第12話 「ヒ、ヒイイイィィィーッ!!」と元勇者は悲鳴を上げた
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~前回までのあらすじ~
元勇者、勇者パワーを何とか誤魔化す。
元勇者、幼馴染とゲーセンデート。
元勇者、クレーンゲーム以外は無双。
幼馴染、元勇者と記念撮影。
久し振りのゲームセンターでの一時を終え、怜士は梨生奈と別れた。まだ辺りは明るいが、一応、怜士も男だ。梨生奈を、彼女の自宅近くまで送って行った。
二年振りに幼馴染と遊んで過ごせたことは、怜士にとって欣快の出来事だったのは間違いない。ただ、最後のパンチさえ無ければ良い終わり方だったかもしれない。
「ただいま」
「レイジ様、お帰りなさい」
自宅の玄関の扉を開けた怜士が一言発すると、奥からシルヴィアが顔を出した。文字通り、顔だけだ。体は何故か隠れている。よくその表情を見ると、キョロキョロと目を動かしている。
「どうしたの、シルヴィア。顔だけ器用に出して」
「それは、その……」
未だ怜士は顔だけ出しているシルヴィアが不思議でならなかった。すると、シルヴィアの後ろから真奈美が現れた。
「何を照れてるのよ、シルヴィアちゃん。怜士に見てもらうんでしょう?」
「やっ! ダメです!」
真奈美は強引にシルヴィアを引っ張り出し、隠れていた体を引っ張り出した。
「おお!!」
怜士の口からは思わず、感嘆の声が漏れた。
目の前に現れたシルヴィアは、貸し出していた真奈美の服ではなかった。シンプルなデザインの花柄のワンピースを着ており、慣れない世界の服に恐らく、戸惑っていたのだろう。
「レ、レイジ様。どう、でしょうか?」
「え、ええと……」
「怜士、はっきり言いなさいよ!」
「う、うん! 似合ってるよ!!」
怜士の率直な感想だった。打算も下心も何もない、素直な賞賛だった。
渦中のシルヴィアは、顔を真っ赤に染めて俯いている。
「ホント、シルヴィアちゃんたら、何を着ても似合うんだもの。今日行ったショップの店員さんや他のお客さんたちもずっと見ていたわ。きっと海外のモデルか何かと勘違いしたのね」
感心とも呆れともとれる真奈美の言葉から、その時の光景を怜士は簡単に想像できた。絶世の美少女であるシルヴィアならば、何でも着こなし、見る者全てを敬服させそうだ。
シルヴィアの美には、国境どころか、世界を越える輝きがある。
「へぇ、シルヴィアはモデル業で食べていけるんじゃないかな?」
「そうね。この世界の全ての服は、この子に着られるためにあると思うわ。だから、お母さん、楽しくて今日一日で二十万円も使っちゃった!!」
「大卒の初任給並み!? おい馬鹿か!!」
怜士は自分の耳を疑った。己の母親の行動は正気の沙汰でない。いくら何でも、たった一日で衣服に二十万円も費やすのは、やり過ぎもいいところだ。
いつも怜士が服の購入で渡される予算は五千円で、その支給機会は年に二回だけだ。それ以上は自分の貯金を切り崩すか短期のアルバイトをすることで購入している。この格差も怜士を狂わせる材料の一部になっている。
「アンタよりも着せ甲斐があるもの。それに可愛い女の子なのよ? 当然でしょ?」
「あの、私のせいで、すみません……」
二十万円という金額の価値を未だ理解できていないシルヴィアだが、二人の雰囲気から、負う必要のない責任を感じて今にも泣きだしそうだ。
「ああ、もう! やっぱり似合ってるなぁ! 謝らなくていいよ、シルヴィアは!!」
そんなシルヴィアを見た怜士は、これ以上何も言えなくなった。
(何か俺、戻って来てから怒鳴るかツッコむかの二つしかしてない気がする……)
怜士は部屋に戻り、制服から私服へ着替えると、リビングに向かった。シルヴィアに日本の社会の仕組みや常識について最低限教えるためだ。その場には一応の大人である真奈美も同席する。
「そういう訳で、日本は比較的平和な国なんだ。一応、自衛のために軍隊のような戦力はあるけど、その力を振るったことはないね。まあ、残念ながら、犯罪に巻き込まれて人が死ぬことはあるけど……」
「なるほど。治安はグランリオンに比べて遥かに良いのですね。だからレイジ様は召喚直後、武器を持っている兵士たちを見て驚くというか、興奮していたのですね」
「うん、剣や弓なんて、実際に見たのはあれが初めてだったから」
シルヴィアは二つの世界と国の大きな違いを理解したようだ。二人の話を聴く限り、今いるこの世界はグランリオンとはかけ離れた、まさに別世界だということを改めて実感したのだ。
シルヴィアがより興味を抱いたのは「教育」だった。元の世界で怜士から幾らか聞いていたものの、実際に怜士が持つ教科書を見たことで知的好奇心を大きく刺激された。いずれも文字こそ読めなかったが、パソコンで高校や専門学校、大学などのホームページを閲覧した時はさらに驚いた。
(多くの人間が様々な事柄について自由に学べること。各分野の研究が大きく発展していることは。知への探求と学びへの理解も大きな違いの一つなのでしょう)
元の世界では、農業や工業は一定水準に達して以降、発展や進化は見られなかった。魔法の研究すら、怜士が召喚されたことで概念が変化し、漸く前進したくらいだ。
