【番外編】公爵閣下の友人様
エリオット・アルバート 次期アルビオン公爵
エリザベス・ノーランド 次期アルビオン公爵閣下の友人
ディアナ・アルバート(旧姓・エンリケ) 後のアルビオン公爵夫人
一話完結のお話ですので読まなくても問題ないです。
エリザベス・ノーランドという少女と出会った日の事はよく覚えている。私が8つになる夏の日だ。我が領地の最高裁判所の中庭で、私より少しばかり年上の金髪の少女が木の棒を持って地面に何か書き連ねていた。その熱心な様子と、薔薇の花が綺麗な中庭の地面に何を書いているのか気になったので、声をかけたのだった。
「なにをしている?」
「んー?」
余程集中していたようで、近づいても声をかけるまでは彼女は私のことを気づいていなかった。艶やかな金髪も丁寧に整えられていて、新緑の季節らしい若草色のアフタヌーンドレスを召していた。顔を上げた少女の瞳は空をそのまま映し取ったように、青く澄んでいた。
「…あら、貴方どこかで見たことあるわね。」
その完璧な容姿には反して、挨拶もなしに彼女はジロジロと不躾に私の顔を観察した。私もアルビオン公爵の後継という立場だったが為に、幼い歳にしては公の場には幾度となく出ていたので、民衆たちも知っているはずだと思っていたが、そうではないと面を食らった。
「わたしは、エリオット・アルバートともうします。」
「ああ、公爵家の嫡男の。私はエリザベス・ノーランド。偉大なヘンリー・ノーランドの子孫よ。あだ名はリズ。」
彼女は私が公爵家嫡男だと知っても、全く興味がなさそうで、それどころか自分の祖先の方が凄いのだというように話した。そして、また再び地面に落書きを始めた。
「これは?」
「凡そ2000年前、太陽の角度から計算して、この世界の広さを計算して出したって聞いて、確かめたくなったのよ。」
「世界の広さをなぜ?」
「この国で管理されているのが、たかだか1.5万キロの2乗程度の大きさよ。それよりももっと大きいの。とっても凄いでしょ。」
それなりに貴族のお嬢様と話した事はあるが、出会ったことのない類の少女だった。
「レディ・ノーランドは、けいさんが好きなんですね。」
「その堅苦しいのやめない?どうせ大人たちは見てないわ。」
「では、リズ?」
「ええ。計算は好きよ。数字になれば何でも分かりやすいわ。」
「すごいけど、めずらしいな。」
私が珍しいと告げてしまうと彼女はピタリと手を動かすのをやめた。
「そうかしら?ちゃんと分母と分子の数を取ってから教えて頂ける?」
面倒くさい人だなと幼い自分も思ったが、それ以上に彼女の興味は止まらなかった。面白くも何ともないはずの数字が、彼女が只管に書いているのは芸術作品を作っているかの如く見ていられた。彼女はその私も物珍しく思ったのか、真剣に見るわたしに手を止めた。
「…あなた、これ見てるだけで楽しいの?」
「とても。」
「あなたも珍しいわね。」
「そうかもしれない。」
「…珍しいというのは、嫌いではないの?」
「次のこうしゃくになるひとは、この100万人もいる民の中でたった1人だ。ほら、めずらしいだろう。」
彼女は驚き目を丸くしたあと、肩を震わせるほど大きな声で笑った。見た目は完璧な貴族の娘であるのに、不釣り合いな豪快さ。けれども、汚いだとか、下品などとは思わなかった。むしろ凄く楽しそうで、私は酷く羨ましいと思った。
ひとしきり笑ったあと、彼女はスカートについた土を払った。
「ああ、気を悪くしたらごめんなさい。所詮ただの裁判官の娘なものですから。」
「ノーランドの名前はわたしも知っている。ジョン・アルバート事件の裁判長だった、アダム・ノーランドが有名で…。」
「その人の話、私嫌いなの。」
巷では、悪徳貴族を断罪した名裁判官として名高い彼女の2代前の先祖の名前を出したのだが、彼女は笑顔を消した。
「何故?」
「ジョン・アルバートの歴史は改竄されていると思われることが多い。彼の領地の結果と彼の罪が合致しないわ。」
「しらべたのか。」
「あまりにもアダム・ノーランドが賞賛されているから、うざったくって。彼は確かに弁が立つと証明されているけれどよ、所詮貴族の犬よ。」
彼女は口を尖らせて、アダム・ノーランドという祖先が如何に口だけの男かというのを論証した。一つは金遣いが荒く、奥方にいつも怒られていたらしいと言うこととその根拠に下男が書いたと言う文献と帳簿の額面の話、もう一つは女癖が悪くて非嫡出子が幾人かいた話とそれを実際に平民の家を訪ねて調べたことなど、彼女も口がよく回る人だった。
「1人でしらべたのか、それを?」
「庭師の息子のデビィに手伝ってもらったから、1人だけとは言えないけれど。」
あまりにもお姫様とは形容し難い少女だが、見た目だけはとにかく整っているリズに協力したくなる男は多いのだろう。だが、それを彼女に言ったら怒られるのは火を見るよりも明らかだった。
