第18話 「本当に、ありがとうございます。レイジ様」と元聖女は晴れやかに微笑んだ
日増しに少しずつ、評価が上がっており、大変嬉しく思います。
いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます。
~前回までのあらすじ~
元勇者、女心に鈍感。
元聖女、ご機嫌ナナメ。
母親、元勇者にヒントをくれてやる。
(まずは、母さんが言ったように髪と服を褒めないとな。くっ! 己のボキャブラリーに自信がないぜ!)
女性の髪形や服を褒めることを指摘された怜士は、早速それを実践した。相手がシルヴィアなら、それはなおさらだ。怜士は未だ不機嫌でプリプリしているシルヴィアを前に一瞬だけ足がすくんだが、恐る恐る話し掛けた。
「ねえ、シルヴィア」
「……何でしょうか」
シルヴィアが見せる僅かな間。それが今の怜士にとっては、彼女の不機嫌度を示すバロメーターとなっている。
「その髪型、サイドアップって言うんでしょ? 似合ってるね。そう言えばシルヴィアの髪って、そのまま真っ直ぐ下ろしてるか、戦闘時のポニーテールくらいしか見たことないから新鮮だな」
「べ、別にこれくらいは普通です! たた、大したことではありません!」
今日のシルヴィアの髪形は、一つ結びを左側に流して結ぶ“サイドアップ”だ。これを取り掛かりにすることが第一段階だった。
その時、ほんの僅かに彼女の頬が紅潮するのが怜士には見えた。シルヴィアも女性だ。髪型を褒められて嬉しくないはずがない。
(そう言えば、誰かが言ってたな。『髪は女の命なのよ!』って。……何かの漫画だったかな?)
イマイチ情報源が心もとないが、確かに、女性にとって髪の毛が宝のように大切なモノであることは女心に鈍い怜士でも想像できる。
「そうやって髪を横で結ぶとさ、女性らしさや華やかさが一層引き立つ感じで、シルヴィアの綺麗さがグンと上の段階に上がったね! とても似合っているよ」
「そ、そうですか? エ、エヘヘ……!!」
「それにその服、母さんが選んだんでしょ? 母さん、服のセンスだけは良いからさ、やっぱりシルヴィアしか着こなせない感じが出てるね」
「ぐぐ、具体的にはどんなところが!?」
畳み掛ける怜士を前に、シルヴィアの精神は既に陥落寸前といった状態で、つい数分前までの不機嫌さは何処へ行ってしまったのか全く分からない。前のめりになって、自ら怜士に美点を尋ねる始末だ。
「カットソーっていうのかな? 落ちついた色合いで女の子っていうよりも“大人の女性”っていう感じが出てるし、スキニーパンツもシルヴィアの線の細さが際立って、とても可愛く見えるよ。今のシルヴィアは間違いなく、誰よりも綺麗だね!!」
知り得る限りの知識を総動員し、全力投球で臨んだ怜士のファッションチェックの結果は火を見るよりも明らかだ。目の前のシルヴィアは、顔から湯気が出ているのではないかと疑うほどに顔を真っ赤にしている。何やらブツブツと呟いているが、少なくとも怒っているようには見えない。
「女性らしい、綺麗、大人っぽい、可愛い……」
傍から見ると怪しい呪文をブツブツと唱える怪しい外国人にしか見えないが、シルヴィアは内心では喜びに打ち震えていた。
グランリオン王国では、女性がズボンを履く機会は少ない。冒険者や兵士、農業に携わる者ならば装備や作業着の一つとして履くが、それ以外の場面や用途で身に着けることは極めて稀だ。つまり、日本もとい地球で女性が服飾のバリエーション、ファッションとしてズボンを履くということは、シルヴィアにとっての大きなカルチャーショックだった。
(ズボン。この世界ではパンツとも言うらしいですが、真奈美様に薦められるままでしたが、履いて良かったですね! レイジ様に、レイジ様に、エヘヘ、ヘヘ……)
乙女として、美しくありたいというのが、全ての女性の常であり、性だろう。シルヴィアもこれに漏れない。ただ、今この時だけは、その想いの全てを怜士のために捧げたかったのだ。そうでなければ無茶をして日本について来た意味が無い。それに、目的が果たせないのだ。
「……ィア。……ヴィア! シルヴィア!!」
「ハッ!? わ、私は一体?」
怜士に褒められた嬉しさで舞い上がり、極めて閉鎖的で特殊な世界にいたシルヴィアは、怜士の声によって一気に現実へと引き戻された。
「う、うん。まあ、色々と気持ちが昂ってるんだと思うよ」
「ううぅ、恥ずかしい限りですぅ……」
自らの痴態に気付いたシルヴィアだが、怜士はあまり気にしていない様子だ。一方で怜士をけしかけた真奈美はと言うと、遠くで二人の様子を見守っていた。
(怜士……日頃はボーっとしてることが多いのに、いざという時は必要以上に本領を発揮するからたちが悪いのよ、まったくぅ!!)
