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第23話 「一緒にいたあの金髪の綺麗な女の子は誰ですか?」と後輩は余計なことを訊いた

~前回までのあらすじ~

幼馴染、元勇者とのデートを満喫。

元勇者、奇妙な感覚をおぼえる。

幼馴染、プレゼントにご機嫌!

 暫く二人でショッピングモール内を歩いていると、怜士は前方にいる見慣れた人間を見つけた。「もしかして……」などと考えていると、向こうから声を掛けられた。


「志藤先輩!」

「やあ、相原君。奇遇だね。君も買い物?」


 ほとんど毎日のように顔を会わせるようになった後輩の優斗だった。私服姿で買い物袋を肩から下げているのを見ると、彼も買い物に来ていることは察しが付く。


「はい、新しい部活用のシューズを買うついでに、家の買い物です」

「偉いねぇ、君は。孝行息子だ!」

「先輩、失礼ですけど、親戚の叔父さんみたいです……」


 家の買い物もきっちりとこなす後輩に感心していると、隣にいる梨生奈が怜士の腕を小突いた。


「ねえ怜士、この子は?」

「ほら、この前俺が助けた……」

「ああ、あの時の!」


 梨生奈も優斗が絡まれていた一件を知っているが、遠くから見ていただけなので、実際に面識はない。それでも、怜士が一言言うだけですぐに理解したようだ。


「あの、志藤先輩。そちらの方は? 何処かで見たことがあるような……」

「紹介するよ。俺の幼馴染の西條梨生奈。同じ明誠高校の二年だよ」

「そうでしたか、初めまして。一年の相原優斗です」

「西條梨生奈よ。よろしくね」


 一方の優斗は梨生奈とは初対面のはずだ。自分は知らないのに、相手は自分を知っているというのは、何とも奇妙な感覚に陥るようで、優斗は顎を掻きながら尋ねた。


 怜士に間を取り持ってもらい、優斗と梨生奈は互いに自己紹介を済ませた。


「バスケ部の西條先輩ですよね? 一年生の間でも有名ですよ!」


 梨生奈は明誠高校のバスケ部の主力として活躍し、校内で知れ渡っている有名人だったのだ。そんな彼女にこうして出会えたことに優斗は感動を覚えているようだった。


(おお、流石は梨生奈。ウチの学校きっての有名人)


 怜士とて梨生奈の活躍は知っている。そのため、彼女が校内でも学年を問わずに知名度があり、性別を問わずファンが多いことも理解している。また、容姿が良いため、それも拍車をかけている。


