第19話 「やっぱり、お前、美人だな。モテるだろ?」と元勇者は褒めた
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~前回までのあらすじ~
元勇者、元聖女とデート満喫。
元聖女、元勇者からのプレゼントにズキューン!!
シルヴィアとの買い物と遊楽を終えた翌日は約束通り、幼馴染の梨生奈と遊びに出掛ける予定の怜士だ。
当初の打ち合わせ通り、午前で部活の終わる梨生奈を待ってからのスタートとなる。待ち合わせは、駅前の広場に午後一時となっているが、時間に余裕を持って来ていた怜士は、のんびりと梨生奈を待っていた。
(おっ、来たか)
前方三十メートルから歩いて来る少女が見える。普通なら、誰が来たのか確認しづらいが、怜士はそれがすぐに梨生奈だと理解した。
「『幼馴染は伊達じゃないっ!』ってね。……って、何か違う?」
誰かが言っていた台詞に近しいと思ったものの、結局は思い出せないため、すぐに思考を切り替えて近くまで来た梨生奈に声を掛けた。
「よ! 部活お疲れ、梨生奈」
「ありがと、怜士」
とても自然な会話と所作だった。
二人は小学一年生からの付き合いで、その長さは既に十年を超えた。親兄弟と同等の時間を同じ場所で共有してきた二人だからこそ成せる、醸し出せる雰囲気だろう。
「どうなの、部活は? テスト明けにすぐ大会だって?」
「うん、梨生奈ちゃんは絶好調! 私達、今年は全国に行けそうよ!!」
「へえ、知らない間に凄いトコまでいってんだなぁ」
何気ない会話を済ませると、怜士は「行くか」と梨生奈に声を掛けた。梨生奈は軽く頷くと、そのまま二人は歩き出した。
「この前のクレープ屋やゲーセンに行った時も言ったけどさ、梨生奈と二人でって、本当に久し振りだな」
「そうね。でも、結局は毎日顔を会わせているから、不思議な感じがする」
梨生奈の言うことにも頷けるが、よくよく考えれば、怜士は二年も梨生奈と顔を会わせていなかったのだ。二人の認識に隔たりがあることはおかしくない。
「まあ、いいわ! 今日は折角の機会なんだから、目一杯楽しむ! いい?」
「おう、合点だ!!」
梨生奈に音頭を取られ、それに便乗した怜士は、この休日という日常を全力で楽しむことにした。
「…………」
怜士は、他愛のない雑談の最中、横を歩く梨生奈を注視していた。
「何? まじまじと私を見て。気色悪いよ?」
梨生奈はすぐに怜士の様子に気付き、眉をひそめながら彼に問い質そうとした。
「ストレートに言うな! 軽く傷付く!!」
「じゃあ……、怜士が私をじっと見る視線が、少しだけ私の気分を不快で嫌なモノにさせるの。これ以上は怜士の人間性を疑うことになるから、将来のためにあまりこういう行為はしない方が良いよ?」
「回りくどく詳しく説明しないで!? 余計に空しくなる!!」
こうした冗談を交えた遠慮のないやり取りも、幼馴染の特権だろうか。梨生奈は故意に怜士を傷付けようとしているわけではないし、怜士自身もそれを理解している。目に見えない信頼関係が確かに築かれている証拠だと言えるだろう。
「さっきの答えだけど、梨生奈の私服姿を見るのも久し振りだから、新鮮で」
「なななっ!!」
「梨生奈って、背も高い方だし姿勢が良いから、そういうパンツスタイルっていうのか? それだと。より綺麗に見えるよな。色合いも落ち着いてるから、大学生に見られてもおかしくないな、うん」
梨生奈は全身に稲妻でも走ったかのような激烈な衝撃を受けた。
怜士が梨生奈の服装をしっかりと褒める場面がこれまでにあっただろうか。「似合うね」、「いいじゃん」くらいの言葉は怜士とて口にしたことはあるが、これほど具体的な説明を伴った発言は初めてだった。真奈美から、女性の髪型や服を褒めるように指導されたばかりだ。今の怜士は実践が伴っている。尤も、そんなことを梨生奈は知らない訳ではあるが。
「やっぱり、お前、美人だな。モテるだろ?」
(びびび、美人? 私が? れ、怜士、私のことをそんな風に……!!)
