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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルビオン
91/115

アルビオン公爵閣下ーーーエリオットSr.

エリオットSr.・アルバート(41) 火属性

オルレアン王国宰相 アルビオン公爵

シューたちの父親 不器用


エリオットJr・アルバート(19) 土属性兼火属性

アルビオン伯爵 オルレアン騎士団所属


ルイス・ジョーンズ(41) オルレアン騎士団団長

攻略対象ウィリアムの父


トーレン・スミス

元水の精霊シトリの生まれ変わり

世界の真実を話せない仕様


顔に降りかかる火の粉を振り払いながら、エリオットJr.は混乱しながら剣や盾を構える兵士たちの間を突き進んだ。

「おお、Jr.くん。じゃなかった、アルバート隊長、相変わらず精悍な顔をしている。」

「ジョーンズ騎士団長、前線に出るなんて珍しいですね。」

「だろう。しかし、重役出勤したら閣下に怒られてしまったよ。そうだ、イフリートの炎で例の少女に近づけないようになっているから、私が道を開こう。」

 騎士団のトップが前線で部下を守っているのは中々珍しい光景だったが、イフリートと共に戦う宰相、ひいてはアルビオンの領主の姿を見ると仕方ないとため息をついた。(自分のことは棚上げをしている。)

「行け、アルバート隊長。」

 アテナの加護によってイフリートの炎は振り払われ、真っ直ぐに父親への道を突き進んだ。

「おーう、リトル・エル。よく来たな。」

 空にいたイフリートはエリオットJr.を見つけると、地面に下り背をたたいた。それから、マティルドとの間に結界を張り、父親であるエリオットSr.——ややこしいのでアルバート宰相閣下がやってきた。

「お疲れ様です、お父様。お休みのところだったのに早くからご対応されていたようですね。」

「私は仮眠だ。エリオットこそ、寝ていたのでは。」

 アルバート宰相閣下の服は確かに寝巻きではないが、華美ではないゆったりとした服装で、上着だけ引っ掴んで、着の身着のまま来たのがみてとれる。エリオットJr.は自分のちゃんとした鎧姿が少し恥ずかしかった。

「イザナミはどうやら精霊を殺す力があるようです。」

「おう、それは困ったな!」

 自信に満ち足りた精霊は大層愉快そうだ。

「俺とエルであの死神な。んで、リトル・エルがあのちっさいの。」

 小さいのと言いながら彼はマティルドを指差した。

「…分かりました。」

リトル・エルとは鼻持ちならないが、精霊相手にどうこう言っても仕方ない。エリオットJr.はトーレンから聞いた情報を父とも共有した直後にイフリートの炎がイザナミによって吸収された。

「あれ、一人増えてる。エリオットだ。」

 火が消えるとそこにいたのは可愛らしい姿の少女の腕は不釣り合いの禍々しい黒い獣に竜の爪のような少女の顔ほどもあるナイフのような鋭利な爪が付いていた。闇属性であるならば、それは考えられることだったが、ここまで綺麗におどろおどろしい変化は、騎士団に勤めていても見る機会は少ない。

「また殺されちゃったわ、レディとトビー。どうしよう。」

「元々死んでいる。」

 エリオットJr.自身が処分したからよくわかっている。あれは精霊の力によって動かされているだけで、生物ではない。普通の精霊ですらできないことをそれも死を司る、かの精霊はできるというのだろう。

「ふふ、そうであるならあたしが頑張ってシューを助ける必要なくなる。貴方が殺すことも恐ろしくないわ。」

「俺はシューを殺さない。お前はいつの未来を見ている。もし俺が殺したのならシューはお前に会えなかったはずだ。」

 告解をしたシューは、かなり焦っていて話は支離滅裂だったが、エリオットJr.はそれを一蹴せず、一つ一つ裏を取った。だからこそ、この少女のいうことを何一つ信じることはできなかった。

