逆さ虹の出る森 〜嘘と真実はひっくり返る〜
むかしむかし。
山奥に一つの、大きな森がありました。
そこにはいろんな動物達が遊んだり、喧嘩したり。
いろんなことをしながら、それでも楽しく暮らしていました。
けれどある日を境に、その森は『逆さ虹の森』と呼ばれるようになっていました。
なんでも空に浮かぶ虹が、逆さまに見えるのだとか。
その珍しさに、珍しい虹見たさに多くの人がその森を訪れましたが、無事に帰ってきた者はほんの少しだけでした。
しかもその人達は声を揃えてこう言うのです。
「あの森で嘘を見抜かれてはいけない」
さぁ、今日もその森でのお話を紐解きましょう。
嘘が真実に、真実が嘘となるその森のお話を。
はじまりはじまり。
◇◆◇◆◇◆
「あった……きっとここだ」
ある、晴れた日の事。
一人の、可愛らしい少女がーーー。
「可愛らしくなんてない!!」
っと、待ってください。
地の文に突っ込まないでくださいよ。
端から見れば怪しい人ですよ、あなた。
「くっ……」
こほん、気を取り直して。
森の入り口にたどり着いた一人の可愛らしい少女がーーー。
「だから可愛らしくなんてないって!!」
…………。
一人の少女がおりました。
これでいいですか?いいですね?話進めますよ?
はぁ、まったく。
近頃の若者はこれだから……。
(一体誰のせいだと……!)
おっと、怖い怖い。
そんなに怖い顔で拳を握らないでください。
ともあれ一人の少女が森の入り口へとやってきておりました。
その森は近頃『逆さ虹の森』と呼ばれていて、不思議な話がいくつも聞こえてくる、そんな森でした。
「とにかく、ここを抜けることができればきっとお母さんも……」
どうやら少女はここへ願いを叶えにきたようです。
お母さんの願いを代わりに叶えてあげるなんてなんて健気な……。
しかし、ここは『逆さ虹の森』。
噂では「嘘を見抜かれてはいけない」ようですが、大丈夫でしょうか。
「大丈夫、そのために準備もしてきたから……」
そうですか。
おっと、そんな話をしているうちに何かが近づいてきますよ?
「やぁお嬢さん、こんなところで何を?」
「えっと、僕は……」
話しかけてきたそれは、黄色い毛に三角の耳を持つ、狐と呼ばれる動物でした。
「願い事をしにきたんです」
「願い事……ですか」
「はい。ここに願いが叶う池があると聞いて」
「ふむ……なにやら込み入った事情があるご様子。ここで会ったのも何かの縁です。どうでしょう、せっかくなのでお手伝いさせてもらっても?」
「いいんですか?」
「もちろんですとも。私、この森には詳しいのでね。池までご案内させていただきますよ。ささ、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
そうして歩き始める狐を追いかけて少女は歩き始めます。
こうして少女の、森でのお話が始まるのでした。
◇◆◇◆◇◆
「ところでこの森には他にどんな子がいるの?」
「そうですねぇ、いろいろいますけれど……お、ちょうどあそこにいるようですね」
「え?どこどこ?」
少女は目をこらしますが、狐が指す先には木しか見えません。
しかし、しばらくじぃーと見ていると。
がさっ!
「ひゃ!」
「うわわわわ!!」
少女と同じタイミングで、少女より大きな悲鳴が聞こえてきました。
ついで、木の陰からその声の主が転がり出てきます。
「だ、だいじょうぶですか!?」
「こここ、来ないで!!」
駆け寄ろうとした少女でしたが、その手前で引き止められてしまいました。
転がり出てきた声の主が大声で止めたからです。
もっとも、その声は悲鳴にも近い声でしたが。
「相変わらずですね、クマ吉さん……」
「くまきち?」
「ええ、彼の名前です。ご覧の通り臆病ではありますが……立ち上がるとそれはもう大きな熊なんですよ」
へー、と軽く頷いてから、少女は手を広げて熊……クマ吉へ近寄りました。
しかし、それと同じだけクマ吉は後ろへ。
それを何度か繰り返してから、ようやく少女は諦めて、その場で話しかけます。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ほら、僕は何も持ってないよ。怖くないよ。」
「…………」
自分の安全を訴える少女でしたが、クマ吉もなかなか信用できません。
というか、手を大きく広げたまま近づいてくるって、やばいですよね。
完全に子供をさらう不審者でぶっちゃけ怪しーーー
「あ”あ”ん?」
おっと怖い怖い。
でもいいんですか?
