第一章5 自覚
俺は、絶望の中、街を何の宛も無く彷徨っていた。
俺のスキルはただ石ころを生成するだけのスキルだ。それでも、生活していく為には金を稼がなくてならない。一応の支度金として、一週間は食べていけるだけの金額は持っているが……
今となっては思い出したくも無いが、兄上に聞いたことがある冒険者ギルドという所に訪れてみれば良いのだろうか。
一応貴族院には入れないまでも、それなりの才能のある者が魔物退治やらその他面倒事を引き受けるよろず屋といった施設らしい。そこで、日雇いの仕事でもすれば、これからの生活でも困ることはないかもしれない……
しかし、そんな事では結局みすぼらしい一生を終えるだけでは無いのか?
そんな事で自分の人生に満足する事が出来るのだろうか?
今の俺は、一体何をしたいと思っているのだろうか?
少しだけ、落ち着く時間が欲しい。休める所が欲しい。あの家族に、復讐もしたい。
でも、それよりも何よりも、何のしがらみにも囚われないで、自由に生きていきたい。
折角リヒター家から追放されたのだから、いい機会だ、ゼルディン・リヒターとしてでは無く、ただのゼルディンとして、家族や使命感、責任、地位、そんな下らなくてちっぽけで、空虚な物に縛られたくない。俺がやりたい事をするんだ。
そして、自由に生きる為には力が居る。権力者に縛られずに、周りの人間に縛られずに、己の力一つで、何者をも退けられる程の力を。
だからこそ……《鉱物生成》なんていう今は何の価値も無い、下らないスキルを成長させなければならない。
確かに今は石ころを作り出すだけの、何の価値も無い外れスキルには違いない。だが、破門されてから段々とこの《鉱物生成》というスキルの本質を自覚し始めていた。いや、正確に言えば、実技試験に向けて鍛錬をしていた頃からかもしれない。
《鉱物生成》で作り出せる鉱物の大きさも、硬さも、魔力次第で調整する事が出来る。
つまる所、俺のスキルの練度次第で、石ころを作り出すだけでは無く、鉱物生成という名前からも分かる通り、自分の意思で好きな鉱物生み出すスキルなんだ。
きっと、鍛錬をしていけば好きな様に好きな鉱物を生成出来る様になる。きっと、散弾を作り出す事が出来た様に。刃だって、鎧だって作れるようになる筈だ。
そして自由自在にこの《鉱物生成》を使いこなせる様になれば、自由に生きていける筈だ。
だから、俺は自由の為に強くなる。そう決心した。
それからという物、俺は一心不乱にスキルの鍛錬を始めた。まず一週間ほどして、質が悪く不純物が入り交じる銅を作る事が出来る様になった。
そしてその日から近くにあったフローレス商会に行って、その粗銅を金にして、今まででは考えられない程の質素な家を借りた。
そこで毎日、死に物狂いで鉱物を作り続けた。すると日を経るごとに段々と、一日に作る事が出来る鉱物の量は増加していき、それと同じように、銅の純度も増していった。
最初は大小の鉱物を生成出来るようになっただけだったが、段々と球状以外の形を形成出来るようになり、次第に自分が想像した様な形に近い物も生成出来る様になったいた。
直方体のインゴット状にして商業ギルドに売ることで、3割増し程度の金額で買い取って貰える様にもなった。
そして、刀剣を作成してみようと試みたのだが、これはまだ早かった様で、刀剣の形に似た鈍器を生成する羽目になったが……
そして半年程が経過し、次に銀を作る事が出来る様になった。その頃からフローレス商会から受け取る収入はかなりの物となり、俺の生活は随分と余裕が出てきていた。そして、その頃から流通量を制限する事にした。
大量の銀を売却するのは値崩れを起こす危険性があり、もしそうなってしまうと今の俺の生活が継続出来なくなるからというのが一つ。
そして二つ目、寧ろこちらが主な理由だが、いくら何でもどこにも行かない男がどこからともなく大量の鉱物を売却しに来るというのは怪しいと思ったからだ。
怪しい、というよりは《鉱物生成》の事がバレる事を恐れていたのだが。
俺が魔力を使用するだけで大量の鉱物を生成出来ると知れば、必ず俺の能力に目を付けた権力者が現れるだろう。そしてもしそいつが俺を閉じ込めて、延々と金属作りをさせられる事になれば、俺の自由は損なわれる。
という被害妄想をしたからだ。今の俺は金のなる木だ。そう思う者が出ないとも言い切れないだろう。
別に金を稼ぐのは嫌じゃない。しかし、俺の意志に反して金を稼ぐというのは違うと思う。だから、それを避ける為に銀よりも高価な金属を生成出来るようになったとしても、それは市場に流さないように決めた。
そして三年の間、修行を続けた結果、自分が思い描いた物をそのままに、自由自在に鉱物の形を形成出来るようになった。鉱物の金属の比率も自由に変化させる事が出来るようにもなった。
貨幣としての価値が高い金、魔力の流れをそのままに伝導する事の出来るミスリル、最高の硬度を示すアダマンタイト、神話の中にのみ存在するとされていたオリハルコン。
そう言った物を作れる様になった頃、俺は完全に自覚した。
落ちこぼれだと思っていたが、寧ろ選ばれた人間だという事を。
俺が確かにどうしようもなくリヒター家の人間だという事を。
今の俺なら、兄様達が俺を無理矢理リヒター家に戻しに来ようが、この国が総力を上げて俺の自由の邪魔をしようが、確実に退ける事が出来る。
自由自在にいくらでも武装を生成出来る。その気になれば、この国の上空に巨大な鉄の塊さえも生成出来るだろう。
ロークレイン先生に教わった魔力による身体能力の強化方法を使えば、圧倒的な身体能力も獲得できる。先生が行ったように地面へ正拳突きをしたら、地割れが出来てしまう程だった。
これから俺は、俺が思うままに自由だ。
復讐をしたければ、復讐が出来る。金を稼ぎたければ、いくらでも稼げる。
だからこれからはゆったりと生きていこう――利己的な人助けでもしながら。