その後、両親に呼ばれて私はその場を辞したが、あまりにも不可思議なこの少女のことを話すと、彼らは驚いた。普段あまり感情を表に出さない両親が目を丸くしたのを見て、やはり彼女は凄い少女だと思っていたのだが、その後しばらくしてその時のことを確認したところ、他人に興味を持ち熱弁した私に彼らは驚いたのだという。
勿論その後エリザベスに初めて会った時に、彼女な変わり者ぶりには驚愕したのは間違いない。
私が生まれた国は、オルレアンであると言うのが正しい。古くはアルビオンとして一つの国として独立していたのだが、数十年前から私達人族と敵対する魔族の侵攻が度々起こるようになり、軍事同盟として、形としてはアルビオンがオルレアンの臣下に下り一つの国となった。
一つの国になってもアルビオン人はアルビオン人であり、国のトップはアルバートだと民衆からは支持されていた。そして、何かとつけてはアルビオンとオルレアンはお互い敵対心を燃やしていた。
そんな厄介な土地の領主として産まれたのが、この私エリオット・アルバートだった。私個人としてはオルレアンとの確執に興味はなかったが、彼らのトップとしてはある程度そのような態度をしなければならなかった。
アルビオンとオルレアンが、せめてもう少し仲が良ければ彼女が生き急ぐ理由が一つ減ったかもしれない。
「1週間ぶりかしら。こぎげんよう、アルビオン伯爵。」
「ごきげんよう、レディ・ノーランド。」
ある日、私が1人で勉強をしていたら目の前に彼女が現れた。
「エリオット、今日から一緒に勉強するレディ・エリザベス・ノーランドだ。とても優秀だから彼女と切磋琢磨しなさい。」
普通なら同性を連れてきそうなところを、両親もここまで優秀な人はなかなかいないと女性であるエリザベス・ノーランドを友人として連れてきたのだ。
両親がいなくなると、彼女は貼り付けた笑みをとき、ハァと息を吐いた。
「エリオットも長いからエルと呼ぶわ。」
「リズは変わらないようだな。」
「1週間で変わるなんてなかなかないわ。何読んでるの?」
彼女はアフタヌーンドレスにシワになることすら気にせず、私の読んでいる本を覗き込んだ。
「『経済と魔法』マルクス・グレー?あなた、ずいぶん難しい本読んでいるわね。」
「…あなたに言われたくないが?」
エリザベスがその時持っていた本は、複雑な魔法の原理について書かれた本で、大凡彼女の歳に読むものではない。
「私は興味があるものしか読まないから。経済の本はロマンを感じないのよね。」
「うーん、リズのその魔法原理論よりはかんたんな話だ。」
「本ばかりもつまらないわ。その経済の本でも実験をしましょ。」
エリザベスは私の手を掴むと、街へと連れ出した。流石に貴族然とした恰好からは着替えたものの、視察や茶会など以外で屋敷をでたことがない私はずっと好奇心と不安で心臓が震えていた。
実験をすると言ったが、たがが子供の分際で何ができるとたかを括っていた。
すると、彼女は商売をする言い始めた。
掲げた看板は「魔法で湯を沸かします。無料。」とした。
商売をするのではなかったのか?
結果、来たのは1人か2人だった。私は知らなかったが、庶民の間では湯沸屋は金稼ぎの手段としてはそれなりに知られているものだった。
次の日、彼女は同じ場所で再び看板を掲げた。内容は少し変わっていて「魔法で湯を沸かします。1リットル、1フィル。」
これは湯沸屋の中でも破格の値段だった。それなら殺到するのでは、と勝手に思ったのだが、来たのは3、4人だった。
さらに翌日、彼女はまた同じ場所で看板を掲げる。内容はまた少し変わっていて「魔法で湯を沸かします。1リットル、2.8フィル。」
相場よりほんの少しだけ安かった。結果10人の人が依頼した。
火属性の魔法使いとしては、とても難しいものではないので、依頼されたものに関しては全て同じ程度の時間とクオリティで提供しているが、この現象はとても面白かった。
「どうだった?」
「安ければいいと言うものじゃないんだな。」
「皆大体相場を知っているのよ。だから、安いと裏があるのではと疑う。貴方だって分かるでしょ。」
「確かに。」
彼女は経済の実験と称しては度々私を外に連れ出した。例えば安く庶民の店で買ったものを、貴族御用達の店で売ったらどうなるか、その反対。従者を巻き込んで、大人の男女、子供の男女での売値の違いを試したりもした。
ただ彼女とはそんな勉強ばかりではなく、普通の友人として遊びもした。当時イフリートという精霊と仲良くなったばかりでもあって召喚して、3人で遊んだりもした。
女性とする遊びではない気がしたが、木登りをしたり、木を使って秘密基地を作ったり、身体を使う遊びから、頭を使うチェスやバッグギャモンなどという遊びもした。
「よし、これで終わりだ!」