 自分の幼馴染が評価されていると、自分のことのように誇らしく、嬉しくなるらしい。怜士も知らぬ間に笑みをこぼしている。


「相原君。実はあの時、離れたところに梨生奈もいたんだ」

「そうだったんですか」

「あの時は大変だったね。怜士に助けた代わりにお金を寄越せって言われなかった?」

「そんなこと言うもんか」

「最近、勝手に工事をして料金を後から請求するあくどい商売が流行っているみたいだから……」

「俺を悪徳リフォーム業者と同じにするな!!」


 怜士と梨生奈の一連の会話のやり取りを見ていた優斗は僅かに呆気に取られていたようだったが、すぐに笑みをこぼした。


「ふふっ。仲、良いんですね。お二人は」


 優斗の言葉は言い争いを続ける二人の耳には届いていなかった。




「先輩たちとお話をしたいのはやまやまですけど、次の予定があるので僕はこれで失礼します」


 梨生奈と優斗の簡単な自己紹介が終わったところで、優斗は腕時計で時間を確認した。


「うん、分かったよ。気を付けてね、相原君」

「ありがとうございます! でも、羨ましいですね。志藤先輩は」


 去り際に優斗は一つだけ、怜士に言葉を掛けた。


「何が?」

「日曜日にこんなに綺麗な彼女さんと一緒にデートだなんて。僕も早く彼女が欲しいですよ」

「かかか、彼女ぉ!?」


 優斗が吐き出した「彼女」という言葉に、過剰な反応を見せる梨生奈。その様子を見て、優斗も少し驚いている。


「いや、相原君。さっきも言ったように梨生奈は……」


 怜士は「幼馴染だ」と訂正を試み、声を発しかけたが、舞い上がった梨生奈によって掻き消されてしまった。


「べべべ、別に私は怜士の、その、彼女とかそんなんじゃ……! で、でも、そう見えるのなら、それはそれで正しいのかもね! うん、きっとそうよ!!」

「梨生奈は何を言っている!?」

「何だかとても自然というか、ちゃんとした世界があるというか、お二人はとってもお似合いですね!」

「今の梨生奈の何が自然なの? 不自然の塊だよ!? 何かヤバい世界に行ってる、いや、逝ってるし……」

「お似合いお似合いお似合いお似合い…………」


 優斗の言葉の一つ一つが確実に梨生奈から冷静な思考を奪っていく。今では誰も近寄りたくないような不審人物へと変貌し、スポーティーな美少女の面影は無い。


「あっ、じゃあそろそろ行きますね、僕」

「……そうしてもらえると助かるよ」


 言いたいことを言うだけ言って帰ろうとする優斗を見る怜士の目は冷ややかなものだった。異世界を救い、人々から称えられていた勇者の面影は無い。


「そう言えば、志藤先輩」

「うん?」


 最後の最後で思い出したように優斗は怜士に尋ねた。怜士には「まだ何かあるのか」という気持ちがいっぱいだ。


「実は僕、昨日も先輩をお見掛けしていて、その時は部活帰りで友達と一緒だったので声を掛けなかったんです」

「へえ、そうなんだ」

「一緒にいたあの金髪の綺麗な女の子は誰ですか? みんな可愛いって言ってましたよ。今度紹介して下さいね! それでは、失礼します」

「やっぱり地元だと、何処で誰に会うか分からんもんだ。ね、梨生……奈?」


 怜士は隣にいる梨生奈に顔を向けると、彼女は怜士の肩に手を置いていた。そして、その力は次第に強くなり……。


「あの、あの、肩が痛いです! ミシミシいってます!」


 怜士の言葉に耳を貸さず、梨生奈は無言で彼の肩を掴み続けている。先程までの浮かれ模様とは打って変わって、波一つ無い水面の如く、極めて静かである。


「……ねえ」

「えっ、あ、はい!」

「金髪の綺麗な女の子って誰?」

「それは、その、えっと……」

「言えない理由でもあるの?」


 言葉に詰まり、言いたいことを何も言えない怜士に対し、梨生奈は淡々と言葉を繋げていく。


「どういうことなのか、じっくり説明してもらいましょうか」

「ていうか、どうして梨生奈に説明を?」

「い・い・か・ら・は・な・せ」


 梨生奈は口角をヒクヒクと引き攣らせながら、満面の笑みでその手に込める力を数段階、引き上げた。


「ぎゃあああぁぁぁ!! 話すから離してくれぇっ!!」


 怜士は、肩にかかった異常な力に耐えきれず、悲鳴を上げた。







「た、ただいま……」


 こってり梨生奈に追及された怜士は、精神を摩耗し、ボロボロになりながらも、何とか自宅に辿り着いていた。しかし、その声に覇気は無い。


「あら、随分遅かったわね。ちゃんと梨生奈ちゃんは送って来た?」

「うん、それは大丈夫……」


 帰宅した怜士を出迎えたのは真奈美だった。少しやつれている様子の怜士は完全に無視し、梨生奈を家まで送り届けたことについての心配をするのは、実に彼女らしい。


「あれれ? シルヴィアは……」


 いつもなら一番に出迎えてくれるシルヴィアがいないことに気付いた怜士は真奈美に尋ねた。


「ああ、あまりにも退屈そうだったから、社会勉強がてら近所のスーパーに買い物に行ってもらったわ。初めてのお・つ・か・い」

「へえ、それは凄いな」

「まあ、簡単なモノしか頼んでないけどね」


 言語理解の魔法はスピーキングにのみ作用するため、文字は読めない。シルヴィアは独学で数字とひらがな、カタカナは何とかマスターしたが、漢字はさっぱりだ。そこで真奈美は、ひらがなだけで書かれたメモと、買って来てほしい物の写真をプリントアウトした紙を渡したのだ。