真奈美は、自分にしか分からないように溜息をついた。
シルヴィアの機嫌が戻ったところで、二人は当初の目的地へ向けて家を出た。
初めて日本へ来た時のように、シルヴィアは車や飛行機、信号機などに興味や意識を奪われることも無いようだ。恐らく、何度か真奈美と出掛けていたようなので、そこで慣れたのだろう。怜士としては、キョロキョロと辺りを見回し、一々リアクションを取られるのは忍びない。
しかし、また大きな問題が発生する。
「キレイ……。初めて見たわ、あんな人」
「嘘? 何、あの子……。海外のモデルさん? それか俳優?」
「いるのよねぇ、顔もスタイルも抜群の人って」
「不条理ね、世界は……」
「神様って、いるのかな?」
道行く人の、女性からのシルヴィアの容姿を賞賛し、羨む声。
「スゲェ美人だ! 隣の野郎は……並みじゃねぇか」
「きっと、遺伝子の配分が狂った兄妹か何かかな?」
「俺の方がよっぽど……」
「……死ねばいいのに、あの男」
「ちょっとそこ代われ!!」
道行く人の、男性からの怜士に対する妬み嫉み恨みの声。
何もせずとも、否が応でも目立ってしまうシルヴィアは注目の的で、その隣にいる怜士も勿論、大勢からの視線を浴び続けている。
(しまった、忘れてたぞ。シルヴィアって、超絶美少女なんだよ……)
最早、見慣れ過ぎてしまい、怜士の感覚が狂っているが、シルヴィアは世界の壁すら超える美少女であり、性別問わずに魅了する美しさがある。そんな彼女の破壊的な容姿を怜士は失念していた。
「うう、レイジ様。何だか、見られています……」
「うん、そうだね。こうもあからさまにだと、ちょっとなぁ」
向こうの世界でもシルヴィアは注目されることが多かったが、その時の彼女は「王女兼聖女」という、最頂点の身分だ。また、怜士も曲がりなりにも勇者だったのだ。そんな二人に向かって、羨望の声や謗言を直接掛けるような不届き者は存在し得なかった。
そのために、この状況は二人にとって受け入れることが難しい、苦痛を伴うものだった。
「仕方ない。行こう、シルヴィア。ちょっと走るよ!」
「え? あ、きゃあ!!」
怜士はおもむろにシルヴィアの手を掴むと、そのまま走り出した。このままこの場で好奇の目を向けられるより、幾分かはマシなはずである。
「……やっと静かになったか」
しばらく走り、やや人通りが少ない道まで来ると、怜士は足を止めた。
「やっぱり日本だなぁ。ああいうのをミーハーって言うのか? シルヴィア、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
「そっか、良かった」
そう言って微笑むと、怜士は掴んでいたシルヴィアの手を離した。
「あっ!」
その時、シルヴィアは思わず声を出してしまった。
偶発的だが、怜士から手を繋がれるという機会はこれまでほとんど無かった。シルヴィアは日本への転移初日にお姫様抱っこを強要したが、あれは自らのお願いによるものだ。怜士が主体となって行う接触は希少なのだ。それだけに、惜しくてたまらない。
「どうしたの、シルヴィア?」
「その、手を……」
シルヴィアに言われて、自分の手と彼女の手を交互に見つめる怜士は、何かを思いついたような顔をした途端、再びシルヴィアの手を握った。
「エスコートさせていただきます、王女様」
「な、は!? ……よ、よろしくお願いいたします、勇者様」
怜士に手を引かれ、二人きりで買い物へ出掛けているこの時間は、シルヴィアにとって夢のようなものだった。
「レイジ様、この服はどうでしょうか?」
「う~ん、そうだな。デザインはいいけど、シルヴィアは色が白いから、こっちのパステルカラーの方がもっと似合うよ」
怜士は真剣に洋服を選び、褒められて喜ぶシルヴィア。シルヴィアに“様付け”で呼ばれ、周りの店員や客に白い目で見られる怜士。
「あの食べ物は何ですか?」
「ああ、あれはクレープって言って、薄く焼いた小麦の生地で果物やクリームを巻く、お菓子だよ。食べてみる?」
