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第14話 「“帰って来た元勇者”ってところかな?」と元勇者は名乗ってしまった

いつもご覧いただきありがとうございます。


~前回までのあらすじ~

元勇者、パシリにされる。

元勇者、後輩を助けてあげる。

元勇者、フラグを立てる。

「知らない場所だな。ここ」


 怜士は目の前に広がる光景を見て、自分がいる場所がどこであるのか考えたが、一向に答えは出なかった。


 怜士は今、椅子に座っている。それだけなら問題ないが、状況は特殊だ。よく見ると、周囲にはコンテナのようなものや使わなくなったであろう大型機械、ビニールシートを張られた木材などが置かれている。倉庫か廃工場であることはすぐに推測できる。さらにおかしなことに、怜士は椅子に手足をロープで縛られ、拘束されている。


(こんなもの、すぐにぶち破れるけど、状況が分からん。様子見をした方が良いか……)


 怜士がこのような極めて特殊な状況に陥った原因を探るには、少し時間を遡る必要がある。




 偶然から優斗の友人である佐々木という女子生徒を助けた翌日。この日も怜士は学力を取り戻すべく、懸命に授業に臨んでいた。


 授業が終わり、放課後、帰宅部の怜士はすることも無いので真っ直ぐ帰宅していた。すると、前方からやって来た知らない女性から声を掛けられた。少々派手な服装の女性で、恐らく、十九~二十歳くらいだろう。


「すみません、道を尋ねたいのですが」

「いいですよ。どちらですか?」

「北村総合病院は……」


 幸い、知っている場所について聞かれたので、丁寧に道順を説明する怜士。女性の方も、相槌を打ち、よく話を聴いている。


 戦闘とは無縁の平和な日本に戻り、あるべき日常を取り戻しつつあった怜士はこの時、最大の油断をした。女性への説明に夢中で背後から忍び寄る二つの影に気付かなかったのだ。


「んぐ!?」


 不意に、背後から口元へ布を押し当てられた怜士は、ものの数秒で意識を刈り取られた。恐らく、この布には薬品の類が染み込ませてあったのだろう。一人が怜士の身体を押さえ、もう一人が意識を奪う連携だ。一切の抵抗もできぬまま、元勇者は無力化されたのだ。


 怜士を襲った人物たちのそれからの行動は素早かった。


 怜士は二人の男に抱えられると、そのまま細い路地へ運ばれ、待機していたワゴン車に乗せられた。怜士に道を尋ねた女も同乗する。彼女は怜士の注意を惹きつけるための囮、グルだったのだ。




(油断したな。あれ程、毒物関係の不意打ちには気を付けろって、ゲインが言ってたのにな)


 怜士は、異世界の冒険の仲間である剣士ゲインの言葉を思い出していた。


 勇者としての圧倒的な能力のおかげで、大抵の物理攻撃や魔法攻撃は怜士にとっては無意味なものだった。しかし、無敵と思われた勇者特典にも弱点が幾つかあった。その一つが「毒」だ。


 怜士は極限まで身体能力が高められていたが、毒物にまで強くなったわけでなく、その耐性は人並だ。簡単に命を落とすことも十分に有り得る。そのため、日頃から仲間たちから注意を促されていたのだ。


(日本じゃ毒物にやられることは無いっていう仮定が甘かったか。ていうか、こんなサスペンスドラマみたいなこと、普通に起こるの!?)


 怜士が自己の行動を反省していると、ゴゴゴゴッという、大きな音が鳴り響いた。恐らく、大きな金属製の扉が開かれたのだろう。音の発信源に視線を向けると、大勢の人間がいた。男性が中心のようだが、中には女性もいる。


