第30話 「……って、待たんかーい!」と幼馴染はノリツッコミをした
~前回までのあらすじ~
元勇者、退魔師や妖魔について知る。
元勇者、先輩と本当の意味での出会い。
元勇者、幼馴染に誤解を招き、ドーン!
学校の先輩であり、怜士も知らない特別な力を持つと少女、和泉琴音が昼休みの度に怜士のクラスまでやって来て一緒に昼食を摂るようになって四日目になった。未だこの二人の関係を勘繰り、誤解している人間が多いが、怜士自身は特に気にしていない。いや、気にしないようにしなければ、精神の均衡が保てないといったほうが正しい。
因みに、怜士が琴音に不貞を働いたという勘違いは、琴音に説明を手伝ってもらうことで何とか解決している。
「あの、和泉先輩」
「何かしら、志藤君」
「別に迷惑をしているわけじゃないんですけど、どうして毎日ここに?」
「私が貴方と一緒にご飯を食べたいからよ。それに今、自分でも迷惑じゃないっていったでしょう?」
「そうですけども……」
怜士も男だ。琴音のような美人な先輩と一緒に昼食を摂れるとあらば、嬉しさの一つも込み上げてくる。ただ、周りの人間の視線が痛い。特に……。
「ウウウゥゥゥ……!!」
鋭い目つきで隣にいる怜士を睨み付ける、幼馴染の梨生奈の視線は常軌を逸している。
「梨生奈、何でそんな犬みたいな声を出すんだよ……」
「ウウゥゥ!!」
「面白いお友達がいるのね、志藤君は。羨ましいわ」
「先輩、これが面白く見えるなら、眼科に行くことをオススメします」
毎昼休み、梨生奈は怜士の隣にピッタリついて離れない。時折、琴音に対して威嚇に似た行為に及ぶので、怜士もほとほと呆れているようだ。
「志藤のヤツ、何て羨ましいんだ! 死ねばいいのに!!」
「ああいうのがいるから、俺たちは日陰で生きるしかないんだよなぁ」
「不条理だ……」
周りにいる男子生徒たちは、美人二人に囲まれている怜士を羨ましく思いながら、殺意を募らせ、絶望すらしている。
「頑張れ、梨生奈! 相手があの和泉先輩でも負けないで!!」
「さしずめ、“美少女幼馴染対美人先輩巫女”ってところか。付き合いの長さでは梨生奈が有利だけど、属性では先輩が一歩リードか。これは目が離せませんなぁ」
「ふふふ、もつれてこじれて、ドロドロの展開に……。梨生奈、応援してるわ!!」
一方で、周りにいる女子生徒たちは、三人関係を興味深く見物している。ある者は友人を応援し、ある者は昼ドラさながらの修羅場を期待している。まさに十人十色の反応だった。
(みんな何を騒いでいるのかしら? 私、ただ志藤君の力の秘密を少しでも明らかにして吸収しようとしているだけなのに、そんなに下品な目で見られては気分が悪くなるわ……)
騒ぎを巻き起こす原因を作った張本人の琴音は、注がれる視線に辟易としていた。彼女の目的は、あくまでも怜士の力にあるようだ。
「……西條さんに千円」
「和泉先輩に二千円!」
「俺も西條さんに千円だ。幼馴染を舐めるなよ?」
「分かってないなぁ、あの大人びた包容力を見ろ! 琴音先輩に五千円だぁ!!」
怜士と梨生奈と琴音の関係を面白半分で娯楽と判断した一部の生徒の間では、「志藤賭博」なるものが開催されていた。その中には本来は真面目なはずの岩山と石川もいる。
「う~ん、怜士君だしなぁ。“新勢力の出現で泥沼の三すくみ状態になる”に一万円」
空気が読めない男、保健体育以外の科目は全て赤点でお馴染み、渡来翔也の意表を突いたこのベットが、そう遠くない未来に現実になり、志藤賭博は彼の一人勝ちなることなど、この時点では誰一人として予想できなかった。
「じゃあ、怜士。明日は十時にはお邪魔するからね!」
「ああ、よろしく頼むよ、梨生奈先生」
「任せなさい!」
いよいよ翌日に迫った怜士のための試験勉強会。梨生奈は午前中から志藤家に赴き、指導にあたるようだ。怜士は冗談交じりに「先生」などと呼んでいる。一方の梨生奈も満更ではないらしい。
(朝から行けば、みっちり勉強できる。より長く時間を確保することが大切だからね! 別に、少しでも長く一緒に居たいとか、そんなんじゃないからね!)
