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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルビオン
73/115

No rain, No rainbow.


It’s lovely day today.

 ずっしりとした鈍色の空。アルビオンは今日も曇りだ。数刻後には晴れるかもしれないし、雨が降るかもしれない。キッチンメイドがパンを焼いているだろう煙と、御者が馬の世話をしているのが屋根の上からはよく見える。シューは兄と母とお節介な使用人たちを避けるために屋根の上から周りを見ていた。この暗鬱とした感情で誰かに会いたくなかったのである。

 フアナがいなくなったことで大きな変化は無かった。フアナの加護を得ているフィリップの反応も存外冷静でシューから離れる気はないという意思表示もあった。

 フアナが離れたことのメリットがないわけではない。周囲の人間はフアナが居ないことで心がざわつくことが減ったのであるとフアナに心酔していたフィリップは語った。慰めだったのだろう。それがかえって悲しかった。

「あ、見つけましたよ、シュー !」

 エル字型になっているところの最上階の窓からカーティスが叫んだ。シューは素直に転移魔法でカーティスの前に飛んだ。

「鬼ごっこは終わりですか。」

 驚きながらもカーティスは冷静だった。

「…君が一番に僕を見つけたから。」

 脳裏でティキが「餓鬼かよ」と呆れていて、寝過ごしてしまおうかと言うとフアナが「その方が子供っぽいわよ」とシューに注意した。

「…シュー。」

誰もいない廊下でシューはカーティスにも届くかと言う声で呟いた。

「こうなるべきだった。アルバートの人間が悪魔や闇の精霊と通じてて良いわけがない。フアナはとっくに理解していた。僕だって気づいていた。」

「私は普通の人間です。悪魔や闇の精霊は恐ろしいです。そして、昔のシューも怖かったです。でも、そのシューの深い悲しみに寄り添ったのはルルさんであり、フアナさんでした。お二人はシュー が美代子さんを取り戻し変わった後でも寄り添い続けた。なら、離れる方がおかしいじゃないですか。」

 励まされるとともに、カーティスは最初に会った時から大きく変わったと妙な感慨があった。変わった、というよりも、閉じた小さな世界で見ていた子供が、大きな世界を見て、様々な違うものを受け入れられるようになった。

「はは、そうだね。ねえ、カート、勝手に出ていたフアナに憤ってもらっていい?ずっと離れていっていいって言っておきながらやっぱり悲しいんだ。」

「ええ、気紛れな方は困りますからね。」

 同じことを繰り返しているとはシューも思うが、こうするしか気を紛らわせる方法を知らない。

 フアナが消えた後、シューは研究所の小さな門を見つけるのを諦めた。夜盗や人攫いに負ける気は無かったが、精神が不安定だとうまくいかないことが多いと気づいていたから強行しなかった。ティキとフアナがいない中で、アルビオンの魔法研究所に忍び込む力と気力は今のシューにはない。

「明日も曇りかなぁ。」

 窓の外を見ると雨が降り始めていて、シューはタイミング良く濡れることはなかった。

「アルビオンで天気で予定を決めるのはナンセンスと言われてます。遊びに行くときは雨だった時の代替案を庶民でも用意するものなんですから。」

 カーティスはアルビオン貴族だから、幼い頃はこちらで育っていたらしい。ランドリーメイドも幼いうちからよく働くが、カーティスも貴族であるのに若いうちから働いているのだと妙な感慨をしているとカーティスは提案した。

「だから、明日は市井に出かけませんか。屋敷ばかりではつまらないでしょう。メンバーは私とフィルと、ミス・ネーサンで。」

 その提案はシューにとって衝撃的だった。カーティスはどちらかというとシューの後を忠実に付いてくるタイプで、フィリップのように踏み込むタイプではないと思っていたからだ。

「許可は?」

「ユーリ様からマーリン様経由で奥様に許可を頂いてます。」

「ありがとう、雨天時も決行だね。」

「それがアルビオン人です。」

 少し戯けて言ったカーティスにシューは微笑んだ。シューがフアナがいなくなった後もこうして笑うのは、彼女がシューに向けた愛情への感謝にもなるだろうし、少しの復讐にもなりえると思った為だ。




朝起きて、

顔を洗って、

窓を拭いて

床を磨いて、

眠って、

繰り返し。


今日はどこ?