 少女はその小さな体で大きな腕を振り下ろしたが、そんなもの少女の年以上に鍛錬を重ねた彼の敵ではない。

「許せないことが一つある。闇属性であるお前がこうして王宮内で暴れたことで、闇属性への恐怖と侮蔑は増し、お前が好きだというシューが望んだ未来を10年遅らせた。」

 騎士として女性や子供は守るべき存在として認識していて、全く躊躇いが無いわけじゃないが容赦はしない。イザナミを撤退させるまで殺すわけにはいかないから加減をしていなければ、とっくに彼女は2つになっていた。

 エリオットJr.の剣が少女の腹を抉りかけるとイザナミの黒々とした髪が波のようにうねり、引き留めた。エリオットJr.は火の魔法を唱えて捕らえている髪を燃やし、距離を取る。

 離れたところでイザナミと対峙していた宰相とイフリートはエリオットJr.の大剣に髪が巻きついているのを見て、一瞬気が逸れた。

「イフリート。」

「いやぁ、あの女の射程距離長い。きっと一部が冥府を通って距離を稼いでるんだろう。」

「…冥府の精霊か。」

「ふぁああ、細かいところを言えば、大抵が精霊と呼ばれるのを嫌がるスピリットたちだ。ま、人族相手には説明が面倒だから精霊と名乗るのが普通だけどな!」

「なぜこの状況でその話を。」

「エルに話したかなぁって気になってさ。」

「聞いてはない。」

 イフリートは気楽に話しかけてくるが、状況は最悪で、机仕事で鈍っている40代の身体を魔法で無理やり強化してイザナミの麻痺など行動阻害魔法をギリギリで避けている状況にアルバート宰相閣下は辟易する。 王宮魔道士の回復魔法を信用していないわけではないが、イザナミの魔法は未知数が過ぎるので、一度だって当たってはならない。

 不意にイフリートがくんくんと辺りの匂いを嗅ぐ。

「強い水の匂いがする。ちゃちゃっとして燃やし尽くすか!」

「は?」

 アルバート宰相閣下の声も届かず、イフリートは高く舞い上がった。恐らく精霊の召喚が出来ない殆どの人は知らない。軽く力を貸してくれる顕現よりも本体が現れる召喚は、精霊が勝手に動き回る為、振り回されると言うことを。攻撃的な性格の火の最高精霊中で恐らく1番思考が読めない。

「悲しみや苦しみすらもすべて焼き尽くす炎よ、塵煙と共に天に昇華せよ!ラスティング・ファイア!」

 灰塵が舞う。今までのアルバート宰相閣下が御すレベルを遠に越え、赤ではなく青白い炎が直径100mほどの範囲を燃やした。到底人間が生きられる温度ではない。

 イフリートはニヤニヤと笑う。

「あの火の精霊、無茶をする。」

「よくやった、ミスター・スミス。」

 炎に特化した水の守護結界で背後にいる騎士たちを守ったトーレンに、守護結界の魔法で王宮を守り抜いた騎士団長は褒め称えた。

「…何故私に部下を任せたのです。」

「息子から君の話は聞いていたからな。任せた方が安全と思ったのさ。」

 一度マリアンを連れて帰ったパーティーで顔を合わせているとはいえ、殆ど知らない相手にも関わらず、ジョーンズ騎士団長はトーレンを信用したらしい。

 イフリートの渾身の魔法はイザナミであっても大打撃を与えた。彼女の崩れかかっていた肌が乾いた土人形のようにボロボロと落ちていく。

「お前、死んでんだな。本当に。」

 イフリートがボソリと呟いた。イザナミの肌が崩れたその先に白い骨が見えていた。

「おのれ、わらわの体に傷をつけたこと、許さんぞ。」

 イザナミの怨嗟がとぐろを巻いて、蟲が彼女の周りに集まり、崩れた彼女の肌を治し始めた。止めなければとイフリートが再び炎の魔法を唱えようとしたところをアルバート宰相閣下は止めた。