「イフリート、駒を燃やすな!」
「今度は石で作りましょう。」
自分たちで役を作って新しいゲームを作ったりもした。
あの時、私たちはとても自由で楽しかった。
この時がずっと続けば良いと思っていた。
行動的で口が立つ彼女は、彼女が16歳の頃には貴族の男たちから毛嫌いされていた。それは彼女の父と兄たちにもだった。彼女はなかなか実兄たちを罵ることは少ないのだが、時々分かろうとしてもくれないと口にすることがあった。
というのも、彼女は貴族に多いプライドだけの男をへし折りやすい人だった。とても頭が良く、弁が立つのは更なり、彼女は下手な貴族の女性たちに絡まれないようにと派手な服装をしていたが、元々見た目が良いのでよく似合っていた。プライドだけの男たちからすれば、罵る余地すら残されていなかった。残された道は女性の癖にの単語のみ。
「それを言っても、お金も名誉も手に入らないわよ。どちらかと言うとマイナス。」
そして、それを私はよく利用していた。貴族は口だけは上手いから、私では本性を見抜けないことが度々あるが、下級貴族の生まれの女性である彼女の前ではそうではなかった。優秀な人は、彼女を褒めることはしたり、議論を交わしたりすることはあっても面と向かって罵ることはしなかったからだ。彼女は分かりやすく踏み絵となってくれた訳だ。それを彼女は有効活用だと笑っていた。
彼女は貴族の女性たちに絡まれないように派手な恰好をしていたというが、同じく派手で高位の貴族女性からは逆に絡まれやすかった。
「あなたのような下品な女性、アルビオン伯爵様には不釣り合いですわ!」
彼女たちは私に隠れてエリザベスに言い寄っているようだが、それなりに私は遭遇している。出ては行かないが。悪化することしかしないからだ。
「その恰好、まるで娼婦ですわ。」
「流石にそれを言うならちゃんと娼婦の恰好でも調べて来たら?」
エリザベスが着ているのは胸元がしっかりと締まっているアフタヌーンドレスで、派手ではあるが、彼女にはよく似合っていて大多数が美しく可憐とは思う服装だ。
「まるでって言ってるだけ!例えよ例え。貴女のような常識も清楚さもない女はアルビオン伯爵様の価値を貶めるの。」
「とてもとても残念なことに、私はアルビオン伯爵様に恋したことないわ。恐らくきっと彼もそう。だから、レディ・チェンバレンの恋を応援するわよ。」
それでは、とその場から離れようとするエリザベスを呼び止めようと周りの人間が道を塞ぐが、エリザベスは邪魔の一言で一蹴して火を纏い追い払った。
令嬢たちにバレないように、彼女の後を追った。この時のエリザベスは17歳で、デビュタントした後だった。彼女の親はさっさと彼女を結婚させたくて私の元にもなかなか来なくなっていたので、一言交わしたかった。
「リズ。」
「あら、ごきげんよう。見てらしたのかしら?」
「ああ。もう年齢的にはそう言うふうに見える歳なのだな。」
「エルは朴念仁ね。貴方と出会った時から同じようなことがあったわ。ただ、あの頃よりもっと皆必死ね。」
鬱陶しいと彼女は吐き捨てた。
「皆わたしが鬱陶しい。皆が家の為と自分を磨いて、好きと言うよりも自分たちを生かしてくれる人を探さなきゃいけない。その方が家族全員安定するから、当然よね。とても合理的だわ。だから、好き勝手に生きて、男たちと肩を並べて生きていこうとする私は鬱陶しいのよ。」
「皆必死か。」
「まるで自分は違うとでも言いたげね?」
「余裕でいないと、足元を見られかねん。特にオルレアンに舐められるのは困る。」
エリザベスはそれもそうだと納得していたように思う。しかし、真意は私には分からない。
エリザベスの婚姻話が出てきた時も、彼女が結婚に乗り気ではなかったから反対したわけではない。
私は優秀な研究者を失いたくなかった。探究心の強い彼女を大人しくさせるための、彼女の父と兄たちが用意した結婚相手が、女は女らしくという強い意識の古いしきたりを強く護る古い家だったからだ。
「私は貴方のために生きたくはないの。」
多くの人間が私の事を優先にして生きていたが、彼女が私のために生きていたことなんてあっただろうかと返答ができずにいると、彼女は宣言した。
「自分自身のために生きたい。そして、一番は貴方に、エルに勝ちたい。」
私に彼女はずっと自分のために生きていると思っていたので、今更かと思ってしまった。だが、彼女はとても真剣で、そんな投げかけは出来なかった。
私は16になり、オルレアンの魔法学院に通い始めた。親善という意味もあることで、断れなかったが、公爵の後継ではなくただの学生として生きる日々はとても楽しかった。エリザベスは私の両親の勧めでアルビオン魔法研究所に勤めることが決まって、学院で得た新しい気づきや研究成果を全てエリザベスに送った。
