うるさい」
「ギャアアアァァァ!!」
何の予備動作も無しに、超高速で梨生奈の母親の右手が伸び、梨生奈の父親の顔面を掴んだ。所謂、アイアンクロウだ。そして同時に、彼はそのまま二十センチほど宙に持ち上げられた。女性が成人男性の顔面を片手で掴み、持ち上げている。尋常でない握力と腕力が無ければ不可能な荒業だ。ギャグ漫画くらいでしか見たことのない光景に、流石の怜士も目を丸くし、口はガタガタと震え、思わず一歩後ずさった。
「ねえ、怜士君」
「は、はいぃ!」
怜士は何故かグランリオン式の敬服のポーズを取った。
「この人は私がシメ……連れ出すから、梨生奈と二人で気が済むまで勉強していってね!」
(ま、間違いない! 梨生奈は間違いなくおばさんの遺伝子を色濃く受け継いでいる……!!)
「あら、お返事は? それより、失礼なコトを考えてない?」
「いえ、滅相もございません!! ご配慮、ありがとうございます!」
右目でウインクをしてみせる梨生奈の母親だが、依然として右手は父親を掴んだままだ。つい十秒ほど前まで手足をばたつかせてもがいていたのに、今は何の抵抗もしていない。しなだれた四肢が、その破壊力を物語っている。
(ていうか、“シメ……”って何!? しめる? 閉める? 絞める? し、絞め殺すぅ!? おばさんのこと、何があっても絶対に怒らせないようにしよう……)
魔王を打ち倒した最強の勇者であるはずの怜士が内心でびくついていると、梨生奈の母親がハッと思い出したように口を開いた。彼女の口からどんな言葉が飛び出るか、戦々恐々とした怜士は小さな声で「ヒイ」と悲鳴を上げてしまった。
「そうそう、怜士君。今、何だか大変らしいけど、梨生奈をちゃんと見てあげてね。正しくは“梨生奈のことも”かしら? あの子って普段は強気なのに、最近はあなたのことになると途端にダメなの。だから、お願いね」
「えっ、それって……」
この言葉を聞いた途端、怜士の身体は硬直した。最近、心の片隅でうごめく、ある感情を揺さぶられたのだ。
「頼んだからね、未来の義息子くん」
「なにぃ!? やはり、貴様はぁ!!」
「だから、うるさい。はあ~、えいっ!」
「ぷぺえええぇぇぇい!!」
力尽きていた梨生奈の父親は意地と根性で復活して反応してみせたが、それは一瞬だった。すぐさま溜めのある一撃を鳩尾に叩き込まれ、珍妙な断末魔を上げて沈黙した。梨生奈の母親はそれを無視して、「じゃあ、あとはよろしくね~」と言いながら彼を引きずって出て行った。
「やっぱり鋭いな、あの人も。それとも、俺が分かり易いだけかな……」
茫然としていた怜士が小さく呟くと、梨生奈がやって来た。どうやら片付け諸々の準備が終わったらしい。
「ごめん、怜士。片付けに手間取っちゃってさ。……どうしたの?」
固まったまま動かない怜士を見て、梨生奈は不思議に思ったようだ。
「ああ、いや、おじさんとおばさんが……」
「あっ! お父さんがまた何か言ったんでしょ? 気にしなくていいよ、私とお母さんもいつもそうしているから」
「おじさんって一体……」
「イタイ中年?」
怜士は、やや蔑ろにされている梨生奈の父親に心の中で合掌した。
※2021/8/21 部分的に修正をしました。




