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第22話 「……でも、嬉しいな。本当に」と幼馴染は幸福だった

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染のために行動を起こす。

幼馴染、元勇者に感謝する。

幼馴染、改めて元勇者への想いを自覚する。

「こ、これはどう!?」


 梨生奈は、大きな声で叫ぶようにして試着室のカーテンを開け、怜士の前に現れた。


「良いと思うけど、袖や裾がダボっとしたヤツより、シュッとスマートなヤツの方が良いかな? その方が梨生奈の手足のスッキリした感じがよく出てキレイだと思う」

「そ、そう!! 分かった! 怜士の意見を参考にしてあげる」

「訊いといて上から目線!?」


 かれこれ二時間は“梨生奈・コレクション”に付き合っている怜士。梨生奈と一緒だとしても、男性が女性専門の衣料品店に長時間居続けるのは流石に決まりが悪い。初めのうちは「ドン・志藤として、ファッションチェックをしてやるぜ!」などと怜士は息巻いていたが、そろそろ疲れが見え始めている。


 一方で梨生奈は、予想に反して怜士が的確にファッションについてのアドバイスをかましてくるため、舞い上がっているようだ。好きな異性に衣服のアドバイスをもらい、尚且つ褒められているのだから、彼女の気分は天高く突き抜けているのだ。




「梨生奈、ごめん! ちょっとトイレ行って来るわ」

「むう! すぐに戻って来てよ?」

「分かってるよ」


 試着室の中で未だ衣装替え中の梨生奈に向かって怜士は声を掛けた。流石に生理現象だ。仕方がない。梨生奈に断りを入れると、すぐさま怜士は店を出てトイレへ向かった。




 大きなショッピングモール故にトイレを探し出すのに少し時間が掛かったが、怜士は無事に用を足し、梨生奈の元へ戻ろうと、人混みの中へ飛び込んだ。


 その時、ふと、ある感覚に見舞われた。


「ッ!!」


 怜士は思わず立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回した。だが、あの感覚は何処を辿っても見つかりそうにない。神経を集中していると、ボフンという衝撃が走った。


「ちょっと! 立ち止まらないでよ!!」


 五十代後半くらいの女性とぶつかってしまい、注意をされた。混雑する場所で急に立ち止まり、注意力散漫だった怜士に非がある。


 怜士が「すみません」と深々と頭を下げると、女性は何やらブツブツ言いながらも去って行った。


 頭を上げた怜士は再び周囲の気配や様子を探ったが、やはり、あの感覚は欠片も感じ取れない。


(今のは……勘違いか?)


 先程感じたものが何だったのか、確かめる術はもう無い。


「……まあ、仕方ないか。それより、梨生奈を待たせちゃいかん!」


 考えを切り替えた怜士は、梨生奈の待つ衣料品へと駆け出した。


 二年もの間、向こうの世界でよく触れてきたモノと似た感覚を、地球で、日本で感じるはずがないと、怜士は自分に言い聞かせていた。




 それから一時間。梨生奈は予算と相談しながら、そして、怜士の意見を取り入れて選びに選び抜いたトップスとボトムスを複数購入した。


 新しい服を購入すれば、誰であっても心が弾むだろうが、梨生奈の場合、「怜士が選んだ」というおまけが付く。その喜びも一塩だろう。


 綺麗に衣服が納められた箱を梨生奈は怜士に突き出した。


「女の子の荷物を持つのが、男の子の務めでしょう?」

「えっ、女の子? 誰が……」

「あ?」

「喜んで持たせていただきます!!」


 怜士は少しだけ冗談を含めて話したが、即座に梨生奈のプレッシャーに掻き消された。彼は、今日は冗談を言ってはいけない日だと確信した。そして、荷物持ちとして怜士は、接待でもするかのように梨生奈の荷物を受け取ったのだ。


 それからは雑談とウインドウショッピングを楽しんだ。その時、怜士の腹がグウと鳴った。昼食は済ませて来たが、何分にも育ち盛りだ。夕方近くになれば小腹くらいすく。


「梨生奈。軽く何か食べようか」

「うん、そうね。私も実はお腹ぺっこぺこ!」


 二人は近くのイートインコーナーに立ち寄り、丁度良い空席を見つけると怜士はそこに荷物を降ろした。


「俺、適当に買って来るから、梨生奈は座ってて」

「あっ、ちょっと!」


 梨生奈の言葉を聞くことなく、怜士はカウンターへ向かった。


 十分もしないうちに怜士は両手に食べ物を抱えて戻って来た。二人分のたこ焼きとジュース、シェア用のフライドポテトもある。帰宅後に夕飯があることを考えると、このくらいが丁度良い分量だ。


「好きでしょ、たこ焼き」

「よく覚えてたわね」

「当たり前じゃん。梨生奈の好きなものを忘れるわけないでしょうに」

「ホ、ホントに!?」

「嘘を言ってどうするよ……」


 そう言って席に着くや否や怜士は、はにかんでいる梨生奈を余所にたこ焼きを頬張った。熱かったのか、口を忙しなく動かし、ほふほふと空気を吸いながら冷まそうとしている。


 この光景を梨生奈は微笑ましく思った。


 何日か前には、怜士の言動、雰囲気などに違和感を覚えたが、今の怜士を見ていると、それはどうでもよくなる。今、大切な人とともに過ごすこの瞬間こそがかけがえのない宝物で、ただ一つの真実だった。


