This is a different world.
マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン(14)
オルレアン王国王位継承権 第3位
前世はゲーム廃人の真理亜
マティルド(9)
狂った少女
ゲームの世界では約6年後にシューと出会い救われたはず。
「ここで何をしていたのでしょう。」
毅然とした様子で話しているものの、所長アーミテイジは困惑と焦燥を隠し切れていない。とはいえ、問答無用で捕縛する可能性ですら考えていたのだが、冷静さは失われているわけでもない。
「分からないのならば、父…、アルバート公爵夫妻のどちらかにでも尋ねれば良いでしょう?それとも、エリザベス・ノーランドが何をしていたのか本気で分からないとでも?」
「…いいや、何を研究していたかくらいは了承済みだ。」
「シューは、楽しいことが好きなんだ。光属性の癖に彼は戦うのが楽しくて仕方ないらしくて、よく喧嘩をしに遊びに行ってたんだ。態々遠い国にまで行ったよ。ああ、そんな話されても千年以上前に眠ってしまったスピリットの話なんて知るはずないか。」
「貴方に精霊の記憶が。」
「そもそも、人間だって人の思い通りにならないのに、精霊を思い通りに動かそうなんて恐ろしい話だよ。」
精霊の怒りに触れてしまったとのだと、彼らは顔を青くした。それすらも腹立たしいことだったが、悲しいことに精霊の力は戻ってない。
「別に何もしないよ。」
薔薇柄のマフラーがいつの間にか床に落ちていた。
ーーーシューは絶望したの、物語の途中で。
マリアンヌの悲しそうな表情を思い出した。
絶望はこれ?
ゲームのシューは『道具』だと言うことに気づいて絶望したのか。
しかし、ゲームの自分は愛されていなかったのに、愛されていることに気づかなかったのに、どこに悲しむ理由があるというんだ。
「シュー様、マーリンが来られておりますが。」
貴族の敬称を、氏を呼ぶのを辞めた。精霊のシューに気を使ったのだろうが、それすらも癪に触る。
「そう、迎えだね。では、ご機嫌よう、研究所の皆様。」
侵入者のシューは精霊ではなく人の貴族らしく挨拶をして、門外不出とされた部屋を後にした。
「シューおぼっちゃま、今日はお疲れのようですね。」
家令のマーリンはシューが公務に行ってきたかのような口ぶりでシューを出迎えた。
「急な予定変更なのに、迎えありがとうございます。」
マーリンは落ち着き払い完璧な家令として振る舞っていたので、シューも毅然とした貴族のように笑って返した。シューが馬車に乗り込んだところで、研究員のエディが走ってきた。
「シュー、忘れもの!です!」
エリザベスの研究室で落としてきたあの薔薇柄のマフラーだった。シューが受け取るのを躊躇っているとマーリンがそれを受け取った。
「今は日が出ているので着けるには暑いでしょう。」
「ええ、家でも必要ないので帰ったらすぐフィリップかカーティスへ渡して頂けると嬉しいです。」
「勿論ですよ、おぼっちゃま。」
場所の小さな窓からアルビオンの街が過ぎ去っていく。研究所から大した距離はないので馬車だと10分程で家に着いた。
それほど時間が経った訳でもないのに、家に持ってきたのはとても久しぶりで懐かしく感じた。
「お帰りなさい、シュー。」
黄色のアフタヌーンドレスのディアナがシューを出迎え、シューは彼女を見た瞬間に脇見もせず抱きついた。
「シュー。」
「苦しいです。憎いです。」
「…私の可愛い子、そうですね。」
「僕は誰ですか。」
「私の息子です。私の親友が産んだ、私の息子ですよ。」
ディアナは勝手なシューの行動を諫めず、抱きつくシューに合わせて身を屈めてぎゅっと思いが伝わるように抱きしめた。
エリザベスが生きていた頃、シューをこうして抱きしめて愛していると何度も伝えていたのをすっかり忘れてしまっていた。ほんの幼い頃の記憶はシューの頬を温かく濡らし、ディアナのドレスのスカートにシミを作った。
屈んで大変な姿勢だろうというのに、ディアナはシューが自分から離すまでずっと同じ体勢だった。それで十分だろう、シューと心で呟く。
「リー様やミス・ホワイトがいらっしゃいますが、帰って戴きますか?」
「顔は見せよう、と思います。」
あの後マリアンがどうなったかはシューも知る由はなかった。
応接室に通されたイールゥイとマリアンは、シューの2人の側仕えと一緒に待機していた。マリアンは中で何があっのか2人の従者に問い詰められ、素直に話したのだが、いかんせん彼女自身がアルビオン語が読めなかったことや魔法の知識などが付属しており十分な説明ができなかった。
「…悪魔?に聞けばもう少しわかると思うよ。」
ダンタリオンのことを知っていた2人はああと頷いたが、イールゥイは悪魔の聞いて聞き返した。
「悪魔なんて危険!早く消さないと!」
「シューもそんなこと言ってた。見つけたら即倒すって。」
「当たり前!」
物騒な会話だったが、シューとダンタリオンの様子を見ていたマリアンには悪魔が皆が話すような恐ろしいものにも見えなかった。
「で、でも。」
「その悪魔は情報屋だ。客と見なされれば、基本的には危険はない。特にシューは光属性だから。この話は終わりだ。」
“Why does he know the one?!”
