紅は幸せの色
イールゥイ・リー (15)大 商人の息子、シューの友人
春になる前に彼女は来た。
「ひ、ひさしぶりです、シュー!」
彼女と会わなかったのはおおよそ3か月のはずだった。彼女は冬らしい深い緑色のワンピースを身に着けており、コルセットはしていないようだが腰のあたりで縛っていて、今までで見たことないくらい女性らしい装いだった。
「どうかした?やっぱり変?」
「いいや、見違えるほどだったよ。きれいになったね、マリアン。」
長い茶色の髪を上で一つに縛り、服と同じ色のリボンを飾っていた。もう誰にも彼女を田舎娘とは言えない。シューの賛辞をマリアンは照れたように頬を描いた。
「うん、ありがとう。シューも背伸びた?雰囲気が落ち着いた気がする。」
「13になった。」
「そう!おめでとう、ございます。」
「もっと気楽に話していいよ。貴女はこれから毅然と話す必要が出てくるでしょ。」
「うん、そうさせてもらうね。あと、…かってに来てごめんね。」
「どうして?」
「王女殿下に止められて。今アルビオンと関係が悪化しているから。」
シューもマリアンヌも立場は似ている。誰から見ても立派な立場を持っていながら、その癖大した力はなく、できることは権力者の父や兄の役に立つことであって、自らが大きく動き家に迷惑をかけることは許されない。(今までのシューはそれを無視してきていたが、もうそれもできなくなってしまった)
そうではなく、自分のやりたいと思うことを貫き通すことができるのが、主人公だ。
「僕は今日君と会えて嬉しいよ。」
そういうと、マリアンも嬉しそうだった。
「関係悪化は表面上のものだよ。王太子殿下と王女殿下とアルバート家は仲がいいから。それに、君は多分気にしないほうがいい。」
「うん?」
「意味が分からなくてもいつか分かるはず。」
シューは応接室を出て彼女を連れて外に出る際に、母ディアナと目が合ったがほほ笑んで会釈をしていた。シューを見る母の目はとても穏やかで優しい。
「…まだ寒いね。」
「うん、でも、今年は温かかった。」
身に着けた厚めの外套をマリアンは引っ張った。貴族なら数着は持っているそれは、貧農出身の彼女にとっては贅沢品だった。何故、寒さから身を守る必需品が贅沢品となってしまうのかとシューは切なくなってしまった。
「マリアンは魔王の事どこまで聞いているの。」
「…王太子殿下から少し伺ったよ。魔王の活動が今活発だとか。そして、その戦いに私が参加してほしいとのことも。」
「急に言われてもって感じでしょ。」
「そうだね。」
ここまでよくやっている。突然光属性だからと王都まで連れてこられて、将来の役に立つからとレディ教育から魔法の勉強までさせられているのだから。勉強に関してはマリアンの将来に役に立つことであり、彼女も知ることの楽しさを感じていたようだったからシューも良いことだとは思うが。
「勉強していると、自分が今までどれだけ狭い世界に生きていたかっていうのを知るんだ。」
マリアンは咲いたミモザの花弁に触れる。
「王女殿下はすごく綺麗で穏やかで優しい。でも、それは王女殿下の一端に過ぎなくて、本当はもっと賢くて、ずるくて、熱い人だった。ただの村娘の時は、『明日どうやって生きようか』だったの。でも、こうして勉強していたら、『1年後、5年後、どうやって生かすか』と考えるようになった。だからね、なんとなくだけど分かるよ。まだ心はすぐにはついて来ないけど。」
ゲームでヒロインが魔王討伐に挑む理由はシューだった。現状シューとマリアンの関係は、ゲームからはずれていないが、途中までのシューだ。今魔族と繋がったのはアレクサンドラだが、アレクサンドラとマリアンの関係はない。
「マリアン、もし僕が君の敵になったら……どうする?」
ざわざわと庭の木々が風に揺れる。
「嫌だ。」
「え?」
「そうなったら、嫌だから、そうならないように、私頑張るよ。」
風のせいでマリアンの瞳が潤んでいて、一瞬泣いているのかと思った。頑張る、とはなんだろう。でも、不思議なことに意味が分からなくて笑いが出てきた。
「頑張らなくていいよ。君は君だ。僕のことは僕がやるから。」
マリアンはこの世界の主人公で、誰かの支えになる人。それはシューでないほうがいい。
「私じゃ、頼りないのは分かっているけど。」
「ただでさえ、君はオルレアンを背負うことになるんだよ。僕は、アルビオンの人間だから。」
そういうとマリアンは少しだけ悲しみを抱えた笑みを浮かべた。
先日カルヴィン辺境伯の双子の兄弟に会ったという話をマリアンがした。
「ラッセルとレオン?」
「そう。私は双子って初めて見たんだ。あんなにも似るもんなんだね。」
双子の出産の生存率、試験管ベビーなどの医療技術の発達により、美代子の世界ではそれなりに双子というものを見たが、この世界では珍しい。カルヴィン辺境伯夫人は、出産後まもなく亡くなっている。カルヴィン辺境伯は夫人を唯一無二と愛していたようで後妻をめとることなく、兄弟を育てている。
「仲良さそうだった?」
「微妙な雰囲気だった。お互い兄弟として、気にはしているようなんだけど、後継は一人って言われていて、周りがピリピリしていて。」
