第一章6 動き始める物語
いつもの様に、生成した銀のインゴットをフローレス商会に売りに行こうとしていたある日の事。
店への近道である路地裏を通ろうとした時、どうやら女の子が複数の男性に絡まれている様だった。
そしてその女の子は顔見知りの人間、一応はフローレス商会でも何度も見かけたことがある店員だった。
これで商会の営業に支障が出たら困るな……路地裏じゃあ他の人の助けも期待出来ないだろうし、助けるか。
まあ恐らく、女の子が知り合いじゃなくても助けたであろうが。何故なら――
「ちょっと! 止めて下さいよ!」
そう必死に叫ぶ女の子に対して
「なんだよ、そんな怒んなくてもいいじゃん。俺らと一緒に遊ぼうよって言ってるだけじゃん?」
「そうそう、俺らと遊ぶと楽しいぜ、ついでに気持ちいいかもな。」
「ギャハハ! その通りだぜ!」
こちらが聞いているだけで恥ずかしくなってくる程下品な連中だったからだ。放っておけば無理矢理にでもいかがわしい所へ連れ込みそうな勢いだった。
見るに耐えんな。自ら厄介事に首を突っ込むというのもいささかの抵抗を覚えるが
「すいません! いつもうちの商会に来てくださっている方ですよね! 助けてください!」
そう言って女の子は俺に気付いて助けを求めてきた。
ならば男として、見過ごす訳にもいかないだろう。
「大丈夫ですよ。助けを求められなくても、そこにいる方達を見過ごす訳にはいきませんから。」
「何だてめえ? 自分が悲劇のヒロインを助けに来た騎士様だとでも思ってんのか?」
「俺達は貴族院の学生だぜ? 手を出せるって言うんだったらよー、やってみろよ。」
「俺達はエリート集団なんだよ!」
貴族院がエリート? 何を言っているんだこいつらは。
「そうですか、でも迷惑そうですよ? 消えてください。」
俺がそう言うと、激昂して俺に殴りかかってきた。
って遅過ぎやしないか? フェイントも無いただの直線的な攻撃だ。これでも本当に貴族院に通っているのか? まさかスキルの稽古しかしていない、という事なのか? とにかく、弱過ぎるぞ。
別に俺は魔力で強化していない限りは大した身体能力でも無い筈なのだが……
殴り掛かってきた男の拳を避けながら、バランスを崩したその男の腕を掴み足を前に出す。すると男はクルクルと回転して首から受け身も取らずに叩きつけられた。
……今の当たり方は少しやばそうだったが、大丈夫だろうか。
それを見ていた残った男達は更に激昂し、腰に下げている剣を抜いた。
そしてその剣で、何の躊躇いもなく斬りかかって来る。こいつもしかしたら人殺しなんじゃないか?
だが、降り下ろされる剣もまた、直線的な攻撃であった。
それを避け、懐に潜り込み手刀で手首を打ち剣を手放したところで腹に向かって拳をねじり込む。するとこいつは腹を押さえる事すら出来ず、ただの一撃で倒れ込んだ。
残った一人も剣を抜き出してはいるが、先ほどの俺の動きを見て少しは学習したのだろう。突っ込んでは来なかった。
「《多重鉱物生成》」
手のひらに、鉄の玉を生成し、それを適度な速さに調整しながら投げつける
すると一部当たり所が悪かった様で、泡を吹き出しながらと白眼を剥いて膝から崩れ落ちた。
いや、これ当たり所とかじゃなくて、怯えによる気絶か?
何にせよ、スキルを使ってくる事が無くて良かった。本当に貴族院の学生なのか?
男達を無力化した後に女の子の方を見ると唖然とした様子でこちらを見ていた。
「えっと、大丈夫でしたか? 怪我とかは?」
「え、えっと、大丈夫です! あの、お客さんこそ大丈夫ですかー? 剣で斬られそうでしたけど……」
さっき助けを求めた女の子がそう答える。ちょっとおどおどしているけど、近くまで来てから初めて気づいた。この娘、物凄く可愛い……髪の毛もめっちゃ綺麗だし、いい香りがするし――
「あ、あの!」
「おっと、可愛すぎて見惚れていたようだ。いけないいけない。」大丈夫ですよ。
セリフと心情が逆になってる!! やばばばばばば! 間違えて半分告白みたいになっちゃったよ!! いや、寧ろナンパだよ! 何やってんだ俺!!
「え、えっと、あ、ありがとうございます。私もお客さんの顔、ずっと好みだと思ってましたよー。」
少し顔をうつむきながら、顔を赤面させていた。あれ? もしかして割といい感じ?
「あ、ありがとうございます。……あの、今のは無しでお願いしていいですか?」
「えー、どうしよっかなー?」
少女は俺の顔を覗き込むように近付けて、俺を少しからかってきた。可愛い。
だが流石にこの謎告白をあった訳にするのは不味い……ここは話を戻して乗り切ろう。
「俺も無傷でしたよ。大丈夫です。」
「……そうですか、それは良かったです。今日もフローレス商会へ行くんですか?」
「はい。今日も売りに来ました。」
「じゃあ一緒に行きましょうよ。」
「そうですね。」
俺の人生は、緩やかに動き始めていた。