死の精霊
エリオットSr.・アルバート(41)シューの父親 家族以外の会話は達者
エリオットJr・アルバート(18) アルバート家長男 母に言われて家族の会話は最近頑張っている。
マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン(14) オルレアン王国 王女
「騎士団は誰がいる?!」
近衛兵たちが焦っている。彼らもずっと訓練してきた精鋭たちだが、純粋な戦闘経験がある騎士団とは雲泥の差がある。
「エリオット隊長はもう帰られてます。今使いを走らせていますが。」
混迷しながらもどうにか対策を絞り出している彼らのことを思うとマリアンヌはマティルドの「弱い」という言葉が頭に響く。こんなはずはなかった。
「服従の紋をかけなおすには?」
「結界魔導士は今結界が揺らがぬようにと、そちらに向かっていて、他の王宮魔導士で彼女に敵うか。」
王都や王宮を守護している要の結界魔道士は王宮魔道士中でも優秀だから、誰か1人でもいてくれれば安心だったのだが、緊急事態に魔族に攻め込まれたらひとたまりもないので、動ける結界魔道士はそちらに行ってしまったようだ。
「…急に魔力が増強したようだ。エリオット隊長が捕まえたときはもっと・・・。」
従者が建物の影にへたり込むマリアンヌの腕をとった。土で汚れたスカートを握りしめて立ち上がった。
「私は今、一番嫌いな私になってる。」
「王女殿下、後悔は後でしましょう。」
「うん、ごめんなさい。走るわ。」
弱者の自分ではやれることは限られているが、状況を見極めるのも大事なことだ。自分のほほを叩いて、立ち上がった。しかし、それを彼女は難なく飛び越える。
「逃がさない!」
影が揺れ動き、マリアンヌの前にいた従者を切り裂いた。
「ああ、ジルベール!」
従者の名を叫んだ。
マリアンヌの瞳いっぱいに映った白い小さな手に何もできなくて、ああ、終わってしまったと覚悟した。
「全く、仮眠中だったというのに。」
深い赤いリボンで緩く結ばれた長い髪が風塵となびいていた。舌打ちをした少女の影は遠くに跳び去った。
「…さいしょう。」
「アルバート宰相閣下。」
遠くで若い近衛兵たちが宰相のエリオットSr.・アルバートの登場に戸惑っている。彼が宰相についてからは戦場に出たことが無かったから、彼の実力を知らないのだ。
「宰相は文官じゃ…。」
「バカ、20年前のアルビオン侵攻で一番魔族を殺した男だぞ。」
後ろでこそこそと話しているのがマリアンヌの位置からでもよく聞こえた。
「おい、そこのレイトン子爵の息子…、アントワーヌだな。王女殿下を頼む。」
「わ、私のことを知って・・・!」
「さっさとしろ。」
「隣の、ユーゴ・オランド。倒れているジルベールを運べ。すぐにだ。」
後ろにいた彼らの目をやって、それぞれの名前を呼び、簡潔に指示を出した。しばらくエリオットSr.の様子を見ていたマティルドはくすくすと笑った。
「さいしょうが何でここにいるの。こんなところで遊んでないで、アルビオンにいなきゃだめじゃないの?」
「ほう、その年でアルビオンを気にかけてくれるのか、悪戯王よ。」
「私、ピクシー好き。」
エリオットSr.は自分の息子であるシューよりもかなり小さい少女に対して憐れみを感じていたが、誰よりも強大な力を持ち、制御することが不可能である幼子を野放しにすることはできなかった。(この世界には大人と子供を分ける明確なものはなく、罪を犯せば年齢に区別はつかない)
「すべてを焼き尽くす炎の化身、イフリート。我が燃え滾る血より現れろ。」
炎の巨大な柱が燃え上がり、その炎の中から火のような髪を持った精霊が召喚され、同時にマティルドは炎の檻に包まれた。
「えええ、精霊が、いる。」
「召喚、それほどまでの魔導士だったのか、宰相閣下。」
大多数である精霊にかかわりのない人間は声すら聴くことを叶わない為、その存在を疑うことがしばしばあるが今アルビオン公爵の召喚によって本体が姿を現し、多くの人が認めざるを得ない。
「久しぶりに暴れてやるかあ、エル。」
「イフリート、人が多いから加減はしてくれ。」
「それはエルが調整しろ、俺は全力を尽くす。」
「おい、マルティン・デビット。我が息子への連絡は?」
ほとんど話をしたことがなかった宰相閣下に名を呼ばれた若い近衛兵は飛び上がった。
「10分前に!」
「息子が来るまでは私の枯れた体力でも持つか。」