誰に言うということでもないのに、心中で言い訳をする梨生奈の様子は、傍から見れば不審そのものだった。
「それに、噂のホームステイ留学生もこの目で確かめないと!」
目的がすり替わり始めている梨生奈だが、今の彼女の心中は穏やかではない。この数日間の期待や不安が入り混じった波のある精神状態は梨生奈にとってはくるしいものだったのだ。
「あら、梨生奈ちゃん! いらっしゃい、久し振りね!」
「おはようございます、おばさん」
志藤家のインターホンを押した梨生奈を出迎えたのは真奈美だった数か月ぶりに見る、よく見知った少女の著しい成長に、真奈美は内心で喜んでいた。息子のただの幼馴染だが、長い付き合い故に、娘同然の感覚でいるのだ。
「あの馬鹿不勉強要領悪阿呆怜士が迷惑掛けるわね、今、アイツ呼ぶから、あがって」
「あはは、お邪魔します……」
「怜士~!! 梨生奈ちゃん、来たわよお~」
真奈美の声に応えて、怜士が奥のリビングからやって来た。
「おお、梨生奈先生! 今日はよろしく頼むね」
怜士は梨生奈に向けて軽く手を上げて挨拶を交わすが、対する梨生奈の視線は怜士に向いていない。怜士の背後にいる人間に向いている。
「へえ、あなたがシルヴィアさん? 私、西條梨生奈っていうの」
「これはお初にお目にかかります。私はシルヴィア・マルテールです。フランスから来ました。志藤家に“ほーむすてい”をしています」
「あら、日本語上手じゃない」
「ふふふ、ありがとうございます」
梨生奈来訪にあたって、怜士と真奈美の提案でシルヴィアの名前から、“グランリオン”を取ることにした。地球人が知るはずもないが、念のため、王族が代々賜るグランリオンの名は省略し、トラブルのリスクを回避するためだ。
余談だが、シルヴィアがフランス人という設定は、ファミリーネームである“マルテール”が偶然にもフランスの地名だったからであり、真奈美の思い付きである。
「よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、お互いにニコニコと握手を交わす梨生奈とシルヴィアだったが、そんな二人を見て、怜士と真奈美は言い知れぬ恐怖に襲われていた。
(うう、び、美人過ぎるぅ! どこのお姫様よ!? これじゃあ、怜士じゃなくても簡単に……)
(凛として綺麗な方ですね。レイジ様の十年来の幼馴染というだけあって、とても振る舞いが自然です、悔しいです……)
一方で、二人それぞれの心の中は、お互いの印象に戦々恐々としていた。
「じゃあ、俺の部屋に行くか」
「うん、分かった」
気を取り直して、怜士は梨生奈を連れて自室に向かおうとする。何度も志藤家に来ている梨生奈は、迷いも無く、自然に彼の後について行った。
「……って、待たんかーい!」
「えっ? 梨生奈がノリツッコミって、珍しいな。何か悪いモノでも食べた?」
「怜士は失礼よ!」
怜士の部屋で梨生奈は、彼の隣にいる人間を指さした。
「何で、その子も付いて来るのよ!?」
シルヴィアはごく自然に怜士の部屋に入り、彼の隣に座っている。
「ああ、あまりに自然で気付かなかった……。ねぇ、シルヴィア。その、言い辛いけど、ここで俺たちの勉強を見ていても面白くないと思うんだけど……」
「ええ、ですから、私は私でこの教材で日本語の勉強をするのです」
シルヴィアが取り出したのは、「わくわくこくご」と書かれた小学生向けの国語テキストだった。言語魔法の効果は“聴いて理解する力”のみに働くため、読み書きへの効果は無い。そのため、文字は独学で覚える必要があるのだ。
「だったら、他の部屋でやればいいじゃない。そうよ、真奈美おばさんにマンツーマンで教えてもらえばいいわ!!」
「真奈美様は家事などでお忙しいようなので、遠慮しました。ほーむすてい中の身ですので、無理や迷惑は掛けられません」
「ううっ……」
シルヴィアの言い分も尤もなので、梨生奈はこれ以上食い下がることができなくなった。
「怜士はいいの? 気が散らない!?」
「まあ、気にはなるけど、シルヴィアも子どもじゃないし、騒いだりしないよ? それに、ウチで責任もって預かってるんだ。シルヴィアだけ外でっていうのはなあ……」
「ううううう……」
怜士の意見も正論だろう。梨生奈としては二人きりで勉強をしたかったが、流石にこれ以上は何を言っても通用しないということを悟ったのか、大人しく、座してテキストを広げた。
(こんなことになるなんて思ってなかった! 折角、怜士と怜士の部屋で二人できりだと思ったのぃ~!!)
(もしかしてとは思い、お部屋まで付いて来ましたが、間違いないようですね。梨生奈さんも、きっと……)
妙に意識しあう梨生奈とシルヴィアが気になるところだが、怜士はとりあえず、月曜日から始まる定期試験の対策を一刻も早く進めたかったため、二人を軽くなだめながら目の前の英語のテキストに意識を集中させた。
(ええと、『They are conscious of each other .』の和訳は……『二人はお互いを意識する。』っと)
怜士は、お互いを見つめ合うシルヴィアと梨生奈を見て、何故だか溜息が出た。
※2021/8/17 部分的に修正をしました。




