お父さんの三角帽子
ばれない様に一応夜半には帰宅で帰宅できたが、怪我を直したとはいえ二人とも服装はボロボロで、カーティスからはお怒りの言葉を二人で受けた。
「証拠は手に入った…けど、どうせなら捕縛したかった。まあ、いいや、エル兄様に報告して指名手配。すぐに。」
「分かりました。もう起きている侍従もいらっしゃるでしょう。声をかけてまいります。」
ひときしり二人を怒った後、シューの指示にすぐ従い、部屋を出ていった。残された二人はしばらく沈黙していたが、シューはおずおずと話し始めた。
「ごめん、怪我をさせてしまった。」
「もう全ての怪我はシューが治している。むしろ最後迷惑をかけてしまった。アレックスを気絶させた後は、戦闘を離脱するべきだった。」
「君が背後にいようと、僕はどちらも殺せる力があった。でも、できなかった。啖呵を切っておきながら、みっともなかった。判断が一瞬でも遅れれば、上級悪魔を倒すことなんてできっこないのに。」
フィリップはカーティスの代わりに新しい服を出し、シューの汚れた服を取り換えて、土や血で汚れた髪を梳く。それが丁寧で優しくて、少し泣きたくなった。
「うん、私はこういうの意外と好きだ。楽しい。」
「魔法が大好きだった君が?」
「魔法が好きだったのではなくて、何かを究めることが楽しかっただけだ。」
勿論、嫌いになったわけでもないと言った。
「どうせこれからはエル兄様の見張りが付くから、修練でもしておいでよ。」
突然起こされたエリオットJr.は少しだけ不機嫌そうだったが、きちんと身なりを調えて彼の執務室で待っていた。
「夜分に失礼します。」
エリオットJr.は執務用の机にでんと座りながら、入ってきたシューを睨んでいた。
「シュー、俺は一つ怒っているが、分かるか?」
「無断外出、ですか?」
「当たり前だろう。」
それに関してエリオットJr.に10分程度怒られたが、妙に嬉しかった。実際にこうして「怒られる」ようになったんだと隠れて笑ったつもりだったが、エリオットJr.の額に青筋が浮かんでいたので、すぐ真面目な顔に戻った。
エリオットJr.は一通りシューを叱りつけると、はあとため息を付いた。
「それで、何が分かったんだ。」
「アレクサンドラ・リースが魔族と繋がろうとしているのを確かめました。彼から大した情報を抜くことはできませんでしたが、彼の馬を射ぬきましたから遠くまでは逃亡できないはずです。」
「…この辺で魔族の棲み処があるのはローレンの谷だろうか。ただ理性のある集団ではないから、そこに貴重な人族側の裏切り者を連れていくとは思えない。…とりあえず、この件に関してはこちらで預かるから、休め。」
エリオットJr.はシューから聞きたいことだけ聞いて、さっさと手で去れというハンドサインを出す。
「兄様が、僕を部外者にしたいのは分かりますが、僕を引き込んだ方が楽だとは思わないのです?」
「さあな。聞きたいときに意見は聞いていやる。さっさと寝ろ。」
「…明日寝坊します。」
「昼までには起きろ。」
「はーい。」
理不尽には怒られなかったのは良かったが、兄の侍従がついてきたのは仕方なく受け入れた。ここで拒否して母の直近の人間がついて来られた方が困るからだ。
それから、アレックスがどうなったのか、シューには知らされることはなかった。もしかしたら、国境当たりで捕まったのかもしれないし、ダンタリオンのほうが上手だったのかもしれない。エリオットJr.個人に関してはダンタリオンも警戒していたが、上級悪魔には怖いものなんてほとんどないのだ。
目が覚めると雪が降っていた。
シューは少し歪んだガラス窓に駆け寄って、それを眺めた。昨年だって王都で雪を眺めた。その時には得られなかった感慨を取り戻したのかもしれない。侍従たちに注意されても階段を駆け下って中庭に出た。カーティスが怒りながらシューに外套を着させた。まだ誰にも踏みつぶされていない雪は粒が大きく、しっとりとしていた。
「どうかしました?」
「こっちでも雪が見られるとは思わなかった。」
アン市はオルレアンよりも地図上北部に属するが、海流の影響か温暖な気候であまり雪が降らないのだ。