何気なく怜士が放った一言に、梨生奈は追い打ちを掛けられた。
梨生奈は最初の「綺麗」は聞き間違いだと思ったが、今の「美人」という言葉で確信が得られた。目の前にいる幼馴染は、完全に自分を褒めているのだ。
「あの、梨生奈? 突然立ち止まってどうした?」
立ち止まって動かない梨生奈を、怜士は心配そうに声を掛ける。何かあったのではないかと、不安に駆られたようだ。
「体調でも悪いのか?」
なおも喋らない梨生奈のことがいよいよ不安になり、怜士は彼女の顔を覗き込むようにした。
パシン!!
すると、怜士は顔を近づけられたことで興奮した梨生奈に思いきり、ビンタされた。油断していた怜士は、そのまま尻餅をついてしまった。
「痛ったぁ!?」
「ハッ!? ゴメン、怜士!!」
我に返った梨生奈は、慌てて怜士に駆け寄り、起き上がらせる。
「何するんだよ、もう~」
「だから、ゴメンて。大体、突然、人の顔を覗き込む方が悪いの!!」
「あぁ? 俺は梨生奈のことが心配で……」
「し、心配!?」
「そう、心配」
理由や原因はどうあれ、梨生奈は怜士に気遣われたことに嬉しさを覚えていた。
基本的に誰にでも優しい怜士だが、梨生奈に対しては長過ぎる付き合い故に、良くも悪くも他の人間との距離感が違う。いつもとは異なる歩幅で怜士が近付いたことは梨生奈にとって歓喜に値するものだった。
「怜士が私のことを、怜士が私のことを、怜士が私のことを、怜士が私のことを……」
「……マジで大丈夫か!?」
「うるさい!! べ、別に怜士に心配されても、嬉しくなんかないぃ!!」
「べふうっ!? ロ、ローはいかんよ!!」
そう言う梨生奈は、そのまま怜士にローキックをお見舞いした。
梨生奈は怜士にのみ、照れ隠しで暴力に訴えることが多い。怜士からは本当に怒っているものと誤解されることも多く、それも関係が進展しない要因の一つだとも言える。梨生奈自身、最も改善したい自分の短所だ。
「う、うるさいっ!! 早く行くよ!!」
「待って! 足のダメージが思ったより深刻で……」
先を歩いていく梨生奈を、足を引きずりながら怜士は追いかけた。ダメージのため、確かに重い足取りだが、その足で踏み出す一歩一歩は間違いなく、これまで怜士たちが歩んで来た日常と同じだった。
二人は、街の大型ショッピングモールへ来ていた。ここには飲食店や衣料品店、雑貨屋、スポーツクラブなど、多種多様な店舗がテナントとして入っている超ド級の複合商業施設だ。
「まずはここ、映画館よ!!」
梨生奈に誘導され、まず初めに怜士がやって来たのは、「HOHOシネマズ」という映画館であり、どうやら、梨生奈には観たい映画があるようだ。怜士本人は、特に観たいものはないので、梨生奈に合わせることにした。尤も、希望を言っても、意見が割れた場合、最終的に折れるのは怜士だが。
早速、チケットを購入して座席に着くと、十分もしないうちに本編の上映が始まった。
(『私の夢と恋の色』か……。覚えてるぞ。確か、俺が召喚される前に話題になってたヤツだな)
『私の夢と恋の色」は、高校生から二十代の女性をターゲットにした恋愛映画で、ヒロインの少女と幼馴染の少年の恋模様を描いた作品だ。少女漫画が原作で、実写映画化に留まらず、アニメ化もされている超人気作品であり、「ユメコイ」の略称で親しまれている。
(へえ、やっぱり梨生奈も女の子だから、こういうのに興味があるんだな)
怜士は、幼馴染の少女が「女の子」であることを改めて実感した。男勝りな面があっても、根本は女の子だ。こうした胸にキュンと来るような恋愛モノは大好物らしい。
(だふんっ!?)