炎の檻に包まれていたマティルドがきゃらきゃらと笑い声をあげる。
「炎によって殺された女神、死を願う我と共に千の命を殺せ、イザナミ!」
ぎりぎりぎりと岩戸が開く音がして、周りに白い霧が立ち込んだ。まるで黄泉との境が不明瞭になったようだ。
「うわぁぁぁ、蟲、蟲!」
どこからか湧いた百足やウジ虫が近衛兵の足にまとわりつくが、エリオットSr.の足にたどりつく前にイフリートの炎によって燃え尽きる。悲鳴を上げる近衛兵たちとは違ってイフリートは楽しそうに感心した。
「おお、すげえな、あの娘。」
「イザナミ、知らない精霊だ。」
「なははは、俺もだ!ただこの死の匂い、冥府の精霊だな。しかも、闇の最高精霊の一人だろう。」
「イフリートは冥府も恐れないのだな。」
「俺は最高だからな。」
「ああ、そうだな。最高の精霊だ。」
イフリートは空高く舞い上がり、火を噴いた。他の近衛兵や到着したばかりの騎士団の足についた地の底から這い出た百足やウジ虫たちを焼き殺す。
火の檻から抜け出した少女の腕には二匹のクサリヘビがまきついていた。
「トビー、レディ、久しぶり。死んだと思っていたわ。」
「神の使い手の蛇がすぐ死ぬはずなかろう、白露。」
「イザナミには感謝しているわ。」
「何故死に向かうのか、わらわにはとんと見当がつかぬがな。生きておるこの世界のほうが楽しかろう、人の身では。」
「イザナミは好きな人が現世にいたからでしょ。私はもうどうでもいいの。あの人が救えれば、それでいいの。だから、あの女とあの男は殺さなきゃあ。」
マティルドを囲むイザナミの結界がイフリートの炎を阻んだ。
「…炎じゃ。わらわが嫌いな炎じゃ…。」
ごうごうと燃える炎にイザナミは眉を顰める。かつては美しかっただろうかんばせは今にもボロボロで崩れ落ちそうだ。イザナミは巨大な黄泉の入り口を開くと、炎を吸収した。
ポンと消えた炎にイフリートは目をぱちくりと動かしながらも、
「おーう、面白いな。知らぬ精霊よ。」
愉快そうに笑った。
「わらわもお主のような無礼者知らん。」
「我が名はイフリート。炎の最高なる精霊だ。以後よろしく頼むぜ、死者の精霊。」
マティルドの顔に一匹の百足が通っていったが、彼女は瞬き1つしなかった。それをみたエリオットSr.のほうが不快感で眉を顰めた。
「シューのことを何故知っているのか、と尋ねても答える気はないだろうな。」
「きらいきらい。すべて、あなたがいけないんじゃない。あなたがあの女に相談したから!」
「…ノーランド女史のことか?いったいどこで彼女を…。」
「知らないわ。知っていたんだもん。ずっと知っていたんだもん。」
マティルドの叫びとともに、蛇は巨大化して彼女をエリオットSr.にかみつこうとするのを、齢40の文官とは思えないほど柔らかい剣さばきでいなす。
「宰相閣下、その蛇の毒は未だシュー様しか解毒できないものです。」
「そうか、気を付けよう。-―――悲しみよ、憎しみよ、逃さぬよう、食らいつけ。ロック。」
バチバチと電気が走るように、巨大な蛇の動きが止まった。
細身の剣で蛇の首を2匹ともエリオットSr.は落としたが、いずれまた復活してしまうのだろうからと魔法の拘束は解かないようにした。
「ぬるいぬるい!死者は力が弱いな!」
宰相という地位について久しい。好戦的なイフリートは、久しぶりでかつ全力で戦える相手というのが楽しくて仕方がないらしい。近衛兵や騎士団の人間にまとわりつこうとする蟲を燃やしているとはいえ、
「イフリート、王宮まで燃やす気か。」
地下牢は王族たちが住む場所よりかなり遠い位置に存在しているとはいえ、騎士団の詰め所やら、厩やら重要な拠点が存在する。
「女神アテナよ、災厄からこの地を守れ、アイギス!」
イフリートの炎が建物へ行く前に、騎士団長ルイス・ジョーンズが守護結界により防いだ。
「おいおい、派手なことになってるじゃないか、エル!」
「遅いぞ、騎士団長。」
「悪かった。宰相閣下。守る方は任せてくれ。」
「彼女の魔法は攻撃力というよりも毒などによる攻撃が厄介だ。」
「承知。こういう敵こそ、閣下の息子がいてくれるとな。」
騎士団長ルイスが軽口を叩くと、エリオットSr.は何も返事をしなかった。マティルドから目を離していないが、その実違うものを見ている表情だ。
「ルー、とりあえずお前は豚に頭をぶつけて死ね。」
ぼそっとつぶやいた声に騎士団長は乾いた笑みが出た。
