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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルビオン
79/115

ALEX


フィリップ・アヴァロン かつてガイルと呼ばれた元魔族 現シューの側仕え



 オズワルドは気まぐれにアレクサンドラ・リースを誘った、という風に見せかけてカードに名前を書かせた。リース伯爵家も名家であるし、うつむき加減ではあったがアレクサンドラの顔立ちはきれいな顔をしていたから、それなりに人気のあるご令嬢らしく、オズワルドが声をかけた時点でそれなりにカードの空欄は埋まっていた。淑女はとっかえひっかえ踊るのも恥知らずとされるからあのカードに書かれた男が全員踊れるわけではないが、いくら次男とはいえ公爵家のオズワルドがはじかれることはないだろう。最初にオズワルドとともにワルツを踊った家令マーリンの孫娘も令嬢同士の会話を静かに聞き込んだが、アレクサンドラ・リースの悪い評判ばかり聞いたらしい。

 休憩にと出たテラスでオズワルドはううんと頭を抱えながらも、協力をしてくれた彼女には礼をする。

「ありがとう、レディ。」

「いえ、私は聞いていただけですから。でも、どの噂も真実味はかけていたように思います。」

「レディは噂には流されないんですね。」

「わたくしもお爺様に感情で目を曇らせてはいけないと教育を受けていた身ですから。」

「それはすごい。俺は最近まで彼らと同じで僻みで目を曇らせていたよ。レディは何が真実に見えたか聞いても?」

「でも、今は見えるのでしょう。私が聞こゆるのはおこがましいですが、オズワルド様は前よりいい目をしていらっしゃいます。私の乏しい目に映ったのは『身内にすら味方の一人もいないご令嬢』とだけですわ。」

「リオ兄様の懸念はなんだったのかなぁ。けれど、そんなに簡単に尻尾を出すはずはないか。」

 そうこうしている間にアレクサンドラと踊る曲の順番になってしまい、彼女には再度丁寧にお礼を述べてホールへと戻っていった。

 予想通りアレクサンドラはオズワルドを弾いていおらず、オズワルドの手を取った。ただ全く嬉しそうではない。

「レディ・アリッサ・リース?どんなに嫌でも顔に出すのは感心しないですよ。」

「…慣れていないので。」

 アレクサンドラの手は兄エリオットの婚約者と同じくらい剣で鍛えている子の手だった。

「ドレスが苦手?男が苦手?」

「…そのどちらも。」

運動神経は良いのか、ダンスは下手ではないが、リードされるというのが苦痛のようにも見えた。

「剣の稽古もかなりされているようですし、普通の女性として生きるのが嫌ということです?」

 平民の女性はほとんど働いている人ばかりだが、貴族女性で働いている人は魔導士や一部の兵士くらいだ。魔導士は余程適正がある人か、神殿に逃げた人くらいだから、残された道は兵士としての道だ。アレクサンドラはオズワルドの言葉に頷かなかった。

「…貴方に私の苦しみは分からない。」

「それは当然でしょう。」

「だから、話す気はない。」

 オズワルドはこの目を見たことがある。いや、よく知っている。全てが敵だと思っている目は自分の弟がかつて自分に向けていた。

「一つだけ…、本気で変えようと思うのなら君はこの場から逃げ出すべきなんじゃないかな。」

「…はあ?」

「パーティ会場ではないよ、貴族社会からさ。」

 敵対する目をしなくなったオズワルドの弟が最初に行ったことだ。そして、神殿で過ごしてから彼は自然と貴族の家で過ごせるようになった。

「君はすごく可愛そうだ。」

 アレクサンドラの顔が更に渋くなった。ほぼ初対面の男に余計なお世話を言われてそれはたいそう鼻持ちならないようだ。

 曲が終わってさっさと彼女はオズワルドから離れて行ってしまった。失敗したかなと周囲に目をやるとエリオットJr.が形容しがたい感情を抱えているようにオズワルドの方を見ていた。



 夜会の翌日、エリオットJr.経由でシューが得た情報は、アレックスに家族を含めて誰一人(He)の味方がいないことと、女性として生きていて、その状況にアレックスは全く納得している様子はないことだった。その後、朝食に向かう途中でオズワルドが付け足したのは、アレクサンドラの目が昔の仲良くなれないシューに似ていたということだけだったが、シューには十分だった。

「決定的な証拠は自分でつかめばいい。」

 シューはアルビオンの詳細な地図を貰った。インドアのシューでも転移魔法で移動するために地図の読み方、縮尺の計算は得意だ。念のため夜に星を計測して地図のずれを確認するが、アルビオンの測量士がそんな雑な地図を作るとは思っていない。