そんな風に睨みつけたりなんかすると……。
「ひっ!!」
「あっ!待っーーー」
あーあ、行っちゃいましたね。
かくして、飛ばされた鋭いガンを、自分に向けられたと勘違いしたクマ吉は一目散に森の奥へと逃げてしまうのでした。
「『しまうのでした』……じゃないでしょうが!」
「お、お嬢さん?」
ほら、隣にいる狐も不思議そうに見ていますよ?
笑って笑って。
「くっ……」
少女はまたも拳を握りますが、その手はどこへ振り下ろされることもなく、手を開きました。
「ごめんなさい、ちょっと戸惑っちゃって」
「そうですか?……ふむ、まぁいいでしょう。では先へ向かいましょうか」
結局、少女は狐に怪しいやつだと思われてしまうものの、そのまま案内の通りに泉へと向かうのでした。
◇◆◇◆◇◆
「おや、着いたようですね」
「ここは?」
歩くこと少し。
少女と狐はひらけた場所に出てきました。
しかしそこは少女の行きたかった泉ではありません。
「ここは池の周りなんですよ。その池を取り囲むように、このような木の根が広がっているのです」
狐が手で示すのは確かに木の根です。
それが地面を覆い隠すように広がっていました。
「さ、足元に気をつけて。ここを抜ければ池まですぐですよ」
ぴょん、と木の根に乗った狐は少女を気遣いながらも奥へと進んで行きます。
少女は言われた通り、足元の根につまづかないよう気をつけながら、狐の後を追いかけました。
少し歩いた頃。
「ところでお嬢さん。あなたは嘘をついたことがありますか?」
「嘘、ですか?」
「ええ」
振り返らないまま、狐が突然そんなことを尋ねてきました。
少女は首を傾げながらも、考えます。
そして口を開きーーー
「あります」
「ほう?」
はっきりとそう口にしました。
その答えが意外だったのか、狐が振り返ります。
「お嬢さん、言い忘れていましたが、ここは『根っこ広場』といいましてね。ここで嘘をつくと根っこに捕まってしまう、それはそれは怖い場所なのですよ」
「そ、そうなんですか!?」
まるで脅すような口ぶりに、流石の少女も驚きますが、それでも少しするとまた前を向いて。
「それでも僕の答えは変わりません。僕は嘘をついたことがあります」
そう言い切りました。
次の瞬間。
シュルシュルシュルーーー
木の根が動き始めました。
あー!危ない、そんな!少女があられもない姿に……!!
縛り上げてどうするつもりですか!?もしやあんなことやこんなことまでやっちゃうんですか!?
「素晴らしい!!」
「え?」
え?
伸びてきた根っこは少女を縛って吊るす、なんてこともなく。
よく見れば奥に続く道ができていきます。
どうやら道を開くために場所を移動しただけだったようです。
「ええ、ええ。この場所で何人も聞いてきたのですけど、皆さんこぞって嘘をつかれるんですよね」
嬉しそうに。
本当に嬉しそうに狐は言います。
まるで、ずっとその答えを待ち望んでいたかのように。
「えっと……?」
「おっと失礼しました、お嬢さん。ちなみに、どうして『嘘をついたことがある』とおっしゃったんです?大抵の人は『ない』とお答えになるのですが……」
不思議そうな顔で狐が聞いてきます。
もちろん狐の表情がわかるわけではないので、そのように見えるだけですが。
「僕は、ずっと前に嘘をつきました。だから、だと思います。もう嘘はつかないとました」
「それはそれは……。素晴らしいお考えだと思います」
にっこりと、微笑むようにして。
そのまま、狐はくるりと振り返りました。
その視線の先には、さっきできた道。
木の根っこが絡まって通れなかった場所です。
「そのお答えが聞けたならば大丈夫でしょう。ささ、池まではもう少しですよ」
「……?はい」
狐のこの行動に、少しの違和感を覚えながらも少女は狐と一緒に、その道を通り抜けます。
通り抜けると今度こそ、池の水が流れる音が聞こえてきました。
◇◆◇◆◇◆
「そういえば、お嬢さんはドングリをお持ちですか?」
「どんぐり?いえ、持ってないですけど……」
「なんと!それはいけない。池にはドングリを投げ入れて初めて願いが叶うのです」
なんと、池にドングリを投げ入れないとダメなんですか?
