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第32話 「お箸が使えなければフォークを使えばいいじゃない」と元勇者は考えた

~前回までのあらすじ~

元聖女、幼馴染に張り合う。

幼馴染、勘付く。

元勇者、母親から馬鹿にされる。

「ああっ!」


 シルヴィアが不意に漏らした声は、三人の視線を引きつけた。


「どうしたの? シルヴィアちゃん」

「うう、すみません。おかずのお魚を落としてしまいました……」


 シルヴィアの言う通り、一口大の煮魚が床に落ちてしまっている。箸を扱い損ねたようだ。向こうの世界ではフォークやスプーンが主流だったこともあり、彼女は上手に箸を扱うことができない。そのため、「箸使いのマスター」が最近のシルヴィアの生活目標になっている。


「まあ、仕方ないよ。最近練習を始めたばかりなんだからさ」


 怜士はすぐに落ちてしまった煮魚を片付けた。異世界の話とは言え、シルヴィアは王族の人間だ。やはり、彼女に片付けをさせるのは憚られるらしい。


「真奈美様が作ってくださるお魚、とても美味しいので楽しみにしていたんです。残念です……」


 日本に来てからすっかり和食の虜になっているシルヴィア。煮魚をはじめとした煮物がブームらしい。そして、明らかに肩を落として落胆する彼女を見かねた怜士は、まだ残っている自分の煮魚をシルヴィアに分けることにした。


「シルヴィア。俺の魚、分けてあげるから、元気出して!」


 怜士がそう言って、切り分けた自身の魚をシルヴィアの皿に移そうとした時、シルヴィアが瞳を光らせて言い放った。


「レ、レイジ様! その、まだ上手くお箸が使えませんし、また落としたくありません。ですから、レイジ様が私に食べさせてください!」

「へ?」

「はあ!?」

「あら!」


 シルヴィアの提案に、三者三様のリアクションが飛び出した。


「箸の代わりにフォークを……」

「それはなりません! 和食というのは日本人の生み出した一つの文化であり、心であると聞きました。それを、お箸を使わずに食するなど、料理への冒涜です! だから私は、レイジ様にお箸を使って食べさせていただくことを要求します!!」

「何処で覚えたの、その知識!?」


 怜士は「お箸が使えなければフォークを使えばいいじゃない」と考えて代替案を示したが、いかにもな屁理屈をシルヴィアにこねられ、退路は断たれた。


 強情なシルヴィアにこれ以上の説得は通用しないと考えた怜士は彼女に従うことにした。それに、シルヴィアが怜士を想うように、怜士にとってシルヴィアも特別な人間だ。これくらいのお願いは叶えてあげたいとも思うようだ。


「はい、あーんして」


ベキィ!!


(今、変な音が聞こえたぞ? まあ、いいか)


 怜士は煮魚をシルヴィアの口元に運んだ。何故かシルヴィアは目を閉じてしまったが、怜士が食べさせる以上、口からこぼすような問題は無い。


 パクリと一口で口に入れるシルヴィアの恍惚とした表情は、思わず釘付けになる程に可愛らしく、怜士すら顔を赤くしてしまった。真奈美はニコニコと二人の様子を見ているが、やはり、この状況が面白くないのは梨生奈ただ一人。


「ねえ、怜士」

「何?」


 怜士が梨生奈の声に反応して振り向くと、梨生奈は目を血走らせて怜士の肩を掴んでいた。


「私も煮魚好きなの。もう自分の分は食べちゃったから、もっと食べたいな」

「あの、肩が痛いですよ、梨生奈さん。じゃ、じゃあ、母さん。梨生奈におかわりを――」

「いやあ、残念ね! 人数分しか用意が無いから、おかわりは無いわ! これは怜士が分けてあげるしか他に方法は無いわね! ああ、残念無念また来週!!」

「表情が残念そうに見えないっ!!」


 ニコニコというより、ニタニタと表現した方がしっくりくるような笑顔で真奈美は怜士に答えている。


「いいでしょ? 怜士。ほら、私にも! あ、あーん」

「俺が食べさせるの? 梨生奈は普通に箸を使えるだ……ろ?」


 怜士が梨生奈の手元を見た時、彼の目に衝撃の光景が飛び込んで来た。


(は、ははは箸が折れてるぅ!? 何コレ? 梨生奈がやったのか? そう言えばさっき、“ベキィ!!”って音が……まさかっ!!)


