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第24話 「……冗談なら酷く悪質だわ」と退魔師は嘆いた

~前回までのあらすじ~

元勇者、後輩と遭遇。

幼馴染、妄想でご機嫌。

幼馴染、見知らぬ女の影にピキッ!

幼馴染、妄想が止まらない。

 日曜日の夕方。町一番の大きさで多種多様な店舗がテナントとして入っている大型ショッピングモールに一人の少女が買い物に来ていた。特別なことのない、ただの買い物だ。


 腰まで真っ直ぐに伸びた艶のある黒髪に、すらっとした細い脚。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ女性の理想のような体型をしており、とても女子高生には思えない。顔立ちも端麗で、大きな瞳からは彼女の高い知性を窺わせる。実際、すれ違う男性たちは漏れなく彼女に視線が釘付けになっている。


(ああ、鬱陶しい)


 それが先程からただ一つのだけ、彼女の心の中で何度も繰り返されている言葉だった。


 彼女は自分の容姿が人目を惹きやすいことは、おこがましいとは思いながらも自覚している。中学に進学した頃から、何となく、そのように感じ始めたのだ。それでも、こうも好奇や劣情に塗れた視線をぶつけられるのには慣れず、嫌悪感しか生まれない。


(買い物くらい、落ち着いてしたいものだわ……)


 なるべく人混みは避け、人気のある店舗には赴かないように心掛けているが、時にはこうしてショッピングモールという、人間で溢れた場所に来る必要にも迫られる。


 少女は右手に持った買い物袋の取っ手を今一度握り締め、早くこの場から立ち去ろうとすると、前方で一際大きな声を出す中年女性の姿が目に入った。




「ちょっと! 立ち止まらないでよ!!」


 中年女性の前で高校生くらいの少年が頭を下げながら「すみません」と連呼して謝罪をしている。恐らく、少年が余所見でもして女性にぶつかっってしまったのだろうと推測した。少女はくだらないと思い、歩を進めた。


「本当にすみませんでした」


 再び聞こえた少年の声が妙に耳に残る。


(少しぶつかった程度で、どうしてあそこまで頭を下げられるのかしら)


 少女には少年の心情が理解できなかった。一度、確かに「すみません」と謝っている。それで十分だと考えた。


(……でも、ああやって素直になれることが、本当に大切なことかもしれないわね)


 黒髪の少女、和泉琴音(いずみ ことね)は少年と中年女性から視線を外すと、足早にその場を去った。




(半ば“追放”と言ってもいい扱い。私も、未成年だから力を借りなければ生活すらできない。嫌な仕組みよ、まったく……)


 買い物を終え、帰宅した琴音は荷物を降ろすや否やすぐに家を出た。これから、とある一仕事をこなすためだ。彼女も女子高生だ。アルバイトの一つくらいしているだろう。コンビニやスーパー、ファーストフード店など、働き口は幾らでもある。しかし、彼女の仕事とは、それらのような普遍的なものではない。







(……ここね、第四栗原ビル。正しくは第四栗原ビル“跡”と言った方がいいかしら)


 琴音の目の前にそびえ立つのは摩天楼。町の郊外にひっそりと佇むこのビルは、彼女が「跡」というように、今は無人の廃ビルだ。月明かりに照らされ、不自然に神秘的な雰囲気を醸し出しているが、今日ばかりはそのような雰囲気に浸っている暇は無い。


「普通は四、五人で対処するはずなのに、私一人だけなんて。これは制裁という名の嫌がらせね」


 ビルを見上げ、自嘲気味に呟く琴音の声は夜空に吸い込まれた。


 ビルの内部に入る、正しくは侵入すると、屋外で感じていた不穏な気配がさらに強まるのを琴音は感じる。


(聞いていた話とはまるで違う。どう低く見積もっても、感じられる力は八級ではなくて五級に近いじゃない。数だって五体もいる……。ここまで来ると、嫌がらせも清々しく思えるわね)


 心中では不満を大いに漏らすが、だからといって琴音は退くことはできないし、許されない。今からこの場で起こることを解決しなければ、自分にも、周りの人間にも危害が及ぶのだから。


 琴音は懐から十数枚の紙片を取り出した。それらを通路の壁や床、柱など、至る所に張り付けていく。あらかた、紙片を張り付けると、琴音はフロア奥に進んで行く。




 しばらく建物の中を探索すると、ある大部屋の前で琴音は強い気配を察知した。どこまでもドス黒く、酷く濁った刺々しい気配だ。


 琴音は「ここで間違いない」と確信し、息を呑むと、これまでとは比較にならない程に鋭く、冷たい目つきになり、目の前にある扉を見据えた。


「……廃ビルで良かったわ。一般人を巻き込まなくて済むもの。さあ、始めましょうか、『妖魔』さん。私が祓ってあげる」


 古来より、人々が信じ、恐れ続けてきた妖怪、物の怪、化け物、魔物、鬼、魑魅魍魎などの非日常的で超常的な生物。これを総じて妖魔と呼ぶ。その正体は、単純な自然現象や人間の弱い心が見せた幻に過ぎず、虚構そのものだった。それが現代の科学によって結論付けられた共通認識であり、極めて常識的な回答である。ただし、これすらも多く人間が信じ込まされている虚構である。