しかし少女はドングリを持っていません。
ここまでか……。
「そんな簡単に諦めないでよ……。狐さん、何か方法はありませんか?」
「ええ、あるにはあるのですが……」
「だったら探しに行きましょう!どこにあるんですか?」
「いえ、落ちてはいないのです」
落ちていない?
どういうことでしょうか。
まさか、そういう謎かけなのでしょうか。
「……どうせ、そこで見ているんでしょう?出てきなさい」
突然、狐が空中に向かって話し始めました。
ええ……。
ここには空中に話しかける人たちばっかりですか?
「おいおい、バラさないでくれよ狐の旦那」
「うわぁ!!」
「へへ、驚いたかい?あらよっと」
そう言って降りてくるのは一匹のリスでした。
「はぁ……あなたも相変わらずですね」
「そりゃ、俺は俺だからな」
そう言ってのけるリスが手に持っているのは。
「どんぐり!」
「お、これかい?……ああ、そういえば持ってないって言ってたな」
自分の手元を見たリスはニヤリと笑い、そして。
「いいぜ、くれてやっても。けど一つ取引だ」
「取引?」
「ああ、一つ聞きたいことがあるんだ」
◇◆◇◆◇◆
「……と、ここまでが今回のお客さんだ」
「むぐむぐ……」
「って、聞いてるのかよ蛇の旦那」
「ん?ああ、聞いてるさ。だが問題ないんじゃないか?」
「へ!でもよぉ、なんだってこんな奴がここまでこれたんだ?」
「おや、アライグマさん。あなたが意見するなんて珍しい。何か気になることでも?」
「べっつに!ただ気にくわねーだけだ」
「私はいいと思いますよ♪」
「ほう、コマドリさんは賛成っと。あ、もちろん私も賛成です」
「俺も反対しねーよ。聞きたいことも聞けたしな」
「さて、では最後にあなたの意見もお聞かせ願いますか?クマ吉、いえクマ様」
「その『様』というのはやめてくれないか?」
「もうしわけありません。ですがこれが私の喋り方ですので。何卒ご容赦いただければと」
「その話し方をやめろと言っているのだが……。まぁいい。最初の答えだが、俺も賛成だ。そもそも、誰一人として今回の『嘘』が何かわかっていないのだからな。アライグマも本気で反対はできないだろう?」
「けっ、おみとーしかよ」
「では、会議はここまでにしましょう」
「ああ、あとは万事頼む」
「おまかせあれ」
「「「『逆さ虹の示すままに』」」」
ーーーある会議の記録より
◇◆◇◆◇◆
「お嬢さん。お嬢さん、起きられますか?」
「んん……。あれ、寝てた?」
「ええ、それはもうぐっすりと」
少女が目を覚ますと、そこは池のほとりでした。
手にはさっきリスからもらったドングリが握られています。
どうやらここにくるまでに疲れて、眠ってしまっていたようです。
「では、最後に池での用事を済ませましょうか」
その一言に、少女は立ち上がり手の中のドングリを握り締めます。
これを投げ入れて願えば、それが叶う。
病気で苦しんでいるお母さんを助けるができる。
そう思った少女は、ドングリを池に投げ入れーーー
「ですが、少しばかり謝らせてください」
「っと。っとっとっと!」
投げ入れようとしたところで狐からそんな風に声をかけられました。
少女は転びそうになりながらも、なんとか立ち止まることができました。
「なに?」
「ええ、実は少し間違って話が伝わってしまっているようでしてな?そこを勘違いしたままだと少しばかり不都合があるかと思いまして」
そう言いながら手招きする狐に従って、少女は耳を近づけます。
そうして。
「実は、池に願ってその願いが叶う、ということはないのです」
「な……!?」
「落ち着いてください。順に話しますから」
驚いて立ち上がりかけたところで、狐が前足を肩に乗せて止めました。
そのまま話し始めたのは、この池のこと。
どうしてこの池が『願いが叶う』と言われたのか、でした。
