猫は虫を捕まえる
またもやサブタイトル詐欺です。
ウィリアム・ジョーンズ(リアム、ビル様)
・現在16歳 騎士団 団長子息
・防御特化
ディーン・ターナー
15歳 ターナー伯爵の息子さん
お調子屋だけど、神殿ティーンズのリーダー的存在…?
ウィリアム・ジョーンズは約束した時間通りに、約束したアンゲルフレダーマウスを手にして訪問した。
「ビル様、ありがとうございます。」
「こちらは命が救われたから、これくらいは安いものだ。いや、正直に言うと、俺の友人が頑張ってくれたから俺の力ではないのだが。」
ウィリアムの裏で、オズワルドがアンゲルフレダーマウスの融通させてもらうよう学園に交渉してくれた。ウィリアムがシューに助けられたと言うと、オズワルドも全力で協力してくれたのだが、小恥ずかしいのかシューには何も言うなとウィリアムに念入りに頼んだから、素直なウィリアムは兄のことをシューには言わなかった。
「それでも、僕にとっては貴方のおかげだから。」
「他にも何かあれば言ってくれ。」
シューは頭を捻る。頼ると言うこと自体慣れていないものだから、すぐに思いつかない。
「すぐに思いつかないから、また会いに来て。」
「分かった。」
きっとこれでまた彼は会いに来てくれるのだ。
「楽しみにしてるね。」
神殿の人が迎えに来て、来客室を開けて通してくれた。ウィリアムは直ぐにかえるからと遠慮したが、カーティスと神殿の人に説得され、2人でお茶をする。シューが椅子に座ると膝の上にフアナとルルが乗っかる。
「随分懐かれているな。」
「ああ、うん。」
懐かれているというか、彼らも硬いベッドよりも幾分かマシの人の上に乗りたいだけだ。それに、まだ肌寒いから温かいところにいたいのだ。中身悪魔と闇の精霊なのだが、呑気なものだ。ウィリアムとルルはシューが寝ている間に話しているから、本当はルルが猫でないことは知っているようで、普通に挨拶を交わしている。
カーティスが用意したお茶に口をつけると、アンゲルフレダーマウスを確認する。夜行性ということもあってかウィリアムはそのカゴに厚い布を掛けていたから中が見えない。
「あ。見たことない…よな。」
シューが布から覗こうとするとウィリアムに止められる。
「見たことないよ?」
「あまり、可愛いものではない。」
「でも、見なきゃいけないし。」
「あ、と。少しでも心構えがあった方が良いと、思ってな。」
気をつけろと再三念を押されてから、シューは布を捲った。フレダーマウス(蝙蝠)というくらいだから、もっと哺乳類らしい物を想像していたが、そこにいたのはどちらかというと虫だった。
蜻蛉のようにいくつもの目がありながら、ギョロギョロと赤い目玉が周囲を伺っていて、手足は蝙蝠と同じように、皮膜のような羽と足で4本だが、口は蜘蛛のような形をしていた。腹部は血液が脈打っているのが見て取れる。シューが幕を開けた途端、その複数の赤い目が一斉にギョロリと目を向けた。
シューは無言で幕を閉じた。
「シュー?」
あまりの気持ち悪さに無言になって、窓の外に視線をやった。
「ルルの方がまだ可愛いなんて…。」
それはティキ本来の姿と比べているが、シュー以外はルルがティキなんて知り得ないから、いくら不細工でも猫と比べるのはと、ウィリアムは不思議そうな顔をする。
「ギャハハ。吸血バットに可愛いやつなんているかバーカ。」
「これ蝙蝠なの?」
「フレダーマウスと言っているが、分類学上は虫だ。」
ルルに訪ねるのも腹立たしいのでウィリアムに尋ねると、きちんと教えてくれる。
「虫じゃん。」
「吸血バットって呼ばれる内の半分くらいは虫だし、知らねえのかよ。」
「…なんでそんな紛らわしい呼び名つけるのかな。」
美代子は虫と仲良くないし、醜悪な姿が多い魔族と繋がりのあるシューであっても虫は得意ではない。虫系の魔族とは関わり合いたくないくらいだ。
「分類学がしっかりしてなかった頃からの呼び名だからな。」
虫だから小さいという訳でもなく、普通の蝙蝠と同じくらいの大きさだ。アンゲルフレダーマウス以外の吸血バット系の虫も殆どが蝙蝠と同じ大きさだから、昔の人も間違っても仕方ない。
「アンゲルフレダーマウスの生態系は未だ解明出来てなくて、学院で飼育していてもバタバタ死んでいってしまうくらいらしい。」
「まぁ、主食が骨じゃあねぇ。」
「知っているのか?」
「ううん、全く。でも、目が骨を透視する力を持っている理由ってそれくらいかなって。アンゲル山って、遺体を置いておくと天使さまが天国に連れて行ってくれるっていう迷信があるらしいけど、十中八九コイツが肉が腐る前に中の骨を食ってるからだと思うんだよね。普通は骨だけ残るものだもの。」
