女性には逆らわない。
乙女ゲームの世界だから、世界を変えるのは女性の力。
マリアン(14) この世界のヒロイン
アンジェリカ 15,6の少女 水の治癒魔法の使い手。ゲームでは一切登場しないイレギュラー。
どうしても許せない人がいる。
隣にいる褐色肌の男は僕に対しては軽口を叩いているものの、その瞳は憎悪を含んでいた。
「君は関係ないことでしょ。どうして怒っている。」
「ど、う、し、て!お前は昔からそういう奴だった。それだから、俺たちはお前が憎い。」
「憎いのなら、尚更。」
「違う。なんでわからない。どうして、お前は人の心を分からない。どうして、今お前は人族にも魔族にもなれず涙する。」
ひとびとが泣く声と、魔族が笑う声。
そのどちらも僕の罪だった。
「愛されたかった。誰かに愛されたかったんだ。」
そういうと彼は呆れたように深くため息を吐く。
「お前はずっと愛されていたんだよ。じゃなきゃあ、助けに来るはずなんてないだろう。」
「…クー、君の最愛はヒナだろう?」
「俺の奥さんだけど!ああ、もう!そういう愛だけじゃねえんだよ!分かれよ、そろそろ。」
「愛ってそんなに種類があるんだ。」
「ある。あるよ。精霊の奴らが信徒に力を与えるのもまた愛。大人が子供を育てるのも愛。友人が傍で笑うのも愛なんだよ。」
僕は目を見開いた。半ば暴力的に告げられた言葉に衝撃を受け、それが彼から発された言葉だと認識すると笑った。
「あはははは!まさか!戦いの神が!戦いの神がそんなことを言うなんて!」
「だから、嫌なんだ!お前は!」
「ふふふ、最期に楽しいことを聞いた。」
「おい。」
「そんな怖い目で見ないでよ。ああ、君のおかげで彼女への贈り物を思いつけたんだ。」
久方ぶりに心から笑った。
僕の最期が憎しみではなく、愛しさで溢れたのは間違いなく彼のおかげだった。
天気の良いアン市は賑やかだ。束の間の晴れの日を楽しそうに歩き、露天商たちの声が大きく響く。
「シュー、あれは何!」
「あれは紅茶、最近アルビオンで流行っているんだ。」
「えっへん!流石でしょ。」
マリアンの指差す先に紅茶屋があった。ショーウィンドウから飾られるお茶の缶、ティーポット、ティーカップには薔薇の柄が綺麗に描かれていて華やかで、見るだけでキラキラとした喜びを感じていた。イールゥイも自慢げだ。
「綺麗!」
「あの磁器、我们の国の自慢の一品よ。」
「へえ、いーるいの国って凄いね。」
「東洋一の国よ。こっち、小さい国たくさん。それが一つ、なってるのが、我の国!」
「なんで一つの国なの?別々でもいいじゃない。」
「アルビオン、オルレアンの国なる、と同じ。」
「ああ、そうか。」
「もちろん、たくさん、血も流れてる。」
イールゥイが説明する東の国の話を楽しんでいると、いつも温厚なカーティスの怒声が響いた。
「貴様、無礼だぞ!」
声に驚き振り返るとカーティスと兄の従者ウォーレンがある男を取り押さえていた。くたびれたシャツにゆるそうなつり下げのズボンを履いた幸薄そうな30代後半といった男だ。
「やっぱり、リズですよね?リズの子ですよね!」
シューの顔を見ると男は嬉しそうな声を上げた。
「リズは元気ですか?」
「おい、勝手に話すな!」
「リズって、よくある渾名だけど誰のこと。」
カーティスとウォーレンが地面に取り押さえている男に近づいて顔を覗き込む。カーティスがシューを止めようとしたが、手で静止した。
「エリザベス・ノーランド、様です。」
「エリザベス・ノーランドは死んだ。君は誰。」
「そ、そんな…、リズが?」
男は絶望したように目を見開き、シューの質問に答えなかった。
「…御坊ちゃま、仲介人の紹介もなしに話すのはマナー違反ですよ。」
カーティスがシューの名前を明かさないように言うのも煩わしい。
「細かいなぁ。僕は神殿の人間でもあるのだから、身分なんて関係ない。僕の質問に答える気がないなら早々に立ち去らないと刑務所行きだけど?」
「あ、いえ、答えます。僕の名前はロニー・ニコル。ノーランド家の下男です。」
「ロニー、君はエリザベスとなんの関係が?渾名で呼ぶくらいだし、親しい関係?」
「ああ、いえ、特に親しいというか…。エリザベス様はあまり敬称をつけて呼ばれるのを酷く嫌いましたから、彼女の身の回りの世話を焼いていた人間は大方リズと愛称で呼ばせていただいてます。」
「男の君がエリザベスの世話?」
「ああ、いえ、メイドの荷物持ちなどです。本当ですよ。エリザベス様の研究室のお掃除などはかなり力仕事でしたので、メイドにいつもこき使われてました。メイドの話を聞きたいですか。」
「…往来でこんな話もするのはおかしい。近くに落ち着いて話せる場所はあるかな。」
