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第17話 「あの子の笑顔、ちゃんと守りたい」と元勇者は決意した

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染と夫婦漫才を繰り広げる。

幼馴染、妄想してデレる。

数学教師、激おこ。


 梨生奈との口論の末、またしても数学担当の大橋教諭の逆鱗に触れ、クラス全員に大量の宿題を課される原因を作った怜士。


 肩身の狭い思いをしながら、その日の授業を終え、宿題を片付ける算段を立てながら帰途についた。


「おかえりなさい、レイジ様!」


 怜士を出迎えてくれたシルヴィアは、彼とは対照的に明るい様子だ。屈託のない笑顔というのは、今の彼女の表情を指すらしい。


「ただいま、シルヴィア。上機嫌だね。何かあったの?」


 シルヴィアが嬉しそうにしているのを見ると、自分まで嬉しい気持ちになり、怜士は心が満たされるのを感じた。


「はい! 明日はレイジ様と一緒にお買い物に行く日なので、楽しみなんです!」

「ああ、そういうことか」


 怜士は、休日を利用してシルヴィアと買い物に行くという約束を思い出した。今の今まで数学の宿題とクラスメイトから向けられた視線の重責に耐えられず、絶望していた自分を情けなく感じている。


(そうだった、そうだった! 明日は折角、シルヴィアを連れて、買い物がてら、こっちの世界を案内するんだ! 宿題なんか早く済ませるぞ)


 鞄を自室に置き、普段着に着替えた怜士は、一度リビングへ向かった。そこでは、シルヴィアと真奈美がお茶とお菓子を楽しみながら談笑している。流石は女性同士というところだろうか。お互いの心を開くのに、時間はかからなかったようだ。また、真奈美が、自分の娘のようにシルヴィアを可愛がっていることも大きいだろう。


「怜士! アンタ、明日、シルヴィアちゃんと遊びに行くんでしょう?」

「そうだけど……」

「はい、これ」


 そう言って真奈美は茶封筒を怜士に手渡した。


「これは……おっ、お金だ!」


 怜士は封筒の中身を見て驚喜した。中身を見ると、普段はなかなかお目にかかれない福沢諭吉先生が三人も座している。


(これは、夢じゃないのか? 母さんがこんなにお金くれるなんて、きっと裏があるに違いない!)


 予想外の大盤振る舞いに疑念を抱いた怜士はおもむろに、紙幣全てを天にかざすようにした。


「……何してんの?」


 真奈美は息子の取った行動が理解できず、思わず声を出した。尤も、すぐに怜士の行動の裏に勘付いたようではあるが。一方でシルヴィアは、お札を透かして見る行為の意味がまるで理解できず、怜士と真奈美を交互に見ている。


「母さんがこんなにお金をくれるはずないから、偽札か何かだと思って、透かしを……」

「馬鹿か! 馬鹿息子が!! そんなもの、渡すはずないでしょ!? 私を疑うんじゃない!!」

「だって、人を疑うことを覚えろって言ったのは母さんじゃないか!!」

「親の言うことは信じろ!! この馬鹿勇者!!」


 数日前に賜った母親の教えを素直に実践したために怒られる怜士。シルヴィアはそれを苦笑しながら見ている。最早、この光景が志藤家の新たな定番となりつつある。


「……まあ、いいや。とりあえず、こうやって交遊費を貰えたんだ。ありがとう、母さん!!」

「別にお礼なんていいわ。だって、そのお金。アンタの預金口座から引き出したんだから」

「ハア!?」


 怜士は自分の耳を疑った。今、その手に持っている三万円という、高校生にとっての大金は、母親からの贈与ではなく、自分がコツコツ貯めた預金から引き出されたものだというのだ。


「アンタ自身のデートなんだから、食事代や交通費はアンタのお金で賄いなさい。それが男ってもんでしょ」

「何だよ、デートって。買い物に行くだけじゃん!! でも、半分くらいはそれが正しい気がするから、言い返せない!!」

「そうそう、これとは別にシルヴィアちゃんにはコレ」


 続いて真奈美は、別の茶封筒をシルヴィアに手渡した。


「これは何でしょうか、真奈美様?」

「私からのプレゼントよ。これでまた好きな服でも買ってね」


 シルヴィアが封筒から取り出したのは、同じく五万円だった。それを見た怜士は、真奈美に噛みつかない訳がない。


「オイ、母さん! 何だこれは!?」

「何って、可愛いシルヴィアちゃんのお小遣いよ? 安心しなさい。これは家計費から出してるから!」


 真奈美の「何を当たり前のことを訊いているの? 馬鹿じゃないの?」とでも言わんばかりの表情に、怜士は大きな苛立ちを、いや、怒りを募らせた。


「何だよ、この差は!? ハッキリ言って差別だ! 民主主義を忘れるな! 俺にも家計費からちょうだいよ、いえ、ください!!」

「断固拒否する! それに、差別じゃなくて区別よ。私にも相手を選ぶ権利がある」

「どっかで聞いたような言い分だ!?」


 真奈美の横暴とも言える行為に納得のいかないまま、怜士は自室へ逃げるように去って行った。


(バイトでもしよう……)


 怜士は、流れ出る涙のしょっぱさを噛み締めながら、新たな決意をした。




 精神と預金口座にダメージを負いながらも、夕食と入浴を済ませた怜士は、学校の宿題に取り掛かっていた。自分が招いたことだから、必ずやり遂げねばならないという使命感に駆られていると、スマートフォンに着信があった。液晶画面の表示を見ると、そこには“西條梨生奈”の名前があった。