ルイス・ジョーンズという同輩に、エリザベスの手紙を見つかり婚約者かと囃し立てられた。
「エルー、女の子のか?」
「エリザベスは女性だが、ただの研究者だ。」
同級生が学園にいない婚約者から刺繍を貰ったと喜んでいたりしたが、エリザベスから送られてくるのは『問題』だ。アルビオン国内の貴族事情、魔族の情報だったり、単純に本から引用したものだったり多岐に渡った。私も負けず嫌いだったようで、「分からない」とは回答したくなかった。だから、アルビオンの事情通の商会と仲良くして情報を譲ってもらったり、騎士団と交流を深めて魔族の情報に詳しくなったり、本を研究したり、偶に市井に出て彼女と一緒に行った実験のような事をしてみたり、様々なことをした。
「エル、聞いたぜ。エリザベス・ノーランドって、アルビオンでは有名な美女なんだってな!」
「ルー、またお前はそんなことばかりだな。」
「色んな金持ちのオッサンから後妻にって言われてるとかなんとかって。」
エリザベスは見た目がとても良い。だが、それは彼女の鎧だ。武器ではない。ルイスは悪い男ではないのだが、口が軽いところがある。きちんとした話題がないと基本話さないエリザベスに慣れているから煩わしい。
「でも、お前のお手つきだって噂流れててまともな婚約ができないっていうのも聞いたが。」
「殴られたいのか?」
脳裏にエリザベスが私に勝ちたいと言った顔が過った。いつもは爛々と輝かせていたのに、あの時ばかりは少し疲れていた。
今まで彼女は色んな陰口を叩かれてきた。それは彼女の性格に起因するのもあったが、私関連のも少なくはない。けれども、今まで聞いた中でそれが一番許せなかった。
「おいおい、俺ではないよ。」
「それは彼女への侮辱だ。…誰も信じないのだろうな。」
「なあ、エル。どんなに彼女が自分自身で上り詰めたくても、お前の力を借りたくなくても、今の貴族社会じゃ無理だ。お前が守らなければいけないだろ。」
「私はどんな男よりも信用している。」
「それが今の社会は許さないっていう話だ。」
「…はあ、他に何人か優秀な女性がいれば、役人や研究所に積極的に登用すればいい。彼女に言われて、調べたことがあるんだ。家庭ではなく、社会でずっと働きたい女性はこの社会でもそれなりにいる。」
「それでも、彼女への風向きは変わらないと思うが。」
肉欲や独占欲への類は彼女には持っていなかった。あるのはアガペーにも似た盲目的な尊敬だ。ルイスは私の態度を諦めたようで、次の瞬間にはいつものようにおちゃらけていた。
「俺も噂の美人に会いたいものだな。そういや、俺たちの学年にも数学の本ばかり読んでいる美女がいたな。」
ルイスがいうディアナ・エンリケも男子生徒の中では学院一の美女と名高ったが、いつも1人でいる彼女には軟派な男たちも話しかけづらかったようで、学院では少し浮いていた。
「話しかけてきたらどうだ?」
「え、俺なんかが話しても相手にしてくれないさ。あんまり社交界に出てこない侯爵家の深層の御令嬢だぞ。」
エンリケ侯爵家とは挨拶くらいはしたことがあるが、領地がアルビオンからも遠く、態々欲しい産業があるわけでもないので、興味がなかったのだが、エリザベスの後の話題に出てきた深層の御令嬢には気が惹かれた。
噂の本ばかり読んでいる美女と話したのはそれからすぐのことだった。エリザベスから出された問題を解くために図書室の本を探しにきたのがきっかけだった。
いくつか書架から本を選び出して自習机に持っていったら、そこでディアナが本を読んでいた。その本が偶然初めてエリザベスが私の家に来た時に持ってきていたものだから、思わず「あ」と声を出してしまった。その声につられてディアナも私の方を見た。
「すまない、読書の邪魔をするつもりではなかったんだ。私の幼馴染が読んでいたものだったのでつい。」
「ふふ、いいえ。」
口に手を当てて小さな声でくすくすと笑う彼女は、なるほどなかなか古い家の出身ではある。全てが上品で自然だ。
「凄い本の量ですね。なんのお勉強ですか?」
「ああ、これはその幼馴染に出された問題を解くためで、勉強というものではない。」
「まあ、そんな学校の授業よりも難しいことを?」
「ああ、あの人はもう研究所で働いているから、情報が最先端なんだ。話についていくには学院の勉強以上のことをしないとな。」
「相手の方は本職なんでしょう?どうしてそこまで。」
「…負けたくない。隣で、戦いたいんだ。」
「研究員なのに、戦うんですか。」
「ああ、すまない。そういう戦いではなくて、社会に出ると貴族の駆け引きだったり、見えない圧力というものがあるだろう。そういう戦いに。」
彼女は思い当たるようで、苦笑しながら頷いた。
「だから、アルビオン伯爵はいつも疲れていらっしゃるんですね。」
そう言われて耳を疑った。自分自身は疲れているつもりもなかったし、弱みを全て隠せている自信があった。