「平等に相続はできないからね。だからこそ、双子が産まれると片方を養子に出すものなんだけど、カルヴィン辺境伯は奥方の忘れ形見を手放す気にはならなかった。」
「なんで平等じゃダメなの。」
「領地が細分化されて、徐々に力が衰えるから。」
「むー。シューは双子が仲良くなるにはどうしたらいいと思う!」
「周りの人間が全くいないうちに二人で話すしかないんじゃない。」
「そうかぁ。」
遺産相続でもめるのは現代日本でも同じだが、封建社会のこの世界は領地の相続が領民らへも影響を及ぼしてしまうから簡単ではない。
「せっかくの兄弟なのにね。」
「男兄弟だから…、ううん、年が近ければ近いほど兄弟って競っちゃうんだよ。僕もオズ兄様とはよく競ってたから。」
シューのことを馬鹿にしてきたオズワルドの顔を思い出す。少しだけ感情の曇りが晴れたシューが思い返すオズワルドはどこか自信がなくて、焦っていたように見える。
「そういえば、ニクラスとも会ったとか。」
「ああ、ニック。今度街の外に行ってみようかって誘ってくれたよ。私はシューに会いに行く予定があってすぐの誘いは断っちゃったんだけど。」
「ああ、僕もそれ言われた。女の子が卿と二人だけだと疑われそうだから、その時は僕もついていくよ。」
「うん、楽しみ。」
ニクラスとマリアンの恋愛フラグなのかもしれないが、本当に二人が好き合っていないのなら、むやみな噂を立てさせるわけにはいかない。
「次、シューがオルレアンに来るのは何時になるのかなぁ。」
「情けないけど、まだ分からないよ。」
シューが曖昧な返答をしていると、屋内からパタパタと駆ける足音がして、明るい声でシューの名が呼ばれた。近頃よく遊びにきているイールゥイだ。
「マリー!久しぶりだねー。」
シューへの挨拶もそこそこに、マリアンを見ると一層嬉しそうな笑顔をこぼした。
「いーるい、お久しぶり。」
イールゥイのrをちゃんと発音できていないのが可愛らしい。
“For what reason do you come here ?”
「え、え、Yes?」
イールゥイはアルビオン語の方が得意だからアルビオン語でマリアンに話を続けたが、マリアンはアルビオン語までは分からなくて焦った。
「啊、ええっと、何故、きた、ここに?」
「な、なるほど!シューに会いにきたの。」
「おお、仲間ヨ!」
「いーるいはずっとこっち?オルレアンに来ないの。」
「おお、それ!春から、学院に通う!それいいに今日シューに会った。」
「試験受かったんだ。」
「あはは、言語試験は不合格ライン!」
魔法学院は面白いことに、一つの試験が酷い点数でも、ある一芸が高ければ合格することがある。それは過去のシューも同じだ。エリオットJr.はシューをオルレアンの母語能力試験で脅したが、欠席しない限りシューが落ちる要素はない。
「何が一番認められたの?」
「経済学と東洋薬学!」
「へえ、たしかに珍しい。って魔法学院なのに魔法じゃないんだ。」
「あと留学生試験のレポート。文書くは得意!」
「凄い!私、文書くのすごく苦手だよ。」
イールゥイはアルビオン語もオルレアン語も習いたてなだけで、平民とはいえかなり金持ちで幼い頃から教養はとても深い。
「東洋薬学聞きたいな。」
「もちろん、いくらでも!昨日アンジェリカにも聞かれた!」
「アンジーにも。それは頼もしいね。』
「頼もしい?」
不思議そうなイールゥイにシューはクスリと笑った。
「もし僕が立派な大人になれたら、医療施設を作るんだ。その時はアンジーも協力してくれるって約束したから。」
「その時は我の商社使って!優先して売るよ。」
素直にシューの夢とした受け取ったイールゥイはばんっと胸を叩いたが、マリアンはそうは思わなかった。
「シューは、生きようって思わないの。」
マリアンは言葉に隠された、シューの生存意欲を敏感に感じ取った。そこを突かれるとは思ってなくて、シューは狼狽るしかなかった。
「マリー?」
二人のおかしい様子にイールゥイは困って、マリアンはかぶりを振った。
「ううん、ごめんなさい。気にしすぎなだけ。」
俯いたマリアンに手を伸ばしたのはイールゥイで、それでいいと優しく頭を撫でた。
画面越しの動かない絵だが見たことがある。場所も全く同じ、この庭で。話の内容こそ全く違うけれど、世界の大筋からはずれていない。今まで変わってしまった事象が多すぎて不安だったが、変わっていない未来もあったのがたまらなく嬉しかった。
「マリー、アルビオン初めてね。案内しよう。」
「ああ、僕もついていく。いいよね、カート、フィル。」
「ええ、ウォーレンとミス・ネーサンもついていきますが。」
「イールゥイ、マリアン、大所帯だけどいい?」
「もちろんだよ。」
「私も気にしないよ。」
庭を出て行く時、イールゥイがアルビオン語で耳打ちをした。
「マリーは優しい子。悲しい心を読み取る力が強い。」
「人は死ぬ。僕は人よりそれを知っているだけなんだ。死ぬ気はないし、死ぬ気だったらアンジーと約束なんかしない。」
美代子が死ぬ瞬間の記憶はない。車の灯りが美代子を照らしていただけだ。だから、死の感覚は前のシューの記憶の残滓だろう。ハデスと出会ったときシューから感じた「死」の気配は恐らくそれだ。
「うん!良かった!」
赤い色のイールゥイの外套が翻った。手品師がこれから手品を始めるようだった。




