幸福と不幸
アルビオンより乾燥した場所、土が含んだ風が肌にいたい。
「約半年ぶりだねえ、オルレアン。」
オルレアンのラロシェの港町に、父エリオットとオルレアンの聖女のマリアンと共に戻ってきた。あのノースリリーの戦いの後、エリオットSr.と一定の和解をすることができたので、ディアナもシューがオルレアンに戻ることを止めなかった。
「か、帰ってきたね!」
「ミス・ホワイト、最近ここは荒れているから気をつけなさい。」
ラロシェの町は元々そこまで治安のいい場所ではないが、どうやらさらに悪化しているようだった。
「既に海賊船1つ沈めた方が何か言ってますね。」
ラロシェの町に到着する数刻前、シューたちが乗っていた船が海賊船に襲われたのだが、イフリートとエリオットSr.があっという間に海の底へ沈ませてしまった。護衛の騎士の長が指示を出している間に、全てが終わってしまって呆けてしまっていたのが可愛そうなくらいだった。彼は40過ぎたというのに、パワフルな男だ。
「貴族じゃあないのに、私なんか狙うかな。」
あははと乾いた笑いをしていたが、エリオットSr.とシューは何を言っているんだと見つめた。
「今の君を見て、一目で平民だと気づく人はほとんどいないよ。」
「え?」
最初の頃の訛りが酷かったマリアンが遠い昔のようだ。まだ1年も経っていないのにここまで見違えるようになったのは、マリアンヌの指導もそうだろうが、彼女自身の呑み込みの良さと努力が良くわかる。
「そう、かな?全然王女殿下にはまだまだだって言われているけど。」
「アンヌは、この国の最高位の女性だよ。比較対象が高すぎるよ。」
「そうだな、私の知る女男爵よりよほど貴族らしいと思う。」
エリオットSr.がいうその女男爵は、もとより貴族の型破りだとは思うが、何とも言えない。
馬車の準備が整うまで、シューはマリアンと従者や護衛を連れて、街の中心の市場に向かった。マリアンヌ、クリストファー、ニーナと歩いて楽しかった記憶で、どうしてもマリアンと共に行きたかった。
「あ、アキテーヌのキャベツが売られているよ!」
「本当だ、マリアンのいた村の農作物…ではないか。」
「そういえば、シューたちが来た後、病気の人が減ったんだって!こないだお兄ちゃんが一度帰ったときのことを手紙で教えてくれたんだ。」
夜、誰かに頼まれたわけでもないし、元凶らしき男を殺した。その結果がどうなったかを全くシューは知らない。無意味だった可能性もあったが、なにか変わったのであれば、あの時命を奪った意味も出てくる。
「そうか、よかった。」
潮風がシューの帽子を撫でた。
マリアンがふと足を止めて、とある露店を覗き込んだ。様々な魔石が使われたアクセサリーや短剣たちだった。
「はあ、綺麗だなあ。」
どれも安物だが、マリアンが楽しそうに見ているのに水を差すことができずに黙っていた。
「姉ちゃん、冒険者か?役に立つぞ。」
価格帯も物のランクも、「はじめての冒険者」クラスだ。確かに効果は多少なりともあるが、シューがマリアンの為に描いた魔術書の方がよほど効果ありそうだ。
「ええっと、お金が無いからごめんなさい。」
「なんだ、冷やかしかよ。」
帰った帰ったと店主はすげなく手で追っ払った。マリアンの生活費はオルレアン王家から出ているし、身に着けているものも全て王家もちだ。彼女が自由にするお金はないのだ。「イールゥイから買った方が、もっと良いもの買えるし、値段交渉もしやすいよ。」
曲がりなりにもあちらは、貴族をも相手する大商人。こんな露店商では相手にならない。ただマリアンも欲しかったわけではなく、ただ綺麗なものを見いていたかっただけだったようだ。
「いーるいも、一緒だったらもっと楽しかっただろな。」
イールゥイは、シューがノースリリー城に行っている間にオルレアンに行ってしまっていた。シューが約束を破ったから怒ってしまったというわけではなく、オルレアンの王立魔法学院に入学するためである。マリアン曰くシューとちゃんと話してからオルレアンに行きたいと彼の父イーシンにごねていたようだが、決まっていたものを覆すことはできず、そのまま出発してしまっていた。
「マリアンは、イールゥイとすごく仲良くなれたみたいでよかった。」