「え、とシュー。何をする気で?」

「カートは今日お留守番だからね。うまーく誤魔化してね。」

「だから、何をする気なんですか?」

「突撃!お宅訪問!」

「また奥様に怒られますよ。」

 目を付けられないようにするのではないかという訴えも空しく、シューには全く効果はない。

「カート、多分僕が夜抜け出した中で『最も脅威ではない人』に会いに行くよ。何かあったら今度は『彼を壊してしまう』というトーレンを呼ぶよ。」

 ちゃんと荷物の準備に彼が精霊時代に作成した魔導書に入れておく。

「…王女殿下がいないとそうやって一人で行ってしまうんですね。」

「カートはお留守番だけど、フィルは連れていく。安心して。」

「まあ、一人で行くよりは安心ですけど。」

 そういう意味ではなかったが、シューは納得いかないではあ?と首を傾げた。



 両親がいて、弟たちがいて、皆自分を愛して、期待してくれている。それなりに裕福な貴族の家に生まれて、衣住食には困らず、幸いなことに体は健康で人に好かれる見た目をしていた。客観的に見て、こんな幸せな人生に生まれることができるなんてとんでもない幸運だろう。

 それなのに、何一つ満たされない自分は最低だ。そう思うとどんどん苦しくなる。

 ドレスを着るのが苦痛だ。

 両親が用意した可愛らしい部屋は落ち着かない。

 エスコートする男の手を握れない。


 そう、なんとも幸せな人生だ―――――自分が男だと認めてくれるのなら。


 リース伯爵家令嬢のアレクサンドラは、乗馬用の服を着て、唯一父から貰ってうれしかった剣を腰に差すと、自身の部屋の窓近くまで伸びる木を掴んだ。

 暗闇は恐ろしい。一寸先も定かではないが、霞がかった月明かりを頼りにして屋敷の外にでる。

「アレックス様。」

 屋敷の塀の外に馬に乗った、仕立ての良い帽子を目深にかぶった女がアレクサンドラに声をかけた。

「…本当に私と向かって良いのですか。」

「どうした、急に恐ろしくなったか。」

「いえ、幸福なのです。」

 例えこの先の屋根が穴ばかりでも、パンどころか雑草しか食べられないとしてもアレクサンドラが自分を偽らないということができるのが幸福だと。

「…どうして、貴女は。」

 アレクサンドラが女の代わりに馬の手綱を握り、女が用意した通行証を示してアン市の関所を抜けた。はたから見れば駆け落ちをする貴族の子息と令嬢にしか見えない。

 これで自由だと門が見えなくなった頃、一羽の白いフクロウがバサリと二人の行く先に現れた。

「こんばんは良い夜ですね。」

 フクロウが発する声変わりする前の少年の声に、アレクサンドラはぎょっとした。

「ねえ、一人ぼっちのアレクサンダー、それは可愛いゼンマイ仕掛けの玩具じゃないよ。」

「…は、あ。誰だ!」

 アレクサンドラをアレクサンダーなどと呼ぶ、呼んでくれる存在はどこにもいない。不信感を募ったアレクサンドラはにらみつけた。白いフクロウは羽ばたかせると、金髪碧眼の美しい少年がまるで一枚の宗教画を見ているようにふわりと降り立った。

「はじめまして、ムッシュー。それから、ド変態女装野郎?」

 女はアレクサンドラの手を使わないで、一人馬から降りるとその目深に被った帽子を外した。

「おいおい、料金未払いの上にぃ、俺の仕事まで奪っていくきかぁ。」

 細く美しい手かった手は節くれだち、ふっくらとした女らしい顔立ちは、筋肉質で精悍な男になった。唯一綺麗で長い赤髪だけはそのままだが、アレクサンドラの知る、「女」ではない。

