第13話 「『二度あることは三度ある』ってことは無いよな」と元勇者は心配した
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~前回までのあらすじ~
元聖女、現代日本の衣服を装備。
元聖女、スーパーモデル並みに服が似合う!
元聖女、元勇者の幼馴染の存在にドス黒いオーラ噴出。
「があ~、ね、眠い……」
学習不足を痛感した怜士は、いつも以上に勉学に励まざるを得なかった。昨晩は睡眠時間を削り、復習に注力したのだ。しかし、結果的に本日の授業で睡魔に襲われているので、効果は薄そうだ。
教師の言葉が子守唄に聞こえ、抗い難い眠りの淵へと呼び込んでいるようにすら感じる。
(せめて、勇者特典が頭脳にも働いていればなぁ)
勇者としての力は、高い身体能力と大きな魔力の二つだけだ。言語理解魔法が掛かっているが、これは、向こうの世界の言語構造や情報を一方的に植え付けられているようなものだ。こちらの世界の英語が理解できるわけではない。
勉学に関しては、ただただ、真面目に努力を重ねるという選択肢しかなかった。
「この問題を志藤! 前に出て答えてみろ」
「あ、はい」
教師からの指名に応え、席を立つ怜士。
元勇者は、悪戦苦闘しながら、英語の問題に挑むのだった。
「怜士よぉ、どうしてそんなに勉強できなくなった?」
「昨日の数学だけじゃなくて、英語とかも当てられると困ってたな」
「そうそう! 志藤ってさ、突出して成績が良いわけでもないけど、普通レベルの問題なら、今までちゃんと答えてたろ? 突出して成績が良いわけでもないけど」
「何故、二回言った!? その表現、止めろよ!!」
四限目の授業が終わり、昼休みとなったことで、怜士は普段から仲良く接しているクラスの男子生徒たちと昼食を摂っていた。
話題は怜士の授業中の様子についてだ。
「予復習に手を抜いたら、よく分からなくなってきたんだよ……」
怜士が予め考えていた言い訳だった。
正直に、「二年間異世界に行っていたので、学習内容を忘れました」などと言おうものなら、その日から卒業まで孤独に過ごすことになる。それを避けるために、やや苦しいがこうした言い訳で何とか乗り切ろうという算段だ。
「へえ、予復習ねぇ」
「そんなに変わるか、普通?」
高校入学時からの友人である、岩山弘明と石川剛は怜士の言い訳を疑問に思っているようだ。これには怜士も慌ててフォローを挟み込む。
「俺、要領悪いからさ、コツコツ時間をかけないと覚えられないし、すぐに忘れるんだよ」
「ふうん、まあ、そんなこともあるか」
「でも、昨日の数学の一件は許した覚えはない」
二人は何とか納得したようだ。しかし、数学の宿題が怜士の責任で増加したことは許せないでいる様子だ。
「毎日の予復習を欠かさずやって、成績が中程度の怜士君って、もしかして、馬鹿?」
真顔で怜士の学力に疑問を抱くのは渡来翔也といい、彼は進級後、このクラスになってからの怜士の友人だ。
「オイこら。何を言ってるんだ」
流石に馬鹿呼ばわりされると気分が悪い。怜士はすかさず応戦した。
「だってさ、割としっかり勉強してるなら、もっと成績良くてもてもいいはずでしょ? ちょっと予復習をサボったくらいで授業に支障が出るのは、やっぱり怜士君は馬鹿なんじゃ……」
「何を~!!」
相変わらず真顔というか、すまし顔で言い放つ渡来の態度に我慢の限界が来た怜士は今にも殴りかかりそうだ。それを察した岩山と石川は、それぞれ怜士の両腕を掴み、取り押さえている。
