第8話 「誰がバイオレンス娘だ、このっ!!」と幼馴染は怒鳴った
~前回までのあらすじ~
元聖女、居候させてもらえる。
元聖女、元勇者の母親に気持ちを見透かされる。
母親、元聖女の愛が重いことを知る。あー。
「火もくべず、ましてや火魔法を使わずに灯りが!?」
「取っ手を動かすだけで水が!?」
「この美麗な絵画の数々は!?」
「楽器も無いのに音楽が!?」
「小さな箱の中に人が!?」
怜士の隣室を急遽自室としたシルヴィア。その後は、一通り、その他の部屋の案内、当面の生活に必要な道具の使い方などを学んだ。
やはり、魔法の世界の住人が科学技術に触れると、その衝撃たるや凄まじいものがあるようだ。戻って来たリビングでは、何度も照明のスイッチを押したり、水道のレバーを上下させたり、食い入るように雑誌のグラビアを見たり、音楽プレーヤーを耳元に当て続けたり、テレビの前に座してリモコンを放そうとしなかった。
「いやあ、いいリアクションねぇ、シルヴィアちゃん。流石はファンタジー世界の子!」
「まあ、そうだろうね。向こうにはこんなもん、無いから」
怜士は、異世界で魔法が使えることに驚きはしたが、元々、日本の漫画やアニメの影響で想像がついていたので、その驚きが大き過ぎるということは無かった。しかし、シルヴィアはそうではない。現代日本の空想に魔法はあっても、異世界の空想に科学は無いのだ。想像だにしない、未知の事象への反応は、これが正しいのだろう。
「涼しげな風が勝手に出てきます!」
「これからは熱風が!」
「凄いです! すぐに水がお湯になるのですね!?」
怜士と真奈美は、シルヴィアの反応を暫く眺め、楽しんだ。
「あっ!! クーラーにドライヤー、電気ポットをそんなに一度に使ったら……!!」
「ヒャッ!!」
怜士の叫びも空しく、高ワットの電化製品を一度に使用したことで、ブレーカーは落ち、志藤家は一気に暗闇に包まれた。
電化製品の同時使用についての注意を済ませた後、シルヴィアは真奈美に連れられ、風呂やトイレの説明を受けている。流石の怜士も、恥ずかしくてそれはできなかったのだ。女性である真奈美の存在がこれほど有難いと思ったことは無い。
(母さんがいてくれて良かった……)
「もっと違うところを有難がりなさいっ!!」
「痛てて!」
口に出ていたようで、怜士は真奈美に頬をつねられ、悶絶した。
「明日は学校か。二年振りの……」
自室のベッドの上に寝ころび、明日以降の行動について考える怜士。
自分にとっては二年振りでも、周りの人間からすればいつも通りで一日振り。また、精神的にも肉体的にも二歳分成長してしまった。自分だけが周りと違うということに、これほど違和感や不安を抱くとは予想していなかった。
(何にしても、帰還した途端に中卒ニートの称号を手に入れる羽目にならなくて良かったか。じゃあ、二年振りに時間割を調べるかね)
怜士はベッドから起き上がり、翌日の授業の準備を済ませようとした。教科書やノートを懐かし気に見ていると、あることに気が付いた。
「うわあ、公式や単語とか、まったく覚えてないぞ……。二週間後は中間テストだ! やばいぞ、不味いぞぉ!?」
二年間、高校教育から離れていた怜士は、これから毎日、必死になって復習をする日々が続くことになる。
「それじゃ、行って来るよ」
翌朝、怜士は朝食を食べ終え、登校準備をしていた。
通学鞄を持ち、挨拶も程々に玄関を出て出発とすると、真奈美が声を掛けた。
「ハンカチ持った? ティッシュも持った? ちゃんと一人で迷わず行ける?」
「小学一年生扱い!?」
真奈美の目の奥がいたずらっぽく光っているので、間違いなくからかっていることが分かる。
シルヴィアは、小学一年生という単語の意味が分からず、志藤親子のやり取りをキョトンとしながら見守るだけだ。
「まったく……。それより、シルヴィアのこと頼んだよ」
まだ機嫌が悪いのか、眉をひそめたままの怜士は真奈美に念を押すようにして話した。
「分かってるわよ」
シルヴィアの日本での生活において、先んじて必要なものは衣服と日用品の二つだ。昨晩は真奈美の服を借りて過ごしたシルヴィアだが、サイズは合っておらず、動きづらそうだ。よって、怜士が学校へ行っている間、真奈美とシルヴィアは二人で買い物に行くことになっていた。
「ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願い致します。真奈美様」
「もうっ! そんな風に呼ばなくてもいいわよ。それより、楽しみだわぁ。私、自分の娘に可愛くて綺麗な服をたくさん着せるのが夢だったの!! 生憎、残念なことに、誠に遺憾ながら、生まれたのは男の子だったから諦めていたけど、本当に良かったわ!!」
「それ、息子の前で言う台詞!? ちくしょう、行って来ます! 憶えてろよぉ!!」
元勇者は、小悪党のような捨て台詞を残して玄関から飛び出していった。
「あっ! いってらっしゃいませ、レイジ様~」
シルヴィアが返事をしたが、残念ながら、傷心の怜士の耳には届いていなかった。
怜士は二年振りに高校への通学経路を歩いている。
高校まではほぼ一本道であり、徒歩で片道二十分程度の距離だ。この通い易さが怜士の高校選択のポイントの一つだった。
(昨日も商店街を歩いた時に思ったけど、本当に街並みが懐かしいな。ああ、こうしてると、本当に日本に帰って来たっていう実感が湧くっ!!)