「えーっと、すみません。気付いたら縛られてるんですけど、助けてもらえませんか?」


 怜士は念のため、問い掛けてみるが、返って来た言葉は、予想通りのものだった。


「アアン? てめえ、状況分かってんのか!? 助けるわきゃねえだろ、バーカ」


 男性が野太い声で、高圧的に答える。


 連れ去られたこと、監禁されたことを含め、彼らが犯人であることが確定した。「もしかして」という、小さな可能性に賭けた怜士の負けだった。


「てゆーか、こんな時でも余裕なんですかぁ~? 志藤セ・ン・パ・イ」


 今度は女性の声だった。女性というにはまだあどけなさが残る少女のようだが、その声の主について、怜士は見覚えがあった。


「あれ? 君は、いや、君たちは昨日の……」

「覚えてもらってて、嬉しいですぅ! 志藤先輩!」

「今日は、昨日のお礼をしようと思って!」

「私たちぃ、恥ずかしがり屋だからこんな方法でしか、アナタと会えなくて……!!」


 明らかにわざとぶりっ子のような言葉遣いで怜士の気持ちを煽ろうとしているのだろうか。目の前にいる三人の少女は、昨日、佐々木に絡んでいた女子生徒たちだった。


「……お礼してくれるなら、この縄を解いて欲しいんだけど」

「フザッけんなよ!!」

「いつまでも、調子乗ってんじゃねえよ!!」

「昨日のこと、マジで許さないから!!」


 彼女らの魂胆に察しが付いたので、敢えて挑発気味に怜士が答えると、狙い通りに三人を逆撫でることに成功した。つい十数秒前の猫なで声は消え失せている。やはり、昨日の仕返しが目的だった。


「今日は先輩に頼んで、強い人をたくさん呼んでもらったから、アンタ、死ぬかもよ?」


 三人の横には怜士に道を尋ねた派手な服装の女性がいる。彼女が先輩とやらなのだろう。男性たちはざっと二十人程度。恐らく、先輩の女性が招集したのだろう。彼女らのその表情は、悪意に満ちているように見える。


「許して欲しかったら、泣いて喚いて、素っ裸でアタシらの靴を舐めな!! そうすれば、半殺しで済ませてあ・げ・る」

「そんで、一生、ウチらの奴隷だから!」


 三人はこの状況が面白いのか、高笑いを決め込んでいる。周りにいるいかにも粗暴そうな男性たちもニヤニヤと獲物を嬲ることを楽しむような顔をしている。


(どうしようかな。ここまでされたら、流石に黙ってられないな。中途半端にやると、今後に影響が出るかもな。佐々木さんや相原君も危ないかもしれない。それに何より……)


 怜士の表情が、それまでとは打って変わって、真剣そのものの鋭い顔つき、言わば、「戦士」の顔になった。


「……許せないんだよな、こういうの。よしっ、決めた!」

「はあ? 何を決めたって? 泣いて謝って、私たちの奴隷になる覚悟ォ?」

「物分かりが良いんですね、セーンパイ!」


 なおも見下した態度でいる女子生徒たちを含め、この場にいる人間は、自分たちが嵌めようとした人間がいかに危険な人物であったかを思い知ることになる。頭だけではない。身体中の細胞の全てに至るまで。