シルヴィアは、「探求すること」の重要性を大いに感じた。やはり、その根底には、国を守り、発展させることに力を注ぐ王族としての性根が見られる。
「私も学校に、この国の学校にレイジ様と通ってみたいです……」
国の発展を願うべき立場として多くの知識を吸収したいという欲求以上のものがシルヴィアにはあった。彼女は王族であるため、向こうの世界では学校に通うことはできず、全ての勉強は選りすぐりの学者や講師たちから教わった。そのため、同世代の人間と学校に通うことに少なからず憧れがあったのだ。
「そうだよなぁ。折角だから、シルヴィアもこっちで一緒に学校に通えればいいけど、この世界では戸籍だ何だって厳しいからな。それは無理かなぁ」
「そう言えば、怜士。二年振りの学校はどうだったのよ」
怜士とシルヴィアが肩をすくめて項垂れていると、真奈美が思い出したように怜士の二年振りの登校について尋ねた。
「ああ、楽しかったよ。でも、勉強の中身は忘れてるし、懐かしさのあまり周りのみんなに変な態度取っちゃったし、疲れたよ。危うくボロが出そうだった」
怜士は、良いことも悪いことも含めて、一日の出来事を振り返った。友人への接し方は早い段階で改善すると考えるが、目下のところ、重大な問題は勉強だろう。元勇者も、評価のためのテストと赤点には無力なのだ。
「それから、ヤンキーみたいな大学生に絡まれてる後輩を助けたんだ。でも、デコピン一発で人間を吹き飛ばせるから、注意しないとな」
「まあ、魔法が使えた時点でアンタ自身も予想してたでしょう? この先も気を付けなさい。それと、梨生奈ちゃんはどうだったのよ?」
この時、怜士も真奈美も、シルヴィアの眉がピクリと動くのが見えた。
「うん、梨生奈なんか一番鋭いから、何か勘付いてたと思う。デコピンでヤンキーを吹き飛ばすところ、遠くからだけど、見てたし……」
「馬鹿ねぇ、アンタも。まあ、まさか異世界に行ってたとは思わないだろうけど、梨生奈ちゃんなら、何となく分かってそうね」
真奈美は梨生奈のことをよく知っている。自分の息子の幼馴染だ。当然だろう。そのため、怜士が言うように、彼女が何かを勘付いていることは容易に察することができた。
「まあ、これからは今まで通り一緒なんだから、精々、梨生奈ちゃんに迷惑掛けないように気を付けなさい。そもそも、あんな良い娘……」
「ん? どうしたの?」
途中で口をつぐんだ真奈美の様子を不審に思った怜士は尋ねたが、真奈美は何も言おうとしない。
「さささ、さて、夕飯の準備しなくちゃね! きょ、今日はハンバーグよ! 腕によりをかけて作っちゃうから!! オホホホホホホ!!」
立ち上がって、不気味な笑い声を残して台所へ逃げるように去って行く真奈美を見て、怜士は益々不審に思った。
「何だよ、母さん。変だな。ねぇ、シルヴィ……ヒイィ!!」
シルヴィアに同意を求めようと話し掛けながら横を向く怜士だが、その声は途中で悲鳴に変わった。
「レイジ様」
「ハ、ハイッ!!」
「先程からお話に出ている“リオナ”というのは、一体どなたのことでしょうか?」
シルヴィアの表情は紛れもない笑顔だ。しかし、全く温度と生気が感じられない。
五月も半ばで昨今の地球温暖化の影響か、気温も平年より高くなっている。しかし、怜士には室内の気温が大きく下がったように感じられた。
「……質問に答えて下さい」
「ハ、ハイ!! 梨生奈は私の幼馴染で、かれこれ十年以上の付き合いであります!!」
「……お名前から察するに、女性の方ですか?」
「ハイ!! その通りであります!!」
「あら、どうしてグランリオンの兵士のような振る舞いを?」
怜士は何故か立ち上がり、背筋を伸ばし、握り拳を作った右腕を左胸の前に運んでいる。因みに、この姿勢はグランリオン王国の敬礼のポーズだ。
「レイジ様。私、ゆっくりじっくりと伺いたいお話がた~くさんございます。よろしいでしょうか?」
怜士は言葉が出ず、代わりに冷や汗だけがとめどなく出ている。シルヴィアに、不用意に他の女性の話をするべきでないことを怜士は学んだ。
ゆっくりと口角を上げたシルヴィアの顔は到底、聖女や王女のするべき表情でなかった。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ヒ、ヒイイイィィィーッ!!」
魔王よりも鋭くて強いと思われるプレッシャーを放つシルヴィアから長時間に渡って梨生奈について根掘り葉掘り聞かれた怜士は、夕食のハンバーグの味を何も感じなかった。
(シルヴィアちゃん、思い込みが激しそうだと思ったけど、予想以上ね。この子と言い、梨生奈ちゃんと言い、いつの間にこの子ったらこんなにモテるようになったのかしら? 怜士はシルヴィアちゃんの想いに気付いていそうだけど、梨生奈ちゃんの方はどうだか……)
震えるナイフとフォークで夕食のハンバーグを口へ運ぶ真奈美は、目の前にいる愚息と美少女を見ていた。
(まあ、面白そうだからいいか!)
どんなことでも成り行きを楽しもうとするのが、元勇者の母親である志藤真奈美の性格だった。
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