第21話 「私の大好きな人!」と幼馴染は想いを噛み締めた
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~前回までのあらすじ~
元勇者と幼馴染の過去編!
元勇者、幼馴染との腐れ縁が始まる。
幼馴染、級友から悪質な悪戯を受ける……。
――志藤怜士が女子生徒四人と言い合いになった
この話を聞いた梨生奈は大いに焦り、どうにかしなければと思ったが、流石に指導室に乗り込むわけにはいかない。彼女にできることは無いのだった。
悩んでいると昼休みは終わり、五限目の授業が始まってしまった。予鈴に音に気付き、何とか自教室に戻ったが、そこに怜士の姿は無い。また、同じように四つの空席がある。全て、女子生徒の席だ。彼女たちが怜士と言い合いになった相手の可能性が高い。
「……先生、来ないぞ!?」
梨生奈がソワソワしていると、一人の男子生徒が口走った。授業開始のチャイムが鳴ってから十分が経過したが、教師がやって来ない。不審に思うのも当然だ。
他の生徒たちもボソボソと何かを話し始め、大きくも小さくもない音量は実に不快だった。流石の梨生奈にも苛立ちが募る。
その時、教室のドアが勢いよく開かれ、一人の教師が入って来た。しかし、この教師は、本来ここで授業をする教師ではない。
「え~、少々生徒間でトラブルがあってな。若松先生がその生徒たちに話を聴いている。先生が戻って来るまで自習だ。いいな」
若松先生というのが本来ここで授業をするはずだった教師だ。
トラブルを見かねた生徒が呼びに行った教師が若松先生で、そのまま指導と対処に当たっていると考えれば、彼が来ていない理由に納得がいく。
「ワークの九十二ページから九十六ページまでの練習問題を全てやること。それが若松先生からの伝言だ。静かにやるんだぞ」
そう言い残して教室から教師が出て行った。再び、騒がしくなったが、学級委員がそれを諫め、クラスの全員は自習に取り組んだ。
(嘘、嘘、嘘! 私は、どうしたら……)
指示された通りに自習を始めた梨生奈だが、手に付かない。幼馴染に何かあったと思うと、冷静ではいられない。何度も短い呼吸を繰り返し、平静を取り戻そうとするが効果は無いようだ。
そんな時、怜士と女子生徒たちが、若松教諭とこのクラスの担任である村上教諭に連れられて戻って来た。そのまま、臨時の学級会となり、今回の騒動の顛末が村上教諭の口から語られた。
――複数の女子生徒が、何日もの間、西條梨生奈に嫌がらせをしていた。女子生徒らの行動を怪しんだ志藤怜士が嫌がらせを目撃。怜士が彼女らに詰め寄り、壮大な口論になった。
これが、村上教諭がした説明だ。
事の発端は、先日、梨生奈の異変に気付いた怜士は、当該生徒らにあたりを付けていたらしい。そして、証拠を確実に掴むべく、デジタルカメラを学校に持参し、嫌がらせ行為の現場を激写した。それをもって怜士は女子生徒たちに詰め寄ったらしい。怜士の周到な準備によって撮られたカメラ画像によって、彼女たちは言い逃れができなくなったのだ。
梨生奈が標的になった理由は、人気のある男子生徒からの告白を彼女が断ったことにあったらしい。妬みや嫉みから、「調子に乗っている」と判断されたようだった。
女子生徒たちを見ると、目の周りが赤く腫れている。嗚咽を漏らしている者もいる。恐らく、今までの行為について厳しく絞られたのだろう。四人の女子生徒は梨生奈に十分な謝罪をし、許しを得ることができた。辛い思いをした梨生奈だが、「怪我をしたわけでもないし、謝ってくれるなら、もうしないと言うのなら許す」と言ったのだ。
「むう」
