I'm from....?
シュー・アルバート(13) 主人公 前世は看護師 「ストーリー・オブ・マジック」プレイヤー
イールゥイ・リー(15) シューの友人 東にある国出身 攻略対象の一人
アンジェリカ(大体16歳) アルビオンでは有名な水の魔導士
これは昔の話だ。
14歳になったとき、父親エリオットは学院に行くかとシューに言った。
「どうして?」
ずっとシューをオルレアンの屋敷に囲い、外に出す気はないにも関わらず、何故か教育を施した。その父親が突然、全寮制の魔法学院に行くように言った。
「オルレアンの農村で、光属性の少女が見つかった。仲良くなれ。」
オルレアンの農村で見つかった少女と仲良くなって、この男に、或いは男が治める領地に何のメリットがあるのかも分からない。だが、これはシューにとっても僥倖だ。
「畏まりました、アルバート公爵閣下。」
シューは父親に頭を垂れた。
ここで問題だったのは、アルバート家三男は病弱で社交界に出てこれないという話が広まっていたことだ。シューは健康優良児で、頬はふっくらで赤みがあるし、肌は艶やか、誰が見たって信じられない。幸いシューは家族とは似ていなかったというのと、光の神殿の神殿長ポール・クラウスは父アルバートには頭が上がらないため、シューが神殿出身の平民という肩書を作ることができたのだった。
王立魔法学院の庭に植えられた黄色のミモザの花が新入生たちを歓迎する。ミモザは春を告げる花とはいうが全く温かいわけでもなく、椿の花と一緒でまだかなり寒い。平民偽装のために薄い外套しか持ってこられなかったからさっさと早くシューは寮に入った。寮の外壁は石造りだが内装は全て木でできていて、壁紙は全体的にアイボリーで、ポイントに植物の絵柄が入っている。部屋の扉のノブは百合のリングの形を模していてお洒落だったが、オルレアンの邸宅の自室よりもかなり狭く、机は幅90センチ程しかないし、ベッドはシングルで天蓋はなく、本棚は一つしかない。屋敷を抜け出しては下層階級の暮らしも見てきたにも関わらず、いざここが自分の部屋だと言われると窮屈に感じた。
「てめえも結局は貴族だからな。」
「うわ、いつのまにやってきたの。学院の結界ザルだったの。」
「きっぎょう秘密。対策取られたくねえからな」
「…それって僕に対して?」
「はん?人族だって馬鹿じゃねえから、同じ手段で何人も結界通り抜けたら対策取られるに決まってんだろが。で、何のためにこの学院に来たわけ?根っからの貴族育ちが平民に化けられるかねえ。」
「…別にそこまで気を回す気はないよ。ばれたらばれただ。」
悪魔は嬉しそうだった。
父親が話していたオルレアンの光属性の少女のことは一目でわかった。髪はボロボロで艶が無い、肌は吹き出物がつぶれた痕で汚らしく、不健康そうにがりがりだ。その癖目はらんらんと輝いているから不釣り合いで不気味だ。行儀のよい貴族たちが集まるこの場所において、かなりの異質で、誰も話しかけようとはしなかった。オルレアンが拾ったなら、もう少し面倒を見るべきではないのかと思うのだが、オルレアン側は彼女の力に半信半疑なのかもしれない。
「はじめまして、君と同じ特待生のシュー。」
「は、はじめまして!よろしく!」
シューが話しかけただけで、彼女は飛び上がりそうなくらい喜んでいた。可哀そうに思った。
この王立魔法学院は受験がある高等教育で、当然全員当たり前のように字の読み書き、計算はできる。だが、彼女はできなかった。入学させる前に教えるべきだとシューには分かるが、貴族に平民の暮らしぶりなんて、推し量ることはできなかったのだ。それは彼女を引き抜いてきた王子にだって知るはずが無かった。
予習や復習が重要なのに、全く分からない彼女は支給されたペンにインクを付けるどころか握ることすらできず、90分を呆然と聞くしかなかったのだ。シューは授業中にも関わらず、ビリっと音を派手にならしてノートを千切り、26個の文字を順番に書き、彼女に渡した。
「読めないなら、ちゃんと言わないとだめだよ。」
気弱な男ってどんなだったっけ、と勝手に自分で作ったキャラクターを忘れてしまうが、彼女はあまり気にしていなかった。ただの文字の表にありがとうと笑った。やっぱり可哀そうだとシューは思った。
シューは魔導書に埋もれて寝ていたが、自分はまだ13歳だったと気づいて目が覚めた。魔導書のインクが顔について真っ黒になっていたのを、カーティスが拭った。