「子どもじゃないんだから、ムキにならなくてもいいでしょ。そういう所が馬鹿っぽくみえるんだよ、怜士君」
弁当のミニハンバーグを口に運びながらも更に怜士を挑発している渡来。
「誰が馬鹿だ! 誰が!!」
怜士は青筋を立てて怒鳴っている。本気にならずとも、今の怜士であれば自分を押さえている友人二人を容易にあしらうことができる。それをしないのは怜士が冷静である証拠か。
厄介なことに、渡来の発言には一切の悪気が無い。思ったことをそのまま口に出してしまうのが彼の特徴で、これが災いしてよくトラブルに見舞われることもあるらしい。それを理解しているからこそ、怜士もポーズだけで留めているのだ。
「そうやって怒ってる暇があるなら、勉強すれば?」
「毎テスト、保健体育以外が赤点で追試と補習常連のお前に言われたくなあああい!!」
怜士の咆哮が教室内にこだまする。
そう、怜士を馬鹿呼ばわりする渡来こそ、このクラスの真の馬鹿だったのだ。
「……まったく! 何だって俺がこんな目に」
大声を出して騒いだ怜士は、岩山に「頭を冷やして来い」と言われ、自動販売機でジュースを買って来るように命じられた。怜士が断ろうとすると、「……誰のせいで数学の宿題が増えたのかな?」と、石川に笑顔で詰め寄られたため、逃げるように教室を飛び出したのだ。
怜士は廊下を歩きながら勉強に力を入れることを心に誓っていると、背後から声を掛けられた。
「志藤先輩!」
「うん?」
怜士が後ろを振り返ると、そこにいたのは、ヤンキー大学生から助けた、相原優斗だった。
「昨日はありがとうございました! 先輩の姿が見えたので改めてお礼をと思って!!」
「ああ、そんなに気を遣わなくてもいいのに。まあでも、ありがとうね」
優斗の律儀さに怜士が感心していると、優斗が口を開いた。
「先輩はこれから何処へ行くんですか? まだ昼休みの時間は大分残っていますけど……」
「ああ、自販機にジュースを買いに行くんだ」
「僕も自販機に行くところだったんです。ご一緒してもいいですか?」
「うん、いいよ」
偶然、怜士と優斗は目的が一致していたので、行動を共にすることとなった。
自動販売機の設置場所までの道中、無言というのは気まずいので、怜士から優斗へ話し掛けることにした。
優斗はテニス部に所属しており、昨日は練習が休みの日であったため、学校帰りに映画館へ映画を観に行こうとしていたそうで、そこで運悪くヤンキー大学生たちに捕まったらしい。
「ああいうのって初めてで、本当にどうしようかと思って困っていたら、先輩に助けていただきました。まさか自分が絡まれるとは思ってなくて……」
「誰だってそうだよ。とりあえずは無事に済んで良かったと思うけど、また狙われかねないから、注意しないとね」
「はい!!」
テニス部仕込みの清々しい優斗返事に怜士が気分を良くしていると、彼の目に見たくはないものが飛び込んで来た。
「うわぁ……」
怜士から漏れたこの言葉に、優斗も気付いたようだ。
二人の視線の先、一通りの少ない踊り場には、女子生徒が四人いる。一人を三人が囲うようにしているその様は、昨日見た光景と重なって見える。
「ねえ、うちらの話、聞いてる」
「黙ってないで何とか言いなさいよ」
「持って来たの? お・か・ね」
「持って来てないよ。そんなの、用意できないよ」
聞こえてくる会話から察するに、間違いなく恐喝の現場だ。二日続けて似たような現場に遭遇することに怜士は肩を落としている。
(最早、逆に運がいいのか!?)