梨生奈の視界に入った怜士は何故か不貞腐れたような表情をしている。後になって判明したが、彼が不貞腐れていた原因は、梨生奈を護るためとはいえ、持ち込みが禁止されている機材を学校に持って来たことを咎められたらしい。怜士は「仕方ないことだ!」と主張したが、それでも罰として反省文を書くことになった。
ともあれ、今回の騒動は、怜士の活躍によって終息したのだ。
この日、梨生奈と怜士は久し振りに一緒に下校した。
梨生奈は、部活の練習があったが、参加できる精神状態ではないので、特別に休ませてもらった。
「……ねえ、志藤君」
「何、西條さん?」
「どうして、あんなことしたの?」
「あんなこと?」
「カメラを持って来て、その、私のためにあの子たちに怒ってくれたこと」
梨生奈は何故か伏目がちで言う。彼女なりに、怜士に対して申し訳ない気持ちがあったようだ。迷惑を掛けたのではないかと、不安になったらしい。
「見たんだよ、偶然」
「えっ?」
「あの子たちが西條さんの教科書に落書きをしてるトコ、昨日見たんだよ」
驚いたまま次の言葉を紡げない梨生奈を見ながら怜士は続けて話した。
「その後、注意して見てたら、物を隠したりするところも見たから。西條さんが嫌な思いしてるって考えたらさ、俺がどうにかしなきゃって思って。だから、今日はカメラで証拠を押さえてやろうと思ったんだけど、気付いたら怒鳴り散らしてた……」
梨生奈は驚嘆した。自分が悩んでいる間に、目の前にいる幼馴染は異変に気付き、行動に出ていたのだ。それも、カメラまで用意していたのだ。
怜士が言うように、嫌がらせの発見は偶然だった。しかし、彼が梨生奈のために怒り、犯人の女子生徒たちに詰め寄ったことは必然だった。
「周りのみんなに迷惑かけたくないとか思ったんでしょう? その気持ちも分かるから、どうしたいいか分からなくて、尻込みをしてた」
怜士は一度閉口し、大きく息を吸い込んだ。そして、梨生奈を見つめて彼女の耳に、心に確かに届くように力強く、想いを解き放った。
「でもさ、我慢できなった。一度でもあんな場面を見たら、耐えられなかった! もしかしたら余計なおせっかいで、俺が何かをする必要は無かったって言われるかもしれない……」
「志藤君……」
初めてだった。目の前にいる幼馴染がここまで感情を露にして怒っているのは。
時折、冗談やギャグの範疇で大声を出すことや些細な悪口を言い合うことはあったが、これ程までに真剣で強い気持ちが乗った言葉を梨生奈は初めて聞いた。顔を真っ赤にして怒っているのに、それでいて泣きそうになっている怜士の顔を梨生奈は初めて見た。
「だけど! あそこで黙っていたら、何か取り返しがつかなくなりそうで、俺は自分で自分を許せなかったと思う! 大切な人を助けたい、守りたいって思う気持ちは紛れもなく本物で、迷いは無かった!」
決して人通りの少ない道ではない。小学生、主婦、サラリーマンなど、多くの人間が行き来する道だ。怜士の大きな声は空気を伝わって、この場にいた誰の耳にも届いていた。
事情を知らぬ者はただ驚くばかりで、呆気に取られている。中には眉をひそめ、訝しむように二人を見て通り過ぎる人もいる。しかし、怜士にとってそれは、些細なことだった。
「西條さんの悲しむ顔なんか見たくない。そのためなら、何でもするさ。これは何が起きても、譲れないよ」
「ありがとう、志藤君。ごめんね、黙ってて。本当に、ごめん……。でも、本当にありがとう……」
怜士の言葉が心の奥深くまで染み渡り、改めて、自分がどのように思われているのか、自分がどのように思っているのか理解することができた梨生奈は、自然と涙を静かに流し、大切な幼馴染に謝った。そして、感謝の気持ちを伝えた。
思いの丈をぶつけられ、一度冷静になると何故だか羞恥の念が湧き上がる。
梨生奈と怜士は再び歩き出すも、なかなか自然に会話ができなくなっていたが、雰囲気を変えようと怜士がくだらない話題を梨生奈に提供していた。