「もしもし、梨生奈?」

『怜士、今いいかな?』

「うん、宿題やってただけだから、少しなら大丈夫」

『そう。あ、あのさ……、明日って暇かな? 良かったら一緒にどこか遊び行かない?』

「え? 明日? 急だな。……ごめん、明日は予定あるんだ」

『そう、なんだ……』


 あからさまに声のトーンが下がり、スマートフォン越しでも幼馴染が落ち込んでいる様子が分かる怜士。急な誘いとは言え、断ってしまった罪悪感がある。そのため、自ら代替案を提示した。


「明日は難しいけど、明後日の日曜日はどう? 梨生奈は部活とか大丈夫か?」

『日曜日? ええっと、部活は午前中だけだから、うん、午後からだったら大丈夫!!』

「そっか、なら日曜で決まりだ! 時間と場所は後でメールでくれよ。梨生奈に合わせるよ」

『ありがとう! 怜士!!』


 今度は梨生奈の顔に喜悦の色が浮かんでいるのが容易に想像できる。これも幼馴染だからこそ、可能な芸当だろう。


「じゃあ、宿題頑張って終わらせるから、切るわ」

『うん、私も頑張って終わらせる! ありがと、怜士!!』


 通話を終えると怜士は宣言通りに、眼前のテキストとの睨み合いに集中し、再びペンを動かし始めた。




「んなあ~、眠い~」


 昨晩、宿題を一気に片付けたため、睡眠時間が犠牲になった怜士は、寝ぼけまなこである。寝癖すら直せていない。それとは対照的に、シルヴィアは既に朝食を終え、着替えも済ませている。彼女の表情はまるで遠足を楽しみにしている子どものようだった。


「おはようございます! レイジ様!!」

「うーん、おはよー。シルヴィアー。早いなー」

「むーっ」


 脳が覚醒しきっておらず、返答が曖昧な怜士にシルヴィアは頬を膨らませている。


「まだ出発までー時間あるよ。気合十分だねー」

「……ええ。そーですねー」

「んー?」


 突如として、シルヴィアの態度が一変し、怜士に冷たい視線も送り付けるようになった。寝ぼけている怜士には、彼女の心の機微の理解は難易度が高いだろう。


 すると、真奈美が朝食を摂り始めた怜士の頭をスリッパで振り抜いた。彼女は中学と高校時代にソフトボール部で活動し、インターハイ出場経験がある。つまりは……。


「ぐわあぁぁ、いってぇぇぇ!! 何するだあ、母さん!?」

「眠そうにしていたから、脳を揺らして覚醒の補助をしてあげたの。感謝しなさい」

「脳を揺らすと、取り返しがつかなくなることもあるんだぞ! 息子を何だと思ってるんだ!?」

「最強の元勇者(笑)」

「ちくしょう、悪意しかない!!」


 怜士の心配など杞憂であり、真奈美の言う通り、痛みこそ感じるが、勇者の力が健在の怜士にダメージは一つも無い。しかし、この一連のやり取りで、完全に目覚めたことは確かだ。


「さっさと食べて、着替えてきなさい。女の子を待たせるのは、マナー違反よ!」


 真奈美に急かされ、言われた通りに朝食を終えた怜士はそのまま自室に戻り、着替えを済ませた。


 そして、怜士が部屋を出ると、扉の前には真奈美が立っていた。


「何? 母さん?」

「アンタ、シルヴィアちゃんがどうして急にむくれたのか、分かってないでしょ?」

「……俺が起きるのが遅かったからとか?」

「そうじゃない。まあ、確かにあの子より起きるの遅かったのはマイナスだけどね」

「じゃあ、一体何なの?」


 怜士は真奈美の言おうとすることが理解できず、疑問符を浮かべるばかりだ。一方の真奈美は、息子の鈍さと女心の無理解を嘆いた。


「はあ~、シルヴィアちゃんが張りきってオシャレしてるの! これがどういうことか分かる? 髪とか服とか、褒めてあげるのが普通でしょう? それをアンタときたら、『まだ出発までー時間あるよ。気合十分だねー』って、馬鹿か!! もう一度魔王を倒して出直して来なさい! この馬鹿息子!!」

「こっちの世界に魔王なんていない!」


 しかしながら、真奈美のこの言葉は、怜士の胸に深く刺さった。


(……そうだよなあ。シルヴィア、凄く楽しみにしてたもんな。出会ったばかりで年の離れた母さんに連れられて行くより、俺と一緒に行った方が気兼ねしなくていいから楽かな? 何より、向こうじゃ、二人で遊び行くなんて、できなかったもんな。俺も、シルヴィアとの時間は大切にしたい……)


 怜士は、まとまった考えを胸に、真奈美の顔を見据え、高らかに宣言した。


「母さん、俺、分かったよ。ちゃんとシルヴィアを見て、あの子のことを考える。今日だって折角の機会なんだ。日本に来たばかりのシルヴィアにとって、最高の一日になるようにするよ。あの子の笑顔、ちゃんと守りたい」

「ふうん」


 真奈美は目を細めて怜士を見ている。そんな奇妙な母親の視線に、怜士はたじろぐ。


「な、何だよ」

「七十点」

「何が!?」

「今の答えじゃ七十点なの! 足りない三十点は今日を含めて近日中に稼ぎなさい!」

「よく分からないよ! ていうか、シルヴィアを待たせられないから俺はもう下に行く!!」


 怜士はそう言って一階のリビングにいるシルヴィアの元へ走った。


(あの子もシルヴィアちゃんのこと、しっかり想っているだけど、まだ煮え切らないか。原因はやっぱり……)


 真奈美は大きな溜息を吐き出すと、先日と同様の言葉が浮かんだ。


(まあ、面白そうだからいいか!)




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※2019/10/20 ご指摘を頂き、一部の数値の食い違いを修正しました。

※2019/11/4 部分的に修正をしました。それに伴い、話別タイトルも変更しました。

※2021/7/22 部分的に修正をしました。

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