「君が僕の邪魔をしただけだ。」

「けっ、腹立つなぁ、シュー。」

女の姿をしていた悪魔のダンタリオンは、女らしい外套を打ち捨て、いつかシューが広場であったときと同じ格好になる。

「おい、悪魔!」

 アレクサンドラは姿を晒そうとするダンタリオンを咎めたが、悪魔は役者のように大げさに肩をすくめる。

「アレックス、一応昔馴染みだよぉ。そんで、シュー、今回は俺の仕事の邪魔するってことだろ?その意味、わかってんのか?」

「君こそ、僕の邪魔をするってどういうことか分かってる?」

 翼のように見えた白い外套を着たシューはぱちんと鳴らすと転移魔法で光の魔導書を手の中に移したのを見て、アレクサンドラも鞘から剣を抜いた。

「シュー、お前の知っての通り俺は光魔法は得意じゃないし血反吐が出るが、それじゃあ倒されねえし、それくらいで引く気はない。なぁ、アレックス。」

 天使のような少年に向かって放たれた剣は何かによって弾かれた。

「シュー、先に行くなといっただろう。」

 人間の手だった。ただの人間の手に阻害されたのだ。

「っち、仲間が増えたか。」

 アレクサンドラは馬の手綱を引いて、数歩下がると剣を弾いた男の姿がよく見える。闇に溶け込む黒い長い髪を結った綺麗なかんばせの男だ。

「アレックス、アイツは弱体効果魔法が得意な奴だよ。お前の剣が鈍くなったんだろうよ。」

「強化でないだけ幾分かましか。」

「さて、アレックス。どちらと戦いたい?」

悪魔はにやにやと問うてきた。真剣に仕事の途中だと言ったくせに悪魔はこの状況にすら楽しみを感じているようだ。そんなものを頼るのかとアレクサンドラは自重した。

「いいや、水属性のジェントルマンには闇属性のサーヴァントは大変だろう。」

 ダンタリオンは魔法で腕を巨大化させて、シューの従者を捕まえた。

「ははっ、さすがのガイルも上級悪魔とは戦いなれてねえし、そもそも弱い人の身に堕ちパワーも落ちてるな。」

「ガイルではなく私はフィリップなのでな。」

 フィリップの普段の仕事はシューの世話係で、血で血を洗うような魔族の生活も送っていないためかつてのように魔法や身体の強化はできていない。

「かわいそうなガイル。」

「幸せだから私は力を失ったのだ、それを知らないダンこそかわいそうだろう。」

幸せな生活に暴力は不要だと、ダンタリオンは整った眉を歪ませた。ふふと嬉しそうにフィリップは自身を炎で包み、ダンタリオンは恨めしそうにフィリップから手を離した。

ダンタリオンが作ったすきに、アレクサンドラは馬を思いきり引き、シューに切りかかったが、シューは転移魔法でひらりと逃げた。それから一度光の魔導書を閉じると闇から冥王の書を取り出し、再び死者を冥府から召喚した。

「選べないけど、アンデッド兵は死なないから楽だね。自分の光魔法で浄化しないように気を付けないと。」

「アンデッドだと…、人族の追手だと思ったが魔族の手先か。」

そりゃそうだ。傍から見たら死者の冒涜以前に、闇魔法という禁術を利用しているのは明らかに人族の味方ではない。

「いいや、僕は魔族の手先なんかじゃない。そんな猿山の大将なんてくだらないものになる気はもうない。それに、君は魔族にとって僕以下の利用価値しかない。」

「貴様!」

「アレクサンダー、君が魔族の中心として生きるには『結界魔導士を殺害』し、魔族をオルレアン王都かセバスチャン城に手引きするしかない。君にそれができるというの。」

 シューが召喚した亡者たちがアレクサンドラの馬にまとわりつく。馬の力は牛の何倍も強いというのに亡者たちの力が馬を引き留めている。シューの言葉はアレクサンドラの怒りに触れる。

「見くびるなよ。」

 アレクサンドラの唱えた水の魔法は、ニーナのように龍のような形となり意思のない亡者たちを吹き飛ばす。その一瞬を付いてアレクサンドラは再びシューに剣を振り上げた。が、かっと暗闇の中で急に明るい光が瞬き、アレクサンドラはつい目を覆った。

「夜は光の威力が増す。」

 シューは転移魔法で後退した。向こうでフィリップがダンタリオンによって血を流し怪我をしていたのが見え、

アレクサンドラが目を戻している間に、瞬間でフィリップのけがを治した。

「フィル!アレックスの足止めよろしく!」

「ああ。」

悪魔の追撃がフィルに届く前に、シューは光魔法の浄化魔法をかけると悪魔ダンタリオンの動きが鈍くなった。

「アレックスは僕が貰うよ。」

「へえ?やれるもんならやってみな、坊ちゃん。」

 ダンタリオンのけりがシューの腹に決まり吹き飛ばされた。

「痛い、痛いなぁ、シュー。やっぱり光魔法は痛い。生きてるなぁ、俺はぁ。」

鍛えていない腹が痛むが、シューは立ち上がった。

「やっぱり、君僕のこと好きだね。」

好きという表現はほとんど間違っているだろうが皮肉らしくいう。後ろでどさりという音がして、フィリップがアレクサンドラを昏倒させたようだ。それを見るとダンタリオンはつまらなそうな顔をした。

「あー…、そうだった。アレックスじゃガイルは無理だったわ。」

 ダンタリオンはシューの魔法に浮足立ってしまって、ついアレクサンドラへの注意を忘れていた。ダンタリオンは闇の中に溶け込み、次は月明かりに照らされたフィリップの影に出現し、思いきり下から蹴り上げた。蹴とばされたフィリップはアレクサンドラから4、5メートル離された。シューは舌打ちをして、フィリップの前にかばうように飛んだ。

