第31話 「それは遠慮させていただきます」と元聖女は拒否した
~前回までのあらすじ~
幼馴染、先輩を警戒して犬化。
クラスメイト、元勇者たちで遊ぶ。
幼馴染、元聖女と邂逅する。
幼馴染、キレのいいノリツッコミ。
本来は怜士と梨生奈の試験勉強会であったが、シルヴィアもそこに混ざり、彼女は日本語の読み書きの練習を行っている。
勉強を始めて、そろそろ二時間が過ぎようとしていた。
「ねえ、梨生奈。この英文の訳って、これで合ってる?」
怜士は梨生奈へノートを見せながら、少しだけ身体を寄せている。
「う、うん、合ってる。でも、いつもの出題傾向から考えると、和訳の問題はほとんど出ないから、大体の流れを把握するくらいでいいと思う。それよりも英文自体を丸暗記して、連語とかの無作為な穴埋め問題の対応できるようにした方がいいかも。あの先生、そういうの好きだもん」
「おお、流石は梨生奈! やっぱりよく勉強してるんだなぁ、ありがとう!」
「えへへ」
「むぅー」
怜士が質問をすると、梨生奈がそれに答え、的確なアドバイスを施す。当然、怜士は礼を言うし、対策が十分にできている梨生奈を褒める。すると、梨生奈は気分が良いわけだが、シルヴィアからすれば、それは面白くないらしい。
「レイジ様、この『足をすくう』という言葉は、ただ相手を転ばせるということではないのですか?」
シルヴィアは怜士の隣にピタリと張り付くように身体を寄せ、テキストを見せている。
「これは日本語特有の言い回しで、『相手の隙を突いて失敗させる』っていう意味があるんだ」
「なるほど、日本語は奥が深いのですね。ありがとうございます、レイジ様!!」
「ああ、構わないよ。勉強熱心だね、シルヴィアは」
「えへへ」
「ううぅー」
シルヴィアが質問をすると、怜士がそれに答え、丁寧に指導する。当然、シルヴィアは礼を言うし、怜士は熱心な学びの姿勢を見せるシルヴィアを褒める。すると、シルヴィアは気分が良いわけだが、梨生奈からすれば、それは面白くないらしい。
「……ねえ、シルヴィアさん? 邪魔はしないんじゃなかったの?」
「私はただ、分からない問いについて質問をしただけです。それに、レイジ様自身が思考をしている場面で話し掛けてはいません。質問をする機会は見計らっています」
「それだけ流暢に日本語が話せるに、どうして読み書きはできないのよ……。まあ、それはともかく、怜士に訊ねるくらいなら私にしてよ、教えてあげるから!」
「いえ、それは遠慮させていただきます」
「いや、何でよ!?」
怜士に近付けさせるくらいなら自分がついでに勉強を見ようという考えに至った梨生奈だが、すぐにその考えはシルヴィアによって水泡に帰した。
(そのようなことをすれば、私がレイジ様に近付けなくなります。勉強会という場では、梨生奈様はレイジ様に近付いてもらえても、私には近付いてもらえません、それは不公平です!)
(この子、何が何でも怜士に近付く気ね! もしかして……)
シルヴィアとの対面時から薄々感じていた梨生奈の疑念が確信に変わりつつあった。それを確固たるものにするために、梨生奈は一歩踏み出した。
「そ、そんなことより、さっきから気になってたけど! どうしてシルヴィアさんは怜士のことを“様付け”してるのよ!」
怜士を睨み付けるようにして梨生奈が疑問をぶつけた。自分と変わらないくらいの少女が幼馴染を“レイジ様”と呼んでいることには大きな違和感と疑問が残る。
「俺に聞かれても……。でも、俺だって様付けはやめて欲しいって頼んだことはあるぞ? でも、頑なにやめてくれないんだよ」
怜士が助けを求めるようにシルヴィアを見ると、彼女がそれに答えた。
「私がレイジ様をレイジ様と呼ぶのは、私の“気持ち”の表れだと考えて下さって結構です。私が想いを込めてお呼びするのは当然のことなのです!」
シルヴィアにストレートに愛情表現をされた怜士は照れくさいのか、顔を赤くしており、それを隠すためかノートを見つめ、黙ってペンを走らせている。
優美で慈愛に満ちた表情で言い切ったシルヴィアを見て、梨生奈は脳内に警鐘が鳴るのを感じた。正確には、元々鳴っていたものが大音量で重厚感溢れるサウンドになったという方が適切だ。
(そっか……。この子、怜士のことが好きなんだね。私には分かる。……ていうか、何でコイツは嬉しそうなのよ!!)