「ほえっ!」
“Break down”
„Why do you say that?!“
イールゥイの焦りと困惑を見て、カーティスは懐かしさを感じた。そう、普通はそれが正しい。捲し立てられるアルビオン語にマリアンはついていけず、カーティスの隣で呟いた。
「な、なんか、私間違えちゃった?」
「そうですね、言うタイミングと相手を間違えました。」
「ご、ごめんなさい。」
「…これは八つ当たりです。」
「八つ当たり?」
「ええ、アンジェリカさんや…自分に怒ってる。あの場に私もフィルいたのに、シューは貴女を連れて行った。」
フィリップは旧知で、カーティスよりも余程修羅場には慣れているから仕方ない。しかし、そのどちらでもないマリアンが連れて行かれたのは承服しかねた。
「違うよ、シューって宝物は宝箱に入れておく人でしょ。」
「はい?」
「分かるの、少しだけ。カーティスさんはとてもシューにとって得難い人なんだよ。だから、怖い場所には連れて行かない。」
マリアンははっきりと言い切った。きっと彼女が好かれるのはそう言うところなのだろうとカーティスも認める。
ガラリと突然応接間の扉が開き、メイドに連れられてシュー が部屋に入ってきた。
「皆、心配かけてごめんね。ちょっと疲れたから僕はもう寝るよ。」
「书!後で、明日でも明後日でもいいから、また会える?」
「ああ、うん、多分。君が、…君次第かな。」
「うん、良かった。」
いつもより言葉に力が、自信が、ない。今までは落ち込んでいる時だって言葉には力があったのに、あの研究所で何があったと言うのだろうか。心が読めるという同僚はどうだろうと顔を見ると彼の顔は可愛そうなくらい青くなっていた。
「フィル、どうしたんだ。」
「ああ、いや、私も弱いなと。」
「カートとフィルは休んでもいいよ。彼女に送ってもらうから。」
「あ、いえ、付いていきます!」
マリアンとイールゥイに頭を下げて、シューと共に部屋を出た。部屋に戻る途中でカーティスは家令のマーリンから薔薇柄のマフラーを受け取った。誕生日に貰った衣服中でもシューは一等気に入っていて、よく握り締めているのを見た。
「…あの、本当に私たちが付いていながらーーー。」
「カーティス、そのことは気にしなくていい。」
優しい声色だったが、ピシャリと叩きつけるような物言いにカーティスは黙り込んだ。
「…お前はよくやっている。」
カーティスはひっと声をあげそうになるのを必死に我慢した。
「はい、ありがとうございます。」
カーティスは先に行ってしまったシューとフィリップを追いかけた。
自室に戻ると、すぐに寝るというシューに着替えをさせてから、カーティスは何かをずっと考えているフィリップの顔を見た。
「どうした、フィル?」
「…帰ってきてからシューの心の声が聞こえないんだ。前にもあったが、普段ずっと聞こえている人の声が聞こえなくなるのは怖い。」
「…そうだな。シューが妙に静かなときは不味い。ルルさんの時もそうだった。」
「…シューは何が苦しいんだろうか。精霊だったことが?シトリと仲が良いのならその可能性は高かった。」
「精霊じゃないと、レディ・ホワイトは言ってた。はぁ、やっぱりトーレンさんから話し伺えないのか。あの人なら全て分かってるんだろう。」
「話せないと言っていた。…いや、しかし妙だな。」
