第15話 「可愛い女性にならば簡単について行くのですか?」と元聖女は詰め寄った
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~前回までのあらすじ~
元勇者、油断して拉致られる。
元勇者、仕方なくお仕置き。
元勇者、名乗る。
「あ~!! どっと疲れたぁ~」
「お帰りなさい。レイジ様。どうかされましたか?」
帰宅早々、溜息と不満を吐き出す怜士の様子を不思議に思ったシルヴィアは問い掛けた。
「それがさ、今日も変な連中に絡まれて、気付いたら知らない場所に拉致されてたよ……」
「……こうして無事なところを見ると、問題無く解決したということでしょうか?」
「まあね」
「尤も、こちらの世界でレイジ様をどうにかできる存在がいるとは思えませんね」
シルヴィアは苦笑した。魔王を打ち倒す実力を据え置きで持つ怜士は、地球でも最強の存在と言っていい。
「こんなことが続くのはもう嫌だあ~」
怜士は、シルヴィアに説明するために、一時間程前に起きていた事件を思い出す。
「明誠高校二年、志藤怜士。“帰って来た元勇者”ってところかな?」
怜士は、自分を罠にかけた女子高生に向かって放った言葉だ。
「はあ!? 何言ってんの!?」
「意味わかんない……」
「か、帰って来た?」
「勇者……? 何よ、それ! おかしいんじゃないの?」
あまりに突拍子のない怜士の言葉に、彼女たちの震えは止まっていた。
「まあ、そういう反応をするよね」
名を名乗ったところまでは良かったが、要らぬ称号まで付け足したので、女子生徒らは混乱したようだ。
「それで、正しくは“元”勇者だけどね。まあ、いいや。今のは忘れて」
異世界の冒険では、行く先々で「グランリオンの勇者。レイジ・シドー」という名乗りを上げることが非常に多くあったため、名を名乗る行為は怜士にとって習慣化したものとなっている。一応は、集団で襲われるという、緊迫した場面であったため、思わず反応したらしい。内心では「痛い奴だと思われた」と後悔している怜士だが、すぐに切り替えた。
怜士がその視線を女子生徒たちに向けると、彼女たちは全員、再び身体を振るわせた。
「とりあえず、女の子を殴る趣味はないんだよな。これ以上、向かって来る気も無いみたいだし……」
怜士の根は優しい。異世界でも、相手が魔族や犯罪者であっても、女性とあらば命を奪うことはせず、見逃そうとする、あるいは見逃していたくらいだ。仲間たちからは、「甘過ぎる」という指摘を散々頂戴したが、彼は一向に改めなかった。
怜士の言葉を聞いた女子生徒たちは、表情にこそ出さなかったが、内心では安堵していた。それもそうだろう。人間とは思えない、化け物じみた力を持つ人間が「見逃す」と言っているようなものだ。玩具のように振り回される仲間たちを見ているだけに、この安心感は並みのものではない。
「でも、これだけ大仰なことをしてくれたんだ。二度と変なコトをしないように、少しは“反省”してもらおうか」
「えっ!?」
数分後、学校の後輩女子生徒三人と彼女たちの先輩という女性は、怜士がそうされたように、全員一緒に柱に縄で縛られていた。
「気絶してる君たちの仲間が目覚めるまで、そのままだね。俺と同じ気持ちを味わって、少しは反省しなさい」
怜士は、女性に手を上げるつもりは毛頭ないが、ある程度の罰は与えるべきだと考えた。そこで、自分と同じ苦しみを味わってもらおうとしたのだ。
「何すんだ、コラ!」
「ほ、解けよ!!」
「……クソッ」
「許さない」
縛られている本人たちは、この扱いに納得がいかないらしく、口々に文句を言っている。怜士も、いい加減、面倒になって来たので、荒めの口調で答える。
「……どの口で言う?」
威勢の良かった四人の女子は、途端に黙り、目を伏せた。