「正解だ。…コイツは魔族には一応当たらないが、害獣ではあるらしい。遺体の骨を食べるくらいなら良いんだが、生きている生物からも食べる場合があるから。」
生きたまま骨を食われるなんて想像しただけで、背筋が凍る。
シユーがちらちらと籠につけられた幕を覗いていると、ウィリアムがシューの膝の上で呑気に下手くそな歌を歌うルルに目をやった。
「猫の貴方にもお礼をしなくてはならないと思っていたのだが。」
「俺様に?殊勝な心がけだぜ。」
「調子に乗らないでよ。」
「けっけ、俺様の知識がなきゃあ、もっと時間かかってたに違えねえのに、随分とデカイ態度じゃねえか。」
これがフアナだったら、シューも大人しくお礼を言ったのだけれど、ルルには素直に言いづらい。
「君は君のしたいことをしてるだけだから、礼はしない。」
「生意気だぜ。」
ルルはシューの膝に飽きたのか、降りてどこかへいってしまった。
「彼は本当に記憶がないのか?」
「…ない訳ではないよ。だって、魔物の知識は目を張るほどだったでしょう。」
「容態を見るだけで、魔族の正体を当てたそうだし。」
「でも、自分がなんだったのかは分からないみたい。それが彼にとってストレスなんだよ。」
ストレスなんて彼に一番関係のない言葉のような気がするが、設定は貫ぬかせて貰う。ウィリアムが同情しているのが申し訳ないが、正体がバレて困るのはシューなのだ。
ウィリアムは注がれたお茶を全て飲むと、脇に置いてあった剣を腰にさす。
「すまない。長居してしまった。お茶美味しかったぞ。」
今日は普通に平日で、学院のお昼休みの時間を使ってわざわざ来てくれたことには本当頭が上がらない。(ご飯を家で食べる慣習があるならまだしも、全寮制の癖に昼休みは3時間あるらしい。)
「アンゲルフレダーマウスのこと、ありがとう。完全に治ったどうか分からないから、不調を感じたら頼って。」
「大丈夫だと思うが…?」
「これだから素人は…。」
「すまない。何かあったら頼ろう。」
「そうして。」
出口までお見送りをすると、気合いを入れる。カーティスに持たせたアンゲルフレダーマウスを預かると、自室へ戻った。修練の時間で、各々鍛錬を積む時間だけれど、アレン曰く光魔法免許皆伝(光の神殿の奉仕作業基準)しているので、修練の間ではなくともどこでやってもいいらしい。
アンゲルフレダーマウスをベッドに置くと、シューは手を組んで考え込んだ。
【調べなくていいのかしら。】
【調べるけど…、解剖以外の方法が思いつかない。】
【私は気にしない、ようにするわ。】
【護衛のカーティスくんがいるからねぇ。】
【…頑張って。】
夜行性らしいのでカーテンを閉めて、籠についた布を取り去ると一斉にいくつもの赤い瞳がシューを見る。初めてみたカーティスが眉をひそめる。
「あっち向いててもいいよ。」
「大丈夫です。」
自分を食べさせるわけにはいかないが、捕食する前の動きは見てみたい。シューはカーティスの周囲に結界を張ると、籠を開けた。開いてすぐにそれは飛び立って天井に張り付いた。
魔族ではないから、人族を見てすぐ攻撃はしてこないようだ。
「ライト・シューティング。」
人差し指を突き出すように、手で銃の形を作り、小さな光の弾丸をギリギリで当たらないように発射する。すると、キシャァァという奇声をあげ、目が光った。なんらかの光線は発すると読んでいたシューは目をやられないように隠していたので、大きな被害はない。そのまま小さな虫はシューに噛み付いてくるが、シューは抵抗しない。結界の中のカーティスが騒いでいるが、気にも留めない。
ただの威嚇と、害なすものへの攻撃だったらしく、骨が吸われるような気配はない。シューが頭を軽く叩くと部屋の隅へと逃げて行った。
【やっぱり頭を開くしかないかなー。】
【あの子の餌もないし、そうしたほうがいいんじゃない?】
【いざとなったら、神殿の遺体を…。】
【罰当たり過ぎるわ。鳥の骨でもいいのだから。】
美代子はあまり得意じゃないが、看護師として解剖を見学したことがあるし、シューも抵抗はない。
「おやすみなさい!深き眠りに落とせ、ハデス!」
シューは勢いよくカーティスの方へ向いて、振り向きざまにカーティスに魔法をかけた。突然のことと油断して抵抗できずに深い眠りに落ちた。
【それは闇魔法でしょ、バレたら不味いでしょ。】
【水魔法にも似たのがあるから…。】
【使えない癖に…。】
黒い羽毛で表情なんて分からないのに、呆れているのは分かる。
「ライト・アロー。」
