Must not forget your guilty.
シュー・アルバート(13) 主人公 アルビオン公爵家3男 元研究員エリザベスによって、精霊の核と細胞レベルで融合したものの、ただの人間。
フィリップ・アヴァロン シューの側仕え。心の精霊フアナの加護もち 執事アーサー・アヴァロンの養子。
ベンジャミン・アルバート(43) シューの従兄弟叔父 エリオットSr.の従兄弟にあたる。
防衛拠点セバスチャン城の責任者 通称ノースリリー卿
雲一つない青い空。シューはセバスチャン城から海を見渡すことができる監視塔で、水平線を眺めていた。眼下にはいつでも迎撃できるように銃や弓、魔石などの準備をしている兵士たちの姿がよく見える。
アルビオンの名の由来は「白い崖」。僅かにオルレアンと陸地で繋がっている箇所があるが、アルビオンは殆ど島といっても過言ではない。(領土拡大による飛び地はオルレアン内地にあるが)
セバスチャン城から見えるこの海の先には魔族の国が広がっていて、オルレアンに住まう人々は誰も見たことがない。悪魔のダンタリオンが言うには、あちら側はとても貧しい国で徹底した実力主義の国。前回のシューは行ったことあるだろうが、ぼんやりともおもいだせない。
シューの焦燥で心が焼けるように、青い空に黒い染みが浮かび上がった。
「敵襲だ!」
静かな城内にラッパの音が響いた。空に広がる幾つもの黒点は敵の姿だ。シューは光の矢をいくつもそれらに向かって放つ。いくら弱い攻撃魔法だったとしても、闇属性であればかなりの痛みを持つ筈だが、全く相手は動じず、こちらへとまっすぐ向かっている。
「飛行が安定しているな。風属性か。」
隣で警戒をしているフィリップが、慌てることもなく、大した感情もない様子で判別した。
火縄銃の発砲音と様々な遠距離魔法の爆発音が響き渡る。
「シュー・アルバート卿、ご避難を。」
「今医務室には患者はいないし、前線に治癒魔法使える人がいた方が戦線は崩壊しにくいよ。」 母親の言いつけもあるが、ここ数日の活躍でシューの重要性を兵士たちはよくわかっているからこそ、シューがここにいることに難色を示している。
「…後ろで支援しているだけだよ。」
「先ほどのようなのは無しだ。」
「わかってるよ。あそこまで効かないとは思わなかったから。」
フィリップは苦言を呈しつつも、他の兵士たちにシューに特別な警護は不要だと話をつけた。
「マスケット銃が出ても魔導弓は未だ現役だな。」
「あんな小さな弾丸に魔法を込める技術が難しいからね。」
火縄銃の他に、遠距離魔法と物理戦術が組み合わさった魔導弓は神代の頃から登場しているが、数千年経っても未だ前線で使われている。
「フィルは剣よりも弓の方が向いてそうだ。」
「そうだな。フアナ様と違って私の心を壊す魔法は相性があるから、別手段は考えた方が良さそうだ。」
「…彼女をもってしても『狂人』には効果がないけど。」
悠長に話しているシューの目前に撃ち漏らした体長2メートルかと思われる猛禽類の魔族が迫ってきたが、アルビオンの騎士が真っ二つに叩き切った。勢いよく斬られた魔族の赤い血がシューの頬に跳ねた。鉄錆の匂いに顔を顰めながら、
「魔族もヘモグロビンを持つのか。」と、口にした。
「下からも来るぞ!」
感慨など待っていられない。城砦の下から、イモリのような魔族が続々と這い上がってくる。
「薙ぎ払え!」
「結界を張れー!」
銃声や爆発音にかき消されないよう怒鳴る将官の声が響き渡る。
「我が庭を汚すものよ、打ち払われよ。」
シューも呆然と立っているわけではない。怪我した人を認識すればすぐに治癒魔法で治す。しかし、シューの神のようなスピードを持ってしても、相手の立て直しもまた早かった。「フィル、今ミスター・トリスタンが倒したの、さっきミス・ジョンソンが撃ち落とした魔族だよ。同じ角度に鱗が曲がってた。確実に治癒魔法の使い手が相手にもいる。」
「ミスター・トリスタンの判別が私にはつかないのだが…。」
同じ背格好で同じような軍服を見にしていた人族の顔すらよくわからない。
「でも。」
「水属性の魔族ばかりだ。中々希少種だというのしか分からん。」
「希少種って、保護されないんだ。」
シューは何気なしに言ったつもりだったが、フィリップは心底不思議そうに眉を顰めた。「何を言っているんだ、『希少種』だからこそ、使い古されるんだぞ。」
保護という考えは人間の動物の扱いと全く同じだ。魔族にとってイモリ型のこの生物は少数民族のひとつでしか無くて、この世界において少数民族というのは淘汰されてしまうものだ。
「…そっか、ごめん。」
「それよりも治癒の使い手があるとするならば、倒すか相手の力が尽きるまで交戦するかのどっちかだぞ。」