「なにが?」
「ダンからどうにかして話は聞けないだろうか。」
何かが足りないのではとフィリップは頭を悩ませた。
マリアンヌは、まだ夜が深いうちに目が覚めた。
「美代子?」
夢の中で見たことのない日本人女性が真理亜に話しかけてきて、返事ができないまま目が覚めた。
マリアンヌはベッドから飛び起きて、自室の部屋の扉を勢いよく開けた。待機していた使用人たちが、マリアンヌの名を呼んだがお構いなしに玄関ホールまでかけていってから自分が寝巻きであることに気付いて、自室に戻った。
「…なにやってんだろう、シューは今アルビオンで会えないのに。」
一月程前エリオットJr.に会って、アルビオンのシューの様子を聞いた。真理亜の予想に反してシューはアルビオンの生活を謳歌していて安心していながらも不安が募った。アルビオンから帰って来なかったらどうしよう、と。その不安はマリアンにも伝播していて、マリアンはアルビオンに旅立った。
「王女殿下、眠れないのなら本でもお読みになりますか。」
「ノート、私の机の上にあるノートを取ってくださります?子供の頃から書いているノートです。」
今までシューにしか見せたことがない、前世の記憶ノートだ。自分が書いたシュー・アルバートのメモはこうだった。
シュー・アルバート 14歳
ヒロインと同じ平民の特待生
物語序盤のチュートリアルキャラで、シューが裏切るまで攻略対象などの仲間たちの情報や親密度のチェックを確認したり、知性(戦闘では魔法攻撃力)を上げるときの特訓キャラでもある。
基本的にシステム部分を担っている為、登場回数は多いが参加イベントは多くない。割にスチルの隅によく出てくる。
・シャルルが彼の母からもらったペンダントを紛失した。シューが唆し、盗んだのはマリアンヌだ。盗みを疑われたヒロインをシャルルやニクラスが原因を究明し助けてくれる。
四章はヒロインの功績を買って、魔族領の大陸側の途中にある島に住む海賊に近い魔族を倒すように言われる。しかし、どこで情報が漏れたのか船で出発して岸が見えなくなったところに大量魔族が襲来。
一行は命からがらで戻り、裏切り者の存在が示唆。学院に戻る。何故か学院ではマリアンヌが槍玉に挙げられていた。(王女断罪イベント)
ヒロインが犯人はマリアンヌではないと叫び、任意の攻略対象と犯人探し。寮長、先生、コック、神殿の司祭から話を聞くが、全くいい情報なし。
シューがプロファイリングしているからと、攻略対象と一緒に戻り、パーティ関係者全員と事件の情報を確認して、シューに「犯人がこれで分かった?」と言われ、いきなり犯人指名シーン開始。(間違えるとバッドエンディング直行)
シューを指名すると話は、シューは態度を急変。(指名理由:プロファイルの関係者全ての情報が詳しすぎることや学院で生活していたにしては概要が詳しすぎる。)
ヒロインを攻撃して、庇ったマリアンヌが死亡。そして、逃走。
それ以降シューが様々な人を殺したという情報が出てくるが彼本人は出て来ない。
・六章の魔王城攻略途中に出現。全力で殺しにくる。アルバートの人間であることを告白。捕縛。
・投獄される。
・続編『光と闇を繋ぐもの』で再登場。再びチュートリアルキャラ。
チュートリアル最後に、絶望して罪を犯し投獄された後の話をして、居なくなる。
シューの絶望?絶望…?