 面白い同級生のこと、先生のこと、家族のこと。二人は色々な話題について話していると、買って来た食べ物はあっという間に無くなっていた。


 共通の話題をほとんど同じ感性で共有することができるのも、幼馴染の特権の一つだろう。時間が経つことすらも、容易く忘れてしまう。


「うん、お腹も満足! 怜士、この後、もう少しだけブラブラしましょ!」

「ああ、いいよ。でも、その前に……」


 そう言いながら怜士は紙袋の中からペンケースよりも少し小さいくらいの大きさの箱を取り出した。


「はい」

「はい?」


 怜士はその箱をそのまま梨生奈に手渡したが、何の説明も無いまま受け取ることになった梨生奈は疑問符を浮かべている。


「何、これ?」

「開けてみてよ」


 梨生奈は言われるがままに、包装紙を丁寧に剥がし、箱を開けた。その中には、中央に透き通るような淡い青色の石を据えた銀のネックレスが入っていた。


「これは……」

「さっきトイレを探してウロウロしてた時に、売ってるの見つけたんだ。だから、プレゼント」

「誰に?」

「いや、梨生奈に渡したんだから、梨生奈にだろ……」

「えっ!?」


 全くの予想だにしない出来事に見舞われると、人間は思考の一切を放棄し、硬直するらしい。梨生奈は瞬きすらせずに、手元のネックレスをただ茫然と見つめているだけだ。


「……あの、梨生奈さん? いかがされましたでしょうか?」

「ヒャイッ!?」


 あまりに動かない梨生奈を心配した怜士が声を掛けると、梨生奈は思考を再開し、奇怪な声を上げた。


「なんか最近、梨生奈って挙動がおかしくなることあるよね」

(アンタに言われたくないっ! それに、全ての原因は怜士だ!!)


 二年間の異世界の冒険での経験、シルヴィアと真奈美の影響もあり、数日で怜士は見違えるほどに梨生奈の心を的確に射抜くような言動が自然と体現できるようになっているのだが、本人を含め、それに気付ける人間はどれだけいるのかは定かではない。


「それよりも、どうして急に?」


 梨生奈の疑問は尤もだった。


 お互い、小学生の頃から誕生日プレゼントのやり取りは継続して行っているが、梨生奈の誕生日は三月。二ヶ月も前に済んでいる。部活動での活躍といった祝い事があったということでもない。


――どうしてだろう?


 梨生奈の頭にはその一言しか浮かばなかった。


 すると、怜士が戸惑う梨生奈を見かねて笑いながら言った。


「最近、梨生奈に迷惑かけてる気がするし、余計に気を遣わせちゃったからさ。まあ、日頃の感謝の気持ちだと思って受け取って。大して高いものじゃないけど……」


 値段など、取るに足らない問題だった。梨生奈にとって、怜士が自分を想って買ってくれたということが、今の彼女には大きな問題だった。


 服を選び、褒めてくれたことは嬉しかった。一緒に買い物をし、楽しくおしゃべりをしたことも嬉しかった。ただ、それらすら吹き飛んでしまうほどに、喜悦の情が梨生奈の中で渦巻いている。


「……りがと……」


 小さな声で梨生奈が何かを喋ったようだが、怜士は聞き取れなかった。そのため、怜士は「何て?」と尋ねた。


「だから、ありがとうって、言ったの!! 馬鹿怜士ぃ!!」

「何故、感謝と誹謗が同居した台詞が飛び出す!?」


 感謝こそされる筋合いはあっても、馬鹿呼ばわりされる謂れは無い。梨生奈の言葉に怜士は驚くばかりだ。しかし、それもまたいつもの幼馴染らしくていいのではないかと怜士は顔を綻ばせた。




「じゃあ、もう少しブラブラしますか」

「う、うん」


 梨生奈が落ち着きを取り戻したところで、二人は席を立ち、再びウインドウショッピングに洒落込んだ。


 怜士から贈られたネックレスは、早速、梨生奈の胸元を彩っている。


「おお、やっぱり似合ってるなネックレス」

「べ、別にそんなことないわよ。普通よ、普通」


 自分で選び、購入したネックレスだ。それがどれだけ梨生奈に似合うのか、どれだけ気にってもらえるのか、怜士にとっては大いに気になるところだろう。


「いやいや、謙遜しなくていいよ。その青い石、“アクアマリン”って言うんだって。この色合いなら梨生奈に似合うと思ったし、アクアマリンは三月の誕生石なんだってさ。梨生奈の誕生日も三月だから、こいつはもう、運命だ。梨生奈のためにあるものだな」

(怜士ってば、何でそういう台詞をサラッと吐けるのかなぁ! 前までなら、絶対にこんなこと言わなかったのに、本当に目の前にいるのが怜士なのか怪しくなってきた……!!)


 梨生奈は、これ以上態度に心情を投影せぬように閉口していたが、それでも頬を上気させてしまっている。今日一日で何度心を揺さぶられたか分からない。


「……でも、嬉しいな。本当に」

「何が嬉しいの?」

「い、いいから、行くよ!!」

「うおっ!? おい、俺は荷物を持ってるんだぞ!」


 照れる気持ちを隠しながら、強引に怜士の背中を押す梨生奈。


 自らが望んで誘った買い物だったが、梨生奈の予想を大きく上回る、彼女にとって幸せな時間であったことに間違いはない。


評価やブックマークを頂き、ありがとうございます。

今日、漸くブックマークをが1000を超えました!

ありがとうございます。


※2021/7/30 部分的に修正をしました。

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