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第9話 「自然と心と体が動くんだなぁ」と元勇者は呟いた

~前回までのあらすじ~

元聖女、現代世界の科学にビックリ仰天!

幼馴染登場!

元勇者、深刻な学力低下問題。

 二年振りの日本での高校生活。そのリスタートは、苦々しいものとなった。


 怜士は数学の授業の一件でクラスメイトたちから恨みを買うことなり、項垂れながら帰路についていた。


「昨日は文系科目中心に多少の復習やったけど、数学まで手は回らないわ。大丈夫かな、ホント……」


 異世界での生活で、日本で学んだ内容の多くは忘れ去っている。


 異世界で使ったのは精々、小学校から中学校までの算数や数学の基礎計算程度だ。金勘定や地図を用いた縮尺の計算といった、日常生活に根付いたモノは頻繁に使った記憶が彼にはある。


「あ~あ、テスト、ヤバいかもな……」

「怜士!!」


 怜士が溜息混じりに独り言をぼやいていると、朝と同じく、またもや自分を呼ぶ幼馴染の声が聞こえた。


 またもや鞄が飛んでくると思い、咄嗟にガード姿勢をとったものの、それは徒労に終わった。


「何してんの?」


 顔を中心に守りを固めている怜士を見て、梨生奈は眉を少しだけ引き攣らせながら尋ねた。


「また鞄が飛んでくると思って……」

「私のこと、何だと思ってるの?」

「だからバイオレンス……」

「殺す」

「そういうところだよ!?」


 梨生奈が暗殺者のような目をして怜士を見つめる。怜士は、ツッコミを入れつつも、頭をグイっと後ろに反らした。


「そう言えば梨生奈、部活は?」

「今日は中止。顧問の先生が急用で出られなくなったの。自主練習も無し」

「へえ、そんなこともあるんだな」


 梨生奈の部活動は中止になったようだ。そのため、今日は早く帰宅できるらしい。


「怜士さ、どうしたの今日? やっぱり変だよ」

「変って、何が?」

「色々! 授業で当てられたときとか、移動教室の時とか。それに、岩山君とか男友達と話す時の様子も変だった。何かあったの?」


 梨生奈は本当によく怜士を見ていたようだ。様々な場面で怜士の言動の違和感に気付いていたようだ。


「え、ええと、それはさ……」


 怜士は、数学の授業での失態に加え、移動教室では教室の場所が分からずに人に尋ねる始末だった。また、男友達に接する際、初々しさというか、よそよそしさが入り混じったぎこちない態度だったため、梨生奈が不審がるのも尤もだった。


(やっぱり梨生奈は鋭いな。どう誤魔化すかな、これは……)


 長い付き合いであり、最も近くで怜士を見続けて来た少女だからこそ、この些細な変化に気付けるのだろう。


 怜士は、梨生奈に何と説明をして誤魔化せばいいのかと思案した。しかし、半端な出まかせくらいではこの幼馴染には通用しないだろう。


「……まあ、話したくないなら話さなくていいよ、別に」

「え?」


 以外にも梨生奈自身が追究を打ち切った。これには怜士も驚いている。


「怜士がそんな態度取るってことは、何かあるんでしょ? だったら無理しなくていい。でも、本当にどうしようもなくなった時は絶対にいいなさい!」

「梨生奈、どうして……」


 ここまで見透かされているとは思いもしなかった怜士は只々、驚くことしかできなかった。


「見てれば分かるわよ。何年一緒にいると思ってるの、馬鹿幼馴染!」


 怜士は梨生奈の気遣いが有り難かった。


 母親には、シルヴィアを住まわせる以上、話さざるを得なかった。梨生奈は信頼のできる相手だが、異世界に関連する話は、内容だけに不用意に話すことは避けるべきだろう。故に怜士は口籠り、曖昧な態度を取ってしまっていたのだった。


「そっか、ありがとう。梨生奈」


 変に梨生奈に気を遣わせてしまったことに後ろめたさが残るものの、それでも、彼女の言葉が怜士には嬉しくてたまらないものだった。


 怜士には見えなかったが、この言葉で梨生奈の頬は赤らんでいた。梨生奈は、それを誤魔化すため、朝と同じく、自分の鞄を怜士に思いきりぶつけた。


「げへぇ!! 何するだぁ!? 結局じゃん!!」

「うるさい! 油断した方が悪い!! とにかく、一つ貸しだから、今から何かおごってよね!!」


 仰け反る怜士に向かって笑みを浮かべて話す梨生奈だが、その表情の奥には寂しさが隠れているようにも感じられる。


「……分かったよ。ありがとう」


 怜士は少しだけ不器用な幼馴染に感謝しつつ、彼女の後を追った。




 梨生奈の要望に応え、二人は寄り道をして話題のクレープ屋に向かった。


 梨生奈も今時の女子高生の一人だ。やや男勝りな性格の彼女も、スイーツの類には目がないようだ。怜士の目には、心なしか梨生奈の足取りが軽く、そして、喜んでいるように見える。


(やっぱり、どの世界でも女子は甘いものが好きなんだな。今度、シルヴィアを連れて行こうかな?)


