第一章8 デート
それは早朝の事、外から俺を呼ぶ声がした。俺の家に訪れた人なんて居たっけ? 眠くて良く聞き取れないけれど、声色からして女性だ……誰だ?
俺は取り急ぎ玄関を開けるとそこには
「ゼル君、おはようございます。昨日言っていた魔道具、一日で作ってきちゃいました。えへへ。」
あ、エレノアか。そう言えば確かに魔道具が完成したら見せに来るとは言っていたけど、こんな朝っぱらから来るとは思っていなかった。というより、俺が商会に行ったときにでも見せに来る物だろうと思っていた。
「魔道具はどこにあるんだ?」
「ここですよ、こーこ。」
そう言ってエレノアは首元を指し示した。ああ、確かにミスリルの特徴を持ったネックレスをしている。
「似合ってますか?」
……なんて反応すれば良いんだ? 恥ずかしいが、取り敢えず褒めておけばいいのか?
「に、似合ってるよ。」
「ゼル君は物凄くピュアボーイみたいですねー。」
「なっ、俺だってそのくらいの経験――」
「あるんですかー?」
無いけれど、それはひとえに俺が異性と接する機会が無かっただけであって、別にそこまで興味があった訳でも無いし?
「やっぱり無いんじゃないですか。そんな適当な服じゃあ好きになってくれる女性も好きになってくれませんよー?」
言われてみれば、家を追放されてからまともな服を買おうと思った事なんて無かったな。今でも3年前と変わらない服装のままだ。
「もしかして言われたら気になり始めましたかー? もし宜しければミスリルのお礼として、女性としての観点でゼル君の衣装をコーディネートしてあげましょうか?」
確かに、自分で選ぶよりは選んでもらった方がいいのかもしれない。金ならある程度溜まっているし、見た目にも気を使った方がいい頃か。身近に一応エレノアという女性がいるしな。
別に、美人だと思っている程度で意識はしていないけど。
「じゃあ、よろしく頼む。」
「じゃあこれが私達の初デートですねー。」
もうその手でからかわれはしない。俺は日々成長しているんだからな。
「ふん、そろそろそれには慣れた。もう余裕だ。」
「最初に見惚れたとか言っていたのはどこのどなたでしたっけー?」
「べ、別に、見た目の好みと人としての好きは違う。」
確かに、好みの見た目ではあるけれど、それだけで惚れたらそこら辺にいる猿と同じだからな。流石にそんな簡単には惚れん。
……それに好きになってしまったら、またあの時の様に裏切られるのが怖い。だから俺は――
「それでゼル君、何か買いたい種類の服はありますか? 紳士服とかは生活に適していないですし、冒険者御用達の店にでも行きますか? ゼル君なら材料も足りないという事にはならなさそうですし。」
「そうだな、冒険者用の装備でいいかもしれないな。」
どうせもう、貴族社会になど戻る事は無いのだから、見た目も多少は気をつけたいが、汎用性の高い装備の方がいいだろう。
「じゃあ私が良い鍛冶屋を知っていますから、ついて来て下さい。」
そう言うとエレノアはそそくさと歩き始めた。
こういうのって男がエスコート? をする物じゃなかったっけ、いや、あくまでデートならの話だけれども、こんな風にエレノアに付いていくだけでいいのだろうか?
……こういう時は手でも繋いだ方が良いのか?
「何私の手をジーッと見ているんですか? 手でも繋ぎたいんですかー?」
うっ、凝視し続けていたようだ。誤魔化そう。
「そ、そのスカートが可愛いと思ってな。」
「ゼル君は、はれんちなんですね。」
俺がはれんちだと!? 全くの誤解だ!
「なっ、本当は手を繋ごうかどうか迷っていただけだ!」
「ならそう言うときは無言で手を出せばいいんですよー。」
そう言ってエレノアは手を差し出した。そして俺は自然に手を握っていた。エレノアの温もりが心地良い、って、俺は何をしているんだ! これじゃあまるで恋人じゃあないか!