明日はいつ?

明日は今日で、昨日は今日?

今は明日で、明日は昨日?


 いつも使う廊下では無かったから、この時間帯にメイドが掃除しているとはシューは知らなかった。陽気な歌が聞こえてくると思ったが、耳を傾けてみれば詩才はないが悲惨な歌だった。カーティスは使用人が遊んでいる(きちんと掃除は行っているものの)所を見せたくなかったのか違う廊下を通りましょうと話すが、シューは怒る気はないと返した。彼女からシューたちは見えてないようでずっと歌っている。

「…悪魔が反対のことを言っていたよ。」

「ルルさんですか。」

「ダンタリオンの方。彼は『人が生命を存続させるために生きている』ことに羨んでいるようだった。悪魔はなんでもできても何もない。力も時間もあったとしても意味がないってね。」

「贅沢でとても悲しい話ですね。」

「カートだったらどっちがいい?」

「難しいですけれど、『アルバートの使用人』であるならば使用人の方がいいですね。」

「へえ。」

 働かなくても生きていけるのは魅力的だが、永遠とも思える人生を孤独に生きるのは拒否反応がある。

「まあ、この世界の人間なんて貴族じゃない限り30、40で死ぬのだから、そっちの方がマシかな。過酷な労働させられたらもっと早く死ぬし。」

「美代子さんの世界は違うのですか。」

「100まで生きている人がそれなりにいるよ。私の国は平均80までは生きるし。」

「はぁ。それは大変そうですね。」

「本当だよ。」

「シューはどちらの世界の方が好きですか。」

「僕の環境云々の話じゃなくて、世界という大枠で見るなら絶対に私の世界のほうだよ。乳幼児が死なないから。」

「へえ、凄いですね。」

「うん。」

 掃除の邪魔をしないように歩きながら挨拶して、彼女から少し離れたところで彼女の歌を歌い始めた。あの歌の生活は楽しくなさそうだけれども、歌っている彼女自身は楽しそうだった。

「そういえばね。私の世界の学者が話していたんだ、『有名なニュース社はどうやって社会を混乱に落とそうか毎日会議している』、本当は『毎日戦争で犠牲者になる人が減少している事実でニュースにしてもいいのにそれをしない』ってね。」

「ニュース、ですか?」

「そう、本当は少しずつ暴力に勝っていっているのに、それをニュースにしない。本当は少しずつ飢える人が減っているのにニュースにしない。でも、他の国で新しい病気が出てきたら、すぐにトップニュース。」

「それほどすぐ情報が伝わる世界なんですか。」

「例え40,000キロメートル離れても一瞬だよ。」

「それ殆ど同じ場所です。」

「物知りだね。」

「ロマンですから。」

「確かに。」

「そう言った技術や平和はこの世界でも手に入るでしょうか。」

「この世界とあの世界は似て非なるものだから、手に入らないかもしれない。でも、少なくとも数百年はかかるだろうね。私の世界で暴力が減少していったのは何万年以上ある人類史の中でもつい最近、ここ100年の話だから。」

「ロマンですね。」

「そうでしょ。」

 理想主義ではたまたロマン主義、更には厭世家なんて面倒な性格をしていると思う。

「…明日楽しみにしてる。」

 フィリップと合流してからもメイドの歌を歌って、部屋に戻った。部屋に戻ると、今シューに何もやることがないことに気付いて、書庫の方へ向かって魔導書を探す。書斎はリビングルームだから、書庫の方が蔵書量は多い。そこへ行くのもメイドの歌を歌うものだから、フィリップが頭を悩ませた。

「その歌はなんなんだ?」

「ダンに教えてあげようかと思って。」

「嫌がらせか?」

「勿論。」

 にっと子供のように笑って見せるとフィリップは大きなため息をついた。




BBCの子供向け英語で、母親が息子に対してLoveと呼びかけておりました。


そう呼ぶものなのかと驚いて調べると、特に知り合いでもない女の子などにLoveと呼びかけることがあるようです。「そこにいる可愛らしい人!」くらいの呼びかけでしょうか。英語のこういうところが上手く説明できないですが好きです。(好きという割に英語力皆無ですけれども…)

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