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第26話 「それでも、私は……!」と退魔師は発奮した

~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染とのテスト勉強を約束。

元勇者、校内の有名人を知る。

元聖女、戦いの予感。

 全身に傷を負った琴音の姿はとても痛ましく、見るに堪えないものだった。


 学校中にファンがいる、アイドル的存在の琴音の一大事だ。彼ら彼女らは当然、黙ってはいない。琴音を見舞おうと、ひっきりなしに押しかけて来るのだ。せめて午後の授業くらいは顔を出そうと考えた自分を、琴音は呪った。


(心配をしてくれる気持ちは分かるけど、こうも視線を向けられて、当たり障りない言葉を掛けられるのは不快ね。傷だらけの私の心配をするなら、そっとして欲しいものだわ)


 一応はファンたちに悪気が無いことを理解している琴音も、流石に我慢ができないようだ。


 それも全て、昨晩の退魔師としての任務に関係があった。







 蜘蛛型の妖魔を難無く蹴散らし、十分な警戒の下に現場を立ち去ろうとした琴音は、一体の強大な力を持つ、狼の妖魔に襲われた。


「……冗談なら酷く悪質だわ。どうして急に現れるのよ。どう見ても“一級”の妖魔、祓うのはとても難しいわ。それに、この傷じゃ逃げ切れるかどうかも怪しいわね」


 狼の妖魔の実力は圧倒的。琴音は、自分の怪我の状態や実力を見誤ることは無い。この妖魔を倒すことなど無謀そのもので、逃亡という選択肢しか今の彼女にはない。しかし、それすらも危うい。不意打ちの傷を負っていなかったとしても、まだ危うい。


(この使い物にならない左腕を除いて、残りの霊力と護符は十分。だけど、この狼さんの前では“私が万全だった”としても、十分に不十分かもしれないわね)


 本来は取りたくない手段だが、援軍を呼ぶことも一つだ。ただし、目の前に立ちはだかる妖魔はそれをさせてはくれないだろう。強引に連絡を取ろうとすれば、その次の瞬間には隙を突かれて琴音の胴は真っ二つになっているに違いない。


「……まさか、こんなことになるなんて。私って、運が悪いのかしら」


 そう言って琴音は、自嘲するかのように笑った。


 取り出した護符に霊力を込めると、狼の妖魔めがけて投げつけた。すると、たちまち護符は爆発し、土煙で妖魔の視界を奪った。


 琴音は用心深い。逃げられるだけの隙を作ったとは思わない。すぐに相手の攻撃が来ること予測していた。


(やっぱり!)


 土煙の中から銀色の巨体が勢いよく飛び出して来た。


 琴音は、相手が真っ直ぐに突進してくることを読み、霊力の大半を防御に回し、その攻撃に備えていた。すぐに、妖魔の鋭い爪による攻撃が彼女を襲った。


「……ぐ、うぅ!!」


 そのまま琴音は十メートルは後方に吹き飛ばされた。


 少しでも防御力を高めようと、愛刀も用いて構えていたが、その刀身は容易く折られてしまった。受け身を取ることが叶わず、琴音は地面をぼろのように転がり回った。その際、身体中に打撲や裂傷を負った。


(思ったよりも一撃が強い! ここでしくじったら本当に終わりね。でも――)


 すぐに立ち上がった琴音は右手だけで印を結んだ。すると、狼の妖魔の周囲の地面、そして妖魔の身体自体に爆炎と轟雷が発生した。仕掛けた護符を炸裂させたのだ。地面への設置は妖魔が砂埃に塗れている間に、妖魔の身体への設置は攻撃を受けた瞬間に行った。少しでもタイミングと速度が狂えば、その時点で詰むような大博打だが、賭けは見事に琴音の勝ちだった。


――ゴオオオォォォン!!


 怒り狂った妖魔は、狼らしい雄叫びを上げている。幸い、雷の護符によるスタン効果が効いているため、まだ動けないらしい。


 琴音はこの場面こそ、最高最後の逃亡機会で、最高最後の隙だと考えた。


 残った霊力を脚部に込めて、全速力で離脱を図る。傷付いた体のことなど、お構いなしだ。逃げ切って回復に努めることが何よりも優先される。しかし、相手は高位の妖魔だ。琴音の予想よりも早く状態が回復し、動き出そうとしている。


(不味い!!)


 気付いた時には、妖魔と琴音の距離は五メートルも無かっただろう。是が非でも逃げ出さなければならない琴音は、残りの護符の全てを一斉に起動させた。


「死なばもろともよ、狼さん」


 ボオオオンという轟音とともに、狼の妖魔の顔面で激しく燃え盛る炎。流石にダメージがあったようだが、それは琴音にとっても同じだった。


(くううぅぅ!!)