「疲れて…。」
「余計なことを言ってしまいましたね。お忘れになって。私は戦うのが嫌で逃げてしまった人間ですから。」
そう言って彼女は退席してした。
逃げる、という選択肢を私達は考えたことがなかった。それから、ディアナのことが気になって、目で追っていた。彼女は確かに逃げてはいたのだが、ただ逃げているわけではなく逃げてはいけないポイントだけは押さえて、人から疎まれない、責任から逃げない程度にしていたのだ。
「効率がいいな、貴女は。」
再び図書室であったディアナは、突然話しかけられて呆けていた。その内容を話すと彼女は眉を顰めて少しだけ怒った素振りを見せる。
「褒められていますか?」
「とても。」
「…そんな大層なものでもありません。」
「私にはとても参考になった。」
「人に何が参考になるか、なんて自分では予測できないものですね。」
私がこの人のことが好きだと自覚するに、大して時間は掛からなかった。ディアナへプロポーズした際は、彼女は青天の霹靂だったようだが、同意した。しかし、なんのメリットもない結婚にお互いの両親は反対したし、オルレアン王家と繋がりの深いエンリケ侯爵家との結婚には王家も警戒をした。更には自国民たちからも反発が起こった。
それでも、エリザベスと共に過ごしていた日々を思えば容易だった。
婚約が済み、アルビオンの屋敷を歩いているとエリザベスが中庭で、ノートに何かをひたすら書き込んでいた。
「リズ。」
私が声をかけるとエリザベスはうーんと呆けながらも、こちらを見た。
「あら、アルビオン伯爵様。ご婚約おめでとう。」
祝福の言葉を送ってすぐ、私には興味が失せたのか、また目線を戻した。
「リズは相変わらずだな。」
「ノーランド女史。私はアルビオン研究所の主査よ。」
「旧知じゃないか。それに聞いている他の人間もいないし、ここは研究所ではない。大方母と話していたのだろう?」
彼女は何も言わなかった。それから、再び手を動かし始めた。
「私はずっと貴方のこと朴念仁だと思っていたわ。…間違っていたこと謝るわ。」
紙に向かいながら彼女は私にそう言う。
「強ち間違いとも言えないが。色恋に興味がなかったのはリズが原因だったし、ディアナと話して一緒にいたいと思えたのはリズのおかげだ。」
「エルは私の事大好きね?」
「ああ。」
エリザベスは困った顔をして、広げていた本や紙束を片付け始めた。
「夫人に挨拶する時間だから、お暇するわ。」
「…リズ。」
逃げるように彼女は中庭から去っていった。
オルレアン王立魔法学院を卒業して、すぐにディアナと結婚式を挙げた。その少し前にディアナとエリザベスを引き合わせたのだが、私の予想以上に彼女達は仲良くなっていった。ディアナの横で朗らかに笑うエリザベスは、憑き物が取れたように幸せそうだった。私には見たことがない彼女だったのが少しばかりはディアナにも嫉妬したが、またエリザベスにも嫉妬した。
窓の外の庭で楽しく笑いあう2人を見て複雑な感情を抱いた。
「…仲がいい。」
「そうですね。2人とも息が合うのでしょう。ノーランド女史の穏やかな顔など初めて見ましたね。」
執事のマーリンもエリザベスとよく知った仲だったが、ディアナが来てからのエリザベスの変わりようは驚きを隠せないようだった。
「夫の幼馴染の女性と出逢ったらディアナ様も心苦しいのではと思ったのですがね。」
「ディアナならば、リズの性格を理解できると思っていたし、リズも自分の感情で無闇矢鱈に相手を罵る性格ではない。」
そう、仲良くなれるだろうと引き合わせたのは私だった。ただ女性特有の仲の良さを見せつけられて、1人置いてかれたような気もしてしまうのだ。
「私も女性だったら、あの場にいて楽しかったかもな。」
「私はエリオット様が女性だったとすれば、ノーランド女史のあの表情を引き出したのはエリオット様だったと思いますよ。…私はノーランド女史がどんなに拒んでも、グレイス様がノーランド女史と結婚させると思ったのですが。」
「お母様が?確かにお母様も私に似てリズのことを気に入っていたが。」
「ノーランド女史の能力を高く買っているのです。もし他国に掠め取られでもすれば困るので、仲も悪くない貴方と結婚させようと画策していたんですけどね。」
マーリンはケロッとした顔で言うが、エリオットの内心は落ち着かなかった。
「私は確かにリズが好きだ。この感情はディアナに対する愛よりも大きいかもしれない。しかし、それは性愛ではない。」
「皆それを疑うのです。しかし、ある意味では、エリオット様のノーランド女史への献身は主君に対する騎士のようでも有りました。」
「マーリン、怒っているのか。」
「私がですか?」
「まるで拗ねた子供のようだ。」
「子供なのはエリオット様とノーランド女史ですよ。」