笑顔であるのに一切楽しげではない微妙な表情で会話をし、見つめ合うシルヴィアと梨生奈を見て、怜士は胃を素手で掴まれているのではないかと思えるほどの緊張に襲われていた。
そんな時、階下から真奈美の声がした。
「みんな! お昼ご飯作ったから、降りてらっしゃい!!」
この真奈美の一言によって、三人の意識は昼食へ変わり、特にシルヴィアと梨生奈の交差する視線に耐えきれなくなっていた怜士にとってはまさに救いの一声だった。
「じゃ、ここらで一区切りにして、ご飯にしよう」
そう言って、怜士は隣にいたシルヴィアの肩に手をポンと置き、立ち上がった。
「いやあ、梨生奈ちゃん! 聞いてるわよ、聞いてるわよ! 今年、全国狙えるんですって?」
真奈美も含めた四人で食事をしていると、梨生奈の部活動についての活躍に及んでいた。
「はい、お陰様で絶好調で。テスト明けもすぐに試合ですけど、十分勝てそうです!」
「いやあ、凄いわねぇ。それに比べて、怜士ときたら……帰宅部も全国大会とかないのかしら?」
「あるわけがない! 仮にあっても、何を競うの!?」
「いかに早く家に帰ることができるかタイムを計ったり、いかにグータラして時間を浪費するか比べたり、仲間と青春の時間を共有できない度合いを調べたりとか?」
「胸が痛い! 苦しい! もうやめてくれ!!」
怜士たちが盛り上がっている一方で、シルヴィアは置いてきぼりだ。彼女は異世界人で王族だ。「部活動」というものが何かを知るはずも無いので当然だろう。
梨生奈と真奈美気が話をしている中、気付いた怜士がシルヴィアの耳元で簡単に説明をすると、彼女は面を下げ、顔を真っ赤にしている。それに気が付いた梨生奈もまた、シルヴィアとは違った理由で顔を赤くしていた。
「ちょっと怜士、聞いてるの!?」
「うん? ちゃんと聞いてるよ。最近はどの試合でも梨生奈は一人で最低三十点はとってるんだろ? 凄いよな、梨生奈はさ。次の試合も、応援してるよ」
「そ、そう? 分かってればいいのよ。ありがと……!!」
怜士がしっかりと自分の話を聴いてくれていたということは、梨生奈にとって喜ばしいことらしい。つい数十秒前までむくれていたその顔は一瞬で晴れやかなものになっている。
シルヴィアが来るまで、志藤家は怜士と真奈美の二人暮らしだった。怜士の父親は仕事で海外を飛び回っており、日本に戻って来ることは非常に少ない。そのため、たった四人でも、こうして食卓を囲み、談笑しながら昼食を摂ることは怜士にとって喜ぶべきことであり、何よりも大切な時間だった。
「……あの、母さん」
「どうしたの?」
「それはもう極めて自然に受け入れてるんだけど、どうして俺たちは三対一で座ってるわけ?」
今、食卓の座席は、シルヴィアと梨生奈が怜士を挟むようにして三人で並んでおり、その対面に真奈美が一人で座している。二対二に分かれて対面で座ることが普通だろうから、怜士の疑問も尤もだ。おかげで少しだけ怜士たち側の卓上に並んだ食器が窮屈に見える。
「あら、その方が問題なく、それでいて平等に座れるからよ。シルヴィアちゃんか梨生奈ちゃんが私の隣だと、二人とも気を遣うでしょ?」
シルヴィアと梨生奈の気持ちを見抜いている真奈美は二人に平等にチャンスを与えるため、こうした座席を設定したのだ。それに、座り方ひとつで喧嘩が起こり得ることも予想したようだ。しかし、これは建前だった。
(ふっふっふ。この方が面白くなるに決まってるからよ、怜士)
真奈美は、息子たちの恋模様を楽しみたいようだ。見方によっては悪辣だが……。
「だったらさ、俺が母さんの隣に座って、梨生奈とシルヴィアが隣同士なら――」
「それは!」
「ダメ!」
「……そうですかい」
怜士の提案に対して、両隣の女子から即座に却下が言い渡された。
(こうも揃った発声ができるとは……。あの有名なゴールデンコンビ並みの連携だ。二人で一緒にボールを蹴れるかな?)
息の合った二人の発生に対し、怜士は昔読んだスポーツ漫画を思い出していた。
※2021/8/17 部分的に修正をしました。




