第28話 「やっぱり、必殺技には憧れるんだ」と元勇者は胸を張った
~前回までのあらすじ~
退魔師、リベンジマッチスタート。
退魔師、弄ばれていたことに気付く。
退魔師、諦めかける。
元勇者、参上。
「う~わっ、でかい犬!!」
突然現れた少年の声に、つい数秒前に死を覚悟した琴音の決意や緊張はガラガラと崩されてしまった。それは、狼の妖魔も同じようだったようだ。
(どうして此処に人が!? 不味いわ、不味いわね。今の私では守ることも逃がすことすらできない……)
流石は退魔師と言ったところか。重傷の身であっても、一般人を護ることを第一に考えている。しかし、気持ちとは裏腹に身体は動きそうにない。
「そこの貴方!! 逃げなさい!! 少しでも遠くへ、早く!!」
何とか声を振り絞り、少年に聞こえるように精一杯叫んだ。しかし、聞こえているはずなのに、少年は琴音の言うことをききそうにない。
「驚いた。魔力みたいなのを感じて来てみれば、やっぱり人がいた! ていうか、巫女服……コスプレ?」
驚くことに、少年は逃げるどころか、琴音に近付いて来るではないか。琴音は、彼の行動が信じられなかった。退魔師の神聖な戦闘装束である巫女服を“コスプレ”呼ばわりされたことは、この際、どうでもいいらしい。
「それより、そんなに大怪我で大丈夫ですか? まさか、あの犬に!?」
「犬じゃなくて狼……何を言ってるの! いいから、死にたくなければ言う通りにしな――」
琴音が二度目となる注意を促そうとした時、妖魔の方が痺れを切らせたようだ。標的はこの乱入者もとい、闖入者に切り替わった。その鋭い眼光が少年を捉え、真っ直ぐに駆け出していた。
琴音がボロボロの身体に鞭を打って、少しでも立ち上がろうとしたが、間に合うはずもない。少年が殺されることを覚悟し、思わず、目を閉じそうになった琴音だが、その目は開かれたままだ。彼女は信じられないものを見たのである。
「びっくりした~。いきなり何をするんだよ、この犬は! それよりお前、普通じゃないな? こいつからも魔力を感じる。どうなってるんだ? こっちに魔物がいるなんて……」
少年は妖魔の突進と、そこから繰り出された鋭い爪による攻撃を軽々と受け止めて見せた。それも、右腕一本でだ。
「う、嘘……」
今度は、琴音の方が間の抜けた声を上げた。
ダメージを受け、血を流し過ぎて幻覚を見ているのかもしれないと考えたが、折れた骨や破壊された内臓の痛みがそれを否定し、現実だと囁く。
(魔力……魔物? この人は何を言っているの? そんなことより、今どうやって……)
魔力と魔物。聞き慣れない単語に戸惑いを覚えるものの、琴音の関心は既にそこに無い。大苦戦を強いられた一級の狼の妖魔。これを簡単に抑え込むこの少年は何者なのだろうか。先程から琴音の頭は大混乱で、情報の整理が間に合わない。
「まあ、今それはどうでもいい。お前を倒さないと、そこの巫女さんが危なそうだ」
少年は左手に持ったビニール袋を地面にポンと置くと、空いた左腕を大きく振りかぶった。
「事情が事情だから仕方ない、少しだけ本気で行くぞ?」
少年が放ったと思われる殺気、いや、覇気を感じ取ったのか、妖魔は一歩下がろうとするが、遅かったようだ。一気に振り抜かれた彼の左腕による打撃が直撃し、妖魔は土埃をたてながら、十メートル以上も吹き飛ばされた。
「あ、あ、あ…………」
もう琴音は、まともな言葉すら出せなくなった。
吹き飛ばされた妖魔は、すぐに体勢を立て直し、警戒度最大で敵と見定めた少年を注視した。琴音を嬲り殺そうとしていたあの残虐で狡猾な狼の様子は、見る影も無い。
グルルルルゥゥゥ……!!