「それはそうと、梨生奈ちゃんとのデート、どうだったの?」

「デートって何だよ。それより、俺、梨生奈と出掛けるって言ってないけど」

「乙女の勘で分かるのよ」

「乙女? “おかめ”の間違いじゃ……何でもありません、母上様!!」


 思わず軽口を叩いてしまう怜士だが、真奈美の雰囲気が剣吞なものに変化したことを察し、すぐに取り繕ったものの、遅かったようだ。


「怜士が誰かと出掛けるなら、十中八九、梨生奈ちゃんでしょう。一応、男友達っていう線もあったから、カマをかけたの。あっ、怜士に彼女ができていて、その子とデートっていうのは最初から除外してあるわ」

「カマかけは見事だけど、彼女がいないと決めつけられてるのは腹立つ! 俺がモテないのは事実だけども!」


 真奈美は、「俺だって彼女欲しいよぉ……」と自嘲する息子を見て、肩が下がった。


(梨生奈ちゃんといい、シルヴィアちゃんといい、本当に二人が不憫だわ……)


「ただいま戻りました!」


 真奈美が怜士の鈍さに辟易していると、玄関口からシルヴィアの声が聞こえた。


 初めてのおつかいを成し遂げた異世界の姫君を出迎えるべく、真奈美は玄関へと歩を進めた。






 帰宅した梨生奈は、嬉々とした、はつらつとした表情で何度も自室の全身鏡で自分の姿を見ている。かれこれ一時間は鏡の前から離れていない。


(怜士が私のために買ってくれたネックレス! 怜士が私のために選んでくれた服!)


 帰宅早々、すぐに購入した衣服や既に持っている衣服とネックレスを組み合わせ、梨生奈は一人でファッションショーを開催している。


 声こそ出していないが、恍惚の表情で何度も着替え、何度も鏡の前でポーズをとる姿は、乙女そのものだ。普段の彼女の性格や印象を知っている人間がこの光景を見たら何と言うだろうか。


 やがて、気の済んだ梨生奈はネックレスにあしらわれた青色の石に注目した。


(私の誕生石、怜士はアクアマリンって言ってたっけ。そう言えば、こういう石って花言葉みたいに“石言葉”っていうのがあるって聞いたことあるな)


 そう考えた梨生奈は、スマートフォンを取り出すと、すぐにアプリを立ち上げ、インターネット検索を実行した。


「ア・ク・ア・マ・リ・ンっと。……ええと、石言葉は」


 キーワードを打ち込み、画面に表示された検索結果に一通り目を通していく梨生奈。


「聡明、勇敢、沈着……。へえ、たくさんの意味があるんだ。何かサイトによってバラつきはあるけど……。でも、カッコイイなぁ」


 意外にも、宝石やパワーストーンが多様な意味を含むことを知り、感心していると、ある文章と言葉が梨生奈の視線と心を釘付けにした。


『アクアマリンは天使の石としても名高く、美しい若さと喜びの証でもあると言われています。そのため、“幸福な結婚”の象徴としての意味もあります』


「け、け、結婚んんん!?」


 今日一番の梨生奈の叫び声は彼女の部屋を突き抜けて西條家に響き渡った。


「こここ、これって、もしかして、プロ、プロ、プロボーズ!? いや、でも未だ私達は高校生だし、せめて卒業までは待たないと! ていうかまだ恋人にもなってないし! 何考えてんのよ、怜士はっ!」


 この時ばかりは梨生奈のも冷静さを欠いていたようで、怜士の性格を読み切れていなかった。彼がそんな石言葉を知ってプレゼントをするはずがないということ、ただ直感で選択しただけだということを見落としたのだ。


「お、男なら面と向かってちゃんと言いなさいよ。まあ、怜士がちゃんと告白してくれたら、し、仕方ないから付き合って結婚してあげてもいいけど!!」

「梨生奈、さっきから何を一人で騒いでるのー!! もうすぐご飯よ、降りてらっしゃい!!」


 梨生奈の興奮が最高潮に達したところで、バタバタと騒いでいる娘を心配した母親が大きな声で呼び掛けた。




「まったく。昨日の夜から浮かれ気分で、帰って来たらあの有様。きっと怜士君が原因ね……。いい加減、素直になったらどうなのよ」


 梨生奈の母親もまた、我が子の恋路について思い悩み、机に手をついて盛大に溜息を漏らした。


※2021/7/30 部分的に修正をしました。 

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