「うん、イールゥイと仲良くなれたのはシューのお陰だよ。はは、シューが私を見つけなかったら、こんな風に色んな人と会って、色んなところに行くっていうこともなかった。」
「もっと早く君のことを見つけていたら、マルコを助けられた、と悔やまない?」
流行り病でなくなってしまった彼女の幼馴染であり、婚約者だったマルコを失ったのは彼女にも大きかったはずだ。
「うん、もっと早かったらマルコやサラを助けられただろうね。でも、きっと、シューが私を見つけたのはあれが最速だった。そうだよね?」
美代子の記憶を取り戻すのが早ければ、もう少し早かったかもしれないが、過ぎたことを言っても無理だ。
「…君がそう思ってくれるなら。」
「シューもそういうの気にするんだね。」
「マリアンにちょっとでも恨まれていたら嫌だなって思っただけだよ、子供みたいだけど。」
「恨むなんてしないよ。」
露店の端にくくられていた風車がぐるぐると回っていて止まる気配は無かった。
久しぶりの王都に、たかが数か月なのに、数年ぶりに帰ってきたようなきにすらなった。
マリアンがきちんと王宮に帰ったことを確認すると、シューは父とアルバートのタウンハウスに戻った。
「おかえりなさいませ、お父様。それから、シュー。」
どこか疲れた様子のエリオットJr.と使用人たちが出迎えた。
「なにか、あったようだな。」
「ここのところ、民衆の暴動が立て続けに起こったもので。その対処に追われていました。」
それを聞いて、エリオットSr.もうんざりとした表情を隠さなかった。
「物価が高騰したんだろう?ラロシェの街の卵の価格が3倍になっていた。」
エリオットSr.は、帰ってきたばかりだが長男を連れて執務室の方へと向かっていた。
「ふ、フランス革命…。」
世界史は全く得意ではないが、ラッパと軍靴の足音が聞こえてくる気がした。まさかそんなことが起こったら、魔族に対して誰が対抗するというのだ。
「ふらんす革命?」
「気にしないで!」
シューの呟きにカーティスが拾って首を傾げていた。
「そこまで王家は弱体化していないから気が早いし、それが起きたらアルビオンがオルレアンの支配側に回るだろうから、あの世界をなぞるようなことは起きないだろうな。」
オルレアンの現王妃は浪費家でもないし、戦争が重なっていたわけでもない。
次の日にはどうやらアルビオンの食糧支援で物価を戻すことが決まったらしい。アルビオンにとってはオルレアンに対する発言力が強まった事件となった。シューが勝手に恐ろしくなったことは、全くもって無意味だった。
「いやあ、帰ってくるとは思わなかったよ。」
オルレアンに戻ってから2日後、シューはオルレアンの光の神殿にいた。神殿長ポール・クラウスの秘書、アレンはあははと腑抜けた笑いをした。
「もう少ししかいないよ。来年は学院にいくから。」
「お、貴族家にもどるのか?」
「卒業後はアルビオンにいることにしたから。」
「それは寂しいね。」
アレンがへらへらと笑っていたが、しばらくすると表情を硬くした。
「いうか、迷ったんだけど…、ディーン・ターナーが死亡した。」
「…え、ディーンが?」
少年たちのリーダー格だったディーン・ターナーは、神殿で数少ない言葉を交わす存在だった。
「つい先日、王都で暴動があったんだけど、巻き込まれちゃったんだ。」
弟が死んでしまったと、一人で泣いていた姿を、人を治すことができなくて、うつむいていた姿を、知っているから、信じられなかった。
「巻き込まれた、なんて。」
「たまたま実家に行く予定があって馬車に乗っていたんだ。それが原因っぽいんだよね。」
「馬車に乗っていた、だけ?」
「貴族だというだけで、市民にとっては憎悪の対象だからね。」
「治癒魔法の使い手の1人が死ぬだけで、どれだけ損失があると思っているんだ!」
それをアレンに言っても、なにも変わらないのに、つい口にしてしまった。
「本当だよ。本当、困っちゃうよね。」
軽い口調の割に、彼も随分参っているような様子だった。
アレンの顔を見ていられなくなって、窓の外を見ていると前までシューが今いる位置からは見えていなかった墓地の影が映るようになっていた。




