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第10話 「僕も、いつかはあんな風に……!」と男子高校生は憧れた

~前回までのあらすじ~

元勇者、幼馴染に心配される。

元勇者、幼馴染となんちゃってデート。

元勇者、ヤンキーに絡まれる男子高校生発見。

「ねえ、キミさぁ、分かるよね。俺たちが何をして欲しいか」

「痛いのは嫌でしょ? 俺たちだって傷つけたくないんだぁ」

「頼むよ、平和的解決で行こう!」

「俺たち、金無し貧乏大学生なんだわ」


 頭の悪そうな物言いで大学生のグループは男子高校生の逃げ場をなくすべく、彼を取り囲んでいる。


「あの、お金なんて持ってません! 精々、二千円くらいしか……」


 男子高校生が何とか勇気を振り絞って叫ぶも、その声は弱々しい。そして、その言葉は大学生たちをイラつかせるには十分だった。


「その二千円でもいいんだよ!!」

「キャッシュカードとか持ってんだろ? そこのATMで引き出せよ!」

「スマホもよこせよ。売りに行けば少しはマシだろ」

「あんまり舐めると、ぶっ殺すぞ!!」


 態度が一変した大学生たちの雰囲気に呑まれて男子高校生は鞄から慌てて財布を取り出そうとする。怯えているため、その手は震え、なかなかファスナーが開かない。


「貸せ!!」

「止めて下さい!!」


 痺れを切らせた大学生の一人が強引に鞄を奪った。男子学生も他生の抵抗をしたが、それも空しく終わった。


 大学生は慣れた手つきで財布を取り出し、現金やカードを取り出した。


「で? 暗証番号は?」

「……返してください」

「そうじゃねぇ! 聞こえねぇのか!! 番号言えやっ!!」


 怒号が飛ぶが、人気のない場所故、反響したその声は誰にも届かない。


 もう駄目だと観念して男子高校生がカードの暗証番号を言おうとした時、知らない人間の声がした。


「あの、それくらいにしたらどうです? その子、嫌がってるし、普通に犯罪ですよ」


 怜士は何とか間に合ったことに安堵した一方で、大学生グループのやり口に嫌悪感を抱いた。力の弱いものを集団で貶める行為は、どの世界でも許されないものだ。


「んだ? てめえ!!」

「邪魔するなよ、お前も殺すよ?」

「ついでに、お前からも金、もらうぜ?」


 大学生グループの注意が怜士に向いた瞬間、男子高校生は気が抜けたのか、その場にペタンと座り込んでしまった。


「なるべく、揉め事を起こしたくないんで、このまま退いてもらえますか?」


 怜士は脅しに屈することなく、淡々と手を引くように伝えるが、大学生グループはそれを素直に受け入れるほど賢くはない。


「さっきから何だ!? 生意気なんだよ、ぶっ殺す!!」


 大学生の一人が拳を振り上げ、怜士に殴りかかった。


「なっ!?」


 怜士は上体を横方向へ逸らすと、難無く、攻撃を躱した。


「ふざけるなよ!!」


 怒った大学生たちは全員で怜士にパンチやキックを浴びせようとするも、その全てを怜士は躱している。その光景を見た男子高校生は目が点になっている。


「もう、許さねえ!!」


 怒りが頂点に達した大学生の人が、近くに放置されていた角材を手に持った。完全に頭に血が上り、区別がつかなくなったようだ。また、それに触発された他の大学生も倣うようにして各々が角材を手に取った。