「シュー…。」
カーティスが呆れた目でシューを見た。身内の話だからとマリアンをイールゥイに任せ、中央街大きなレストランの一室を借りることができたのでロニーを連れてそこへ入った。
「エリザベス様は平民、スラム街の孤児にも優しくて、時折スラム街の児童養護施設に行き寄付をされたり、勉強を教えたりしておりました。その関係で護衛代わりに僕を連れて行ったのです。勿論従者にも優しかったです。」
エリザベスは平等を願っている人だった。それは親友というディアナや一時期一緒に働きていたミカが共通して話していたことだ。
「エリザベス様はそれでいて貴族にはツンケンとした態度でしたから、アルビオン公爵夫妻と仲が良いのが珍しくて。」
「アルビオン公爵とは幼馴染だったとか。」
シューはロニーの話を真剣に聴きながらも身分を明かすのは躊躇って父と呼ぶことはできなかった。
「ああ、そうらしいですね。下世話な下級使用人たちは二人をくっつけて遊んでいましたけれども、本人たちは全くでしたね。男兄弟みたいにサバサバした関係でした。エリザベス様の研究室を訪う時はいつも夫人と一緒でしたし、エリザベス様は公爵様がいなくなるといつも文句ばかりで、夫人が公爵様に虐められていないか、寂しい想いをされてやいないかと気にかけられてました。」
パキンと何かが壊れた音がした。彼の話をこれ以上聞いてはならないと誰かが警告するが、それでも聞きたいのだと怒る自分がいる。
「…不義を働いて研究所を追われた、と聞いたことが。」
「不義?それは下級使用人の妄想でしょう。エリザベス様はそんな人じゃなかったです。…僕が話していいことだとは思いませんが、女性が好きなんですから。」
「は、え?」
「アルビオン公爵がお会いするといつも夫人に手を出さないように厳命するくらいでしたから、公爵様もご存知だと思いますよ。」
おかしい。何かがずっとおかしい。
ーーーリズは不義を働いたわけではありません。
それが真実なら、父親はエリオットJr.ではない。ならば、親友と幼馴染が、女性が好きだった彼女を望まぬ子を産まされたのを不憫に思って、自分たちの子だと偽り、ナニーとしてシューを育てさせた。
いや、それだと一つ不可解だ。エリオットSr.がシューを傍に置きたがったということだ。
シューは全てを置き去りにしてレストランを出た。
「アンジー、君に聴きたいことがある。」
突然ひどい剣幕のシューが現れて、神殿の人間たちが騒ついていても、アンジェリカは顔色一つ変えなかった。
「シュー・アルバート卿が切迫しているから、先に休憩を取らせていただくわ。」
アンジェリカはシューの手を掴み、スカートをたくし上げて走る。アンジェリカの様子にぽかんと周りが呆けている間に神殿の応接室に入って人払いをした。
「そんなに怖い顔をしてどうしたの。」
「これから僕は変なことを言うかもしれないけど、聞いて欲しいんだ。」
「聞く気があるから私はここに貴方を連れてきたでしょう。」
「……体外受精というのは魔法技術として可能?」
「まず言葉の意味を教えて欲しいわ。体外ということは体の外ということよね。」
美代子の持てる限りの知識で体外受精について説明すると、アンジェリカはううんと頭を捻った。
「実現可能性については否定しない。ただかなり精緻な水の治癒魔法が必要となるはずよ。受精ができたところで流産する可能性もかなり高いと思われるわ。」
アンジェリカは魔法の天才で異世界のような医術的知識を持っていても可能性は低いという。
ーーー人の権利を蔑ろにする「研究」だ。
倫理的な理由で制限されている研究。現代に生きる美代子が思い出すのはクローン研究で、そこで使われたのは受精卵。受精卵の核を入れ換えて作るのがクローン。
「酷い顔よ。シュー、何が怖いの?」
「自分が信じられなくなるんだ。」
「大丈夫、大丈夫よ。貴方が忘れない限り、貴方は貴方。記憶が全部ない私がいうのだから信憑性あるでしょ。」
「もし本当は君が両親から酷く虐待を受けていてショックで記憶を失っていたのを思い出して、憎悪で溢れたら?」
「あら、ありそうな話ね。でも、大丈夫よ。殺したいのなら殺すし、取るに足らないのなら放置よ。」
「殺すんだ。」
アンジェリカは首を傾げた。
「だって、分からないもの。分からないことに怯えているのはどうしようもない。解決法がないから。」
その通りなのだが、心は落ち着かない。
「なら、解き明かしに行きましょう。」
アンジェリカは怖いもの知らずだった。シュー手を掴んで、神殿を飛び出した。
「あ、シュー!」
見つけたとマリアンとイールゥイがその先にいた。後ろに従者たちの姿も見える。