怜士がよく分からない思考に辿り着いたその時、隣にいた優斗が恐喝されている女子生徒を見て声を上げた。
「佐々木さんだ!」
女子生徒たちからはやや距離があったが、優斗が大きな声を出したため、彼女らに気付かれた。
名前を呼ぶ当たり、渦中の少女は優斗と顔見知りらしい。恐らく、同学年の一年生だろう。
「相原君!?」
今度は怜士が優斗の顔を見ながら大声を上げた。
怜士は優斗を制しようとしたが、既にそれは遅く、彼女らはこちらを睨み付けている。女子生徒たちと関わらなければならなくなった。
「……仕方ないな」
ツカツカと歩きながら、怜士は女子生徒たちの元へ向かった。
「あの、何をしているの?」
「何よ、アンタ。関係ないでしょ!?」
「早くあっちへ行けよ!!」
「何、コイツ? 超ウザ~イ!」
(ええ~)
事情を聴こうと一声掛けただけで三人の女子生徒から暴言を浴びせられる怜士。見た目こそ、校則ギリギリだが、口調は漫画で見るようなギャルそのものだ。やや強めの語気に元勇者はたじろぎそうになる。
「いや、さっきお金がどうのって、聞こえたんだけど……」
「何ソレ。証拠あんの?」
「だとしたら何?」
「引っ込んでて、ウザイんだよ!!」
しらばっくれる女子生徒たちを問いただしても埒が明かないと踏んだ怜士は、怯えている様子の女子生徒に話しかけることにした。
「君、相原君の友達の佐々木さんって言うんだっけ? どうしたの?」
警戒していた彼女だが、優斗の名前を出した途端の、その表情は若干和らいだように見える。知人の名前が出たことで、怜士への警戒心が多少弱まった証拠だろう。
「私、この人たちに脅されて、お金を持って来るように言われました! それで、持って来れないって言ったら……」
「てめぇ!!」
「ハッ!? マジでざけんな!!」
佐々木という女子生徒が意を決して怜士に事情を話すと、他の女子生徒たちが口々に怒鳴り始めた。
「いい加減にしろし! ホント、ウザイ!!」
「アンタも、これ以上はタダじゃ済まさないよ! とっとあっち行けよ!!」
「アタシ、族やヤバい連中と知り合いなの。痛い目に遭いたくなかったら、黙って消えろっ!!」
「いや、明らかに君らが悪いことしてるでしょ? 止めなよ」
怜士の言葉に腹を立てたのか、血の気の多そうな女子生徒の一人が興奮して怜士の胸ぐらを掴んできた。
「……ねえ、いい加減にやめてくれないかな」
「うるせえしっ!!」
胸ぐらを掴まれてなお、動揺を見せない怜士の態度に、女子生徒は我慢の限界に達したようだ。勢いをつけ、怜士の顔を殴ろうとする。その時、怜士は、気を込めて女子生徒を睨み付けた。するとどうだろうか。威勢の良かった彼女は、力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「未希!!」
「何したんだよ、てめぇ!!」
様子がおかしくなった仲間を心配した残り二人の女子生徒も怜士に詰め寄って来た。
怜士は同様に、二人に対しても気を込めて睨み付けた。結果は同じく、二人ともその場に座り込んでしまった。
「手を出すのは、流石に止めなよ。お互い、後に引けなくなる」
怜士がもう一度睨み付けながら言うと、三人の女子高生はヒイィという悲鳴にも似た声を上げ、大きく頷いた。
「行こう」
怜士は石膏のように固まっている佐々木の手を取り、優斗の元へ歩いて行った。
「相原君、この子のこと、頼めるかな。流石に処理が追い付かないらしい……」
「わ、分かりました。……あの、先輩ってやっぱり、何者なんですか?」
「うん? 普通の高校生だけど?」
優斗の問い掛けに臆面なく答える怜士。その表情を見た優斗は、これ以上の詮索は無駄だと悟った。また、他言無用にするという、昨日の約束も思い出した。
「じゃあ、俺は先に自販機に行くね。実は一種の罰ゲームでジュースを買いに行く途中なんだ。遅れたら何を言われるか。その子が普通に戻ったら、俺のこと、適当に誤魔化しておいてね」
余計な時間を食ったため、怜士はそそくさと自販機へ向かった。半ば罰ゲームでジュースを買いに行かされているのだ。遅れると何を言われるか分からない。
そんな怜士をまたもや見送るのは優斗だった。
「やっぱり凄くて不思議な人だな、先輩は……」
「……まさか、『二度あることは三度ある』ってことは無いよな」
この翌日、独り言であっても不用意な発言は控えるべきだと怜士は思い知るのである。
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2019/10/18……読者の方々から、「言語翻訳魔法」の扱い(設定)に関する指摘を頂戴しましたので、該当箇所を辻褄が合うように修正しました。
※2019/11/4 部分的に修正をしました。