マーリンの言う通りなのかもしれない。私はずっと中庭で楽しそうに話すエリザベスに憧れて憧れて、2人で過ごしたあの時を捨てられずにいる。
「はい、では、大人になって仕事してもらいましょうか。」
「…ああ。」
我が息子のエリオットが産まれて、程なく魔族のアルビオン侵攻が激化した。すべてアルビオン側の勝利で終わったものの、失われた命はかなりの物だった。酷いタイミングで、アルビオンで流行病が広がりを見せ、この年の国内の死者数は15万人にも上った。
これまで農地の土地改良に重点を置いていたエリザベスだったが、魔族への対抗手段と疫病対策として光属性の研究へと重きを置いた。
「貧民街は死の街だったわ。そこら中に死体が打ち捨てられて、虫や鼠が沸いていた。あれでは生存者がいても、そう長くは持たない。」
私が戦地から帰ってきて、そう日が立たないうちに、エリザベスはそう言ったのだ。
「視察に行ったのか?感染したらリズの代わりは居ないのにも関わらず。」
「私にはフェニックスの加護があるから、平気よ。とにかくあの街はどうにかしなければならない。生存者はどこかに移して、あの街は燃やさないと。」
「どこの街も病になっているかもしれない人間の受け入れはできない。ただでさえ普段から治癒魔法の使い手が不足しているのに、あの侵攻の後で、この流行病だ。」
「見捨てろというの?あの街を放置したら、いずれこちらにも来るわ。」
「罪を犯すのは私でいい。リズは助けられる者だけを助けろ。」
「エル、まさか。」
エリザベスは下の者に優しかった上に、誰よりも理想主義者で平等主義者だった。私を止めようとした彼女の腕は、華奢な女性の腕で男の私の力で簡単に離れてしまった。彼女が自分の腕を握りしめるのを横目で見ながらも、見なかったふりをした。
「マーリン、聞いていただろうか。」
「態々エリオット様が手を下す必要など無くとも、軍に命令すればよいのでは。」
「結果的に同じだとしても、目的を忘れてはいけない。あの街を燃やさなければならないんだ。私は私以上に火力が出る人間を知らない。」
将来こんなことをしなくてもいい未来が来たとしても、現在はこれ以外の選択肢は見つからない。
草木も眠る時間、彼女の言った貧民街に訪れた。彼女の言う通り打ち捨てられた死体たちに虫や鼠たちが群がっていた。周囲の家屋は狼の息一つで吹き飛びそうな粗末な作りだ。
「すべてを焼き尽くす炎の化身、イフリート。我が燃え滾る血より現れろ。」
黒のインクで塗りつけたような暗闇の中、炎が一つ燃え上がり、炎の中から精霊イフリートが現れた。
「よう、エル。凄え臭くて汚ねえところにいるな。」
「イフリート、共犯にしてすまないが手伝ってくれるか?」
「精霊に罪悪はないぜ。」
イフリートはいつものように笑った。
それがまた心苦しく感じた。
燃え盛る炎に囲まれて、さぞ苦しいだろう悲しいだろう。
「人のリーダーってのは冷血の方が生きやすいのかもな。」
「これでも人の血が通っていないと評判なのだが。」
「エルはどう見たって人間でしかない。」
イフリートと共に炎が燃え尽きる最後までを見ていた。イフリートの炎と共にどうか安らかに眠ってくれればいいと思うのは私の酷いエゴだった。
「あの貧民街が全て灰になって、近くに住んでいた平民の大半がなんと言ったと思う?」
「悲しい、だろうか。」
エリザベスが再び私の元に尋ねてきたのは、わたしが貧民街を炎に陥れてから3日だった。
「汚れた街が消えて嬉しい、よ。」
「そうか。」
「悲しいと言ったのはたったの2割。」
「またリズはデータ集めをしてきたのか。」
「数は50人程度で、男女比6:4だから、真実性は少し低いかもしれないけど。」
「またデイビットと協力して?」
「今回はロニーもいるわ。」
貴族の男には嫌われるエリザベスだったが、平民の男たちからは好かれるのが少しだけ気に食わなかったが、それよりも私が燃やしたことに対してはエリザベスがあまり気してないのが少々驚いていた。
「…なにその顔。」
「予想より穏やかだったので驚いている。」
「現実を考えれば、最善だったと思うわ。それに、他の誰ではなくエルの魔法だったのならば、苦しむ時間はそうなかったと思う。ただ私も罪を被るべきよ。」
「何故。」
「私が上奏したことだもの。」
「決断したのは私だ。」
「…私は絶対光の治癒魔法の研究で成果を出してみせるわ。」
「君は火属性だろう、それは難しいのでは。」
「だからよ。光属性から遠い私でも、使えなければ意味がない。」
エリザベスの見る先にディアナとわたしの息子であるエリオットが笑っていた。
「私達は魔族にもオルレアンにも負けられないのでしょう?」
現在アルビオンで多数の人が死んでいるせいで、アルビオン人やアルビオンの製品がオルレアンでは差別的に扱われていているのだが、治癒魔法の使い手がオルレアンと比較してアルビオンでは少ない為、オルレアンから数人治癒魔法の使い手を派遣して貰っていて中々大きく抗議の声はあげられなかった。