シューは素手で雪を丸め始めた。勿論冷たい。
「手袋、貰って来ましょう」
カーティスはエリオットJr.の侍従にシューを任せると手袋を取りに行ってしまった。シューはその心づもりを存ぜぬと丸めて固めた雪を、雪上に転がし始めた。小学生の頃東京で久しぶりに10センチメートル以上の積雪があって、友人と校庭で雪だるまを作ったのだ。幼稚園生の頃はよく入院を繰り返していて中々雪の中で遊ぶことができなかったので、初めて美代子は雪で遊べたのがとても嬉しくて靴や手袋がべちょべちょになっても気にせず遊んだため、翌日風邪をひいてしまったのだ。
カーティスが手袋を持ってきてシューの手を握ったらあまりにも赤く冷たくなっていたので、またぷりぷりと怒り始めてしまった。
シューが黙々と雪玉を大きくしていると、オズワルドがそれを目撃してぷっと笑いながら何故かオズワルドもシューの横で雪玉を作り始めた。オズワルドの従者のマクシムが慌ててオズワルドの厚手の手袋を取りに行った。
「兄様が作ったら、溶けてしまう。」
「いやいや、そこまで魔力コントロール下手じゃないから。」
火属性のオズワルドに嫌味を言ったが次兄は楽しそうだ。
二人の様子を中から見ていた母ディアナが、内政の話をしていたエリオットJr.に言った。
「スノーマンは3つ必要なのだから、貴方も手伝ってきたらどうですか。」
「…いや、私は…。」
「いいじゃない、今まで兄弟らしいことできなかったのだから。」
「しかし。」
「この雪が降っている時くらい仕事はお休み。」
母の侍従たちにあれよこれよと防寒具を着せられ、中庭に追い出された。
「あれ、リオ兄様今更参戦ですか。もう2つは大きくなってるのでサッサとしてください。」
「オズ兄様、火属性でもあるエル兄様に任せるのは。」
今までほとんどエリオットJr.に対してはいかいいえくらいでしか話さなかった弟たちが結託して貶し始めた。
「人参と帽子と木の枝でも探してこい。」
ここまできたら全力でスノーマンを作ろうとエリオットJr.は弟たちを追い払った。
シューは中庭から外の庭に出るとスノーマンの腕になる枝を探し始めたが、庭師が常に管理しているアルバート家の庭で探すのは中々骨が折れる。
「おーい、坊ちゃん!これはどうだ。」
どこから兄弟がスノーマンを作っているのが広まったか分からないが、御者の男がシューに1メートル弱の枝を2つ渡した。
「ありがとう。」
シューが次は目の代わりになるものを探していると、アルバートマナーハウスの侍女長が10個も黒いボタンを渡した。
「うん、ありがとう。」
両手がふさがってしまったので、一度中庭に戻ると、オズワルドがシェフから貰ってきた人参を握りしめていた。エリオットJr.はわざわざ地の精霊エントの力を使って早々に一番大きい雪玉を作っていた。一番最初から作っていたシューの玉が一番小さいので頭になるようだ。積み上げるのも力のあるエリオットJr.が3つ積み上げた。兄二人が無駄に大きな玉を作ったせいでシューより身の丈が2周りほど大きくなった。
オズワルドに抱き上げられながら、シューがスノーマンの顔を作り、エリオットJr.は雪玉を載せるのが付かれたと中庭の椅子で従者が用意した温かいお茶を一人で飲んでいた。
「帽子はどうしようか。」
と、言っていると家令のマーリンが立派な三角帽子を持ってきてそのスノーマンの上に乗せた。エリオットJr.が何か言いたそうにしたが、ディアナが嬉しそうに笑っていたから何も言わなかった。
完成したスノーマンは太陽に照らされて少し汗をかいていた。鼻が高く、にこやかな顔をしたスノーマンを崩れないようにそっとシューは抱きしめた。
「冷たい。」
「汗かいているからちょうどいい。」
何故急にスノーマンを作り始めたのかと誰もが疑問に感じながら、誰も尋ねなかった。それでも、全員スノーマンの出来栄えに満足していた。
再び番外編のようなものですみません。
Snowmanの訳語は「雪だるま」だと思うのですが、雪だるまは2つの玉で作るのが普通なので、雪だるまにしてしまうと完成形が違うと思ったのでスノーマンにしました。
Happy Snowman!