「ななな、何ですか! この食べ物は!! こんな美味しいもの、生まれて初めて食べました!!」
二人で一緒にクレープを食べ、あまりの美味しさに衝撃を受け、心を打ち抜かれるシルヴィア。先日、梨生奈によって自分のクレープを食べられてしまったため、二年振りのクレープの味を噛み締める怜士。
「どうしたの?」
「い、いえ。ただ、あの白と黒の動物のぬいぐるみが気になって」
「ああ、パンダって言うんだ、アレ。こっちの世界で人気の動物だよ。よし、獲ってみようか」
初めてのゲームセンターにて、クレーンゲームの景品であるパンダのぬいぐるみに一目惚れをし、怜士と一緒にゲームを楽しみ、希望通りに景品を手に入れ、心が躍るシルヴィア。先日と同様に、クレーンゲームに苦戦し、意地を張ったために瞬く間に財布が軽くなる怜士。
二人のデートは大変充実しており、時間などあっという間に過ぎてしまった。この日、シルヴィアは生まれて初めて心の底から大切な人と遊び、時を過ごすことができた。きっと、この経験は、元の世界で王女や聖女として暮らしていては決してできなかったことだろう。怜士が言ったように、王女としての責務を丸投げしたことに些か後悔や自責の念があるが、それでも、この日本での生活は彼女にとってかけがえのない、貴重な宝物だった。
日が沈みかけ、帰路につく怜士とシルヴィア。
購入した服や靴の入った包や袋は怜士が持っているが、シルヴィアはパンダのぬいぐるみだけは抱きかかえるようにして持っている。余程愛着が湧いたらしい。
「シルヴィア」
そう言って怜士が立ち止まると、シルヴィアも同じく立ち止まった。
「これ、さっき買っておいたんだ」
怜士は一度手荷物を地面に置き、ボディバッグから小さな包みを取り出してシルヴィアに手渡した。
「一体これは?」
「まあ、開けてみてよ」
丁寧に包装紙を剥がし、中の箱を開けるシルヴィア。その中には、髪を止めるのに使うバレッタが入っていた。銀色と碧色を基調としたカラーリングで花をあしらったものだ。
「いつも着けていたティアラ、こっちじゃ目立ち過ぎるから外すことにしたでしょ? その代わりにと思ってさ。シルヴィアの綺麗な金髪に映えると思って買ったんだ。日本の服にも合うよ。その、俺からのプレゼントだよ」
目を皿のようにして驚くシルヴィアは何も言わない。それが怜士の不安を駆り立てた。
「もしかして、気に入らなかった?」
「そんなこと、そんなことありません。……凄く、凄く嬉しいです! 一生大切にします!!」
驚きのあまり、シルヴィアは硬直していたようだ。しかし、今の彼女の表情は誰が見ても幸せそうで、心が満たされているのが分かる。
「一生って、それは大袈裟だよ……。まあ、いいや! 早速着けてみてよ!」
怜士に言われるまま、人の往来も気にせず、その場でサイドアップを解き、バレッタを着け直すシルヴィア。彼女を見て、怜士は驚嘆の声を上げる。
「……凄いな。予想以上に、めちゃめちゃ似合うな」
シルヴィアは、言い知れない歓喜の渦に呑み込まれていた。家族や特に縁の深い臣下以外の異性から贈り物をされたのは初めてだ。それが、想いを寄せる人間からのものであれば格別だろう。地球に来てから王女や聖女としての重責から解放され、普通の少女になりつつある。シルヴィアは今まさに、心を押し殺して封じるしかなかったはずの青春を新しい世界で謳歌しようとしている。
シルヴィアの頬が赤く染まったのは、嬉しさと恥ずかしさが原因なのか、差し込む夕陽が原因なのか、それは本人しか分からないことだろう。
「本当に、ありがとうございます。レイジ様」
怜士君が女性の服装を褒める場面を書くためにインターネットで女性のファッションについて調べました。いやあ、難しい。
ブックマークや評価をしてくださった方、ありがとうございます。
※2019/11/4 部分的に修正をしました。
※2021/7/22 部分的に修正をしました。
※2022/7/25 部分的に修正をしました。