ここまで書いてマリアンヌは分からなくなったのだ。真理亜はこのゲーム廃人と言われるほどまでやり込んだのだから、情報が抜きわすれなんてあり得なかった。
マリアンヌは顔を上げた。
「まだ、いた。シュー以外で知ってそうな人。」
マリアンヌは今度こそ寝巻きから着替えて、部屋を出た。マリアンヌの奇行は珍しくないので、従者は呆れながらも慌てることはなくついて行った。
地下牢獄は原作のシューも収監されていた暗くてジメジメして、カビやら糞尿の匂いやらでとにかく臭くて、気が参ってしまいそうだ。こんな場所には1秒だっていたくない。
しかめ面を叩いて気合を入れる。寝ているかと思われていた彼女は幸い起きていたようだ。
「こんばんは、マティルド。」
白髪の美少女は、頬がこけ、光を映さないその睛眸はどこ見ているのか全くわからない。頬や腕には赤黒い痣があって8つの子にあっていいものじゃない。
「手酷い尋問…ね。」
マリアンヌはせめてもの救いをと神癒魔法で治した。
「私のこと嫌いだとは思うのだけれど、シューのことを聞かせて欲しいの。」
マティルドはだんまりだ。
「…シューは未来であなたに何を話したの。あたし、シューを裁きたいなんて思ってない。たすけたいの。マティルドもそうでしょ。」
マティルドはイレギュラーが過ぎた。ゲームの話では、彼女とシューが出会うのはハッピーエンドのを迎えた後だから、彼女が覚えている記憶というのはシュー 達が想定している「1回目」ではなくゲームのはずだ。
茫洋とした彼女はマリアンヌの声すら聞こえているのか分からない。
やはりダメだったのだと諦めたその時、妙にはっきりとした声が響いた。
「貴女は何もしてはいけない。ただの弱者が思いあがらないで。」
それは確かに目の前の少女から発された言葉だった。
「何もしてはいけないって。確かにあたしは弱い!どんなに頑張っても治癒魔法の精度は上がらない、剣術もダメ、それは、分かった。でも!あたしは未来を知ってる!だから、変えられる!悲しい未来を。」
「未来は変わった。でも、馬鹿なことを言わないで。未来を変えるのなんて簡単よ。過去話さなかった人と一言交えるだけで変わる。」
「あたしは。」
マティルドの首がこちらを向いた。からくり仕掛けの人形のような不気味さで。
「シューを助けたいのなら、貴方は塔の中でもいちから幽閉されればそれでいい。弱い癖に無駄に身分があるもんだから、厄介なの。」
ガジャンと鉄格子をつかむ音が全く音ない地下牢に響いた。
「力がないからって行動しないのは言い訳…。」
「シューが『前』、後を引き返せなくなったのは貴女が死んだからよ。絶望したんじゃない、オルレアン王女を殺してしまったから、人族を殺さなくてはならなくなった。自分の復讐を遂げる前に死ぬ気はなかったし。それなのに、それなのに、助けたいなんて笑わせてくれるわ。」
「それは可笑しいわ。元々シューは魔族に協力していた。どちらにせよ、変わらない。それは貴方の都合のいいようにしているだけ。」
「ええ、勿論。ガイルとカイムを招き入れたのは彼。魔族に情報を流したのも彼。アルバートと騎士団の隙をついて情報をとりやすいようにするため。それは確かに大罪だけど、投獄後のことを考えればシューはいくらでもやり直せたわ。貴方が死ななければ。」
「投獄後のこと…、そんなのゲームでは。」
ゲームでヒロインと会話したくらいでなにも無かった。
「ふふふふ、都合のいい記憶だわ。シューは街が破壊されたのを悲しんだし、人族が惨たらしく殺されたことに後悔した。」
「え?いつ?そんな話を貴方にしたの、彼が。」
「あはははは、あーーーー、やっぱり貴女だけは、シューに殺させない為にも私が殺す。」
静寂を破り、ふつふつと黒い靄があたりに出現し始める。
服従の紋による拘束は行なっているはずだが、腐ってもゲームのヒロインということか。紅の瞳に感情が戻っていた。
「王女殿下!」
護衛の1人が結界魔法を張り、別の人が服従の紋をいれなおしているようだが、溢れてだす黒の魔力に恐怖を抱いてしまって上手く機能してない。
「ここから離れます!」
女の剣士がマリアンヌの手を掴んで、走り出した。
とんでもないことになってしまった。堅牢に作られていたはずの鉄格子が壊れた音がさほど遠くない位置で聞こえた。
マリアンヌの事が大嫌いなマティルドが言うようにマリアンヌはここでは死んではいけない。
月夜に輝く白い髪はまるで月の女神だった。