こちらでは一日振りながら二年振りという不思議な感覚に見舞われながらも、こうした何気ない風景と懐古の情が怜士の心を満たしていく。
感動に打ちひしがれていると、背後から怜士を呼ぶ大きな声がした。
「怜士~!!」
「痛っ!?」
怜士は反応して振り返ったが、同時に、目の前に黒い塊が現れ、身体に衝撃が走った。通学鞄をぶつけられたのだ。
「おはよっ!!」
「お、おおっ!! 梨生奈じゃないか! 懐かしいな! 元気だったか? いや、元気そうだな! ていうか、相変わらずパワフルな挨拶だな、バイオレンス娘!!」
怜士の目の前には少女が一人立っていた。背が高く、綺麗な栗色の髪をポニーテールに纏めたキリっとした大きな瞳が特徴だ。
「誰がバイオレンス娘だ、このっ!!」
怜士の言葉に気を悪くした少女は、第二撃を繰り出し、再び怜士に鞄を命中させた。今度は顔面だ。
「い、痛いぃ! 梨生奈、鞄に何入れてるんだよ……」
「ん? 部活で使うトレーニング用のアンクルウエイトとリストウエイトだけど?」
「それは日頃から身につけなければ意味が無いぞ!!」
怜士に鞄をぶつけたこの少女は彼の顔見知りであり、名前は西條梨生奈という。二人は小学校入学から現在に至るまで、ずっと同じ学校で同じクラス。所謂、「腐れ縁」や「幼馴染」という関係だ。
「ねえ、怜士。そう言えばさっき、懐かしいとか、元気だったかって、どういうこと? 昨日も会ってるじゃない。それとさ、少しだけ背が伸びてない?」
「へ?」
梨生奈はサバサバした性格で男勝りな一面がある。そのため、大雑把と捉えられることもあるが、人の言動はよく見ており、小さな違いによく気付くことがある。
怜士は、幼馴染の特性を理解しているつもりだったが、これほど鋭いとは考えてもいなかった。彼女は先程の発言に引っ掛かりを感じたらしい。また、実の母親でも気付かなかった身長の伸びについても指摘されている。
「な、何言ってんだよ、冗談だよ、冗談。それに、一日で目に見えるほど背は伸びないぞ?」
「……ふうん」
「いいから、早く行こう」
自分の誤魔化しを訝しむように見つめる梨生奈の視線に耐えられなくなった怜士は、梨生奈を急かすようにして学校へと急いだ。
(くそ、俺は一体、どうしたらいいんだ……)
二年振りの登校で、多くの友人との一方的な再会を果たし、いつになく気分が高揚していた怜士だったが、彼は今、最大のピンチを迎えていた。その表情は苦悶に満ち、額からは脂汗まで垂れている。
(……駄目だ! どれだけ考えてもこの状況を切り抜ける方法は一つしかない!)
「おう、志藤よ。いい加減にしろよ」
野太い男性の声が、この言葉が怜士を余計に追い詰める。
「くっ! えっと、その……」
「何だ? 言いたいことはハッキリ言え!!」
男性に怒鳴られ、怜士は精神的に益々追い詰められた。
魔族の手から世界を救った人物とは到底思えない。向こうの世界の人間が今の怜士の姿を見たら、何と言うだろうか。
「解りません!!」
男性の言葉通り、怜士は言いたいことをハッキリと言った。「解りません」と素直に。
怜士は今、二年振りの数学の授業の最中であり、教師から運悪く指名され、黒板の前で問題の回答を迫られている。
「おう、志藤! 昨日やったばかりの問題だぞ! しかも初歩の初歩。剰余の定理を使うだけの基礎問題だ。まさかお前、俺の授業を聴いていなかったのか、ああ!?」
「そ、そんなことはありません!」
この数学教師の名前は大橋隆康。授業内外問わず、厳しい指導で有名で、全校生徒から恐れられている。また、彼はラグビー選手並みの体格の持ち主であるため、それが迫力を引き立てている。
大橋教諭の言う通り、教科書に沿った基本問題であり、昨日の授業を受けていれば容易に解くことができる。しかし、怜士にとっては昨日学んだ内容ではなく、二年前に学んだ内容なのだ。これは覚えていなくて当然だ。異世界で数学を使う場面はほとんど無かったのだから。
「あ゛~ん。お~う゛?」
目を大きく見開き、怜士の顔を食い入るように見る大橋教諭。そのスジの人間ではないかと錯覚するほどの狂気を放っていると言ってもいい。
(大橋先生は魔王より魔王らしいぞ!?)
結局、解法が分からずに降参した怜士はこっぴどく叱られ、罰として宿題の増量が決定した。それも、連帯責任でクラス全員にだ。
四十人近くの怒りが込められた視線が、怜士の体を突き刺すように降りかかる。
「ざけんな! 怜士!!」
「あとで校舎裏に来い!」
「追い詰められる志藤の顔。イイ……」
「志藤君、なんてことするの!?」
「ご、ごめん!! みんなぁ!!」
謝罪の言葉も空しく、これから暫くは怜士は肩身の狭い思いをしながらクラスで過ごすことになる。
「はあ……。馬鹿怜士」
幼馴染のこの一言は、半狂乱のクラスメイトたちの怜士に対する非難の声でかき消された。
漸く、定番の「幼馴染ヒロイン」の登場です。長かった……。
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