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第20話 「大丈夫だよ。大丈夫だから……」と幼馴染は弱さを見せまいとした

~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染とデート!

元勇者、幼馴染の服を褒める。

幼馴染、不意打ちにデレッデレ。

 西條梨生奈が志藤怜士と出会ったのは、小学校一年生の春のことだった。


 五十音順において、「さいじょう」と「しどう」で出席番号と座席が近く、お互いに人当たりの良い性格のため、自然と仲良くなった。


 お互いの住居も比較的近く、登下校も一緒であったため、親同士もすぐに仲良くなった。それからというもの、二人きり、もしくは他の友人を交えて遊ぶことが非常に多くなった。


 二人は二年生になった。またしても同じクラスになった。


 これまでと変わらず、梨生奈と怜士は一緒に行動することが日常において当たり前だった。


「しどうくん、いっしょにかえろ?」

「うん、さいじょうさん!」


 梨生奈の両親が急な仕事などで出掛けなければならなくなった時、彼女は志藤家で預かられることがほとんどだった。その逆も然りで、怜士もよく西條家の世話になっていた。「家族ぐるみの付き合い」というのは、このことだろう。


 三年生になったが、ここでも二人は同じクラスとなる。


「また一緒だね!」

「うん、そうだね!」


 二人は偶然に驚いたが、たとえクラスが違っても、一緒に登下校をすることや一緒に遊ぶこと、今までの関係は何も変わらなかっただろう。


 四年生になってもまた同じクラス。五年生になってもまた同じクラス。毎年実施されるクラス替えで、五年も同じクラスであり続けることは非常に稀なケースだろう。流石に、これには本人たちも驚いた。


「……また一緒だね」

「何? 嫌なの?」

「違うよ、驚いただけ。西條さんと一緒で、嫌なはずないじゃん!」

「そ、そう! なら、いいけど!」


 あまりにも無垢な表情で話す怜士に、梨生奈はそっぽを向いてしまった。彼女は、自分の顔が赤くなっていることに気付いていなかった。


 そして、六年生になった。大方の予想通り、二人は遂に六年間通して同じクラスだった。


「六年間ずっと同じクラスになるなんて、凄いな!」

「笑うしかないわね、アハハ……」


 この時、二人の頭には「腐れ縁」という言葉が思い浮かんでいた。周りの少しだけませたクラスメイトに冷やかされることもあったが、二人は特に気にしなかった。お互いに親友同士といった間柄で、確固たる信頼関係が、絆が二人にはあったのだ。




 無事に小学校を卒業し、二人は同じ中学校へ進学した。特に私立中学の受験などを考えていなかったため、そのまま学区で定められた公立中学校への進学だ。


 中学校一年生の入学式の朝。新入生のクラス分け表が張り出された掲示板の前に梨生奈と怜士はいた。


「もしかしてとは思っていたけどさ」

「うん、私もそう思ってたんだけど……」

「また」

「一緒か……」


 ここまでの縁が続くと、この入学式の朝を含め、毎年、一学期の始業式の際、掲示板に張り出される新クラスの名簿を確認する必要などないのではないかと考えたくなる。


「まさか、誰かの陰謀!?」

「そんなわけないでしょ!!」


 誰にもメリットのない陰謀だが、怜士がそう叫びたくなる気持ちを、梨生奈も少しだけ理解できたようだ。しかし、彼女は心の何処かで、安堵している自分が居ることに気付かなかった。


 中学に入ると、様々な変化が見受けられ、大いに刺激を受ける。勉強は内容が広く深くなり、益々難易度が上がる。教科ごとに担当の教師が違うのも斬新だ。また、小学校とは違い、定期テストでは順位も出るため、モチベーションに影響が出る。先を見通せば、「高校受験」というものもある。気を抜くわけにはいかないだろう。そして、部活動についても、小学校のそれよりも幅が広がり、一層のやりがいが湧いてくる。小学校の頃よりも、先輩後輩の関係が明確になるのもポイントだ。


「志藤君は部活、何に入るの? 私はバスケ部に入るつもり」

「俺は帰宅部かなぁ。のんびりしたい……」

「……そう」


 少し残念そうにする梨生奈だが、この怜士の答えを予想していた。


 彼は、小学校の頃も部活動を行うことなく、習い事も特にやっていない。理由は単純で「昼寝ができない」、「のんびりやりたい」という二点だ。それはそれで個人の選択なので仕方がないことだ。梨生奈にとやかく言う権利は無い。しかし、彼女は頭では理解していても、心には索漠の念が残ってしまう。


「普段の練習以外にも朝練とかあるでしょ? そうしたら今までみたいに一緒に登下校できないな」

(そっか、そうだった……)


 怜士が何気なく言ったこの一言は、梨生奈の胸に静かに、深く突き刺さった。




 進学から一年が過ぎた。梨生奈も怜士も二年生になった。二人が同じクラスになったのは、最早語るまでも無いだろう。しかし、二人の関係はこれまでのものと比べ、確実に大きく変化していた。


