第33話 「お父さんなんて大っ嫌い!!」と幼馴染は叫んだ
~前回までのあらすじ~
元聖女、お箸の扱いが苦手。
幼馴染、元聖女に張り合う。
元勇者、「あ~ん」イベントを消化。
「だから、どうしてあなたは怜士にばかり質問をするの!? 怜士に余裕なんか無いんだから、集中させてあげてよ! 明後日のテスト、馬鹿怜士は本当にヤバいんだから!!」
「流石に初対面の梨生奈様に図々しく何度も質問できません! レイジ様だって、先程、『勉強熱心だ』と仰って受け入れてくれました! それに、それほどまでの危機的状況なら、今更何をしても効果は薄いはずです!!」
「あのね、二人とも俺の心を折るような言葉を自然にぶち込むのはやめてくれる?」
昼食を終え、試験勉強を再開したが、シルヴィアと梨生奈の口論は終わらない。熱が入っているのか、二人とも無意識に怜士の心を抉っている。
「怜士は昔からすこぶる要領が悪いんだから、一分一秒も無駄にできないの! 私は勉強の指導を頼まれたんだから、最後まで責任を持ってやり抜く! こうしてる間にも、どんどん単語を忘れているかもしれない。だから、怜士の邪魔をしないで!!」
(あれ? 何だろう。さっきからノートに水滴がポタポタと……グスッ)
シルヴィアと梨生奈は怜士のことを考えての発言をしているつもりらしいが、それが逆効果だということには気付いていないようだった。
「んじゃ、母さん。梨生奈を送ってくるよ」
「梨生奈ちゃん、気を付けてね! 怜士に変なコトされないように」
「ねえ、最後の一言、変じゃない?」
あっという間に夕方になり、辺りも暗くなっている。志藤家から西條家までは大した距離ではないが、怜士が梨生奈を送ることになった。試験勉強のためにわざわざご足労いただいたのだ、当然の行為だろう。
「それじゃあ、お邪魔しました」
梨生奈が元気よく志藤家の玄関扉を開け、怜士もそれに続いた。シルヴィアは真奈美の後ろから二人が出ていく姿を恨めしそうに見ている。シルヴィアとしては怜士と梨生奈が二人きりになることは阻止すべき事案だが、ついて行く理由がないため、流石の彼女も諦めたのだ。
「ねえ、怜士」
「うん?」
「綺麗で可愛かったね、シルヴィアさん」
「うん、そうだね。外国の子だから、当然かも」
少しだけ、はにかんだようにして答える怜士が、梨生奈の瞳に気鬱なものに映った。
「ふう~ん。で、いつまでこっちにいるの? ホームステイなんでしょ?」
「ああー、いつまでだろ? 暫くはずっとかな?」
「ずっと!? 何よそれ! 滞在というより寧ろ永住!?」
シルヴィアの正体やその在り方について疑問を抱く梨生奈だが、今はどうでもいいことだった。
(怜士はやっぱり、あの子のこと…………いや、でも)
梨生奈は、出そうになった言葉を寸前で止めた。これを言ってしまえば、何かが決定的に崩れてしまうのではないかと感じたからだ。
「じゃあ、今日はありがとう。お陰様で随分はかどったよ」
「……うん、それなら良かった」
「…………」
西條家に到着し、玄関前で最後の挨拶をする二人だが、何処か梨生奈に元気が無く、怜士はそれが気になった。長時間に及ぶ勉強の疲労を差し引いてもこの違和感はおかしい。
「梨生奈さ、どうかした?」
「どうかしたって、何が?」
「いや、何か様子というか雰囲気が違うなぁと思って」
怜士に気に掛けてもらえること自体は嬉しく思う梨生奈だが、抱えているものを今、吐き出すわけにはいかない。
「ちょっと疲れただけ。大丈夫よ、ありがと」
「そっか。分かったよ、梨生奈」
違和感の正体は察しつつも、梨生奈の意思を尊重し、怜士は一旦、引き下がることにした。
「梨生奈、一つお願いがあるんだけどさ、いいかな?」
「お願い? 内容によるけど、保証人にはならないわよ?」
「高校生の俺に、保証人が必要になることなんて、そうそう無い! 俺を何だと思ってる!?」
荒げてしまった呼吸を整えて、怜士は改めて“お願い”の中身を話した。
「明日の日曜日なんだけどさ、もしも梨生奈に予定が無ければ、また一緒に勉強できないかなって」
試験勉強が不安だというのも理由の一つだが、怜士が梨生奈を誘った一番の理由はやはり、今の梨生奈を見ていられない、彼女が心配だということに尽きる。自分自身に原因の一端があることを怜士は感じている。だからこそ、彼女の傍にいなければならないと考えたのだ。
「明日か……」
やや歯切れの悪い回答をする梨生奈。折角の怜士からの誘いだ。できれば断りたくないが、彼女には翌日の日曜日は父親と買い物に出掛ける予定があった。また、一人で集中して試験対策の勉強に励みたいという理由もある。それに、シルヴィアも一緒かもしれないという不安材料もある。