これまでとは重厚感と迫力の違う、深く大きな唸り声を上げ、全身に力を込めている妖魔。これが全力らしい。琴音が感じる霊力は膨大で、彼女は本能的な恐怖に支配されて震えている。妖魔が次の一撃で仕留めに来ることは明らかだった。故に、早急に手を打つ必要があった。
ところが、少年は立ち尽くしたまま動かない。顎に手を当てて、何かを考え込んでいる様子だ。
(う~ん、どうしようかな? 魔法をぶっぱなしてもいいけど、加減したとしても派手な騒ぎを起こすのは確実だろうし、徒手空拳の格闘戦だと時間がかかりそうだ。……何より、得体の知れん相手を何度も触りたくない。あっ、でも、さっき普通に触ったわ……。うへえ)
少年は悩んでいた。幾つかの戦闘方法を模索したが、目立たずに周りに迷惑を掛けず、安全な方法は無いものかと考えたが、なかなか答えが出ない。仕方なく、魔法を使おうと思ったその時、巫女服の少女の傍らに日本刀が落ちているのを見つけた。
「おっ! あれなら……!!」
そう言って少年は琴音に近づいて一言、「借りるね、これ」と声を掛け、抜身の日本刀を握った。彼女の返答は待たず、一方的な拝借だ。
(魔王を倒して、魔王軍の残党討伐をしてから暫くは武器を握ってないな。二ヶ月ぶり? でも、本当なら、こんなもの、二度と持ちたくなかったな)
少年は久々の武器の感触に不本意ながらも懐かしさを感じ、少しだけ下唇を噛んだ。
(ん? この刀も普通じゃないぞ。何だろう、少しずつ魔力が吸われてる感じだ……。考えても仕方ない、好きなだけ吸わせてやる)
そうしているうちに、狼の妖魔が少年めがけ、猛烈な勢いで突進してくる。膨大な霊力を身に纏い、攻撃力と防御力を高め、相手を確実に屠るための最高の技なのだろう。しかし、その渾身の大技すら、この少年の前では無意味だった。
「『刃二重』」
少年が言葉を紡いだその瞬間、妖魔の胴体が真っ二つになった。
「一閃目で魔力ごと外皮や装甲を断ち切って、すかさず二閃目で内部に全力の斬撃を叩き込む、相手を確実に斬り裂いて壊す技なんだ。どう? 一太刀で斬られたようにしか感じなかったでしょ?」
妖魔が少年の問い掛けに応えることはない。代わりに、切り裂かれたその身体は霊子となって霧散していく。高ランクの霊力を持つ上位の妖魔をものの数秒で斬って伏せ、挙句の果てに、退魔師がするように祓ってしまった。
琴音は未だに目の前の光景を信じられずにいた。瞬きすら忘れている。
「俺も男の子なんでね。やっぱり、必殺技には憧れるんだ」
刀を肩に担いでいる少年の力強い佇まいから、琴音は視線を外すことができなくなっていた。
「さて、お互いに訊きたいことや話したいことがあると思うけど、まずは……」
少年は拝借した刀を放り出すと、素早く琴音に駆け寄り、その手を取った。琴音は突然のことで、何も反応できない。
「じっとしてね。俺、回復魔法は“並み”くらいなんで、あくまで応急処置だけど、何もしないよりはマシだから……『ヒール』」
少年の呪文と同時に、彼の手から淡い光が漏れ、琴音の身体を包み込んでいく。すると、みるみるうちに琴音の傷が癒えていく。この回復速度には、琴音も驚きを隠せない。
(この回復力、半端じゃないわ! これで並み? 応急処置? 寧ろ超一流じゃないのかしら)
光が消えると、琴音の傷は見事に癒えていた。外傷は勿論、折れていたはずの骨まで元通りだ。先刻まで彼女を苛んでいた痛みは全て消え去っている。
「あ、貴方は――」
「うん? あれっ? あなた、もしかして和泉琴音さん……ですか?」
「え?」
琴音が少年の名前を聞こうとしたところ、それを遮るように、そして少年が先に琴音の正体に気付いたようだ。
「……どうして私の名前を知っているの?」
「俺、明誠高校の二年の志藤怜士っていいます。先輩、ウチの高校じゃ有名人ですよ?」
「そう、なの……」
志藤怜士と名乗った少年は少しだけ苦笑を浮かべながら、「まあ、実は今日、知り合いに教えてもらったばかりですけどね……」と付け加えた。
琴音も合点がいったようだ。冷静に考えれば、先輩などという言葉を付け足すのは学校の後輩くらいしか思い当たる節が無い。
「あっ!? あ、あ、あの! すみませんでしたぁ!!」
「突然どうしたの? 何故、あなたが謝るのかしら?」
「その、先輩とは露知らず、タメ口とか平気で使って。偉そうだったかなぁと思いまして……」
「そんなこと、気にしなくていいわ。私は助けてもらったのだもの」
頭を下げて謝り続ける怜士の姿を、琴音は不思議に思った。
(そこまで謝らなくてもいいのに。変わった子ね、性格が天然で素直なのかしら?)
「どうしました? 先輩?」
「ふふっ。いいえ、何でもないわ。それより、もう本当に気にしなくていいから、頭を上げてもらえるかしら」
沈黙したままの琴音に向かって不安そうに声を掛ける怜士を見て、琴音は思わず笑ってしまった。彼女がこうして自然に笑うことができたのは久しいかもしれない。
「いつまでもここに居るわけにはいかないわ。場所を変えましょうか」
怜士が言うように、これからお互いに話さねばならないことが山のようにある。立ち上がった琴音は怜士が放り出した愛刀を鞘に納めるべく回収しようとしたが、そこで問題が起こった。
――パリンッ!!
「えっ!?」
「なっ!?」
二人は一様にして驚いた。何せ、刀身がまるでガラスのように綺麗に砕けて割れてしまったのだから。恐らく、怜士の強大な魔力と技の威力に耐えられなかったのだろう。
「いや、パリンって何!? 何処かの研究所のバリアか!!」
怜士が混乱し、訳の分からないことを叫んでいる。きっと、自分が壊したのだという責任を感じているのだろう。
「いいい、いくらですか? べ、弁償させていただきますです、和泉先輩……」
「…………」
目を泳がせ、真っ青な顔で弁償を申し出る後輩に琴音は、「本当に私を助けてくれた人なのかしら?」という疑念の眼差しを送ってしまった。
※2021/8/4 部分的に修正をしました。
※2022/7/25 部分的に修正をしました。