「私は天才だって、皆が言ってくれたのよ。ヘンリーよりも天才だって。」
「ああ。」
「だから、やってみせる。」
エリザベスは自信やプライドではない、周囲の虚像の希望を抱いてそう言った。それは私も同じだった。エリザベスならばこの状況を覆せるのだと私は信じてしまった。
彼女の光魔法の研究は思うようには進まなかった。しかし、私達に2人目の子供オズワルドが産まれた頃、彼女の土地改良の魔法が実を結び始めていた。その功績を持って私の両親は彼女自身に叙爵をした。
「エリザベス・ノーランド男爵。」
叙爵式が終わった後、エリザベスは何度も自分の名前を繰り返していた。それは久しぶりに見た私が好きな彼女の子供のような笑顔だった。
「アーロン兄様より私の方が上よ。なんか不思議な気分。」
2番目の彼女の兄より、彼女の功績の方が明らかに大きいのでから、自然ではあるが、貴族社会では少し不自然だ。
「アーロンはもう少し君への敵対視をどうにかすべきだと思う。」
「可愛そうな人なのよ。天才的な妹を持ったっていうとても可愛いそうな人。」
「…リズにそう言われると彼も惨めだな。」
「惨めにしてるの。私だって、彼には辟易してるから。恨言の一つくらい言わせて貰うわ。」
悪戯をした子供のように、ニヤニヤと笑った。
「私が功績で勝ち取った男爵と貴方が世襲制でえる公爵の地位、比べたら私の方が偉いわ。」
「そうかもしれないな。」
エリザベスは今度は嬉しそうに、肩を震わせて笑う。
「ちょっと公爵の右腕の友人としては地位が落ちるかもしれないけど。」
「リズ。」
「さ、頑張りますか。エリザベス・ノーランド男爵は、立派な研究者だもの。」
「父と母も、ディアナも、そして、私も、エリザベス・ノーランドがエリオット・アルバートの親友だと信じている。」
エリザベスは目を丸くした。
「ええ、私も信じているわ。」
彼女はそう言って、その日は帰ってしまったが、本当に彼女は私を、公爵家を信じていたのだろうか。いいや、それとも私たちの信頼が彼女を雁字搦めにしていたのだろうか。
エリザベスが叙爵した年の冬、私の父が逝去した。魔族が侵攻していた地域の前線で指揮官として活動していたのだが、魔が悪く心臓発作が起きた所で、魔族によって殺された。私が応援に着いた頃には、父の頭と身体は切り離されていた。
その日私に力を貸すイフリートと共に、暴れ回り殲滅した。
父が亡くなったことで、母は泣き崩れ、アルビオンの中心都市から去り、母が産まれた地域の別荘へ引きこもってしまった。私は公爵に、妻のディアナは公爵夫人となった。
父を亡くした事件をきっかけに、更にアルビオンはオルレアンとの関係を深めることになった。オルレアンは私達に臣下としての忠誠を見せろということで私がオルレアンの王城に出仕するように求めた。アルビオンの貴族たちを納得させる為に、宰相という大きな立場を見せ、オルレアンの貴族たちに王家に素直に仕える私を見せつける為だった。
ディアナも最初は私に付いてきたのだが、アルビオンのことが心配だと、アルビオンに戻ってしまった。
私が連れてこられたのは執事のアーサーと侍女のクラリス、4歳になった長男のエリオットのみだった。
楽しかった学生の時分とは違い、心休まらないオルレアンでの日々は少しずつ私の精神を疲弊させていた。
「光の精霊の核?」
「そう、宝石のようだったけれど、魔力を感じたの。魔力が固まった凝固体だとも思ったのだけれど、これは精霊だわ。」
久しぶりにアルビオンに戻ると、エリザベスもまたどこか疲れ果てていた。ずっと研究に没頭していたのだろう。
「もしこの国が単独で魔族と渡り合えるようになれるのならば、治癒魔法の術師が得られるのならば、エルはアルビオンに戻ってこれる?」
「リズ…。」
「ディアナはいつも気を張ってる。公爵家はアルビオンを売ったわけではないと示す為に、アルビオンの民にずっと寄り添ってるの。」
「そうか。」
オルレアンはアルビオンにおけるアルバート家の求心力をずっと警戒していた。だから、私をオルレアンに縛り付けていた。そして、アルビオンの民衆からアルバート家を排斥させる為だったが、ディアナの機転によりそうはならなかったわけだ。
「リズも疲れている。」
「私は平気よ。それに漸く光の精霊の核を手に入れた。研究は一つ前に進めるわ。」
「…精霊の核を研究して、リズに何が起きないか?」
「さあ。でも、皆には止められたわ。」
「私やディアナはリズを失いたくない。」
「私は皆が笑って生きられる世界が欲しい。エルやディアナが一人で戦う世界なんて嫌よ。」
精霊を研究することは、世界で禁忌とされていた不文律だった。
