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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お前が聖女♂になるんだよ!!!!

作者: 南郷とき

はちみつを垂らしたミルクのような柔らかい光が天窓から召喚陣を照らしていた。


王城の端にある小さな礼拝堂で今まさに聖女召喚の儀が行われていた。


召喚陣に魔力を注ぎ朗々たる詠唱を紡ぐのは歳若い魔道士、コンラート一人のみ。


コンラートから少し離れた所では彼の叔父──コルネリウスが固唾を呑んで見守っていた。




失われた召喚の魔術を今の世に取り戻した甥を、コルネリウスは誇りに思っていた。


召喚の魔術が成功すればこの国は助かる。 聖女を召喚出来れば魔獣災害を鎮めることが出来る。


このまま魔獣に蹂躙され滅びを待つだけの状態から脱することが出来る。




コルネリウスの甥っ子は国の希望を、期待を、決して広くない背中に背負っていた。




召喚成功を国王陛下に奏上すれば出世が待っているとかほんの少し考えなかった訳では無いが、それでも純粋に国のためという気持ちもある。出世はもちろんしたいが。




『──トシガナカニツキヲエラビ、ツキガナカニヒヲエラビ、ヒガナカニトキヲエラビテ、カケマクモカシコキ ミチビキノ ノオンヒロマエニ ──』




召喚の陣から光が溢れ、ごうごうと風吹き出した。 コンラートが目深にかぶるフードが脱げ、煩わしげに目が細められた。


聖なるモノを召喚しようとしているにしてはどうにも荒々しい。


凶暴な力の塊がコンラートの体を嬲り始めた。




『──コトダマサキワウクニヨリ


ワザワイツミハラウオトメ トクツカワシメシキコシメセ──』





 あれっこれおかしくない?


コルネリウスは聖女召喚の儀式を見たことなど一度もないが、それでも何かがおかしいと感じ始めた。


 歳をとり第一線から退いてはいるが、昔は前線にて力を奮ったいち魔道士。


長らく眠っていたカンが男の警鐘をけたたましく鳴らし始めた。




「ま、まさか、おい! コンラート!中止だ!止めろ!」


コンラートは縦横無尽に荒れ狂う力の奔流に耐えようと詠唱を続けていたが、頬に、額に、腕に、その成長しきらない体に小さな傷があらわれ血の匂いが風に乗って礼拝堂の中に広がった。




コルネリウスは召喚を止めさせようと不可視の力に抗おうとするが吹き飛ばされないように体を固めるのが精一杯だった。




──やばいぞコレは、これはヤバイ。




みるみるうちにコンラートの血が礼拝堂の天井へと集まってゆく。


目の前で繰り広げられる光景に肌が粟立つ。恐ろしい。 聖なる召喚に生き血を捧げるなど、聞いたことがない。


まるでこれは




「コンラート!中止だ!やめろ──!!」




 コルネリウスの叫びとともにピタリと風が止んだ。同時に天窓付近まで吹き上げられ集められたコンラートの血が浮力を失い、


ぱしゃりと聖女召喚の陣へと降り注いだ。




「あ、ああ……」




注がれた血液を喜ぶように召喚陣は目が潰れそうなほどの光を放った。




「ぐっ……コンラート!コン!無事か! 返事をしなさいコン!


強すぎる光に視界が奪われた。膝をつき手探りで甥を探す。 さほど広くない礼拝堂だ、適当にはいずり回ればすぐにみつかるはずだ。




「コン!コンラート!」




手の先に何かがぶつかった。


慌ててそばに寄り身体中をさすって甥の無事を確かめようとした。


「コン、返事をしてくれ、たのむ、コン、ああ、コンラート……」




手があった。


肩がある。背、尻、頭。


全て探り、力任せに抱き起こした。


手が震える。恐ろしい。生きているのか、しんでいるのか、分からない


あまりにも強い光に視力を奪われ、目の前は比喩ではなく真っ白だ。




「息は、息は、ああ、姉さんに……お前の母さんになんて言ったら……コンラート、返事をしてくれ、ああ、召喚は失敗だ。


失敗なんてどうでもいい、お前が、お前さえ生きていてくれれば、おいコンラート、おき「あ、失敗咎められないなら起きます」


「は?」




ぐったりと力なく身を預けていたはずのコンラートがぐっと体を起こした。


「おま」


「いやすんません、失敗しちゃいました」


「え、」


「でもむりあるっすよね、あーんな古臭い本に書かれてる召喚陣に情報不足の呪文。せめて聖女って人がどんな人かどこにいるのか真名も魔力も分からないのに世界超えて呼び寄せるなんてムリムリゼッタイムリ」




男は視力が戻ると甥の姿を頭の先から全身まんべんなく魔力を込めた眼で見た。


傷は浅い。深刻なほどの怪我はしてない。意識もある。本人はペラペラ話せるほど元気。




そして召喚は失敗。




 コルネリウスはぱちぱちと頭の中の算盤を弾いた。それはもう、ものすごい速さで。




チーン、と計算終了の音が男の中で鳴った。




「コンラートよ」


「はい」


「死にたいか?」


「し……え? いやさすがに死にたくはないです、けど」




男ははがしりとコンラートの肩を掴んだ。


「あの、」


「いいかよく聞けコンラート。召喚は失敗だ」


「ええ。まあそうですね」


「このままだとたいそうやばいことになる。おまえが。」


「え、でもさっき叔父さん失敗でもいいって」


「言っとらん」


「いやいや言ってましたって。」




ごごご、とコルネリウスの魔力が地鳴りのように音を立てた──気がした。




「いいか、お前の死を持って召喚失敗をあながうならまだしも」


「えー……あの、死ぬのはちょっと」


「そこで我が可愛い甥っ子に提案だ」


「死ななくて済みます?」


「ああ、これなら死ななくて済む。お前の頑張り次第ではあるが、この国きっての天才魔導師とうたわれるお前なら!できる!できる!」


「じゃあやります」




聖女召喚に指名された時のようにコンラートは軽く返事をした。


魔道学校ではことあるごとに『挑戦精神』と標語を唱えさせられたし、なにより死ぬよりましな道があるなら二つ返事で飛びつくというものだ。




「よしよくぞ言った我が甥コンラート・バルツァー」




ニッコリと笑い、コンラートの肩を掴む手に力を込めた。




「今からお前が聖女だ」


「えっだから聖女召喚は失敗で」




「お前が聖女になるんだよ!!!!!!」




「ええええええええええええ!?」


「お前、いつもフード被って前髪で顔隠してるだろう」


「いや、でも俺男で…」


「いける、お前は可愛い」


「嬉しくないっすね」


「できる限り手助けする」


「いやだから俺男で」


「いいからお前が聖女になるんだよ!!!!!!」




肩を掴まれガクガクと揺さぶられ、だいぶ血を失っていたコンラートは気が遠くなりながら、己の叔父を呪った。




この叔父に逆らってもいいことは無い。


叔父の言う通り、聖女を演じるしかない。




血が足りず気を失う寸前、「ハイ」という返事とともに魂まで口からひょろりと出てしまった気がした。



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