「水魔法の使い手の状態は確かめたのか。」

「躊躇って死ぬのはごめんだぜ。エルは死にたいのか?」

「なんの命が優先されるかの順位はつけてある。そして、優先されるのは私ではない。」

「うげ、そういうの俺嫌いだわー。本当エルもリズも気味が悪いぜ。」

「リズはとっくに死んだ。」

「死んだのかよ。象にふまれても生きてそうな女だったのに。」

「どこの筆箱だ。」

 アルバート宰相閣下はイフリートの軽口に返しながらも、その眉間にはシワが深く刻まれていた。

ーーーエル!今日も頭固そうな顔をしているわね。

 亡き幼馴染の女性が頭によぎった。

 イザナミの魔法を避け続けていたが、一瞬足がもつれた。

「てめ、馬鹿!」

 たった一歩。だが、最高精霊のイザナミの前ではそれが命取りだった。イフリートは自分勝手の男で有名だが、義理堅さでも有名な精霊で殊に「エル」と呼ぶエリオット・アルバートーーー勿論父親の方ーーーを気に入っていた。

「ってぇ…。」

 庇っても構わないというくらいには。

「…これが、精霊殺しの力っ…て訳か。」

 魔法で幾らか跳ね返したが、庇った左肩が崩壊し始めていた。イザナミの追撃はアルバート宰相閣下が魔法で返した。

「ありがとう。」

「俺は最強だからな。これくらいなんて訳ねえ!」

 強がっているがいつもなら回復する怪我でも全く回復する兆しがない。

 イザナミが攻撃の手を止め気はない。イザナミは8人の醜女を黄泉から召喚した。

 二人が一体ずつ倒していると、長い黒髪を靡かせながら、トーレンが走って合流をし、襲いかかってきた醜女を斬り伏せる。

「戦闘において足手まといになりかねない人たちは王都の守りについてもらいました。」

「トーレン・スミス。」

「どうにかして黄泉、冥府へとご帰還願わねばなりませんが、召喚した少女は説得不可能です。」

「避難したっつーなら、また全力で戦えるじゃねえか。」

「その怪我ですか。その深手で先程と同じ火力が出るとでも?これだから、上の精霊は。」

 トーレンは普段力が有り余ってるものは限界というものを知らないと心底嫌そうな顔をした。醜女というが、単純に醜いという意味じゃなく、人とは一線を画す力を持つという意味でもあるのだ。

 幾人かの戦いに参加できる人がアルバート宰相閣下やエリオットJr.に協力してくれているが、ジリ貧だ。

「照らせアポロン、銀弓によって勝利を導け!」

 光の矢が醜女たちを捉えて、半分は消滅させた。

「大変遅くなり申し訳ないです、宰相閣下。」

 アポロンの加護を持ったシャルルが漸く現れた。騎士団間のやりとりが錯綜していて、把握が追いついていないらしい。

 アポロンの特殊魔法ではあるが、光魔法が使えるシャルルを見てイフリートは満足げに笑う。

 綿密な打ち合わせができる状況ではない。

「ここにいる全員で全力攻撃、それ以外に方法はねえ。」

 イフリートの提案にトーレンより他は全員が頷いた。

「脳筋。」

「力でゴリ押ししねえと勝てねえって分かってるだろ。」

 トーレンはぎゅっと赤黒い液体で染まった刀を握った。

「天と地を分けた神よ、太陽の光をここに繋げ!」

 消滅した、及び封印された精霊スピリットは力を貸すことはない。トーレンは惰性で呟いた精霊の力を呼ぶ呪文に温かな力が宿り、驚いた。

ーーー君に力を貸すのはいつぶりだろうか。

 懐かしい声がして、かの姿がトーレンの前に顕現した。しかし、その姿はシトリがずっと見ていたものと全く違う。シトリより少しばかり大きな背は、見下げるほどになってしまったし、太陽に焼けた褐色の肌も、闇の中で生きたように生白くなってしまった。更にはシトリと同じだった黒い髪は金髪と。それでも、トーレンは感動で打ち震えた。彼こそ待ち望んだ、シューなのだと。

 イフリートを召喚させることができるアルバート宰相閣下とそして光属性の精霊の力を借りているシャルルだけが顕現されたシューの姿を認めた。二人とも驚愕して言葉を失っていたが、戦場であるこの状態ではすぐ立ち直った。