「死ねっ!! ガキがっ!!」


 怜士に四本の角材が一斉に振り下ろされた。


 あまりのショッキングな展開に、男子高校生は「もう駄目だ」と諦め、目を伏せた。しかし、次の瞬間、大学生たちの声によってその諦めは希望に変わった。


「嘘……だろ……?」

「じょ、冗談だろ?」

「何だよ、コイツ……」

「何をした!?」


 大学生たちが上げた驚倒の声に頭を上げた男子高校生は信じられないものを見た。


 男子高校生が見たのは、根元から折られた角材の残骸、呆気に取られている四人の大学生。そして、無傷で堂々直立している同じ学校の生徒の姿だった。


「……ここまでされたら、流石に俺も引けないな。仕方ないか」


 怜士は一言だけ言葉を発すると、目の前にいた男の額に自身の右手を近づけた。何をされるか予想できない男は、目を丸くして動くことすらままならない様子だ。


「加減はするんで、大丈夫ですよ」

「ハ? 何を……」


 瞬間、怜士は中指を弾き、男の額へと命中させた。パンという乾いた音が響くと同時に、男は五メートル以上も後方へ吹き飛ばされた。


 怜士以外の人間すべてが吹き飛んだ男を見ている。ピクリとも動かない。恐らく、気を失っているのだろう。たかだか、“デコピン”の一発で。


「死ねとか殺すとか、そう言って手を出した以上、覚悟はできてますかね」

「ヒィィ……!!」

「ば、化け物だ!!」

「悪かった、助けてくれ!!」


 空気が凍り付くような感覚が男たちに纏わりついた。


 怜士の声を聞いた途端、残された大学生の男たちは一目散に走り出し、その場から逃げようとした。奪おうとした財布やカードも、吹き飛んだ仲間も見捨てて。


「そうはいかない」

「があぁ!!」


 素早く動いた怜士は同じくデコピンで男を一人吹き飛ばした。そして、さらに残った二人の目の前に立ちはだかる。


「頼む、もうしないから許してくれ!」

「謝るから、な?」


 残された二人の大学生は見苦しくも許しを請おうとしているが、その態度が怜士の神経を余計に逆撫でた。


「四人で一人を囲んでおいて、この子が何を言っても止めようとしなかったでしょう? それは虫が良すぎる。最後まで責任を持ってもらいます」


 怜士がギロリと睨み付けると、その圧倒的な威圧感のためか、二人は腰が抜け、その場に座り込んだが、それでも怜士は容赦をしない。


「はい、お終い」


 怜士は左右の手それぞれを目の前に座り込んだ大学生の額にかざし、先程と同じく、デコピンを放った。その衝撃に、大学生は耐えられず、数メートル吹き飛ぶと同時に意識を失った。


(骨の一本でも折っとくべきだったか? いや、ここは日本だ。もう世界が違う。そこまでやるのは流石に不味いか)




「は、はは……。嘘、でしょ……」


 怜士によって庇われ、座り込んでいた男子高校生がここで漸く冷静さを取り戻し、発した言葉がそれだった。


 男子高校生は、目の前で起きた出来事が信じられず、これ以上の言葉が出てこなかった。突然現れた人間が、四対一という数的不利を覆し、無傷で大学生全員を捌いて見せたのだ。動揺や混乱で言葉が出ないことも無理はない。


「大丈夫ですか? えっと、ああ、一年生か」


 男子高校生を心配し、怜士は振り返りながら声を掛けた。呆けている彼の表情は不謹慎ながら、滑稽なものに感じられた。同時に、襟元のバッジを見ると、その色から一つ下の後輩であることを確認した。


「偶然、同じ高校だね。俺、二年なんだ。怖かったでしょ。立てる?」


 怜士は男子高校生の警戒心や恐怖心を少しでも和らげようと優しく笑い掛けるようにして話し、そっと右手を差し出した。


「あ、ありがとうございます」


 男子高校生は、怜士の手を掴み、少しだけ反動をつけて立ち上がった。


「怪我はないよね」

「は、はい! お陰様で、た、助かりました!!」

「良かった。これなら大事にならずに済みそうだ。俺からお願いがあるんだけど……」


 申し訳なさそうに「お願い」とやらの提案をする恩人を見て、男子高校生は目を見開いた。あれ程の強い力を持ち、周囲を凍り付かせるような特異な雰囲気を醸し出していた人物とは思えなかったのだ。


「さっきの俺の力のこと、他言無用で頼みたいんだ」

「え?」


 流れるような身のこなし、角材を素手で粉砕し、デコピンで人間を吹き飛ばすような怪力。彼が見た怜士の力は到底、人間業ではない。知れれば騒ぎになることも有り得る。


「あんまり目立ちたくないんだ。だから、頼むよ」


 怜士はそう言いながら、落ちている鞄や財布を拾い、男子学生に手渡した。


 怜士は、異世界で得た勇者特典の力を振るうことは危険だということを感じていた。人間を一方的に蹂躙する魔物や魔族を簡単に屠った力だ。使い方を誤れば、元勇者は現代日本での魔王にも成り得る。怜士にそんな気は毛頭ないが、力の存在が知れ渡れば悪意ある人間に利用されることは予想できる。それを巡って大きな争いすら起こることも。


 二年間の異世界での冒険と戦いで、悪意と害意に溢れた人間や魔族を数多く見て来た怜士は、強大な力を持つことにどれだけ大きく深い意味があるか、嫌と言うほどに理解していた。


「……分かりました」


 男子学生は、色々と聞きたいことがあるようだが、怜士の様子を見て詮索は止めたらしい。素直に怜士のお願いを聞き入れた。


「あの、でも、一つだけいいですか?」

「ん?」

「僕の名前は相原優斗(あいはら ゆうと)です。先輩の名前を、名前を教えてください!」


 優斗は、自分を助けてくれた人間の名前を知りたかったのだ。名前を知った上で、心から感謝の気持ちを伝えたい。それが、最低限の礼儀であると感じたからだ。


「ああ、それくらいなら問題ないよ。俺の名前は志藤怜士。グランリ……いや、これは忘れて」


 異世界では勇者という称号を名乗る場面が多くあったため、「グランリオンの勇者」と口走りかけた。癖というのは恐ろしいと怜士は実感していた。


「し、志藤先輩! 助けていただき、本当にありがとうございました!!」

「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。まあ、何事も無くて良かったね、相原君」


 深々と頭を下げる優斗を見て、やや困り顔の怜士だが、満更でもないようだ。やはり、人から感謝されるのは気分が良いようだ。


「じゃ、俺は行くね。人を待たせてるから。君も早くここから離れた方が良いよ。あの人たち、少しの間だけ気絶してるだけだから」

「は、はい!」


 怜士は、そう言い残して、待たせている梨生奈の元へ歩いて行った。


 優斗は、見えなくなるまでその後姿を見送り、怜士の指示に従ってその場をすぐに離れた。


(志藤怜士先輩。強くてカッコいいな。僕も、いつかはあんな風に……!)


 元勇者によって助けられた少年は、その目に焼き付けた彼の雄姿を胸に刻み、自分も困っている人間に手を差し伸べられる、そんな強い人間になろうと決意した。





※2019/11/4 部分的に修正をしました。

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