光の矢がまっすぐ吸い込まれるようにアンゲルフレダーマウスの腹部に刺さった。地面に落ちる前に、転移魔法でベッドの上に移す。それから結界魔法でアンゲルフレダーマウスを包むと、結界の中の酸素を抜いた。アンゲルフレダーマウスは喘ぎながら死んだ。
「…ごめんね。」
【猫を殺した時は踏みつけてたのに変わるものねぇ。】
「やめてよ、やめて。」
自分でしてきたことなのだが、それを思い出すと涙が出そうだ。でも、きっとシューの涙ではなく美代子の涙だ。
「ごめんなさい。」
あの時の猫とともに、アンゲルフレダーマウスに黙祷を捧げる。
ベッドで解剖するのは流石に嫌なので、床に布を引いて地面に下ろした。ナイフは持っているが、蝙蝠の大きさには少し大きい。温度の高い光を糸状に細くすると、焼き切るように切断していく。
「慣れてんなー。」
「げっ、ティキ。」
五月蝿いのが隣に増えてしまった。
「なんだよ、その反応は…。」
「絶対静かにしててよね。」
「しっかし、臭えぞ。」
「タンパク質が焼けてるから。」
「どうすんだよー、おわったあとに臭えじゃねえか。」
「それは終わった後に考えるから黙ってて。」
やいのやいのされて終わるのだけは嫌だ。ルルの頭をぺしゃりと、叩いて作業を再開する。ルルはちくしょうと言いながらも邪魔をしなくなった。
なんとか修練の時間が終了するまでに全て解剖した。
「メモしなくていいのか?」
「紙がないから必死に覚えてるんだよ!」
「きしし、ここに紙あるぜ。」
「う、いやいい。東大の偉い人も記憶したいことをメモすると忘れるって言ってた。」
「灯台の偉い人?」
「面倒だからつっこまないで。」
この世界の住人に東大の説明をするだけで時間がたくさん必要で面倒だ。早くしなければ、カーティスが起きてしまうし、部屋に残るタンパク質が焼けた臭いもどうにかしなけれなならない。フレダーマウスの死骸もどうにかしなければならない。
シューは目の構造は分かったと、死骸を籠に隠し結界で真空状態にして保存し、毛布を被せた。タンパク質の臭いは、デオドラントと言う名の香水でなんとかする。ジャスミンが入れておいてくれたから。
「長い夢から目を覚ませ、オルフェウス。」
最後の仕上げとして、カーティスの解呪をする。
「あれ、シュー?なぜ私は…?」
「実験の邪魔されたくて眠らせたんだ。気にしないで。」
「気にするなと言われましても。」
承諾なしに魔法をかけるなんてあり得ない。有難いことに彼は怒っていると言うよりも、戸惑っているようだった。
「ごめんなさい。」
「…危険なことはやらないでください。」
「はい。」
修練の時間を終えて、再び奉仕作業に戻る。患者のことを半端に見ているつもりはないが、頭の中は魔法のことでいっぱいだった。
「シュー、まだ余力ある?」
「今日は重病人の治療してないので。」
奉仕作業も半分過ぎたところで、ディーンに話しかけられた。
「ね、ね。俺の担当者、診て欲しいんだよね。」
「ディーンの?」
「うん。俺、修練してるけど、全然光魔法得意じゃないから…。」
ディーンに割り振られた患者はどちらかというと症状は軽めだ。人数だってシューと比べれば少ない。後輩いびりなのかもしれないと思い、
「僕の担当が終わってから考えます。」
どちらともなく答えた。
「そう、待ってるよ。」
昨日片っ端から治療していたのが、仇となったのか目をつけられた気がする。初日の印象でディーンは嫌いじゃなかったから残念だ。ルルがニヤついているのが、恐ろしい。
「シュー?」
不安そうな側仕え。
「さ、次へゴー。」
振り切るように、美代子の幼少の記憶にあるアニメの曲を鼻歌で歌う。
自分の担当している人には全員に会って治療した。それから、ディーンの申し出をどうしようかと考えていた。しかし、ディーンがどうなろうと患者第一で考えれば治してあげた方がいいはずだと結論を出すと、ディーンの元に向かった。
「ありがとう、助かる。」
「…世話になってるので。」
嘘ではないし、先輩を立てておくのも大事なことだ。
追加で5人の患者の面倒を見ると流石にクタクタになった。
「…聖堂に行くの億劫だなぁ。」
「背負いましょうか?」
「そんな見苦しい真似できない。」
余裕と自信が貴族だと、ほとんど会わない父親に言われた。疲れていても、疲れを見せてはいけない。貴族なんてどうでもいいと思っていたが、ディーンに対して負けたくないという思いが出てしまった。頰を叩いて気合を入れ直すと、エリオットjrさながらの堂々とした貴族らしい立ち振る舞いになる。
「さ、行こう。」
「はい、シュー。」
虫が苦手なので、ヒーヒー言いながら調べた割に描写力が足りないです…。