「この池、いえこの森は、嘘に敏感になっております。それは何も嘘をつく人間をいれない、と言った意味ではありませんが」
あなたも嘘をついたことがありましたよね、と聞かれ少女は頷きます。
ここにくる前にも、そしてここに入るときにも。
少女は嘘をついているからです。
そもそも、この森に入る条件が『嘘をつく』ということでした。
「ですから私たちも試すのです。そうして私たちがあなた方の嘘を見抜いたとき、その者は永遠にこの場に閉じ込められてしまう」
それが、この場所から帰ってくる人が少なかった理由でしょうか。
「ですが、私たちにあなたの嘘がわからなかった。だからこそ、あなたはここに至れたのです。……ですが、この池も例外なく、嘘に関わっております」
『願い』ではなく『嘘にしたいこと』を叶えるのだと。
「ですから、もし間違って『普通に楽しく生きたい』などと願ったりしますと『普通ではなく苦しく死ぬ』となってしまいます。くれぐれも、お気をつけください」
「『嘘にしたいこと』……」
そう言われてしまっては、考え直すしかありません。
少女がしようとしていたのは、まさしくそれに類する願い事だったからです。
普通に『お母さんが元気になりますように』と祈ってしまえば、最悪その真逆、一生治らないことだってありえてしまいそうです。
「大丈夫です。これならいけます」
「そうですか……では、どうぞ」
そうして今度こそ、少女は池にドングリを投げ入れます。
お母さんの状態が悪いことを、一心に思いながら。
「あ、逆さ虹……」
少女がドングリを投げ入れて願いを思ったと同時。
空には、それは綺麗な虹。
それも逆さまにしたような綺麗な逆さ虹ができていたのでした。
◇◆◇◆◇◆
その後。
無事に少女のお母さんは元気になりました。
ところで、少女がついていた嘘はなんだったんでしょうね?
「ああ、それ?……こういうことだよ」
そう言って少女は、頭から髪の毛に見えていたウィッグを取り外します。
ずるりと取れたそのウィッグの下からは元気そうな短髪が。
ついで少女は顔を拭います。
その顔からはメイクがごそっと落ち、活発そうな顔が現れます。
そう、少女ではなく、少年だったのです。
「いつ気づかれるかとヒヤヒヤしてたけどね。いやーよかったよかった」
そう言って少女、いえ少年は元気に走り出します。
元気になっているはずのお母さんの元へ急ぐために。
かくして、少年の本当は嘘となりました。
しかし、お忘れではありませんか?
そう、この森は『真実が嘘となり、嘘が真実となる』場所。
たった今少年の真実は嘘となったのですが、その逆は……?
なにやら気になりますが、今回はここまで。
ひとまず、めでたしめでたし。
初めての方もそうでない方もこんにちは。
Whoです。
「童話」というジャンルは『児童向け』といったものではなく、こういった『少し不思議』ぐらいの感覚でやっております。
なので、児童向けかと言われると怪しい、というよりも無理がある内容ではありますが、そこはご容赦を。
グリム童話なんかは相当にグロかったはずですし……。
あれを児童用とするのはかなり無理がありますしね。
さて、今回の話ですがネタ自体は去年に考えついていました。
が、なかなか披露する機会もなく今回のこととなりました。
また、勝手な解釈で「童話」は想像の余地を残すもの、としているのでこれを読んでいただけた方が、その後を好きに解釈していただければと思います。
動物たちもまだまだ謎だらけですし、最後にどデカイ前振りも残して起きましたし。
そうやって、想像したものをどこかで拝見できれば、それはもう嬉しい限りです。
もちろん、読んでもらえただけで望外のことではありますが、感想などありましたらぜひお聞かせください。
ではでは。