「彼をかばいながら、僕と戦う気?」

「そっちこそ従者を守りながら戦って上級悪魔倒せると思ってんの?」

 シューはゲームの中で紙耐久、それは現実でもそう。いくら治るといっても、ダメージを食らうのは不味いから基本的に転移魔法で避ける必要がある。しかし、フィリップが後ろにいる状況では避けることはできない。

「…君がそこからどかないなら、アレックスを殺す。」

「あはははは、それ悪魔より悪魔じゃなあい?」

 ダンタリオンはとんでもなく面白いと笑ったが、シューは本気だ。闇から再び冥王の書を握る。けられた腹もまだ痛いのに、手も痛い。

「うっそ、マジで冥王のもとに送る気?正気?」

「勿論。」

 ダンタリオンにはアレクサンドラが仕事の完遂のために必要だ。一切の情がなくても、守り切ることが彼のポリシーだ。

「深い深い冥府の穴よ、今開け。」

「させねえよ!」

 悪魔はシューが追い付けないスピードで距離を詰め、シューの魔導書を蹴とばして吹き飛ばした。シューは苛立ちながら、光の排除魔法をぶつけると上級悪魔であってもふらついた。その隙に再び転移魔法で魔導書を呼び出したが、ダンタリオンは骨が割れそうなくらい強くシューの頭を殴りつけた。

「シュー!」

 フィリップがダンタリオンの腕をつかみ追い打ちを阻止したが、また闇に溶け、再びアレクサンドラの身体の側に現れる。ダンタリオンも口から血反吐を吐き、まったく楽な勝負というようではないようだ。

「…だい、じょうぶ、フィル。」

「ええー…、諦めなよ。アレックスは殺させねえって。っていうか、罪びとではないのに、殺すの?」

「アレックスは、憎んでない。両親を、弟を、人族を。僕とは違う。例え今理解されなくて苦しんでいたとしても、きっと、その先で魔族に肩入れしたことの罪に押しつぶされてしまう。彼は、僕と違って優しい人だから。」

 アレックスの人柄をシューは知らない。それでも、シューは優しいのだろうと思っている。

「罪に苦しむ前に止めてあげるのが、僕の優しさ(エゴ)だ。」

「吐き気がする優しさ(エゴ)だなぁ。どんな情報屋でも未来は知らないし、人の感情なんてもっと分からねえ。それにもかかわらずお前のその気色の悪い優しさ(エゴ)で、何よりも尊いモノを奪うっていうのかぁ。」

 最低だなという呟きに一瞬決意が揺らいだ。その瞬間、鋭い痺れが走り、シューはハデスの魔導書を手から零した。

 しまったと必死に手を伸ばすが、その隙に悪魔はシューの影から現れてフィリップを長く鋭く伸びた爪で切り裂いた。フィリップは足手まといにならないように痛みにじっと堪えたが、シューは冥王の書に手を伸ばすのを止め、治癒魔法を発動した。即死ではないが、すぐに血を止めなければ死ぬ程度の重傷だったためだ。

 悪魔はその隙にアレクサンドラの身体を馬に乗せ自身も馬に乗った。シューはきっとにらみ、最後の最後で光の矢で馬を射るが、馬が暴れたのは一瞬ですぐに駆けて行ってしまった。

「…魔法で痛みをそらしたか…。」

「シュー、私のことは…。」

「悪魔は転移魔法が得意ではないし、馬の怪我も痛みをごまかすことはできても治せないから、遠くには行けない。エル兄様に後は頼むよ。…リース伯爵家の爵位はく奪は免れないかもしれないけど。」

「しかし、無断外出がバレてしまえば、監視の目は強化されるだろう。」

「ははは。またその時は違う抜け出す方法を考えるよ。」

 フィリップの身体を完璧に治すと、シューは落としてしまった冥王の書を拾いあげた。

「僕にハデスの魔法は使い切れないのは分かっていたけど、随分魔法に発動がかかるなぁ。」

「光属性で使える時点で奇跡だから、スピードを上げるのは難しい。」

「君が覚える?」

「ハデスの魔法は使用者を選ぶ。私には無理だ。」

「…まあね。」

シューは魔導書を闇に返した。シューの為に作られた魔導書だが、シューには痛くてずっとは持っていられないのが残念だった。

「さあ、フィル、帰ろうか。そして、エル兄様に会わなきゃ。」

 フィリップはシューに差し出された手を借り、立ち上がった。

「そういえば、ガイルと久しぶりに呼ばれたな。」


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