第一章14 兄弟
朝、俺が外の喧騒に気付いて様子を見てみると、魔術師団が集結していた。……これは、どうすればいいのだろうか? 街中で戦闘なんて行って大丈夫なのか? いや、大丈夫な筈がない。それに、フローレス商会にもろに被害が及んでしまうだろう。そうすればこの店は――確実に破壊されてしまう。
俺一人が出ていって、それからこの店を丸ごと鉱物で覆い尽くすか? いや、それでもそんなに持ちこたえる事は出来ないだろうし……
「ゼルディン・リヒター、お前を国家反逆罪の罪で逮捕する! 速やかに投降しろ!! さもなくば、ここら一帯が火の海となるだろう!!」
そんな風に考えていた俺にしてみれば、願ってもない話だった。投降する事を勧めてくれる、しかも俺一人だけでいいと言う。エレノアもフローレスさんも、危険な目に遭う心配は無い。
ここに残して行くのが、恐らく一番安全な筈だよな……?
っていうか、何で名前も場所も割れてるんだ……リヒターまで出てるじゃん。そういうスキル持ちの人がいるのか? 絶対に貴族院に入学出来なさそうだから魔道具なのか?
取り敢えず、エレノアもフローレスさんもまだ眠っているし、起こさない様に出ていこう。
「ゼル君……行っちゃうんですか? 私も一緒に行きましょうか? もしも死ぬなら一緒に――」
……何だ、起きてたのか。そんな不安そうな顔されても、今の俺には何もする事は出来ない。
「死ぬなら一緒になんて言わないでくれよ。それよりも帰ってきたら一緒に――」
エレノアは、別に俺と結婚している訳でも無いのだから、これ以上先の事を言う訳には行かない。俺一人が行くのだから、もし死んだとしてもそれで終わりなんだ。
「大丈夫だよ、序列2位でさえ瞬殺だったんだから、宮廷魔術師が何人掛かってこようと返り討ちにして、向こうが謝ってくるくらいボコボコにしたら、また戻ってくるからさ。エレノアはそんなに不安そうな顔しないでくれよ。」
完全に空元気だった。それでも俺が行かないとここにまで戦火が及ぶことになる。そうしたらエレノアまで死んでしまうかもしれない。そんな事を考えてしまえば、ここに長居する事なんて出来きる筈も無かった。
「……そうですね、じゃあ私は二度寝でもする事にします。いってらっしゃいのチューでもしてあげましょうか?」
……そんな事をされたら、一人で行くのが怖くなりそうだよ。エレノアと離れる事が出来なくなってしまうよ。正直カザンが最後に使おうとしていた技ですら発動していたら防げたかどうかも分からないのに――
「それは俺が無事に帰ってこれたらお願いするよ。」
だから、俺は出来る限り平静を装い、エレノアの表情を見ないようにして、後ろへ振り向いた。
そして、後ろから優しい匂いと心地よい温もりが感じられた。
「告白するって約束、絶対に忘れないでくださいね?」
「出来る限り、いや、必ず守るよ。」
もう既に、告白している様な物だけれど。それでもエレノアとのこの約束は何があっても守ろうと思った。
でも正直な気持ちを吐露しても良いのなら、今すぐにでも逃げ出したい。ああ……ロークレイン先生、助けに来てくれないかなー。怖いよ……。ロークレイン先生なら今の俺よりも魔力量は多そうだったし、ずっと俺の味方だって言ってたし……ってそんなこと考えても仕方がない。
覚悟を決めろ。帰ったら、エレノアに告白をするんだ。
よし行こう。
俺が外に出て行くと、道のど真ん中には豪華な馬車が置かれていた。そしてそれを取り囲むように魔術師団の団員が横に待機していた。これに乗れってことか。処刑場にでも連行するつもりなのか?