「明日はちょっと、お父さんと……」
「ああ都合、悪かったか。明日は朝から夕方まで、母さんがシルヴィアを連れて観光と買い物に行くって言ってたから、二人で集中して勉強ができると思ったんだけ――」
「やる! やるわ! やります!! 一緒に勉強、頑張りましょ!!」
「いいの? おじさんとの予定ありそうだったけど……」
「いいのよ、別に! 買い物に行く予定だったけど、別にどうでもいいもん。いつでも行けるもん。そうよ、今しかできないテストの勉強を、今、することの方が大事だもん!!」
先程までの暗く元気のない様子から一変して、梨生奈は極度の興奮状態になった。誘った怜士は、思わず面喰ってしまっている。
「じゃ、じゃあさ、今日は梨生奈が来てくれたから、迷惑でなければ明日は俺が梨生奈の家にお邪魔しようと思うんだけど、どうかな?」
「い、いいに決まってるわよ! 少し考えれば分かるでしょ。馬鹿怜士!!」
「今の問答で、罵倒される道理が見つからん!!」
漸く、いつもの調子に戻った梨生奈の様子を見て怜士は心から安堵し、笑みがこぼれた。
「じゃ、じゃあ、明日は十時に来てよ。仕方がないから、お昼もご馳走してあげる」
「いいの?」
「私がいいと言ったらいいの!」
「分かったよ、ありがとう。梨生奈!」
怜士はそう言って簡単に別れの挨拶も済ませると、自宅へ戻った。彼を見送る梨生奈の顔は晴れやかだった。
「――という訳で、お父さん。明日は怜士と一緒に勉強するから買い物は別の日にしよう? それが難しいなら一人で行ってもらうか、お母さんと行って欲しいな……。その、ごめんなさい」
梨生奈は父親に予定の変更を申し出た。自分の勝手で言い出したことだ。なるべく埋め合わせはするし、しっかりと謝りもする。
「ななな、何だってぇ~!? りり、梨生奈! 明日は前々から父さんと一緒に買い物に行くって約束していたじゃないか!! それをたかだか勉強のためにふいにするなんて、信じられないっ! 勉強なんて頑張ったって、何も得は無いじゃないか!! だから、やっぱり明日は父さんと予定通り買い物に行こう。うん、そうしよう!」
「勉強を全否定!? 高校生の子どもを持つ親の言葉じゃないよ!!」
「はあ、まったく、この人は……」
梨生奈の父親は、娘を溺愛している。所謂、親馬鹿というヤツだ。彼は、あと一歩でも踏み込めば毒親に成り得る、危ういバランスの人間だ。そのため、自分との約束よりも幼馴染の少年との勉強を優先されたことに納得がいかないらしい。挙句、ヒートアップした彼は学生の本分である勉強すらも否定し始めた。これには梨生奈と母親も呆れ顔だ。
「それに、聞き捨てならん言葉があったぞ! あの小僧と一緒に勉強だって!? それはいかん、それはいかんぞ!! 父さんの可愛い梨生奈に何か間違いがあってはいけないんだ!!」
「……間違いって何よ」
梨生奈は怜士に全幅の信頼を置いているため、何も感じていないが、一人娘を持つ男親の心情としては、気が気でないらしい。
「それより、私が“お父さんのもの”って何? 大事に思ってくれるのは伝わるし、とても有難いんだけど、思春期の子どもにそういう言い方をするのは流石に嫌われる原因になるよ? ハッキリ言って気持ち悪い」
「ゴハアッ!!」
梨生奈なりに自分が大事されていることは理解しているが、やや空回り気味の父親のアプローチは思春期の女子高生には鬱陶しいようだ。
気持ち悪いと言われた梨生奈の父は椅子から転げ落ちている。ショックだったらしい。
「ていうか、怜士は優しいから変なコトなんてしないもん!」
「わ、分からんぞ? 男は所詮、狼なんだ。一皮むけば本性が露に――」
「じゃあ、お父さんも狼の本性があるの? 信じられない。最低」
「グハアッ!!」
怜士を疑われて梨生奈は気分を害したようだ。父親の「男は狼発言」も琴線に触れるものがあった。
最低と言われた梨生奈の父は真っ白になり、立ち上がることすらままならない。大きなショックだったらしい。
「そう言えばお父さんてさ、いつも怜士のことを悪く言うよね。本人とそれほど話したこともないのに、そんな風に言うなんておかしいよ。どうしていつもそうなの? そんな風に人を判断するお父さんなんて大っ嫌い!!」
「ゲヤッハアッ!!」
怜士を娘に近づく悪い虫として適している父親が理解できず、梨生奈は少しだけ感情的になった。
最愛の娘に「大っ嫌い!!」と言われた梨生奈の父は床に血反吐を吐き散らし、その場から動けなくなった。
「そもそもお父さんは……」
「梨生奈! もうやめて! とっくにお父さんの心のライフはゼロよ!」
梨生奈の母が止めに入った時には既に手遅れだった。
※2021/8/21 部分的に修正をしました。