「違うよ。仕方ないから、君たちには少しだけ痛い目を見てもらう。これはやり過ぎだ」

「痛い目見るのは、てめぇだろうがアアアァァァ!!」


 痺れを切らせた鉄パイプを持った男性が、椅子に縛り付けられている怜士に突進し、その獲物を振りかぶった。ガンッ!という、鈍い音が周囲に伝播する。


「あ~あ。頭に直撃? もう終わりじゃん」


 先輩と呼ばれる女性は明らかに落胆した様子だ。それは、他の連中も同じようで、我慢しきれずに飛び出した男性に軽いヤジを飛ばす者もいる。


 しかし、怜士を鉄パイプで殴った張本人は明らかに他の人間と異なる表情をしている。目を丸くし、冷や汗をかいている。


「て、てめぇ……!!」


 鉄パイプの男性は、思わず、後退した。

 一部の人間も、異変に気付いたようだ。一瞬で空気がピリピリとした緊張感あふれるものに変わる。


「『二度あることは三度ある』って、本当だったな。まさか、三日続けて知らない人に囲まれて凄まれるとは思わなかった」


 女子生徒たちが見たものは、縄を自力で振り解き、何事も無かったかのように立っている怜士の姿だった。


「お、おかしいぞ!? 俺は確かに頭を思いっ切りブン殴ったんだぞ!?」

「……あなた程度の力じゃ、効かない」


 怜士の頭部に鉄パイプを直撃させたことは間違いない。しかし、それでも無傷でケロッとしている怜士を見ると、男性は自身の行動に自信が持てなかった。


「まずは一人目」

「ヒイィ!!」


 そう言って怜士は震えている男性の左腕をおもむろに掴んだ。男性は言い知れない恐怖のあまり、動くことはできない。これから何が起こるのか、必死で思考を巡らせたのも束の間、彼は怜士によって、片手で投げ飛ばされた。


ガガガガッシャーン!!


 男性は、置かれていたドラム缶や木材を巻き込みながら遥か十メートル先に吹き飛ばされたのだ。


 無残にも、その衝撃の強さを表す音だけが響き渡る。


「次」


 怜士がそう言った次の瞬間、今度は新たに二人の男性が同じく投げ飛ばされた。他の人間は、何が起こったのか理解できぬまま、ただただ呆然と立ち尽くすしかない。


 正気を取り戻したリーダー格の男性が、怒声を発した。


「な、何してる! 全員でやるぞぉ!!」


 やや震え声で頼りないその声は怒声というには程遠かったかもしれない。しかし、それでも、この言葉を合図に、全員が怜士に向かって殺到し、殴りかかった。鉄パイプ、角材、金属バット、コンバットナイフ。個人で調達できる凶器を携えながら。


「……すぐに終わらせる」


 その身体能力を生かし、怜士は襲い来る男性たちの隙間を縫うように超高速で移動した。同時に、掌底を放ち、一人ずつ確実に戦意ごと意識を奪っていった。


 ものの数十秒だろうか。周囲を見渡すと、残されているのは女子生徒三人。そして、先輩女性だけだ。


「ア、アア、ア…………」

「ヒ、ヒイイイイイイィィィィィィ!!」


 怜士は睨み付けたわけでも、殺気を放ったわけでもない。ただ視線を向けただけで彼女たち四人は立ちすくみ、碌に言葉が出なくなった。昨日のトラブルの際とはまるで違う。今、彼女たちが感じているのは、彼女たちの心を支配しているのは、純粋で根源的な恐怖に他ならなかった。


「ご、ごめんなさいぃ!」

「謝る、から、ゆ、許して! 許してください!!」


 漸く、敵に回した人間の恐ろしさを理解した四人は必死に許しを請おうとしている。何だと鼻水で、その濃い化粧はぐちゃぐちゃだ。


「許すとか許さないとか、そういう次元を超えてるんだよ、今の状況はさ」


 必死に懇願する彼女たちだが、怜士の冷たく鋭い目つきは和らぐことはない。


「そういう都合のいいセリフは、二日前にも別の人から聞いたかな。もっと言えば、向こうで嫌になる程に聞いてるんだ」

「な、何を言って……」

「む、向こう?」


 優斗を助けた時、ヤンキー大学生たちが同じようなことを言っていたことを思い出す怜士。さらに怜士は、異世界の魔族や悪党からも同じセリフを聞いているのだ。大抵、それはその場しのぎの嘘で、不意打ちを狙うか再び悪行に手を染めるものだ。


 勇者としての活躍の傍らで辛い思いも味わってきた怜士は、決して気を緩めはしないし、容赦もしない。


「ア、ア、アンタ! 普通じゃない!! 一体、何なのよ!?」


 先輩の女性は、半狂乱で怜士に怒鳴った。彼女が目で見たものの全ては人間業ではない。そう思うのも当然だ。


 少し考えこんだ怜士は、律儀にこの質問に答えることにした。


「明誠高校二年、志藤怜士。“帰って来た元勇者”ってところかな?」




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※2019/11/4 部分的に修正をしました。

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