「先ほどウォーレンから受け取ったのですが。」
兄の従者の一人が持ってきたという手紙を開いてシューは目を見開いた。それはマリアン・ホワイトからアルビオンを訪れたいという内容だった。最初にもらった文章よりもスペルミスも減り、文にまとまりが出てきていた。
「これお母さまの判断は。」
「『構わないけれど、旅費はオルレアンもちで、歓待はしない』とのことでした。」
「どうしてだろう、お母さまが彼女を目の敵にする理由はないはず。むしろ僕の目くらましにはちょうど良い。」
「彼女どうこうというよりも、春になる前ですからね。」
「そうだったか。」
いくらアルビオンは今年食料に問題が無いからと言って、季節を無視して作物を育てられているわけではない。
「結局これを返信して、あちらからくるのにまた1か月かかるでしょ。」
アルビオンーオルレアンの転移魔法も反対からくる場合はまだ開発段階であるし、恐らく本当に実用化するとするまでのオルレアンの理解は得られていない。
「そうだと思いますが、シューはいかかですか。」
「いかがって、会いたいのは僕も一緒だよ。」
「そうであるならば、奥様も了承するでしょう。元々奥様はシューをオルレアンに戻したくないだけですから。」
そう返事しますね、とさっさと部屋に出ていく、代わりにシューの遊び相手として滞在しているイールゥイが顔を出した。
「书、まだ、书読ム?」
「ううん、ちょっとアフタヌーンティーにしようかって思うけど、一緒にどう?」
「Yeah、食べル!」
フィリップが気を利かせて、シューの上に載っていた本を退かし、上体を起こさせた。
「さっき聞いタ。鬼女がイタ!とか。」
「鬼女?」
「是、偉大な、罪人!」
「大犯罪者ってことかな」
「そうネ、きっとそれが正しイ。」
大犯罪者の女といえば、アレクサンドラのことだろう。ひと月以上経ってしまったが、捕まったのならば安心だ。しかし、やはり彼女への憐憫の情もまだ存在する。
「书は、悲シい?捕まらない、良い?」
「ああ、いや、そうは思っていないよ。あはは、いつもイールゥイには心配されている気がするよ。」
「当然ヨ。朋友だから。」
部屋に戻ってきたカーティスがアフタヌーンティーの準備をして、イールゥイと一緒に席に座ったが、イールゥイと話しているのは気楽だ。アルビオンでは珍しいが、美代子が見慣れた東洋人の顔をしているからかもしれない。
「书は、ニクラス・オールセン卿、知ってル?」
「一度会ったことがあるよ、彼がどうかした?」
「スゴイ子だヨ。新しい販路の話した。アルビオン語も上手ネ。我、ほとんど話せナイ。」
「little?…a little?」
「少し!」
イールゥイは商売人として多くの人と会話をしているせいか、日に日に言葉が流暢になっていく。最初会っていた時はオルレアン語で話していたが、イールゥイはアルビオンにずっといるせいかアルビオン語のほうが得意のようだ。
「ニクラス、すこし、我の言葉、覚える、嬉しイ。」
「へえ、すごい。汉字(漢字)も?」
「まだ。发音(発音)も、まだ難しイ。」
日本人は発音で苦労するが、字体が変わっていても漢字に対する抵抗は他の国の人よりもほとんどないだろうから、シューにはニクラスの苦労は窺い知れない。それでも、クリストファーがどこかニクラスを恐れているのと、美代子が知っているニクラスとはどうも違うように思えたのが怖くて、あまり自分から近づこうとは思えなかった。
「まだ難しイこと、考えル?」
ニクラスのことを考えていたら、しかめっ面になっていたようでイールゥイは恐々とシューを見た。
「いいや、红茶が温かい間は楽しいことだけ考える。」
「美味しイ红茶。幸せ!」
「そうだね、幸せだ。」
「ニクラスも红茶、好き、言った。」
「じゃあ、出荷できるね。ニクラスのお兄さんに会った?」
「伯爵?」
「そう、オールセン伯爵。」
「優しい人?でも、少し、弱そう。」
「一応オルレアンの騎士団で副隊長をしていた人なんだけどね。」
「我、伯爵と全然話してなイ。」
クリストファーの話から、王都での商売の話になりオルレアンの聖女マリアンの話に向かった。偶然会う機会があったらしいが、恐らくマリアンヌが彼と彼女を引き合わせたのだろう。
「あいきょー、ある、娘、ネ。」
「そう、農村部出身で色々苦労している子なんだ。」