――妖魔は実在する。


 その妖魔を祓い、人々の平和を護るのが、琴音のような「退魔師」の存在だった。




 どれだけの時間が経ったのだろうか。


 無人の廃ビルということもあるが、あれ程までに静寂に包まれていたこのビルは、けたたましいほどの騒音、いや、轟音に包まれている。


 琴音の目の前にいるのは異形の怪物が五体。人間の大人と変わらないくらいの大きさの蜘蛛だ。


 床や天井を駆け回り、自慢の牙や長く強靭な足で琴音を執拗に攻める。一対五の戦いだ。動きを見切って防御と回避に専念する琴音だが、そのうちに防ぎきれなくなるだろう。


(妖魔のくせに、連携を取るなんてなかなかやるじゃない)


 距離を取って印を結ぶと、琴音の掌から五つの火球が放たれた。霊力を宿し、妖魔と戦い、それを祓うことのできる人間、退魔師のみが行使できる「霊術」だ。


 火球の一撃を貰った大蜘蛛たちは、思わぬ攻撃に混乱しているようだが、同時に、獲物に対する怒りが瞬時に湧いたらしい。一体が突進を仕掛けるが、琴音はヒラリと躱し挑発ついでに、頭部に蹴りを叩き込む。


「さあ、こっちよ」


 琴音の声につられるように、大蜘蛛たちは彼女の後を追った。


(五級の妖魔が五体。一体ずつなら余裕だけど、数がいると流石に面倒ね。――でも、こういう事態を想定して常に備えをしているのよ)


 大部屋から出て通路に出ると、琴音は素早く印を結んだ。事前に至る所に仕掛けておいた紙片――「護符」を起動させた。その瞬間、次々と護符から爆炎と雷光が炸裂し、怪物たちを呑み込んでいく。大部屋のような広い空間で四方を囲まれるなら、狭い通路に誘き出せばいい。初めから琴音の狙いはここにあった。


 キシャアアアという、聞くに堪えない叫びを上げ、動きを止める大蜘蛛。大きな隙ができた。琴音はその隙を見逃さない。腰に携えていた日本刀を抜き、静かに、確実に妖魔の息の根を止めていく。


「これでお終い」


 最後の一体に刀を突き刺すと、大蜘蛛は断末魔を上げながら霧散した。




 和泉琴音は、妖魔を祓う退魔師としての才に恵まれ、一級の教育を受けて来た。謂わばエリートの彼女は慢心しない。初めに確認した妖魔の気配や霊力は五つだったが、念のため、哨戒の態勢を取っている。


(これ以上は何も無さそうね。報告文、少しは嫌味ったらしく書いてみようかしら)


 この後、今回の「妖魔討伐の任務」について報告をすれば、琴音の仕事は完遂である。事前情報と現場の実際に大きな差があったのだ。嫌味や文句くらい言いたいのだろう。


 最初の大部屋に戻って様子を窺っていると、ふと、琴音の視界に小さな動物の影のようなものが映った。


(あれは……)


 琴音が注視すると、その動物の正体はただの熊のぬいぐるみだった。廃ビルの中にぬいぐるみがポツンと放置されているのは不自然だ。


 一か月前からこの近辺でペットの動物、野良の動物が何匹も行方不明になる事件が続いていた。メディアでは怪事件として取り立てられたが、すぐに終息してしまった。しかし、数日前には遂に人間――幼い子どもが行方不明になったという。恐らく、このくまのぬいぐるみは、その子どもの持ち物だろう。


「可哀そうに。きっと、このぬいぐるみの持ち主は、行方知れずになった女の子ね……」


 一部の妖魔は、他の動物を糧にエネルギーを得る。つまり、他の動物を“捕食”するのだ。ぬいぐるみの持ち主の女の子は犠牲になったと考えると辻褄が合う。


「本当にやるせないわ」


 そう言って琴音は、霊術を用いて熊のぬいぐるみを焼き払った。これがせめてのもの供養になればと願って。




(これ以上は特に問題無さそうね。退散しましょう)


 引き続き周囲の様子を探り、妖魔の残党がいないことを確認した琴音は階段を降り、ビルの正面玄関を出た。ほんの数メートル歩いた、その時だった。


「くっ!!」


 琴音は強烈な悪寒のようなものを感じ、足に力を入れ、跳躍したが間に合わず、左腕の自由を奪われた。真っ赤な血が、ポタポタと滴り落ちる。


 目の前に現れた客を見て、琴音は言葉を失った。


――白銀の狼。


 その雄々しくも美しく、そして禍々しい圧倒的なプレッシャーに琴音はただただ呆然とするしかなかった。


「……冗談なら酷く悪質だわ。どうして急に現れるのよ。どう見ても“一級”の妖魔、今のままだと祓うのは無理そうね。この傷じゃ逃げ切れるかどうかも怪しいわ」


 悲観か諦観か、琴音は絶望を受け入れながらも、生き残り、逃げ出す術を模索した。






「――ッ! シルヴィア!!」

「はい! レイジ様!!」


 その頃、志藤家では怜士がシルヴィアに真剣な眼差しを向け、大きな声で彼女の名を呼んだ。


「そっちの肉、多分、食べごろだよ」

「分かりました! うう、お箸って、扱いが難しいですね」

「すぐに慣れるわよ、シルヴィアちゃん」


 シルヴィアが初めてのおつかいで購入した牛肉で、焼き肉を楽しんでいた。


※2022/7/8 部分的に修正をしました。

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