だからこそ、彼女を疎んでいた彼女の兄すらもエリザベスを止めようとした。そして、私たちもエリザベスを止めたかった。だが、何処かでエリザベスなら大丈夫だろうという期待で本気で止めなかった。
それから2年の月日が経った。
エリザベスは1人の光属性の男の子を産んだ。精霊の核を埋め込んだ、世界で唯一の子供だ。エリザベスは自分の息子を抱え、そして小さな体で彼が生きているのを確かめるととんでもないことをしてしまったのだとオルレアンへの対抗心は消えて、彼女は恐れた。いつか精霊が怒り狂いその小さな体を殺してしまうのではないだろうか、光属性というだけでも珍しくて研究のしがいがあるのに、人造という特異性ゆえにオルレアンに奪われてしまう可能性すらある。ただでさえ、現状オルレアンに私が囚われているのだから、エリザベスは怖がった。
エリザベスの危惧は当然だった。私達夫婦は何より彼女の子供をオルレアンに奪われないように隠し通すことを決めた。
「名前、どうしようかしら。神の贈り物セオドアでどう?」
「…もしその精霊が目覚めた時にその名前は危険ではないか?」
「ええ…。」
「シュー。名前すらその精霊から奪うのは良くないだろう。」
「センスないわ…。でも、その通りかもしれない。」
彼女はシューを抱きしめた。
私達はあんなにも喜んでいたエリザベスから爵位を剥奪した上、彼女からアルビオンを引き離した。
「…ごめんなさい、アルビオン。」
「リズは…、ノーランド女史は、また戻ってこれるだろう。きっと。」
私と共に船に乗ってアルビオンを離れるエリザベスはとても悲しそうだった。
「ええ、アルビオン公爵閣下。きっとシューと共にもう一度帰ります。」
それまで私達幼馴染は、ただの侍女と屋敷の主人だと決めた。彼女がアルビオンに戻るときは私もきっとアルビオンに戻れるはずだと、再びディアナと3人で一緒に笑い合えると約束した。
しかし、彼女は二度と彼女が愛したアルビオンに戻ることはなかった。
シューが8つの時、彼女はオルレアンで流行病で死んでしまった。最初はシューがその病に罹ってしまって、エリザベスはナニーとして懸命に看病していた。幼な子はその病に罹患したら終わりだと言われていたからだ。
彼女の懸命な看病の結果、シューは病に打ち勝った。しかし、シューことばかりで自分に気を回さなかったエリザベスが倒れてしまった。
「リズ。」
屋根裏の使用人部屋は、屋敷の主人は入ってはならないとクラリスにもアーサーにも止められていたが、隠れて尋ねた。
「…アル、ビオン、公爵閣、か、が何を、してる、んです?」
「すまない、リズ。」
「かっか、の、友人に、なれ、なくて、ごめん、なさい。」
「何を言っているんだ、リズはずっと。」
「わたし、いきたかった。エルと、シューと、ディアナの。」
「これから、行ける、行こう。ディアナの待つアルビオンへ。」
「ええ。楽しみ。」
ずっと私の隣で友として戦った彼女の手は、女性らしい小さな手だった。そのまま彼女の手は冷たくなってしまった。
彼女の息子はどんどん大きくなっていった。私はただ怖くて、そばにいられなかった。父親として最低だと言われても仕方がない。エリザベスと約束したのに、私は遠くでシューの話を聞くばかりだった。
シューが人を恨むのならそれも仕方ないと思っていた。だから、好きにさせた。いつかシューが私を殺すのであればそれで構わないとですら思っていた。彼女の息子に殺されれば、私の罪が赦されるとでも勘違いしていた。
オルレアンにある粗末な墓に白い薔薇を供える。死してなお、彼女はアルビオンに帰れなかった。いつか墓を移してやりたいと思うが、私がまだオルレアンにいる限りは彼女にここにいて欲しかった。酷いものだ。
「今年はオルレアンは不作だったが、アルビオンはリズのおかげで豊作だった。そして、シューは多くの人を癒している。やはり世襲の私よりも自分の功績で男爵になったエリザベスは偉いな。」
あの頃のアルビオンとは全く違う。オルレアンがアルビオンをあまり怒らせないようにしている。立場は逆転しつつある。全てエリザベスが私に残したものばかりだ。
「帰ろう、私の親友。」
私がアルビオンに戻ったら、貴族名鑑にエリザベス・ノーランド男爵の名を戻そう。研究所の来賓室に偉大な研究者として掲げられる肖像画にエリザベスも載せよう。アルビオンを守った英霊として、豪勢な墓を建てよう。アルビオンの学舎で使われる教科書に載せよう。
「はは、そこまでしたら数十年後の歴史で私は消えて、リズのみになってしまうか。」
歴史でも、エリザベスの友人でいたいというのは酷いエゴだ。そのせいでずっとエリザベスは苦しんでいたというのに。
エリザベスは赦してくれるだろうか。
ずっと私達の空虚な期待に振り回されたのだから、うんざりだろうか。
死してもずっと問い続ける。
だから、いつかは答えてくれ、リズ。