「倒すにしても相手がどこにいるかすら…、いいや、水の中か。」
空にシューと同じような魔法を使っているものはいない。見えないところにいるのならば、水中だ。水中のどこにいるかは分からないが、雷の魔法を使っても届かないだろう。
「あの古い魔法は使えるのか。」
「あまり使いたくはないけど。」
「水面には雷が広がる。いくつか落とすことができれば、突破口になりえるのでは。」
「けど、治癒魔法の使い手をどうにかしないと、結局は倒した敵も復活させられて危険だよ。術の回転率も速いから。」
ここにいるのが、一緒に訓練したエリオットJr.やクリストファーだったら、それもうまく行きそうだが、ほぼ初対面の彼らとタイミングを合わせるのは難しくおもった。
「それなら、私が手を貸そう。」
兵士たちを回復させながら、話していた二人に割り込んだのは、ベンジャミンだった。
「叔父様。」
「光の攻撃魔法でいいのが使えるんだろう?」
「しかし、実際に。」
「私は実戦経験も深いし、ここのところシューと特訓していただろう。大丈夫だよ。それに私は土魔法が使える。試す価値はある。」
「…はい、やってみましょう。」
フィリップは目を丸くしていたが、ベンジャミン・アルバートを前に口をはさむことはできなかった。
「フィル、僕が攻撃魔法を使っている間、被害状況の確認を。」
「畏まりました、私の主。」
フィリップが珍しく形式ばった言い回しをしたのを、どこか引っ掛かりつつもシューはシトリが書いた魔導書を開いた。多少の精霊の記憶が戻ったところで読めもしないが、魔力が込めれているおかげでないよりはましだ。
「古き光の王、古の絆に呼応せよ。大気を動かせ、大気を割れ。」
ざわざわと風が騒ぎ、雲一つなかった青空に黒い雲が立ち込める。
「裁きを受けよ、アルゲス!」
バキバキバキと空が割れるような音がして、5つの雷が海に落ちる。外壁に上っていたり、上ろうと顔を水面から顔を出していたりしていた水属性の魔族や、上空で飛来していた魔族たちにも直撃した。
「…エルの息子だけあるな。」
ベンジャミンは感想を一つ零したが、すぐさま切り替えた。
「大地を動かし、破壊せよ、アナップリフト!」
ゴゴゴゴゴ
地面が鳴動するおとが響いて、海面から土の柱が突き出し、多くの爬虫類のような魔族が空へと打ち上げられた。
「当たってくれたか?」
隆起した規模は、さすがあの父との血縁者であるが、目論見はうまくはいかなかった。感電死した魔族もいるが、瀕死状態だった魔族が治癒魔法独特の光を纏い、再び上へと昇り始めた。
「だめですね、やはり位置を特定できなくては。」
「水域中心の監視魔法を使える奴がぶっ倒れているからな、他に方法を探さなくては。」
「…なるほど、そういう魔法もあったんですね。」
超音波なり、波の跳ね返りで探知するのだろうか。視覚的情報を得るというようなものではないだろう。
「…フィル、状況は?」
「被害状況は遠距離魔法部隊の疲労がひどい程度だろう。飛来していた魔族も殆どシューが撃ち落としたからな。」
「そう、悪い状況ではないか…。僕もそう何発もあの魔法を打てるわけじゃない。」
古い魔法は単純に強いが、魔力効率が最悪だ。光魔法の補填をしてくれる精霊もシューにはいない。
「ベンジャミン叔父様、どのように?」
「シューはどれほど余裕がある。」
「治癒魔法ならば、四肢欠損ならば3人、単純な内臓の損傷なら4人、出血を止めるだけなら30人ほどは。」
「あれほどの魔法を使って、それほど残っているか。ならそう悪い状況でもない。向こうはこちら以上の損傷を治している。」
ゲームを参考にしても良いのであれば、シューはどんな魔族よりも魔力量は豊富だ。こちらは防衛戦、よほどのことが無い限りこちらに軍配が上がる。
「フィル、水中にいる人の考えていることは読み取れる?」
「…明確な殺意はいたるところに転がっていて、かつこちら側に向く憎悪は殺意に比較してない。しかし、確かにこの戦場において異質な感情が一つ。」
「誰も死なせない、とか?」
「ああ、明確な攻撃意思を持たない個体が一つ。」
「ああ、僕よりも優しい人が相手の治癒の使い手かぁ。やりづらいな。」
「…君の従者は考えを読み取ることができるのか?」
「抽象的な感情なら、大体は。」
「それはすごい才能だ。」
ベンジャミンは気味悪がったりせず、ただフィリップの「才能」とほめた。それに裏表の感情はない。
「…ありがとうございます、ベンジャミン叔父様。」
フィリップをただ受け入れたということが、シューにはとても喜ばしいことだった。この家の主たる面々が彼を恐怖しないということは、たとえこの先シューがどうなったとしても彼の居場所が存在するということだ。
