第16話 「調子に乗っているだろう? お前たちは」と教師は腹を立てた
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元勇者、母親に心配されない。
元聖女、ハニトラにかかる元勇者にプンスカ。
元聖女、休日にデートの約束!(やったね!)
「志藤先輩!」
怜士が拉致監禁され、女子生徒たちに灸をすえた翌日、怜士が移動教室のために校内の廊下を歩いていると、最近よく聞くようになった声に呼び止められた。
「ああ、相原君に、あー、佐々木さん?」
優斗の隣には、先日絡まれていた佐々木という女子生徒もいる。
「実は、先輩にお話したいことがあって」
「俺に?」
すると、優斗の隣に控えていた佐々木が口を開いた。
「先日は助けていただいて、ありがとうございました! 私、佐々木保奈美っていいます。あの時、本当に怖くて……。でも、先輩に助けていただいて、本当に嬉しかったです!」
「ああ、あれか。わざわざお礼なんて言わなくていいのに。君も相原君も律儀だねぇ」
口ではこう言う怜士だが、内心では小躍りするくらいに喜んでいる。大したことをしたつもりはないが、礼を言われることは気分が良い。
「……それで、先輩。あの後、何かありましたか?」
優斗が心配そうな表情で怜士に問い掛けた。怜士は、彼の言う「何か」というものに心当たりがない。
「何かって、何かな? 別に普通だったけど……」
「先輩、私を庇ってくれたから、もしかしたらあの子たちが何か仕返しのみたいなことをしたんじゃないかと思って……」
「仕返しねぇ…………あっ!!」
怜士は昨日に起きた拉致監禁事件を思い出した。
普通なら、拉致監禁は大きな事件として扱われるが、異世界帰りの彼にとっては、最早、それは大したレベルではなく、気にも留めていなかったのだ。
「やっぱり! 佐々木さんに絡んでいたあの三人、今日学校を休んだんです。他の人の話を聞くと、どうも酷い目に遭って精神的に不安定になっているみたいで、とても登校できる様子じゃないらしいって」
優斗の話によると、あの三人の女子生徒は相当に滅入っているということが分かった。
普段の彼女らの素行の悪さから、サボりを疑う者が多かったようだが、昨晩、顔面蒼白で震えながら道を歩いている三人を目撃した生徒が多数いたらしく、何かが起きたという噂が広まったようだ。
(まさか、そこまでとはな……。少し、刺激が強すぎたかな?)
怜士としては、ちょっとしたお仕置きのつもりだったが、現代日本の女子高生に対して、容量オーバーだったようだ。
普段から強気で、弱い者を虐げることを好む者の多くは、脆弱な精神の持ち主であることが多い。己の弱い気持ちを隠し、虚勢を張り、優越感に浸ることで心を満たす。そうした連中は、しっぺ返しを喰らうと脆い。これは、程度の差はあれ、異世界でも日本でも変わりない。
「あのっ、先輩。大丈夫ですか?」
黙ったままの怜士を心配して保奈美が眉をひそめている。
「ああ、大丈夫、ダイジョーブ。まあ、ちょっとあの子たちとその仲間に絡まれはしたかな」
「絡まれた!? それで、ど、どうしたんですか?」
「うん、ちょっと拉致られて知らない倉庫の中に監禁されたんだ」
優斗の質問に答えた怜士だが、あまりにも正直過ぎた。怜士の言葉に、優斗も保奈美も漏れなく口を開けて固まっている。
(し、しまったぁ~!!)
うっかり口を滑らせた怜士は、己の発言を後悔したが、もう遅い。どうしたものかと考え、とりあえず、この場をお開きにして、改めて事情を説明することを思いついた。
「うん、あのさ、次の授業が始まるから、詳しいことは昼休みにご飯を食べながらでも話そうか。うん、そうしよう! では、二人とも、さらば!!」
怜士は慌てて廊下を駆け足で去って行った。呆然とする後輩二人には目もくれずに。
「では、志藤先輩。詳しく話してください。拉致とか監禁とか、冗談ですよね?」
昼休みになり、弁当を片手に怜士は一年生の教室がある棟へ赴くと、すぐに二人を発見できた。なるべく他の人間には聞かれたくない話であるため、人の少ない中庭に移動していた。
「それが本当なんだな。残念ながら」
やや顔が引き攣って尋ねてくる優斗に対して、同じく引き攣った顔で怜士は答えた。
「そ、そんな、嘘ですよね?」
怜士の強さの一端を間近で目撃している優斗は訝しみながらも驚きは少ない様子だが、それを知らない保奈美は、驚愕の表情を浮かべている。
「う~ん、何から話そうか。まず昨日の放課後の帰り道に知らない女の人が俺に……」
昨日、怜士の身に起きた出来事についての説明を終えると、優斗と保奈美の二人は、またもや口をあんぐりと開けたまま瞬き一つせずに固まっていた。
「まあ、女の子には手を出す気はなかったから、最後に威嚇というか凄んだんだけど、やり過ぎだったかな?」
「ア、アハハ……」
「無茶苦茶ですよ、それ……」
優斗は少し肩を落とし、笑うしかないというような状況だ。保奈美はまだ釈然としないようだが、目の前の人物が嘘を吐くようにも思えないのも事実。詰まる所、彼女は半信半疑のようだ。
「……本当はもう少しきつめに手を出しておくべきだったんだけど、流石に怪我をさせることはできなかった。もう佐々木さんにちょっかいをかけることは無くなると思うけど、それでも、もしも何かあったら甘くした俺のせいだ、ごめん」