「シトリ、あまり力は貸せない。“殆ど”人間だから。」

 それはトーレン自身もよく分かっているので、大きく頷いた。

 イザナミの近くの闇から、倍以上の蟲と醜女が湧き出すのを見てこれ以上の猶予はないことを悟る。

「行くぞ、お前ら!悲しみも苦しみも焼き尽くせ!ラスティング・ファイア!」

「…天の光の捌きを受けよ!アルゲス!」

「勝利を導く銀弓、イーリアス・アロー。」

 少しだけ時を戻し、トーレンがシューを顕現させていた時、アルバート宰相閣下は幼なじみの女性を思い出し、上着のポケットから黒い玉を取り出した。これもまたエリザベスが作り出していた、自分と違う属性の魔法を閉じ込めた魔石の一つだ。握りしめて彼女が閉じ込めた魔法を呼び出す。

「冥府の王、ハデスよ。同じ冥府を管理する者として説得を願う。冥府の門、オープン。」

 冥府の王が答えてくれるかどうかは、分の悪い賭けだった。答えないのであれば、とアルバート公爵閣下が自分の火の魔法に切り替えようとした。

ーーーなんとか細い声だ。

 全員の攻撃魔法をイザナミが避けようとしたところで、イザナミの足下に深い闇が広がり、無数の白い手が彼女を捕らえた。

「誰じゃ、妾の足を掴む無礼者は!」

イザナミが怒って、振り払おうとした手を銀の矢が貫き、醜女が庇おうとしたところを落雷が3回、それから、イフリートの執念のような青白い炎が彼女の身体を焼いた。





 埃が光に照らされてキラキラと舞っていた。かつては大貴族が住んでいたような豪華な屋敷だが、窓ガラスは割れ、壁が崩れている個所もある。家具は破壊され、本が地面に散乱し、いくつかは表紙が外れているのもある。

 草臥れた男がシューに何かを話した。詫びの言葉なような気がしたが、言葉が明瞭に聞こえなかった。男の顔もぼやけていて人相までは分からない。傷ついた8㎜フィルムの映像でも見ているようだ。

 そして、シューは口を開いた。

「僕は貴方の諦めないところが好きだった。」

 男からは再び口を開いたが、何も分からない。シューの声だけが明瞭に聞こえた。

 


 貴族の少年であるシューは目を覚ました。

 そう、夢だった。シューは自分自身の身体を掻き抱いた。恐る恐る周りを見ると誰もいなかった。カーティスもフィリップも、エリオットJr.の従者も、エリザベスがいなくなってからずっと一緒にいたティキやフアナもいなかった。

 まるで美代子を思い出してからの今までのことが夢だったかのように、誰もいなかった。

―――天と地を分けた神よ、太陽の光をここに繋げ!

 シューを呼ぶシトリの声が耳元で響いた。

 それは加護を与えることができる精霊スピリットの力だ。では、自分は精霊なのだろうかと、手を掲げて魔法を使ってみるが、どうにも「昔」のような力を感じえない。人間でしかないのだとうつむきながら、助けを求めるシトリに力を貸した。

―――“殆ど”人間だから。

 シトリは全くシューの言っていることは意に介していないようだった。きっとシトリはシューが自分と同じように生まれ変わった存在なのだと信じているのだろう。もし彼がシューがただの紛い物でしかないと気づいたら、自分は彼に殺されてしまうのだろうか。

 歪んだ窓ガラスの先に見える月は、泣いているように見えた。

 ベッドから降りて、窓に近寄り月をゆっくりと眺めていたら、ふと我に返った。元々ティキやフアナはとっくにいなくなっていたのだったと自嘲した。

 それから、自分のベッドの側においてあるロッキングチェアでカーティスが寝ているのにもようやく気付いた。カーティスが部屋の端のベッドではなくて、ロッキングチェアに座っているのは様子のおかしかったシューを見守っていたためだろう。

 エリザベスは平等に光の精霊スピリットの力が、治癒の力が届くようにと研究し光の精霊スピリットシューの核を自分の胎児に移植した。結果は失敗。シューは精霊スピリットの記憶を少しだけ保持していても、精霊の力は殆どが失われている。