「もう理解していると思うけど、仕返しなんか考えても無駄だよ。そうそう、佐々木さんっていう子にもちょっかい出さないでね」
笑顔で言う怜士だが、彼女たちはその表情を見ることはできない。今さっき、怜士が少しだけ放った覇気に当てられているのだ。
「……もし、何かしたら、次はうっかり手が出るかも。こうやってね」
怜士は、近くに廃棄されていたフォークリフトを殴り飛ばした。フォークリフトは大きな音を立てて横転し、そのまま数メートル、吹き飛んでいった。
「ヒ、ヒイイイィィィ!!」
女子生徒たちはいとも簡単に重機を吹き飛ばした怜士の力を見て、改めてその恐ろしさを実感したようだ。そして、「自分たちはとんでもない人間に喧嘩を売ったのだ」と後悔している。
「とりあえずは謝ってもらおうかな。それに、今後二度と佐々木さんに手を出さないこと。他にちょっかい出している子もいるなら、その子たちにも手を出さないって、誓ってもらおうか、今ここで」
怜士は敢えて厳しい表情で彼女らに言い放った。自分は本気であるということを示すためだ。
「は、はいぃ!! すみま、せんでし、たぁ! もう、しません」
「ごべんあ、ざいぃ、もう、あのごたぢに、なにも、しまぜん!」
「許してください、もうこんな、こんなことはしません」
涙と鼻水が濃い化粧を剥がし、顔面がある意味でぐちゃぐちゃになった女子高生たちは見るに堪えない姿だった。直前でフォークリフトを吹き飛ばしたのが功を奏したようだ。そして、怜士が最後の念押しに放った覇気が、極限まで追い詰められた彼女たちの精神を一気に突き落とした。悲鳴を上げるとともに、全員、失神したようだ。
怜士は、「やれやれ」と言いながら、服に付いた埃を落とし、転がっていた自分の鞄を手に取ると、その場を去った。
(あ~、なんで日本に戻って来てまでこんなことを……。それより、ここ、何処だよ!?)
時間と体力の浪費を嘆きつつ、鞄から取り出したスマートフォンで現在地を確認する怜士だった。
「――ということがあって、疲れたんだよ。ホント」
「災難でしたね……」
「まあ、こういうのは、少しは慣れてるけどね」
シルヴィアは巻き込まれた怜士を不憫に思い、同情したようだ。異世界でも、謂れのない恨みを買ってしまい、報復じみた行為を受けることは多々あった。旅のメンバーの一人であるシルヴィアも当然、それを思い出している。
「なっさけないわねぇ! それでも勇者なのお!?」
「うおっ!? 母さん、いつの間に!?」
いつの間にか横にいた真奈美に驚く怜士。シルヴィアも、声こそ出さないが驚いているようだ。
「……聞いてたの?」
「あんなに大きな声で溜息ついて話してれば、嫌でも聞こえるっての。馬鹿勇者」
「俺は何故、馬鹿呼ばわりされている?」
「たかが薬程度で拉致られてんじゃないわよ! 油断した怜士が悪い!」
「これ、普通に拉致監禁事件だよ!? 警察沙汰だよ!? 息子が被害に遭ったのに、心配の一つくらいしてくれよ! それでも母親かっ!!」
息子が拉致監禁というショッキングな出来事に巻き込まれても、真奈美は動じず、怜士の不手際を指摘する。たまらず怜士は母親としての在り方に苦言を呈したが、肝心の真奈美は意に介さない。
「勇者の母親は精神が強いのよ」
「いや、それは関係ないよ!?」
「話を聞く限り、安心しきって道なんか教えるからそうなるのよ。アンタはもう少し、人を疑うことを覚えなさい」
「それは私も同意見です……」
怜士は根が素直なため、人の悪意を疑わず、しっぺ返しを食らうことが多い。それは日本でも異世界でも変わらず、騙し討ちや泣き脅しで反撃を受ける機会が多々あった。それでも、大抵の攻撃は怜士に効果が無いため、無意味なものだったが、周りにいたシルヴィアたちは憤慨を覚えたものだ。故に、シルヴィアは怜士の善性を危ぶむ。
(まあ、そこがレイジ様の良いところですが……)