「シューを褒めたんじゃないぞ。」
「従者の誉れは主の誉れです。」
「…ありがたいことですが、シューは何を知りたかったんだ?」
「治癒魔導士の元気の良さ、という表現で伝わる?」
「…そういうことか。攻撃意思を持たない云々ではなかったか…、あんまり疲労や倦怠感を感じていないようだが、こういう戦場だと疲労を後から感じる場合もあるからな。」
「ちなみに僕は?」
「…さっき自分で口に出していただろう…」
「比較対象にはならないか。」
人族側には、突然変異ともいえる優秀な光魔法の使い手、マリアンが存在しているが、もし魔族側にも同等の存在がいたとすれば、シューには勝ち目がない。
――――エリザベスは確かに天才だったが、果たして全世界に一人だけの天才か、と問われるとそうではない。
魔導士ミカのエリザベスの評がやけに耳に残っている。そう、彼女の息子であるシューもそれと同じだ。他になにかないだろうか、ふと隣に立つフィリップの綺麗な顔を眺める。ゲームでは彼は人族の敵だった彼で、元は自分もそちら側だった。
ゲームの自分はもっと卑怯というほど強かった。魔力量も豊富でありながら、魔力が減ってしまったら相手から奪うこともできた。
「…そうか、相手の魔力を奪えばいい。」
ティキと盗んだ王立魔導研究所の魔導書は病気、毒、ひいては人間の身体についてよく書かれていた。闇の魔導書は参考にはできないが、内容だけなら聖書のようにかつては毎晩読んでいたから全て頭に入っている。それから、美代子の知識もあるし、神殿での活動の光魔法の研鑽によって、できるようになったことも多い。
「対象が遠すぎる。」
「そこまで魔力は枯渇していない、僕が回復できる範囲内なら奪うこともできる。」
「かなりの距離があるが…。」
「エル兄様と一緒にアンデッド倒しに行った甲斐があったね。自分の回復魔法の限界もわかった。」
「はあ、やはり敵にしたくない男だったな。」
「主にはしたい?」
「ああ、心の底からそう思うよ。」
自分から言い出したはずなのに、気恥ずかしくなったシューは前を向きなおし、転移魔法で城塞の縁の上に立つ。
「ベンジャミン叔父様、敵の排除は頼みます。僕は治癒魔法の使い手を。」
「ああ、了解した。」
返事よりも早く、ベンジャミンはシューを狙う魔族の二匹を槍で突き刺した。
「貴方に差し出すものが他にないほど、我は貴方を赦す。多くの愛を持ち、多くの人を救った力を、差し出さん。」
光魔法と闇魔法の合成した魔法だ。だから、ゲームではシューしか使えなかった。ただ奪うだけなら闇魔法だが、それを自分の力として回復するには光魔法の要素が必要だ。
多少魔法の伝播は違うが、物理的な力ではないため相手が水中にいるからといって、水面で角度が変わるということもない。シューの狙い通り、魔力が尽き力を失った者たちが水面に浮かび上がってくる。
「アルゲス!」
1つの落雷が、彼らを貫いた。
「…攻撃意思を持たない個体の感情が消えた。恐らく、治癒魔法の使い手は少なくとも気絶、あるいは死亡しただろうな。」
フィリップの判断に、シューは安堵して砦の方へ振り返った。
「シュー!」
戦場に立つのが殆ど慣れていないシューは、背後の空から飛来する魔族の存在に一瞬気づくのが遅れた。シューを守っていたベンジャミンは、違う魔族の個体を倒すのに手がふさがってしまっていた。
「―――フアナ様。」
「勢いよく燃え上がれ!」
見かねたフィリップが、闇魔法を使うとした直後、その個体は油で全身塗りたくっていたのかと思うほど激しく炎上した。
「…イフリート。」
炎のような長い赤い髪をかき分け、ナトリウムを燃やした色をしている瞳がニヤリと笑った。
「リズ、無事かぁ?」
「は?」
シューが混乱していると、城内の方から駆けてきたエリオットSr.が珍しく息を切らしていた。
「お父様。」
「エル、お前オルレアンはいいのか?」
ベンジャミンは槍の先にいた魔族の身体を振り払い、死したそれはまるでゴミのように地面に落とされた。
「息子に任せてきたので問題はない。それから、イフリート。リズではない、ちゃんと男だ。リズは死んだと言っただろう。」
「ああ、そうだった。んで、敵は大方死んでてやることねえじゃん。とりあえず空で待機している奴らを燃やしてこよう。」
一瞬でシューの事から、興味が失せたイフリートは一人で空に舞い上がった。
「無事でよかった、シュー。」
城塞の縁に立っていたシューの脇に手を伸ばし、抱き上げて中で下した。シューは降ろされると同時に、フィリップの後ろに隠れた。
「…嫌われてるな、エル。」
「ああ。」
「うぉーい、他に倒すものねえか?」
空に文字を書いたり、何故か猫を召喚して撫でていたりと自由なイフリートだけが楽しそうだった。