 人間でいたいし、人間であるのに、精霊ではないこと、精霊でない自分が生存する価値があるのかどうかが、シューにとってとてつもなく恐ろしい。

 二人の母がシューのことを愛していて、従者たちもこれほどシューのことを心配し、マリアンは何もわからなくてもシューについてきた。

 だから、本当は大丈夫なのだと分かっているのに、自分が何者なのかがはっきりしなくて怖くって堪らなかった。シューはロッキングチェアの前に両ひざをついて、カーティスの手を握った。

 カーティスは冷えた手に目を覚ました。

「…シュー、風邪ひきますよ。」

 眠気眼で自分が膝にかけていた毛布をシューに被らせた。

「僕は優秀な光属性で、闇属性。そうやすやすと風邪はひかない。」

「それでも、人ですから。風邪ひくときはひきますよ。」

優しい従者は、寝起きで怠そうにしながら立ち上がり、シューの背を叩いてベッドへと誘導する。

「そんなに身体が冷えたら眠れないでしょう。温かい飲み物用意しますね。」

「いい。そこにいて。」

 シューがぱちんと指を鳴らすと火が暖炉にともった。

「カート、本当に僕のことが嫌になったら早めにマーリンに訴えなよ。」

「どうしたんですか、急に。」

 きっとカーティスはシューを信じてついてきてくれるだろうけれども、シューがこの先シューでいられるのかは自分ですら信じることができない。

 そう呟いた先に、シューの脳内にエリオットJr.が怒っている様子が映った。恐らくシトリの見ている景色だ。




「イザナミ!」

 炎に巻き込まれるのをいとわず、マティルドはイザナミに駆け寄ろうとしたが、その先をエリオットJr.に阻まれた。

「お前のせいだろう。」

「わかってるわ。」

 父アルバート公爵の魔法が切れ2匹の大きな蛇が少女との間に割り込んだ。エリオットJr.は魔法を発動すると、木が蛇とエリオットJr.の間にするりと伸びてその牙に突き刺さった。そこからさらに幹が太くなり、猿轡のようにあごにきっちりと挟まった。丸太を呑み込んでしまおうと、蛇はもがいているが、それよりもエントの加護を得たエリオットJr.の魔法のほうが早い。

「ごめんね、トビー、レディ。」

イザナミが炎に焼かれながらも、涙をためた少女に微笑んだのを気づいたのは誰もいなかった。

「炎は一番イザナミが嫌いだったのに、ごめんね。」

 エリオットJr.は死を受け入れた少女の後頭部を殴り気絶させた。


 たった一人の少女と最高精霊の反逆は国の最高戦力たちにより、2時間程度で収められてしまった。しかし、その時間以上の被害は出た。ジョーンズ騎士団長やトーレンの活躍により建造物の損壊はないものの、イフリートの炎は王宮が炎上したように見えたため王都内に混乱を齎した。その混乱に乗じて火事場泥棒も起きていた。事前に黄泉の女王とは戦えない者たちを王都内の警護に向かわせてた為、それも長く続きはしないだろうが、アルバート宰相閣下は当面の間は家に帰れないだろうと、眉間にしわを寄せたままため息を付いた。

「おおい、更に老けていくぜ。年甲斐もなく、出張ってくるからそうなるんだ、エル。」

 そうはいいながらも、ジョーンズ騎士団長もこれからくる後処理の書類決済を考えると頭が痛かった。20年以上前、学園で肩を付き合わせた友人にアルバート宰相閣下は小言を返した。

「さあさあ、俺は帰るかなぁ。またこういう遊びがあればいつでも呼べよ。ああ、死ぬ前にもな、エル?リズが死んだとか未だ信じててねえから。」

 火の最高精霊イフリートは何事もないように言っているが、イザナミによってつけられたその傷はまだ治っていない。

「ああ、死ぬ前に喚ぶ力が残っていればな。」

「んで、あのちっさい女は殺すのか?」

 イフリートが指さす先に、白髪の少女がエリオットJr.によって拘束されていた。元々かかっていた魔力封じよりもさらに厳しい術がかけられたようだ。

「・・・2度も王女を殺そうとし、王都に混乱を招いたんだ。」

「ま、面白い臭いがすんだけど、人間たちはそれだけじゃ助けねえもんな。」

 アルバートの宣戦布告に聞こえかねないので、アルバート宰相閣下にはこれ以上少女からシューの名を呼ばれるのを拒んだ。

「10にも満たないうちでこの力だ。正しい方向に使われれば英雄だったのかもしれん。」

 ただそうはならなかっただけだと、言い捨てると宰相閣下は執務室へ戻るために踵を返し、イフリートはからっとした笑顔を向け、炎を一瞬大きく燃え上がらせるともうすでにその場にはいなかった。