 梨生奈は運動能力の高い少女だ。バスケ部に入部して以降、程なくして頭角を現し、今や中心人物だ。その練習はハードで、当初の心配の通り、怜士と一緒の登下校の機会は皆無になっていった。また、中学生という思春期特有の男女間の隔たりも怜士との関係を妨げるのに一役買っていた。一緒にいると、同級生にからかわれ、あらぬ噂を立てられる。クラス内、部活内での自分の立場や各場面での人間関係について考えるようになる時期だ。


 仲が悪くなったということは決してない。しかし、気が付くと梨生奈は、自然と怜士との距離を一定に保つようになっていた。




 進級後、半年が過ぎ、十月になった。肌寒い季節となり、衣替えが始まり、冬服が新鮮なものに見える。二年生のこの時期は、中学生活の折り返しだ。寒さで引き締まったのは身体だけではないかもしれない。


 ある時、梨生奈に小さな異変が起きた。


「何、これ……」


 休み時間が終わり、次の授業の準備のため、机の中から教科書を取り出すと、一部のページに「バカ」、「調子に乗るな」、「死ね」などといった悪口が鉛筆で書かれていた。


(嘘、嘘でしょ。何、これ……)


 テレビドラマくらいでしか見たことのない害意のある悪戯に、梨生奈は冷や汗を流した。これは紛れもなく、自分自身に降りかかっている現実だ。


――思い当たる節が一切無い。


 それが一番に出た、率直な梨生奈の感想だった。


 恨みを買うようなことを何一つした覚えはない。友人や部活の先輩後輩との関係も良好だという自負がある。しかし、彼女のこの自負はあくまでも自負でしかない。周りの人間が心の奥底で何を考えているのかなど、誰にも分からないことだった。


 それから数日が経過したが、毎日のように軽度な嫌がらせが続いた。


 靴が無い。筆箱も無い。再び教科書に落書きがされているなど、実に陰湿で幼稚な悪戯の数々だった。ただ、無くなると言っても、必ず教室内の目に見える場所に移動されていた程度であったし、落書きも常に鉛筆書きで、消すことも容易であった。そのため、梨生奈は暫く様子見を兼ねてもう少しだけ我慢することにした。


――誰かに相談をすると、その相手にも迷惑がかかるかもしれない。


――嫌がらせのレベルが重くなるかもしれない。


 そのように考えると、人を頼ることはできない。頼ってはいけないのだと、梨生奈は固く口をつぐんだ。


 不幸中の幸いか、創作の物語で見聞きするように、先導者に煽られてクラス全員から無視されるなどということは無かった。そのおかげで、あくまでも一部の人間の仕業であることは確証があった。


 しかし、誰か一人くらいは梨生奈の持ち物に対する悪戯を目撃していてもいいのではないか。誰か一人くらいは悪戯を指摘して止めてくれる者はいないのか。そういう考えが少しずつではあるが、梨生奈の中に芽生えていた。


 詰まる所、見て見ぬふりをしているのなら、結局はクラスメイトの大半が同罪なのかもしれない。同じ空間で過ごし、同じ時間を共有する仲間であっても、それは仮初で、お互いの間には目に見えない、高くて厚い壁があるのかもしれない。


(どうしよう……)


 その日のバスケ部の練習で、いつもは軽々と決められる、梨生奈得意のスリーポイントシュートは全く入らなくなっていた。


 周りの人間から心配されたが、梨生奈は上手く答えることができない。


「ちょっとスランプかな? 大丈夫だよ。大丈夫だから……」


 焦りと不安、恐怖で心が押し潰されそうになった時、梨生奈の頭に浮かんだのは、幼い頃から常に一緒にいる少年の顔だった。







 梨生奈が嫌がらせに遭うようになってから二週間が経過した。


 この日の昼休みに梨生奈は他のクラスの部活仲間と一緒に弁当を食べていた。以前は、クラスの友人と昼食をともにしていたが、どうも疑心暗鬼になる。他のクラスの人間に犯人はいないと自分に言い聞かせるようにしていた。

部活仲間と一緒にいる時だけが今の梨生奈にとって安らぎの時間と場所なのかもしれない。そんな時、何人かの生徒たちがワーワーと騒いでいるのが聞こえた。


「……何の騒ぎ?」


 ある男子生徒と数人の女子生徒の間でトラブルが起きたという話らしい。この話題は、あっという間に学年中に広まった。


 暫く錯綜していた情報だが、男子生徒の特定がされたようだった。


「志藤怜士が女子生徒四人と言い合いになったらしい。見かねた他の生徒が教員を呼びにいって、全員、指導室に連れて行かれてそこで事情を聴いているみたいだぞ!?」


 誰が言ったのか、これはすぐに梨生奈の耳にも届いた。そして、すぐにその耳を疑った。


(志藤君が!?)


 梨生奈は知っている。志藤怜士という人間は優しい人間で、稀に言葉が崩れるが、女子を相手に何かをするような人間ではない。一番近くにいた梨生奈だからこそ理解できる、彼の本質だ。このようなトラブルに巻き込まれる、或いは起こすことは考えられない。


「志藤、君……」


 梨生奈は、自分が今、何処にいるのか、何をしているのか、何を考えているのか、正常に状況と情報を整理することができなかった。


今回は、梨生奈ちゃんと怜士君の中学の時のお話でした。


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