「これじゃあ恋人みたい、ですか?」
「ち、違う。」
クソー、折角慣れたと思っていたのに、結局終始からかわれている気がする……
「何ボーッとしているんですか? そろそろ到着しますよ。」
エレノアがそう言うと、直ぐに鍛冶場が見えてきた。それ程大きくはないが、年季を感じさせる外観だった。
そして二人で入っていくと、動物の皮や鉄の匂いが充満していた。独特な匂いではあるが、悪くはない。
「おや、エレノアちゃんじゃねえか。どうしたんだそいつは、ツレか?」
……でもこういう古風な爺さんタイプの人間は直ぐに色恋沙汰に繋げたがる傾向があってあまり好きにはなれないな。
「違いますよ。俺はただの知り合いです。」
「手を繋いでいるのにか?」
そして気が付いた。入店する前からずっとエレノアの手を握り続けていた事に。
「あっ、これは違うんです。」
そして咄嗟に手を離した。そしてニヤついた顔でエレノアはこちらを見てくる。
「男だったらガツンといきゃあいいのによ。まあいい。今日は何の用だ?」
「ゼル君の服装が適当過ぎるので、格好が良い装備を作ってあげて下さい。マント付きで。」
「別に既製品でいいんじゃあねえか? 冒険者として生きていくならオーダーメイドで作るべきだろうけどよ、見た所武器すらも持っていないしよ。」
「既製品はセンスが悪いじゃないですかー! 折角なら格好良い装備を作ってあげたいんです!」
「俺のセンスが悪いだとぉ!?」
ガタッと音を立てて鍛冶屋の親父は身を乗り出した。一触即発の雰囲気が漂い始め、喧嘩になるのでは、そう思っていると
「だったら俺がこいつに似合う最高の装備を作ってやるぜ!」
演技だったようで、二人は何やら事細か目に設計図を作り始めていた。そして俺の体型を把握して、作り始める事30分程、異常な早さで装備が完成していた。
鍛冶スキル持ちが集まるとこんなに簡単に作れてしまう物なのか。
「ほら、着てみろよ。」
そう促されて、早速着替えてみる。
「どうですか?」
「格好良いですよ。特にマントが!」
……エレノアはマントフェチか何かなのだろうか?
「まあ、馬子にも衣装って奴だな。へへっ。」
鍛冶屋の親父は照れ臭そうにそう言って誉めてくれた。
まあ、エレノアが似合ってるって言ってくれるなら、それだけでいいか。着心地も良いし。
「お代はいくらですか?」
「銀貨3枚でいいぞ。」
おお、結構安い。俺の家賃といい勝負だな。
銀貨をおまけして4枚払っておく。
「じゃあ、今日はありがとうございました。」
「おう、メンテナンスはいつでも受け付けるからな。」
「おじさん、じゃあねー。」
そうして俺達は鍛冶屋を後にした。
「それと、はい、ミスリルのお礼を兼ねて、これが私からのプレゼントです。《伝言》の魔法を付与しておきました。ペアルックですよ。」
そう言ってエレノアからミスリルのネックレスを受け取った。そんな魔法を付与出来るなんて凄いな……材料が必要な分、鍛冶スキルは攻撃スキルよりも優秀だったりするのだろうか?
「感想を言ってくださいよ。もう私は帰ってしまいますよ。」
「今日は一緒に居れて、その、楽しかったよ。」
「……そうですか、私も楽しかったです。でもネックレスの方の感想を聞こうと思っていたんですけどね。ふふっ。」
そう言って顔を真っ赤にしながらそっぽを向いている俺を笑いながらエレノアは帰ろうとしていた。
これからも、こんな自由な日常が続けばいいな。そんな風に余韻に浸ろうとしていると――
「おい、昨日はよくも俺の可愛い弟達を可愛いがってくれたなぁ?」
ごめん、エレノア。折角の雰囲気がぶち壊しにされた。
チンピラ4体が現れた!