 

「お疲れ様でした、アルビオン伯爵。」

 少女を再びオルレアンの刑務官に身柄を引き渡したエリオットJr.のもとに、疲労感を隠せないトーレンがやってきた。

「トーレン・スミス。この度は救援感謝する。」

「いいえ。イザナミ様にこの地で再び逢うとは思ってなかったので。それよりも、その少女は。」

「未来の記憶を持っているとされる少女だ。なぜかシューのことを知っていて、俺がシューを殺すのだとずっと喚いている。」

 トーレンはそれを疑う様子もなく、純粋な驚愕を隠せていなかった。

「その様子なら、お前も未来を知っているのだな。」

 無言でトーレンはうなずいた。

「・・・シューの話もこの少女の話もどうにも不意落ちない点がある。シューは『これは2度目だ』と言って言えるが、この少女の未来とは微妙に食い違っているからな。」

 少女がはシューを殺したのはエリオットJr.だと主張し、シューは頼んでもエリオットJr.は殺してはくれなかったといっていることをトーレンに伝えると

「シューはなんて?」

と返した。

「シューは『前回』の記憶にはあまり自信はないのだという。」

「む、む…。」

トーレンは何かを話そうとして、今まで聞き取りやすい綺麗な言葉で話していたくせに、突然活舌が悪くなって聞こえなかった。

「ふざけているのか、お前。」

 真剣に話しているつもりだったが、どうしても口が回らないのだが、事情の知らないエリオットJr.はふざけているようにしか見えなかった。

「私はその少女がシューを仲がいい未来を知りません。」

 シューも全く見ず知らずの少女だとは言っていたが、王女殿下との共有で「6年後の未来でシューと仲が良くなる」というのを知っていた。

「6年後はありえません。」

 その先をトーレンは伝えられなかった。

「全くお前たちはよくわからないな。」

「未来を知っているからと言って、全く有利ではないです。それどころか未来(かこ)との差異ばかりに気を取られて、前に進めない。進んでいるつもりが、ずっと後ろばかり気にかけてしまう。」

 少女もまた過去(みらい)に囚われて、シュー以外のことは全く興味が無かったのを見ると、やはり過ぎ去った未来は過去でしかないのだろうと、未来のことを知らないエリオットJr.は思った。

「何度も世界を繰り返している、ということではないのか。」

「この世界は巻き戻しているわけでも、焼き直しをしているわけでもないんです。」

 トーレンは少しだけ後悔している様子であるが、トーレンが何かを隠しているようにしか思えなかった。

「まあ、いい。またシューから聞き出す。」

 シューもこの件に関しては要領を得ないので面倒だが、ふざけているようにしか見えないトーレンよりはましだと心の中で嘆いた。

「ああ、私からもいいでしょうか。シューに会ったら何故人に身をやつしたのか、とお伺いしてくれませんか。」

「その話もあったな。」

「ええ、だって気づいたら封印は解けて…、あれ。」

 普通に話していたトーレンの口が突然止まった。

「どうかしたのか?」

「ああ、いえ、自分の記憶に自信がなくなったのです。」

 彼が言っている未来を知り過ぎて、未来との差異に戸惑っているのかと尋ねると彼は首を振った。

「私の記憶の中では、シューは人間ではなかったので。」

「今は?」

「人間です、間違いありません。」

「では、それだけが事実だ。」

 はっきりとしたことが言えない未来の記憶など、占いの類だ。信じる必要性が無い。トーレンの戸惑いを切り捨てた。

「はい。」


まさかの3か月振り!

大変申し訳ございませんでした。

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