シルヴィアは怜士の個性を理解した上で彼に付き従い、想いを寄せているのだ。それはこれからも変わらないはずだろう。
「アンタは気を抜き過ぎなのよ。可愛い人が相手ならホイホイついていくでしょ? ハニートラップよ、ハニートラップ!!」
「いや、背後から薬を嗅がされたんだ。不可抗力だ! それに、確かに可愛い系の人だったけど、結局中身は……」
真奈美に「それ見たことか」とからかわれた怜士は、そう言いかけて異変に気付いた。
「……レイジ様は、可愛い女性にならば簡単について行くのですか?」
「そそそ、そんなことないよ! シルヴィア!」
シルヴィアの目から輝きが消えたことに気付いた怜士は、すぐに否定した。
「それはどうでしょうか。そう言えば、キュリオンの村の悪徳貴族の娘やバージスの谷にいた魔族の女に迫られた時もレイジ様はだらしない顔をされていましたね。やはり、今日も同じく、何かを期待しただらしない顔をしていたのでしょうか」
シルヴィアとしては、怜士が知らない女にホイホイついて行くことが容認できないらしい。特に、色仕掛けによって誘われることは許せないようで、徐々に聖女らしからぬ黒いオーラを放出している。
「べべ、別にそんな顔してないし、やましいことは何も無いぞ? ねえ、母さん! 息子の言い分を信じてくれるよね!? …………母さん?」
助け舟を出してくれないかと思い、母親を頼る怜士だが、真奈美にも異変が起きていることに漸く気が付いた。
「……母さんが気を、気を失っている!?」
真奈美はソファに座ったまま、目を開いたまま、まるで彫像のように固まってしまって動かない。原因は、すぐ隣に座しているシルヴィアが発する強力なオーラと魔族ですら裸足で逃げ出すほどの温度と感情の無い微笑みだ。
一般人である真奈美には、シルヴィアのプレッシャーに耐えることができなかったようだ。今回ばかりは危機回避も間に合わなかったらしい。
「ふふふ、レイジ様」
「ハイ! 何でしょうか!?」
「今後、不届き者に騙されることの無いように、私が懇切丁寧に指導をさせていただきます」
「いえ、結構です、遠慮します!」
「ん~?」
「謹んでお受け致します!!」
怜士は、敬服のポーズを取り、シルヴィアにみっちりしごかれることになった。その間、気絶した真奈美には一切触れていない。
元勇者と言えど、ただの人間に出し抜かれることが許せないというのがシルヴィアが不満に思っている表向きの理由だ。もう一つの、彼女の本心に隠された理由を、怜士は察することができない。尤も、シルヴィアにとってはその方が有難いのかもしれない。
「あうぅ~~~」
「あ、あの、レイジ様?」
「……な、何かな? シルヴィア……」
シルヴィアの指導を受け、心身ともに疲弊している怜士にシルヴィアは問い掛けた。
「二日後は、学校がお休みと伺いました。その、できれば、私と一緒に……」
「一緒に?」
先程までの剣幕は何だったのだろうか。しおらしくなり、要領を得ない言葉を並べるシルヴィア。怜士はその様子を不思議に思っている。
「私と一緒に、お買い物へ行きませんか? レイジ様に、この世界の色々な所を案内して欲しいです!」
「買い物? ああ、いいよ。一緒に出かけようか!!」
「あ、ありがとうございます! とても楽しみです!!」
怜士は、シルヴィアの要望を快諾し、すぐに予定を組み始めた。何か重要な案件があるかと思えば、ただの買い物だったため、怜士は一安心といったところだったのだ。
一方のシルヴィアも安心しきった表情だ。怜士の休日を自分の都合で奪うことに近しい提案だ。断られた時のことを考えると、臆病になりがちだが、思い切って伝えたことで、彼女の望む結果が得られた。
異世界からやって来た元王女は、初めて、好きな人と自由に買い物に繰り出せることに胸を躍らせていた。
※2019/11/4 部分的に修正をしました。
※2021/7/22 部分的に修正をしました。