 怜士が、スイーツ好きな女子の趣味趣向について考えているこの時、梨生奈は彼とは違うことを考えていた。


(最近は登下校以外で怜士と二人で何処かに行くのって、久し振りだ! まるで、デ、デデデ、デートみたい……!!)


 梨生奈にとって、クレープ自体は重要な問題ではない。たい焼きだろうが、あんみつだろうが、何でもいいのだ。重要なのは、「怜士と一緒に行く」ということの一点だった。


 中学進学以降、部活動の忙しさに加えて、思春期の特有の気恥ずかしさから怜士を遊びに誘うことに照れが生まれるようになった梨生奈は、この千載一遇の機会を心から楽しむことに決めたのだ。気を抜けば、スキップをしそうな勢いだ。


「そう言えば、梨生奈」

「うん」


 不意に、怜士に名前を呼ばれ、綻んでいる顔を取り繕いながら返答する梨生奈。


「二人でこうやってどこかへ行くのって、久し振りだな。これだとデートみたいだな」

「にゃ、ななな……!!」


 臆面も無く言い放つ幼馴染の言葉に顔を真っ赤にしてしまう梨生奈だが、発信源の怜士は眉しかめ、困惑気味だ。


(何か、梨生奈の態度も違うぞ?)


 赤面したまま速足で進んでいく梨生奈を、怜士は追いかけた。




 クレープ屋に到着した頃には、梨生奈も平常心を取り戻した様子だった。


 梨生奈はこれでもかというトッピングを施したため、ご満悦の様子だ。対照的に怜士の財布は悲鳴を上げている。


「何で、全部盛りにするんだよ! 少しは遠慮してくれよ……」

「おごることを受け入れたなら、文句言わない! 男でしょ!」

「梨生奈の方が男っぽ……」

「あ?」

「何でもありませんっ!!」


 梨生奈の予想外の注文のため、怜士は最安値のクレープで我慢している。羨まし気に梨生奈の持つクレープを見る怜士だが、彼女は怜士に分け与えるつもりはないらしい。


 折角、梨生奈の部活動が休みになったので、このまま他にも寄り道をして遊ぶことになった。怜士としても、久し振りに遊び回りたい気持ちがあったため、彼女の提案を即決した。


「あれ?」

「どうした? クレープ分けてくれるの?」


 クレープを頬張りながら歩いていると、梨生奈は何かに気付いたようだ。少し離れたビルの裏路地にある何かを見ている。


「違う、クレープは絶対に分けない。 そうじゃなくて、あれ!」


 梨生奈に言われて彼女の視線の先を見ると、一人の男子高校生が複数人の男性グループに絡まれている。ヤンキー集団とでも言うべきか。数は四人。恐らく、年齢は怜士たちより少し上の大学生くらいだろう。


「あの子、うちの制服じゃん。学年までは分からないけど……」


 絡まれている男子高校生をよく見ると、怜士と同じ学校の制服だ。全体は普通の学ランだが、襟元と袖口が特徴的なので離れていてもよく分かる。


「あれって、恐喝かな?」

「十中八九、そうかもな」

「どうしよう、怜士!!」


 梨生奈の言う通り、一人の高校生が複数人によってカモにされている恐喝の現場に間違いなかった。人通りが少ないため、怜士たち以外に気付いている人間はいない。


「……仕方ないな。ちょっと行って来るわ」

「え? 怜士、何を言ってるの!? 行ったところで怜士までやられちゃうよ? 危ないよ!!」

「ああ、多分大丈夫」

「武道の経験も無い、帰宅部代表の貧弱な怜士が行ったって何にもならないよ!! 寧ろ、被害が拡大して警察と家族を困らせる羽目になるっ!!」

「何だよ、その忠告!? 酷くない!?」


 普段は勝気な梨生奈だが、物事の分別はついている。この状況で割って入れば多勢に無勢。返り討ちに遭うのが普通だ。男子高校生を助けたい気持ちはあるが、それを実行する勇気は誰であってもなかなか出ない。


 助けに入ろうとする大切な幼馴染を心配することは当然だった。


「まあ、いいから。ちょっと持ってて」


 怜士は鞄を置き、食べかけのクレープは梨生奈に手渡した。

 あまりに自然な行動に梨生奈は怜士を止められず、黙ってクレープを受け取ることしかできなかった。


「怜士……」




(前なら、絶対にこんな事はしなかったな。勇者特典に頼ってるトコもあるけど、やっぱり……)


 歩き出した怜士は、自嘲気味に心の中で呟いていた。


 これまでの自分なら、自らが助けに入ろうとはしないだろう。精々、周りの人に助けを求めるか、警察に通報するくらいだろう。


 意図せず手に入れ、日本に帰還してからも引き続き使えることが判明した「勇者としての力」。役立つことは無いと思っていたのが帰還二日目で早々に使うことになるとは思っていなかったが、人助けのためだ。仕方ないと怜士は割り切った。


「二年も勇者やってたら、自然と心と体が動くんだなぁ」


 この出来事を皮切りに、元勇者の強力にして偉大なる力は、現代日本でも存分に発揮されることとなる。



次回で怜士君が勇者パワーの片鱗を見せます。

ヤンキーを懲らしめるのは、鉄板かと……。


※2019/11/4 部分的に修正をしました。

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