「でさ、山岡君はそうやって言うんだけど、西條さんはどう思う?」
「……梨生奈」
「ん?」
懸命に話を振る怜士を制するように一言、梨生奈が呟いた。あまりの脈絡の無さに怜士は思わず聞き返した。
「だから、梨生奈! 名前で呼んでって、言ってるの!!」
「今更何を――」
初めて会った時から「志藤君」、「西條さん」と呼び合い、それが変わることなくここまで来たのだ。切欠が無かっただけだが、流石に、今になって呼称を変えるのも怜士にとっては気恥ずかしい。
『あら、どうしたの? 突然、名前で呼ぶようになって。何かあったの? どんな心境の変化があったの? ねえ、教えなさいよ。ちょっとぉ!!』
怜士は、母親が興味津々にしつこく詰め寄って来ることが容易に想像できたため、梨生奈の提案は呑み辛いものだった。
「今更も平皿も無いの! 大体、長い付き合いでずっとクラスも一緒で家族ぐるみの付き合いもあるんだから、いい加減に名前で呼びなさい! わ、私も“怜士”って、名前で呼ぶから!!」
「うう、分かったよ、梨生奈……さん」
「呼・び・捨・て!」
「……梨生奈」
「うん! エ、エヘヘ……」
照れくさそうにする梨生奈に対し、怜士は首を傾げていた。「自分で呼べって言って、何なのさ……」と呟くが、彼には梨生奈の女心を読み取るだけの力は無い。
「これからもよろしくね! れ、怜士!」
「うん!」
お返しにとばかりに、梨生奈も怜士を名前で呼んだ。呼ばれたからには怜士も返事をする。梨生奈のその表情に、今日までのいじめがもたらした深く黒い影は見えず、漸く晴れ間を覗かせたと感じられるほどに明るく眩しいものだった。
「怜士、怜士、怜士、怜士怜士怜士怜士怜士……」
その後、壊れたテープレコーダーのように、ただひたすらに怜士の名前を連呼する梨生奈を見て、流石の怜士ですら心理的にも物理的にも数歩だけ距離を取った。
この日を境に、西條梨生奈と志藤怜士は、これまでとは似て非なる、新しい関係をスタートさせた。
怜士がヤンキー大学生の集団から男子生徒を助けたその日、梨生奈は自宅の自室で数年前の出来事を思い出していた。
「そう言えば、怜士って、いざって時は前に出て絶対に護ってくれるんだよなぁ。あの時だってそうだったもん。あんな怖そうな人達の前に出ていくような勇気があったことには引っ掛かるけど……」
日頃の明るくマイペースでツッコミ気質の怜士の性格からは考えられないが、それでも志藤怜士という男は何かを護るために全てを懸けて飛び出す強さを持っていることを梨生奈は改めて認識していた。
梨生奈は、彼が二年間も異世界で勇者をしていたことを知らない。しかし、彼の心根は誰よりも知っている。
「カッコイイな、本当に。もっと早く気付いていたらどうなっていたのかな? いや、私の性格じゃ同じことか……」
あの日に自覚した想いが再び梨生奈の胸に去来する。恐らく、もっと昔から自分の胸の中に潜んでいた想い。梨生奈の性格では、素直になれずに表現することが、伝えることが極めて難しいかもしれない、ある想い。
「ずっと一緒に居たい、私にとってのヒーロー、私の大事な幼馴染――」
机の上に立て掛けられた、梨生奈と怜士が納まった中学卒業時の記念写真を見つめ、梨生奈は口元を緩めて静かに、そして力強く言い放った。
「私の大好きな人!」
梨生奈は思い出の力を借りて、ほんの少しの勇気を絞り出し、スマートフォンのアドレス帳から怜士の名前を探し、そのまま通話アイコンを押した。
「あ、あのさ……、明日って暇かな? 良ければ一緒にどこか遊び行かない?」
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※2021/7/30 部分的に修正をしました。