「哎呀、マリアン悩む、場所、我も分かるヨ。我(私)も、言葉、分からナイ、ルール、分からナイ!同じ、だ。」
イールゥイの話から、どうやら二人は随分仲が良くなったのだと窺い知れる。ゲームでもイールゥイは差別することなく全員に優しかった。それは、明らかに異質で汚い少女だったヒロインにもだ。父イーシンは少々お金に汚いところがあったが、イールゥイは売ってほしいという人にはどんな人間にだって物を売っていた。0.25フィル硬貨しか持っていない少女であっても。
「书の事、話シた。すごい、会いたい、言ってタ。」
「僕も会いたいとは思っているよ。ただ、さっきの大犯罪者の話もあったし、お母さまが心配していて。」
「太太様、いつも心配。我、妹が死んダ。から、分かル。」
イールゥイはシューの手首を掴んで、眉を顰めた。
「細い。」
「僕はこれでも優秀な魔術師なんだから。」
イールゥイにシューの魔法を見せたことはなかったが、シューの普通の13歳と比べて小さく薄い筋肉の腕だけでは心配でしかないだろう。
「妹、雨桐も魔法、得手。慢心は、強者を殺ス。」
「う、それはその通りなんだけどね。」
「周りは心配スル。当然!」
「はい。」
いつも肝心なところで自分はうまくいっていないのをシューも理解しているので、イールゥイの言葉が痛い。
部屋にこもっているのもよくないからとイールゥイといつもの従者たちとエリオットJr.の従者を連れて、街へ降りた。
雲一つない空に、いつもより晴れやかな心で街を歩いていると、二番街の角にある薬屋から、アルビオン水の神殿の魔導士アンジェリカが出てきた。
「ごきげんよう、アンジー。」
「あら、シュー、こんにちは。」
右腕に抱えた小包を落とさないように、慎重にスカートを持ち上げて挨拶をする。脇で見ていたイールゥイが頬を染める。
「哎呀、綺麗、人でス。」
「アンジー、こちらは家に出入りしている異国の商人さんのご子息の李宜锐、シャオリーって呼ぶといいかな。イールゥイ、彼女はアンジェリカ。アルビオンでは有名な治癒魔法の魔導士だよ。」
「はじめまして、シャオリー。」
「はじめまして!ええと、アンジェリカ呼ぶけど、大丈夫?」
「構わないわ。身分も姓もないから。この私の話すスピードで伝わるかしら。気を付けてはいるのだけれど、あまり外つの国の人とお話したことがないから。」
「平気ヨ!聞き取り、簡単!」
アンジェリカはシューと普段話すスピードよりもかなりゆっくり一つ一つの単語を丁寧に発音していた。海外の人と話したことが無いという割に、その丁寧な対応ができているのが、やはりどこか浮いている気がした。
「貴方はどれくらいの国を回ったことがあるのかしら。聞いてみたいわ。」
「いくつカナ?10は回った、はず。」
「へえ、面白そう。どんな国?」
「砂の国、だったリ。音楽の街、金色の町、白い家の町!。」
アンジェリカのいつもの能面の顔から、次々と質問が出てくるのは面白かった。感情がなさそうに見えて、この人も好奇心の塊であるのだとつい忘れてしまう。
「海外の人は面白いわ。知らないことばかりね。」
「好、美人に言われル、すごい嬉しイ。」
あれ、とシューは頭をひねった。これはゲームではないし、素敵な女性はいくらでもいるが、こんな風にゲーム外の女性と仲良くしているのに違和感を抱いてしまう。
「シュー、神殿には次いつ来るの?」
シューがぼうっと二人の会話を眺めていると、突然アンジェリカに名を呼ばれ現実に引き戻される。
「次?」
「ええ、シューがいるとみんなちょっとやる気が増して、楽だから。」
「ええ? そんなこと初めていわれたよ。」
「ここがあなたの国だから、だと思うわ。」
アルビオン人の帰属意識は難しい。シューが0歳のころから12年オルレアンで過ごしていても、シューはアルビオン人であるらしかった。思い返せば母語がオルレアン語であっても、シューの第一言語としてはアルビオン語になってしまうのもそれと同じかもしれない。
「複雑そう。」
「ううん、ここが僕の国だよ。」
シューはミカと同じにはなれないのだから、誰かが自分の国だと認めてくれるならそれでいいのだと自分に言い聞かせた。
「私が余計なことを言ったわ。シャオリーも怪我をしたり、体調が悪くなったりしたら神殿に来ればいいわ。」
「好!ありがとう、ございマす。そのとき、おねがいしまス!」