 梨生奈の手元近くには、無残にも砕け散った箸の残骸だけが残っていた。木製の箸とは言っても、指の力だけで砕いたのだから恐ろしい。


「は・や・く! あーん!」

「えっ、いや……」

「あん?」

「は、はい、梨生奈。あーん」


 梨生奈の熱烈で熾烈なお願いに屈し、大人しく怜士は煮魚を梨生奈に食べさせた。梨生奈も嬉しそうにそれを頬張っている。


「そう言えば、子どもの頃はこうやって食べさせ合いっこしてた気がするな……」


 思い出した幼少期の思い出をボソリと呟いた怜士だが、シルヴィアも梨生奈もこれを聞き逃さなかった。これを皮切りに、梨生奈とシルヴィアの壮絶な舌戦、即ち、女の戦いが繰り広げられることになる。


「そうだったわね、懐かしい。私と怜士はもう何度もこれくらいのことしていたわね。何度も」

「でしたら、最早それはただの慣習化した作業でしょうね。私と違って気持ちなど、欠片もこもっていないのではないでしょうか?」

「そんなはずはないわよ。怜士はちゃんと私のことを考えてくれてるよね?」

「うん、そりゃ勿論、長い付き合いだし、いつも一緒にいた梨生奈のことはちゃんと考えてるけど」

「ねえ、聞いた? 怜士、私のことは“ちゃんと考えて”くれてるんだって!」


 怜士の言葉に気を良くした梨生奈は得意げに、そして悪い顔をしてシルヴィアを見た。しかし、シルヴィアも負けてはいない。


「その程度で何をおっしゃっているのでしょうか。私は先日、“シルヴィアのことを考えよう”、“先のこと、ちゃんと考えるから”、“伝えたいことがある”とレイジ様に言われましたよ? 最早、私たちの未来は確定したも同然です!」


 勝ち誇った表情を浮かべながら梨生奈を睨み付けるシルヴィアは、到底、聖女だったとは思えなかった。


「何よそれ! まだ何も言われてないなら、未来なんか分からないじゃない!」

「いいえ! そのようなことは決してありません。二年前のあの日から、既に決まったことだったのです!」

「二年前? あなた、二週間くらい前からここにホームステイしてるだけでしょ? 何を言ってるのよ!」

「シルヴィア! もう、その辺で――」

「レイジ様は!!」

「黙ってなさい!!」


 シルヴィアの「ホームステイ中の留学生」という設定にボロが出そうになったため、怜士は慌てて仲裁に入るが、二人の剣幕や迫力といったものがそれを阻んだ。


 困った怜士は真奈美に助けを求めようとしたが、既に彼女は台所へ避難しており、食器洗いに()()()没頭している。目を合わせようともせず、まるで機械のように淡々と食器を洗っている。


(くっ! 母さんは頼りにできない。それより、いつの間に台所まで移動してた? 何気に暗殺者としての才能があるかも……?)


 たとえ日本に帰って来ても、異世界で培ってしまった常識や観念は怜士から抜けきらないようだ。


「まあ、怜士とどれだけの付き合いがあるかは知らないけど、一番長く一緒にいたのはこの私よ? 十年も前からずっと一緒なんだから、あなたの知らないことだって知ってるのよ!」

「時間は関係ありません。短い期間であっても、そこで濃くて深い関係を築けるかが大切だと思います。その点、私とレイジ様は一緒に困難を乗り越え……ああ、ここからは二人だけの秘密ですね」

「どういうことよ、ソレ!」


(あまり褒められた手段ではないけど、仕方ない)


 怜士は小さな溜息をつき、左手で頭を掻いた。なおも言い争いを続けているシルヴィアと梨生奈を止めるため、強硬手段にでるのだ。


パクッ!!


パクッ!!


 怜士は素早く、残っていた自分の煮魚を切り分け、シルヴィアと梨生奈の口に放り込んだ。咄嗟のことで、二人は目を見開き、何も言えず、ただ煮魚を咀嚼するだけだ。


「俺が原因だということは分かってるんだけど、やっぱり食事中は静かに行儀良くね! 時代錯誤って言われるかもしれないけど、その方が“女性らしくて”良いと思うな。食べさせてあげたいとも思えないかな」


 怜士の「女性らしい」という発言を聞き逃さなかったシルヴィアと梨生奈は急にしおらしくなり、黙って咀嚼を続けている。すると、そのまま残っていた食事を同じく黙って食べ始めた。梨生奈には、いつの間にかスペアの箸が用意されていた。


静寂が支配していると言ってもいい。聞こえるのは食器と卓が触れ合う時の微かな音だけだ。


(……急に黙るから怖いんだけど)


 怜士があまりの温度差に恐怖を感じたその時、シルヴィアと梨生奈の様子がさらにおかしいことを彼は気付いた。何故か二人とも、無言で目を閉じて口を開けている。


(ああ、大人しくしたから食べさせろってことね。余計なコト言ったかな……)


 再び怜士は二人に自分の分のおかずを食べさせた。目の前で張り合う美少女二人に食事を食べさせるこの時間、怜士は大きな自己嫌悪に襲われながら、早急に“答え”を伝える必要があることを強く感じた。


※2021/8/21 部分的に修正をしました。

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