「ゼルディン・リヒターだな?」
魔術師団の団員であろう深くフードを被った二人組の男達は俺に近付いて来てそう言った。
「そうだ。」
「お前をこの馬車で王宮まで連行する。乗れ。」
ぶっきら棒に団員はそう言うと、馬車を乗り込んで行った。そして俺も後を追うようにして馬車に乗り込んでから、暫らくすると男達は動き出した。
その団員達はおもむろに、深く被っていたフードを上に上げて、その顔を覗かせた。
「やあ、ゼル、随分と久しぶりだねー。元気そうで何よりだよー。」
一人は俺の兄、いや元兄のバルディン・リヒターだった。3年前に見た時から、全然変わっていなかった。そして、その事が寧ろ変わざるを得なかった俺とは対照的に感じられて、癪に障った。
「今更どの面下げて、俺に会いに来たんだよ!? ぶち殺すぞ!?」
「何を言っているんだい? リヒター家から追放されたって、ゼルは僕の大切な弟である事は変わらないよ?」
……俺を追放する予定だった時に、そんな素振りを俺には全く見せなかった癖に! 追放される事に賛成していた癖に! 俺は、胃が煮えくり返りそうなのを抑えて、馬車が到着するのを待っていた。
「別に恨む事を咎めようとは思ってないよー? 君の立場からすればそう思うのも無理はないからねー。」
「お前が俺を見捨てておいて、今更そんな事を言う資格は無えんだよ!! お前のその声を聞く度に虫唾が走るんだよ!! ぶち殺すぞクソ兄貴!!」
「あははは、血気盛んになったんだねー。僕はゼルがカザンさんを瀕死に追いやったって聞いて嬉しかったんだよー? ゼルがそこまで成長するなんて!! ねえ、これからでも兄弟に戻るつもりは無いかい? そうしてくれたら――」
俺が使えそうになったからら今更兄弟に戻ろうってか!? そんな事を許す訳が無いだろう!? いつもは、俺に優しそうに接しておいてよ、裏では俺を落ちこぼれって見下していたんだろ!?
「もういいからさ、お前は黙れよ!? 今ここで殺されてえのか!?」
「……もうあまり時間は残されていないようだし、説得は失敗かなー。ごめんねゼル、これから僕達はゼルの処刑を任されているんだ。ゼルの力が本物なら、まあ何とかなるでしょ。さあ、行こうか。」
バルディンがそう言うとほぼ同時に、馬車は止まった。王城に着いたのだろうか、ここはだだっ広い広場なのだが。馬車から周りの様子を見渡すと、周りには大衆が集まっていた。大方、俺の処刑を触れ回っておいたおいたのだろう。
そして、一人の男が迎えに来る。
「失敗しちゃったよー。てへっ。」
「おい、バル、今は職務中だ、私情を挟むな。ゼル、出ろ。」
……その男は俺のもう一人の兄弟、メルビンだった。
言われた通り俺が外に出ると、明らかに王様と言った格好の男と、二人の魔術師団員が立っていた。魔術師団員と言っても宮廷魔術師であろうが。何故なら二人の後ろにはそれぞれ隊列している魔術師団が控えており、その内の一人であるカザンが遠くから俺を見ていたからだ。
「やあっ! ゼルディン君っ! 半日ぶりの再会だねっ! 安心しなよっ! 今の僕はグランロイスと同意見だからね! 存分に示しなよ! 民衆にっ! 兄弟にっ! 魔術師団にっ! そして国王陛下にっ! 君の力を誇示するんだよっ! 実力を見せつけてあげるのさっ!! そして全てに認めさせるんだっ! 君という素晴らしい天才の誕生を! 如何に貴族院の教官達が愚かな行動をしてきたのかを! 結果だけが全てなのさ! この3年間の想いもぶつけるのさ! 気に入らない兄弟を殴り飛ばしてみようじゃないか!」
カザンが生きている事には何故だか、何も違和感を感じなかった。体も完全に修復されている様だった。そしてそれを見ても、やはり、としか思わなかった。それでも、カザンが何を言っているのかはさっぱり分からなかった。グランロイスって、誰だよ。こいつの上司か何かか? 少なくとも、王様の名前では無いはずだ。
「ふむ、状況が良く分からないが、まあグランロイスが言うのだから、適当に任せておけば、万事上手く行くのだろう? 今から国家反逆罪を犯したゼルディン・リヒターの処刑を執り行う。処刑人はその兄弟、メルビン・リヒターとバルディン・リヒターである!」
物凄い無能感漂う王様は、そう言って俺の処刑を宣言した。言い方から察するに、他人任せに俺の処刑を決めたのか? そんな適当に人の命を……それも、王の権限か。
「お前は大人しく処刑を受け入れるつもりは無いのだろう? なあ、ゼル?」
メルビンは、そう言って俺の前に立ちはだかった。昔は憧れの存在で、到底太刀打ち出来ないと思っていたけれど――
「僕はゼルの事を信じているから、周りに被害が及ばないように舞台を用意してもらったんだよー。」
バルディン兄さんは俺に優しくて、こんな風に対峙する事になるとは思っていなかったけれど――
それでも、俺がこの二人を倒せば、この騒動は終わってくれる。そんな確信が俺の中にはあった。だから――
「魔術師団第四師団、師団長、宮廷魔術師序列4位 豪雪のメルビン。」
「魔術師団第五師団、師団長、宮廷魔術師序列5位 閃光のバルディン。」
「「参る!」」