不意に、梨生奈が怜士の肩をめがけてをパンチを炸裂させた。
上映中であるため、声を出さなかった怜士の忍耐力は称賛されるべきだろう。視線を横へやり、梨生奈を見ると、その顔はスクリーンへと固定されており、全く怜士の方を見ていない。どうも、怜士が失礼なことを考えたのを見抜いたようだ。
(何で俺は攻撃されてんの!? 梨生奈は人の心でも読めるのか!? 隣で映画に夢中の幼馴染が怖い!)
「いやあ、良い話だった!! やっぱり、ユメコイは最高!」
「うん、そうだな……」
二時間弱の上映が終わり、二人は映画館を後にした。
梨生奈は存分に作品の世界に没入し、楽しむことができたようだ。しかし、怜士は逆水平チョップを受けてからというもの、いつ攻撃されるか分からぬ恐怖と戦っていたので、内容がまるで頭に入っていない。
「次は何処に行く? 決めてあるのか?」
「もっちろん!! スポーツ用品店と服屋さん。トレーニングウェアと普通の服を買いたいの。ほら、行くよ!!」
梨生奈は怜士の腕を掴むと、上機嫌で歩き出した。まずはスポーツ用品店に向かうようだ。
思春期を迎えて以降、暴力行為を除き、過度なスキンシップを取ることができなくなった梨生奈だが、直前に観ていた映画の内容が彼女のタガを外したらしい。劇中の設定や登場人物に大いに感情移入したようだ。
梨生奈は購入したいウェアをあらかじめ決めていたこともあり、スポーツ用品店での買い物は十分もかからなかった。二人はそのまま衣料品店へ向かった。
二人で一緒に買い物をするなど、近所の駄菓子屋やスーパーマーケットへのおつかいくらいで、子どもの時以来だ。高校生になって、服を選ぶような買い物は二人にとっては初めてなので、特に梨生奈は緊張しているらしい。自然と速まる鼓動が自分でも分かるらしく、幾度も胸に手を当て、落ち着こうとしている。
「ね、ねえ、怜士。折角一緒なんだから、アンタも、その、私の服を選んでよ……!!」
「俺の意見なんか参考になるの?」
「私がいいって言ってるの! 怜士に決めて欲しいの!!」
発した言葉はもう呑み込めない。梨生奈は自分が何を言ったのか、一瞬、自分で理解できなかった。
――怜士に決めて欲しいの!!
今までにこんなことを言ったことが梨生奈にはあっただろうか。一体何が自分をそうさせるのか、想像すらできない。完全に無意識下での言葉だった。
長年に渡って胸に秘め続けて来た想いが漏れそうになることを梨生奈は避けたかった。居心地の良い関係を守り続けるために、踏み出せない弱い自分を必死で守るために。
「分かった、行こうよ」
「え?」
にこやかに笑う怜士を見て、梨生奈は一驚した。
いつもの怜士なら、面倒がるのが普通だが、今日に限っては素直に受け入れるため、梨生奈はそれが不思議で仕方なかった。
「何してんの、ほら」
今度は怜士が、固まっている梨生奈の手を握り、彼女を引っ張り出した。
驚きと羞恥。どちらかというと、後者の方が上回っているだろうか。梨生奈は久し振りに感じた怜士の手の感触に、九分の温かみある懐かしさと一分の違和感を覚えたが、大切な人と繋がっていられる幸せの前では、そのような多少の違和感などはすぐにどうでもよくなった。
お読みいただき、ありがとうございました。
※2019/11/4 部分的に修正をしました。
※2021/7/21 部分的に修正をしました。
※2022/7/25 部分的に修正をしました。