「そんな、頭を上げて下さい! 現に私はまだ何の被害も無いですし、そもそも助けてもらっただけで充分です。先輩が謝ることじゃありません!」
保奈美がそう返事をしたところで、予鈴が響いた。あと五分もすれば本鈴が鳴り、午後の授業が始まる。
「……そう言ってもらえるだけでも気が楽になるよ。ありがとう。それじゃあ、予鈴も鳴ったことだし、俺はここで失礼するね。相原君、佐々木さん」
「分かりました、志藤先輩」
「本当にありがとうございました、志藤先輩」
「そうそう。一応、俺が関わったことは内緒にしてね。相原君、佐々木さん」
怜士は弁当の用意を手早く片付けると、そのまま自教室がある校舎へ走って行った。保奈美と優斗も彼を見送った後、同じく自教室へと戻ることにした。
「不思議な人だね、志藤先輩って」
「うん、僕も助けてもらったことがあるけど、凄いというか不思議というか、変わっているというか、突き抜けているというか、おかしいというか、狂ってるというか……」
「おかしいとか、狂ってるとかは流石に言い過ぎだよ、相原君……」
「怜士、どこ行ってたの?」
怜士が教室に戻ると、一番に梨生奈が話し掛けてきた。
「ああ、中庭で昼ご飯を食べてたんだ」
「そっか、みんながいる教室には居辛いんだね。それで人気の少ない中庭でひっそりと……。ごめんね無神経な質問をして……」
「失礼な! 俺はそんなに寂しい奴じゃないし、そんな眼で見ないで!!」
憐れんだ目で自分を見る梨生奈に、猛々しく食って掛かる怜士。幼い頃からの付き合いである二人だからこそできる連携だと言えるだろう。梨生奈も、途中から怜士の反応を楽しむかのような表情に変化している。
「後輩の子と一緒にご飯食べたんだ。ちょっと用があって。ほら、この前、俺が助けた男の子」
怜士の「この前助けた男の子」という言葉で梨生奈はピンと来たようだった。彼女も怜士が優斗を助ける現場にいたのだ。当然だろう。
「ふうん。で、何の話?」
「何で梨生奈に話さにゃならんのだ?」
「いいじゃん、教えてよ」
「プライバシー保護の権利を主張する」
「何よ、それぇ! 教えてくれてもいいじゃん!」
「ダメだって言ってるだろう?」
一歩も引かない梨生奈に、怜士も断固として譲らない。お互いの意地がぶつかり合い、言い合いも少しずつ過熱していく。二人は気付いていないようだが、周囲のクラスメイト達は、徐々に距離を取っている。
「気になるじゃない。ぼっちの怜士がわざわざ中庭にまで言って話すくらいだもん!」
「だからぼっちじゃない!」
「どうだかね?」
「お前、幼馴染だからって、調子に乗るなよ!」
「別に調子に乗ってないも~ん!」
やがて話の論点が逸脱し始めたため、ただの言い争いでしかない。二人のこの光景は、最早定番化しており、そのうち収束することが分かり切っているため、誰も二人を止めようとしない。
ところが、今日に限っては二人を止める人物が現れたのだ。
「いや、調子に乗っているだろう? お前たちは」
「だから!」
「誰がっ!!」
突然飛び込んで来た言葉に、怜士と梨生奈は声の主を探した。すると、二人の視線の先には数学の大橋教諭が腕を組み、額に青筋を立てていた。その迫力に、二人の動きは静止画のように止まっている。
「もう本鈴は鳴ったぞ? 授業を始めたいんだが、志藤、西條、いつまでそうしてるんだ? お前たちの夫婦漫才はもういい加減に見飽きたぞ?」
「め、夫婦!!」
「何を照れているんだ、梨生奈よ。怒られてるんだぞ、俺たちは……」
「夫婦」という言葉に反応し、本来は叱られているはずの場面でも頬を赤らめている梨生奈を、怜士は理解できないようだ。流石に、大橋教諭やクラスメイトたちも怜士を見て一斉に溜息をついた。
「志藤、マジでないわあ~」
「ああ、西條さんが不憫だ……」
「怜士君、本当に馬鹿だなあ。西條さんが可哀そうだ。ていうか、また怜士君のせいで数学の宿題が増えたらどうしてくれるのさ?」
何名かのクラスメイトが怜士に非難の言葉を、梨生奈に同情の言葉を向けているが、その小さな声は怜士と梨生奈に届いていなかった。
しかし、いつでも無遠慮に思ったことを口にする、空気の読めない男ナンバーワンである渡来の声だけは、教室中の人間に聞こえていた。
「正解だ、渡来。丁度、テスト前の復習として既習単元の復習をしたかったところだ。幸い、今日は金曜日だ。土曜と日曜、二日間も休日があるじゃないか……。全員、問題集の八ページから二十七ページまで解いて来い!! 月曜日の朝に提出だぁ!!」
大橋教諭の怒号が教室内に響き渡ったのと同時に、梨生奈以外のクラスメイトから怨嗟の念が怜士に向けて放たれた。
(……!! この感じ、魔族四大将軍に囲まれた時のプレッシャーと似ている!? ヤバいぞ、どうやって謝ろう……)
「夫婦! 怜士と私が夫婦……! そんな、まだ早いよ。でも、怜士がどうしてもって言うんなら別に私は……」
梨生奈は、大きな危機感を抱いている怜士と異なり、自らの世界の中に没入していた。
フルネームでルビまで振りましたが、佐々木さんはヒロインではないという事実。
梨生奈ちゃん、ツンデレキャラクターのつもりですが、今一つ、出し切れていないと感じます。
精進します。
※2019/11/4 部分的に修正をしました。
※2021/7/22 部分的に修正をしました。