「アンジェリカ!」
「シャオリー、レディ、案内して。」
「え?」
「公爵家へ。」
どんなに優秀な治癒魔道士とはいえ、公爵家へ乗り込むのは無謀だった。アンジェリカにそんな罪を負わせたくはなかったが、シューが発したのは止めるのとは違う言葉だ。
「アンジー、公爵家にはない。あるなら、アルビオン魔法研究所。」
「そう、なら行くわよ。」
濃紺のワンピースを翻し、シューの手を強く掴んだままアンジェリカは進む。
「あれがアンジェリカさん。」
マリアンはアンジェリカの背を眺めて、慌ててついていった。ヘアキャップからはみ出た金色の艶のある髪が目についた。
聳え立つ巨大なアルビオン魔法研究所の門、歓迎されていない現在は固く閉じられている。そしてその前にエリオットJr.の従者ウォーレンが立つ。
「奥様の言うことを守りなさい、シュー御坊ちゃま。」
「あら、貴方シューの味方じゃあないのね。」
「な、何する気ですか、アンジェリカさん。」
カーティスがアンジェリカを止めようとしたが、彼女の方が早い。
「私は治癒魔法の使い手、人体には詳しいのよ。」
ばたりとウォーレンは門にもたれかかるように倒れた。
「大丈夫よ。ちょっとホルモンバランス崩れて気絶しただけ。」
「ほるもん?」
「おい、神殿の人間。これだとシューもここにいる人間全員罪人になりかねない。特にマリアンはオルレアンの人間、不味いぞ。」
珍しくフィリップが動揺する、状況を掴めないマリアンがずっと周囲をキョロキョロと見回す。
「哎呀、商売できなくなるのは大変。」
「そうなの?それは困ったわ。」
その無表情は困ったようには全く見えなかった。
「まるで貴様は精霊だな。」
「精霊じゃない。そんな下らないものに私はなりたくない。私は私が大好きな人間よ。」
シューも含めて全員アンジェリカの言葉に呆けてしまった。
「アンジェリカは、変わってるネ。」
イールゥイは黒色の瞳でアンジェリカを見つめる。
「シュー、私は貴方がどんな道を辿ろうが関係ないわ。だって、他人だもの。でも、貴方が大人になって約束の場所にいるのなら、私は約束を守るわ。貴方はこの世界で誰よりも自由よ。」
アンジェリカの演説はエリオットJr.と被って聞こえる。シューは薔薇の刺繍のマフラーを握りしめ、門の方へ足を向けた。
「シュー、行くのなら私も!」
「マリー…。」
マリアンはシューのマフラーを掴む手を握った。
「うん、ありがとう。」
シューはマリアンの手を取ると転移魔法でその場から消えた。
「アンジェリカさん!これでシューがお家追放にでもなったら、怒りますからね。」
「その時は謝るわ。」
「謝罪じゃ済みませんから!」
きーっと頭から湯気が出ているカーティスをフィリップは止めた。
「でも、アルビオンも馬鹿じゃない。ずっとずっと治癒魔法は貴重。簡単にシューを、私を裁くことはできない。」
「…人命を盾に取る行為だ。」
「言葉の綾よ。心配しすぎと言っただけ。」
さっさと歩き出そうとするアンジェリカをカーティスは引き留めた。
「どうしてシューを焚きつけたんです。たかが数度会っただけのシューを。」
「私、これでもシューを気に入ってるの。その魔法のコントロールの巧さと彼の夢。私も、少しだけ悲しみの減った世界が見たいのよ。」
乱れたヘアキャップを戻しながら、放棄してしまった職場へアンジェリカは戻っていった。
「アンジェリカは不思議な人。」
「というか焚きつけるだけ焚きつけて帰っていったぞ、あいつ。」
「これ結局どやされるの俺たちだ、フィル。」
カーティスが目に見えて肩を落としていたのをかわいそうにとフィリップは肩を叩いた。
「家令に怒られてしまうのは諦めろ。私もその時は一緒だし、ウォーレンも一緒だ。」
「た、確かに。一応ウォーレンさんってエージェントだったから俺たち以上に怒られるだろうな。」
「まさかたかが16の娘に簡単に落とされるとは思っちゃいないだろうな。私は12歳の小僧にやられたから警戒心はあったが。」
「それ自虐?」
「いいや。」
高くきっちりと結ばれた黒髪を揺らし、その深い緑色の瞳は愉快そうにカーティスを見た。
「主人への称賛だ。」
女性に油断していると痛い目に合います。
ではなくて、アンジェリカの力が未知数過ぎます。
主人公は男の子だし、周りにいる従者は男だから、どうしてもキーパーソンになるのは女の子になっちゃいますね。
アンジェリカやマティルドの話し方、舞台の女性みたいな話し方が好きなんです。ちょっとレトロ感があって。細君と呼ばせているのも、吾輩は猫であるとかの影響です。レトロ大好き。
でも、今の時代の方が好きだと心の底から言いますよ。