 今度は一切の防御ができなかった琴音だが、一つだけ狙いがあった。それは、爆風に乗って更なる加速を得て、この場を離脱することだった。


 琴音の目論見は成功だった。いや、運の良さもあっただろう。彼女の打つ手の全てに相手が嵌り、何とか隙ができたから成功したのだ。それに、最後の最後は追撃してこなかった。その理由は、琴音には分からない。


(次に出会ったその時は、私の命もお終いかしら、ね……)


 分かっていることは、次に対峙すれば必ず琴音は殺されるということだ。琴音には確信があった。最後に彼女が見た狼の妖魔の瞳は、獰猛で怨情に満ちたものだったのだから。







 残った僅かな霊力を使い、何とか最低限の回復霊術を施し、「ただの大怪我」程度まで何とか回復ができた琴音だが、傍から見れば酷い怪我には変わりない。しかし、今の琴音にそれを気にする余裕は無い。


(誰も頼れない。そんな状況で、私はどうしたらいいのかしら……)


 昨晩の出来事を、“上”へ報告したところ、「援軍は派遣しない。一人でどうにかして見せろ」という、非情で無情な返答があった。刺し違えるだけの覚悟と執念で臨めば、深手を負わせることくらいはできる。それでも、確実に倒し、祓うことはできない。


 孤立無援のこの状況が、“上”の筋書き通りであることを琴音は知っている。


「それでも、私は……!」


 何かを決意した琴音は、学校からの帰宅後、次の戦いに備えて準備を始めた。


 折れた愛刀の予備と、ありったけの護符を用意した。加えて、高い防御力を宿している戦闘用の巫女服も準備した。そして、秘薬と称される霊力回復の丸薬を服用した。これによって回復霊術を行使し直し、傷もある程度まで癒すことができた。また、戦闘で消耗した霊力も回復できた。


(さあ、見ていなさい)


 死地に赴く一人の巫女の後姿はこの上なく美しく、その表情には大きな決意とともに悲愴も溢れていた。その言葉は、誰に向けて放たれたのか、彼女のみぞ知るところか。







「怜士。アンタ、ちょっと買い物に行って来て」

「ん~? 俺、少しでも勉強時間を確保したいんだけど……」


 真奈美のお願いに対して怜士は乗り気ではない。試験勉強に少しでも時間を費やしたいのが彼の考えだ。


「少しくらいいいでしょ? さっき、テレビで『焼き芋特集』を見たら食べたくなっちゃってね。焼くのは自分でやるから、怜士はサツマイモを買って来て! お・ね・が・い!!」

「……でもなあ、時間も時間だしな。それに、『お・ね・が・い!』って何だよ。少しは自分の歳を考え――」

「何か?」

「何でもございません!! すぐに行って参りますぅ!!」


 女性に年齢の話題は禁句。そんな初歩的なことを失念した怜士は、大慌てで家を飛び出した。シルヴィアの「気を付けて下さいね!」という一言は怜士の心を大いに癒した。







(はあ、こんな時間だからほとんどの店が閉店済みだもんな。それに季節もずれてるからなかなか見つからないし。少し遠くまで出張ることになるとは……)


 真奈美の思い付きは夕食後、午後八時を回った頃だった。流石に近所の八百屋は閉店していたし、サツマイモを置いているコンビニなど滅多に無い。怜士は遠出を迫られ、午後九時閉店のスーパーに走ることになった。


「改めて、勇者の力って凄いよな。ハイペースで走ったけど、疲れないどころか息一つ乱れないわ」


 時短を心掛けようと、少しだけ本気を出して走った怜士は、その身体能力の凄まじさを実感していた。学校の体育の授業の時は、本気にならないように注意していたが、今は夜道を走っているので、誰かに見られる心配もない。


「うしっ!!」


 妙な爽快感を得て調子に乗った怜士は、より早く帰宅するために、常人離れした跳躍で、建物を屋根伝いに走った。


(いやあ~、漫画みたいにこうやって屋根の上をピョンピョン走って跳ぶ日が来るとは!!)


 いつか見た漫画の登場人物の如く走り続ける怜士。リズムよく屋根から屋根へ飛び移っていると、あの日、梨生奈と出掛けたショッピングモールで感じた、“あの感覚”を察知した。


(……!! これは!?)


 あの時よりも確かに身体中に伝わるあの感覚。肌に纏わりつくようで、何処かピリピリする、異世界で感じることができるようなった、懐かしいあの感覚。


「これは、魔力……なのか?」


 怜士は見知らぬ民家の屋根の上で立ち止まり、力の発生源がいると思しき方角を真っ直ぐ見つめた。




※2021/8/3 部分的に修正をしました。

※2022/7/25 部分的に修正をしました。

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