暗い職人街を抜け、広場を突き進み、さらに貴族街を走る。トーレンは強い精霊の気配で飛び起き、ひたすら走っていた。走るトーレンの横でいきなり門が開いた。馬に乗った長身の男―――エリオットJr.だ。マリアンを迎えに行ったあとのパーティで一度トーレンはあったことがある。
「…お前は、確か、元精霊などといった胡散臭い・・・。」
「覚えておられるんですか。」
「どうしてここにいる。」
「王宮の方から異常なほど精霊の気配がして。」
そうはなしているうちに王宮から何度も火柱が上がる。
「父のイフリートか。想像以上に大変なことになっているようだ。」
エリオットJr.はトーレンの顔を見つめ、一つ紙に書き連ねた。
「それを持ってこい、ただの職人では入れない。それからユーリ、一番身軽な馬車を用意し、彼を王宮まで連れてきてくれ。ただの足よりは幾分か速いだろう。」
後ろで控えていた執事見習いに託をして、自分は単騎で駆けて行ってしまった。
「は、速い。」
「馬の扱いでなかなかエリオット様を超えるものはおりませんよ。では、こちらも行きましょうか。」
執事見習いが小さな馬車と屈強そうな御者を連れてきて、戸惑うトーレンを馬車に押し込めた。
炎の赤と闇の黒が対抗しあって舞っている。
二柱の精霊が召喚されているとい状況ですら異様な光景だが、更にそこにいるのがあまたの精霊たちの中で限りなく上のほうにいる最高精霊たちだ。
「イザナミ、様がいる。」
馬車から降りて、エリオットJr.の口添えもあり簡単に王宮内の結界の中に入ることができたトーレンだが、自分と同じ髪色をした女性の精霊イザナミがいることに悪寒が走った。
「あの精霊を知っているのか。」
入ってきたトーレンを見つけて、握っていた剣を下しエリオットJr.は近寄ってきた。
「闇の最高精霊のおひとりですよ。この地のハデスとは違って『精霊殺し』で有名で…。」
「精霊殺し?」
「ええ、不死の精霊を殺す力をもつ珍しい精霊です。忌避される神でありながら、不死の救いでもある神…。」
「それでよく精霊が減らないな。」
「だからこそ、彼女が管理する地は今もなお新しい精霊が幾千も誕生する。私のような末端も末端の精霊が生まれるわけです。」
闇の最高精霊が一人、イザナミを知り、エリオットJr.はどうするべきかと思案する。対抗するには光の精霊の力を借りたい。今のところ光の精霊と明確なつながりを持つのはシャルルとマリアンのみだ。しかし、シャルルは精霊を顕現することはできても、召喚まではできていない。
「お前は誰か繋がりはないのか。」
「私ですか。」
トーレンは自身も精霊だったが、それほど大きな力をもった精霊ではない。名を呼び来てくれる精霊など片手にも満たない。中でも、光の精霊となれば。
「私にはシューしか、知らない。」
「…何故、シューが。」
わずかにエリオットJr.の目が見開いた。
「さあ、彼もまた生まれ変わりかもしれませんよ。」
煮え切らない言い方にエリオットJrはうんざりした。
「シューを、召喚できるのか?」
「不可能ではないと思います。精霊ではなくなった私をシューは召喚することができたのですから。」
強気にトーレンは言ったが、不安でもあった。精霊も嫌な時は召喚を拒むことができる。だから、召喚の魔法で彼と繋がったところで拒否される可能性もあるからだ。
「仮にシューを召喚できたとしても、人間である彼に最高精霊の相手ができるとは思いませんが。」
「人間か。」
「それは勿論人ですよ。人が産んだのですから。」
人間であるということを聞いて彼は安堵した。
「あの少女もまた人だ。この人数差だから、こちら側が負けるということはないが、懸念事項はあの精霊だ。」
「そうでしょうとも。寧ろ、少女が死ねばコントロールを失い、さらにこの地にいる精霊を殺害していく可能性すらあります。」
「人ではなく精霊を、か。」
「あの方が与えられた本当の役割は循環なのですから。」
古い精霊を殺し、新しい精霊を齎すのが精霊イザナミの意味でもある。
「…唯一の救いであるのは、彼女が人を殺すことはほとんどないことでしょうか。」
しかし、それは彼女の土地の話であり、このオルレアンの地域でも同じとは限らない。
ひときわ大きな火柱が立った。
「俺は父の加勢へ行く。お前はどうする。」
「ひとまず、あの結界の方を手伝います。」
あの結界の方といって騎士団長ルイス・ジョーンズを指さす。
トーレンは遠い地にいるシューに思いをはせた。




